「パンダの心臓疾患は珍しい」神戸の旦旦を襲う病

パンダのタンタン(旦旦)と王子動物園の職員

中国から来日したパンダの専門家と王子動物園の職員が一緒にタンタンを健診(写真:2022年8月16日の神戸市立王子動物園公式Twitterより)

「タンタン(旦旦)の体調に合わせたタイミングで健康管理ができるよう、当面は観覧中止を続けるのが望ましい。活動量が安定して増えれば、短時間の公開を検討できます」

心臓疾患が判明して、公開が休止されている神戸市立王子動物園の雌のジャイアントパンダ、タンタンについて、中国から来日した専門家はこう述べた。

この専門家は、中国ジャイアントパンダ保護研究センター(中国大熊猫保護研究中心、CCRCGP)の獣医師の成彦曦(せいえんし)さんと飼育員の王平峰(おうへいほう)さん。タンタンの病状の把握と健康管理に関するアドバイスを王子動物園の職員にしながら、一緒に治療に取り組むために来園していた。

成さんは41歳で陝西省の出身、王さんは42歳で四川省の出身。2人とも国内外のさまざまな施設でパンダの飼育・治療に携わっている。来日前は、四川省にあるCCRCGPの雅安(があん)碧峰峡基地で成さん、臥龍(がりゅう)神樹坪基地で王さんが働いていた。

2人は四川省・成都の空港を出発して福州で乗り継ぎ、2022年5月11日に成田空港に到着。コロナ対策の待機期間を終えた5月15日から王子動物園に出勤した。タンタンのために来日することは2021年から調整していたが、コロナ禍で遅れた。

投薬治療を開始

タンタンは1995年9月16日に中国・四川省の臥龍で生まれ、2000年7月16日に王子動物園へやって来た。高齢になったタンタンは、高齢パンダの飼育に適した中国の施設で暮らすほうがよいとの中国側の判断から、2020年に中国行きが決定。同年7月15日がその期限だったが、コロナ禍で延期された(参照:『中国に帰る「神戸のパンダ」25年の劇的な半生』)。

その翌年の2021年1月下旬、週2回の定期健診の聴診時に、タンタンの不整脈と頻脈(心拍数の上昇)を王子動物園の職員が確認した。CCRCGPの指導に従い、聴診を毎日することにして、可能な検査も行い、健康状態の把握に努めた。

その後は症状が落ち着いていたが、2021年3月23日に再発。頻脈などの症状が続いた。運動量と食欲は減り、寝ている時間が増えた。王子動物園は、臨床症状や検査所見から総合的に見て、加齢に伴う心臓疾患の可能性が高いと判断。血液の循環機能が低下していると考え、投薬治療を始めた。王子動物園は、タンタンに心臓疾患の疑いがあることを2021年4月19日に公表した。

投薬治療に当たっては、連携協定を結んでいる大阪公立大学やCCRCGPから助言を受けながら対応している。大阪公立大学大学院獣医学研究科の島村俊介准教授は、タンタンにどのような検査をして、その検査結果をどう解釈すればいいか、王子動物園から相談を受けた。

主に犬猫の心臓疾患を研究している島村准教授は「犬猫の臨床で実施している中で、タンタンに使えそうな検査を提案させていただきました。心電図やレントゲン、エコー(超音波)、血液検査などです」と振り返る。

大阪公立大学大学院獣医学研究科の島村俊介准教授

王子動物園に協力している大阪公立大学大学院獣医学研究科の島村俊介准教授(筆者撮影)

寝室に酸素供給装置

精密な心電図検査をした結果、タンタンは、加齢や心筋の変性などにより、心臓の収縮力が低下して、不整脈(心拍数の増加、心拍リズムの異常)となっている可能性が高いと判明した。

このため、血管拡張薬などに加え、心臓の働きを助ける強心薬の投与を2021年4月24日から開始。飼育では、タンタンの心臓に負荷をかけないように配慮した。王子動物園は新型コロナウイルス対策で同年4月25日~6月20日に臨時休園となった。

治療を始めた頃は、タンタンの食欲や運動量が旺盛になり、活動量は増えた。だが2021年8月頃になると、再び食欲や運動量が減り、睡眠時間が長くなった。体重は増えた。食欲がないのに体重が増えたのは、体液が体内にたまる傾向にあるためだ。そこでタンタンの体にたまった余分な水分を取り除く利尿薬を、量をコントロールしながら投与している。

タンタンの公開は2021年11月22日から休止。同年12月14日から再開した。観覧再開にあたっては、タンタンにかかる負担を減らせるようにした。公開は、防音ガラスで観覧通路との間を完全に遮られる屋内パンダ舎のみ。さらに、酸素供給装置がある寝室側の扉を開けっぱなしにして、公開室の酸素濃度を高めた。

タンタンが寝室に入ったら、観覧できない場合もある。そこで観覧通路に設置しているテレビ画面で、観客が寝室の様子を見られるようにした。だが、タンタンは2022年3月14日から再び公開休止となり、現在まで続いている。

パンダは個体数が少なく比較しづらい

島村准教授は「今のところ病名も含め、はっきりしていません。何かが悪いとはわかっているのですが、何が悪いのかわかりません。心臓が悪くて心拍数が早いのか、体の調子が悪くて心拍数が早いのか。

人間なら目的を理解したうえで検査に協力してもらえますが、タンタンにはそういうわけにはいきません。ましてや、検査のために麻酔をかけるわけにもいかず、できる検査は限られます。その中でわかることを突き詰めるのは、難しい状況になっています」と話す。

