国葬で求心力低下、揺らぐ岸田政権にさらなる難題
岸田文雄首相が決断した安倍晋三元首相の「国葬」が終わり、岸田氏は政権の立て直しに躍起だ。国葬決定では、国会の意向を聞かず、拙速だったことを反省。今後の政権運営では「丁寧な説明を尽くす」という。だが、国葬問題で露呈したのは、岸田氏の宰相としての判断力の欠如だった。
10月3日からの臨時国会と年明けからの通常国会では、安倍氏の銃撃事件に端を発した世界平和統一家庭連合(旧統一教会)と自民党との関係が追及される。一方では物価対策や原発新増設、防衛費の増額といった難しい政策課題を抱える。支持率の低下が止まらず、求心力を失っている岸田首相は耐えられるのか。政権崩壊の危機が続く。
首相の決断が招いた民意の分断
9月27日午後2時。安倍氏の国葬は東京・九段下の日本武道館で始まった。岸田首相が追悼の辞を述べ、衆参両院議長、最高裁長官が続いた。最後に友人代表として菅義偉前首相が登壇した。
菅氏は「あなたはつねに笑顔を絶やさなかった」と話し、涙ぐんだ。さらに、明治の元勲・山縣有朋が盟友・伊藤博文を亡くした直後に作った歌を紹介しつつ「深い悲しみと寂しさを覚えます」と結んだ。会場からは拍手が沸いた。岸田首相も安倍氏を「あなたこそ、勇気の人でした」と讃えたが、菅氏の迫力には及ばなかった。
武道館の外に設けられた献花場では、安倍氏の遺影に花を手向ける長蛇の列ができていた。一方で国会近くでは国葬反対の集会が開かれ、多くの人が抗議の声を上げた。首相の決断が国葬をめぐる民意の分断を招いたという事実を、岸田氏は重く受け止めるべきである。
そもそもこの国葬は、安倍氏の銃撃から6日後の7月14日に岸田首相が突然、表明した。麻生太郎・自民党副総裁や最大派閥・安倍派に配慮しての判断だった。国権の最高機関である国会の意向も聞かず、与野党の党首会談も開かなかった。行政府のトップである岸田首相の判断だけで決まった国葬だった。野党側だけでなく、憲法学者からも異論が噴出した。
仮に岸田首相が熟慮し、国会の意見を聴き、多くの歴代首相と同じように内閣・自民党合同葬としていれば、今回のような混乱は起きなかったことは間違いない。
法的根拠に欠ける、予算も膨らむといった批判に、世論も反応した。NHKの7、8、9月の世論調査をみると、国葬を評価するのが49%、36%、32%と減ったのに対して、評価しないのは38%、50%、57%と増え続けた。各種調査の岸田内閣の支持率も急落し、不支持を下回ってきた。岸田首相にとっては大誤算だった。
旧統一教会問題をめぐる対応のまずさ
支持率低下の要因は、国葬問題に加え、旧統一教会問題をめぐる岸田首相の対応のまずさだった。
自民党の衆参国会議員の調査は実施したが、結果発表後も、首相側近の木原誠二・官房副長官を含め、新たな接点が次々と明らかになった。安倍氏は参院選比例区の候補者選びで旧統一教会との窓口になっていたという証言が相次ぐなど、旧統一教会と自民党との関係で中心的な役割を担っていたという見方が強まっている。にもかかわらず、岸田首相は安倍氏が担った役割を調べるかどうかについて否定的な姿勢を示した。
多額の献金などに苦しむ元信者の悲惨な様子が連日、テレビや新聞で報じられる中、岸田首相の後ろ向きの対応は批判にさらされた。支持率の低下は止まりそうにない。
臨時国会で野党側は国葬決定の経緯と旧統一教会の問題を徹底追及する構えだ。中でも細田博之・衆院議長は旧統一教会の関連団体の会合にたびたび出席。安倍政権時代にはあいさつの中で「盛会の様子は安倍総理に伝えます」などと述べている様子が映像に残されている。