検査の制限に加え、島村准教授が指摘するのは、比較対象の少なさだ。「人間なら世界に何十億人といて、その中でデータを比較できます。でもパンダは個体数が少ない。検査で出てきた数値を見ても、ほかのパンダがどうなのかがわからないので、タンタンに固有の症状なのか判断しづらいです。過去のデータが足りないこともあります」。

成さんと王さんも「パンダの心臓疾患は珍しい。タンタンと似た病状のパンダは1頭だけいました」と指摘する。パンダに多い病気を尋ねると「消化器系の病気が比較的多い」とのこと。タンタンの兄のダーディー(大地)は、1992年9月に生まれ2020年8月に中国で息を引き取った。成さんと王さんによると、ダーディーの死因は老衰だったそうだ。

パンダのタンタン

血圧測定中のタンタン(写真:2022年7月23日の神戸市立王子動物園公式Twitterより)

現在、タンタンの健康診断では、聴診、視診、エコー検査、血圧測定、心電図検査、レントゲン検査を実施している。猛獣であるパンダに対し、麻酔や鎮静処置を加えずに、これほどの検査ができるのは、王子動物園の飼育員とタンタンの日頃のハズバンダリートレーニング(人間が検査・治療しやすい姿勢を動物が自主的にとれるようにする訓練)の成果だ。

ケージは、健診の内容によって3種類を使い分けている。1つ目は、最も大きなケージ。毎日のハズバンダリートレーニングのほか、聴診、エコー検査、心電図検査も、ほぼこのケージで行っている。

島村准教授は「心電図検査では動物をベッドに寝かせ、安静にして電極をつける必要があります。でも動物は『寝てください』の言葉が通じないので、簡単にはできません」と指摘する。

ところがタンタンは、横たわって、体に数本の電極を取りつけられても、ジュースを飲みながら、おとなしく心電図検査を受けている。これもトレーニングの成果や長年に渡り築いてきた飼育員との信頼関係のおかげかもしれない。きちんと検査するには、電極と肌を密着させる必要があるので、背中にも毛を剃った箇所がいくつかある。

パンダのタンタン

電極を取りつけられて心電図検査を受けるタンタン(写真:2022年7月18日の王子動物園公式Twitterより)

健診中や健診後のご褒美は?

2つ目のケージは、主に採血をするときに使うケージ。1つ目よりも小さく、タンタンが前足を出せるように穴をあけ、そこに器具を取り付けている。

3つ目は、レントゲン撮影用に作ったケージ。大きさは2つ目と同じで、透明のアクリル板を取り付けている。レントゲン撮影では、タンタンが立った状態で両方の前足を上げて、頭上の棒をつかみ、なるべくアクリル板の正面に体が来るようにする。とても難しい動きだが、タンタンは上手にこなしている。

パンダのタンタン

ジュースを飲みながら、難しいレントゲン撮影をこなすタンタン(写真:2022年8月7日の王子動物園公式ツイッターより)

健診中や健診を終えた後は、ご褒美のジュースや好物のぶどうをタンタンにあげている。1日に与える食べ物は、5種類の竹、リンゴ、ニンジン、旬の果物などで、タンタンの状態に合わせ、日によって量を変えている。「最近は気分次第なので、日によって好みも食べる量も変わります」(王子動物園)。

最近は、主に赤ちゃんパンダの人工哺育に使う粉ミルク「PANDA MILK-10」を与えることもある(参照:『世界初パンダ専用ミルク「日本」で開発の深い事情』)。タンパク質や脂質などの栄養補給のためだ。栄養を補うために、中国で使用例のあるサプリメントを与えることも検討している。

成さんと王さんが来たことによって導入した検査やトレーニング、食べ物はないが、心機能を補助する薬を新たに取り入れた。薬は、強心薬、利尿薬、血管拡張薬を毎日、粉状にして、液体栄養剤やサトウキビジュースに溶かして与えている。

タンタンは小康状態

成さんと王さんが日本に滞在した約3カ月の間には、2人と島村准教授、王子動物園の職員が一堂に会して、タンタンの治療について話し合ったこともある。成さんと王さんはビザが切れるため、2022年8月4日に成田空港から帰国。その前日の8月3日午後、筆者は東京・上野動物園で偶然、成さんと王さんに出くわした。

気温36度で、少し歩けば汗が噴き出るほどだったが、2人は王子動物園の獣医師や上野動物園のパンダの飼育係と一緒に、園内を熱心に見て回っていた。

成さんと王さんはコロナ対策による中国国内での待機期間を終え、8月15日に四川省に到着した。2人はタンタンについて「発症から1年以上が経過するが、適切な処置により、いい状態を維持できている」と判断。「このまま現在の治療を続けてほしい」と望む。

島村准教授は「一時期、状態が悪くなり、薬で持ち直しました。その状態がずっと続いている小康状態だと推測しています。この1年数カ月の間、タンタンと付き合っている中で、画期的な変化はあまりなく、安定している状態です。

これからも激しく変化しない可能性が高いと考えていますが、いかんせん、はっきりわからないことが多い。王子動物園の飼育員さん、獣医師さんがよくがんばられています。皆さん慎重に見守ってくださっているところだと思います」と話す。

「この仕事をしていて大変だと思うのは、何がベストなのか、動物に聞けないことです。長生きだけがいいとは限りません。積極的な治療に踏み切ったほうがいいのか、現状を維持するほうがいいのか。飼い主は大変な決断を迫られます。タンタンの場合もそうだと思います」(島村准教授)

タンタンはあと2週間ほどで27歳になる。中国行きの期限は、上野動物園で生まれた5歳のシャンシャン(香香)と同じく、2022年12月末に迎える。

(中川 美帆 : パンダジャーナリスト)

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