細田氏は9月29日、会合出席になどについて説明する1枚の文書を公表したが、記者会見に応じないなど説明は不十分だ。山際大志郎・経済再生相は旧統一教会の関連団体が海外で開いた大規模な集会に参加。国内の集会にも出席していたが、自民党の調査には届けていなかった。
野党側は衆参両院の予算委員会などで山際氏を追及する。山際氏が明確な答弁ができず、審議が中断するようだと、進退問題に直結するだろう。
岸田首相は多くの政策課題も抱える。
まず、国民生活に身近な物価高騰問題。ロシアによるウクライナ侵攻で、石油や天然ガスなどの資源価格や小麦などの原材料価格が高騰。電気・ガス代や食料品価格の上昇が家計を苦しめている。
岸田政権はガソリン代への補助や小麦の売り渡し価格の据え置きなどで対応しているが、家計の負担増は続いている。急激な円安は輸入物価を押し上げており、物価高は当面収まりそうにない。
物価が上がっても賃金が伸び悩むという日本経済の停滞が変わらない限り、政府が物価対策の補助金を支出する程度では国民生活の苦境は続く。それが岸田政権への不満の根底にあり、支持率が好転しない大きな原因といえる。
原発再稼働へ経産省が周到な根回し
原子力発電所の再稼働、新増設も大きな課題だ。岸田首相は8月24日、原発の再稼働や新増設を進める考えを表明。東京電力福島第一原発の事故以降に再稼働した10基に加え、新たに7基の再稼働や次世代革新炉の新増設などを打ち出した。
電力不足による大規模停電への対応、資源高騰による電気料金値上げの抑制、さらには温室効果ガスの排出抑制などのために「原発依存」を高めようというわけだ。
経済産業省が首相官邸や自民党などに対して周到に根回しを進めており、東京電力柏崎刈羽原発の再稼働などが念頭にあるのは間違いない。
しかし、原発問題は、各地域が事故時の避難態勢づくりなど個別懸案の解決に取り組んでいる。岸田首相がトップダウンで「再稼働」を号令しても、それぞれの事情を抱える各地域が簡単に従えるわけではない。むしろ、反発が強まっているのが現状だ。
防衛費の増額をめぐっては、ウクライナ危機を受けてドイツなど欧州各国が国防予算の増額に踏み切ったことを受け、日本も増額すべきだという声が高まった。安倍氏は生前、現在5兆円余の防衛費を7兆円近くに引き上げるべきだと具体的な金額を示して主張していた。
岸田首相も今年5月のバイデン米大統領との首脳会談で防衛費の大幅増額を約束。来年度予算編成の中で具体的な金額の積み上げが検討されてきた。
ただ、「専守防衛」という原則の中では爆撃機や空母などの攻撃的兵器を配備することはできないため、大幅増額は簡単ではない。毎年数千億円の増額をする場合、財源の確保も難題だ。赤字国債を充てるのは野党から無責任との批判を受けるし、防衛費増額のための増税は国民の理解が得られる状況にはない。
野党は国会での共闘路線に舵
安倍元首相の国葬で大きくつまずき、旧統一教会問題で信頼回復ができず、物価高対策などの政策課題で妙案が打ち出せない。岸田首相は八方ふさがりのまま国会審議に臨むことになる。
野党の立憲民主党と日本維新の会はこれまで対立してきたが、国会での共闘路線に舵を切った。来年4月の統一地方選に向けて、野党側は岸田政権批判を強めるだろう。選挙を控える自民党の地方議員から「岸田首相の下では選挙が戦えない」という声が高まる。自民党の国会議員が動揺し、「岸田おろし」につながるだろう。
安倍氏の銃撃事件から国葬、旧統一教会問題の展開と進んできた政局は、今の日本が抱える政策課題の議論に進み、岸田首相と自民党の統治能力を問う事態になっていく。日本政治が新たな局面に移る可能性を秘めている。
(星 浩 : 政治ジャーナリスト)
10/01 04:30
東洋経済オンライン