ペロシ訪台を熱狂歓迎しなかった台湾の事情

2022年8月2日、台北市のランドマークで有名な高層ビル・台北101に映し出された、アメリカのペロシ下院議長歓迎のサイン(写真・2022 Bloomberg Finance LP)

台湾人の多くは、アメリカのナンシー・ペロシ下院議長の台湾訪問に反対はしなかったが、熱狂歓迎したわけではなく、訪台と中国の大軍事演習は蔡英文政権への「追い風」にはならなかった――。台湾海峡の緊張激化が伝えられる中、台湾人のバランス感覚と冷静な反応ぶりが、世論調査から浮き彫りにされた。

一時は台湾側も招待撤回に動いた

台湾の民間世論調査機関である「台湾民意基金会」は2022年8月16日、ペロシ訪台と中国の大軍事演習を受けた調査結果を発表した。調査は2022年8月8~9両日行われ、1035人から有効回答を得た。同基金会は、政権与党の民主進歩党(民進党)に近い。

それによるとペロシ訪台について、「大歓迎」(24.5%)と「まあまあ歓迎」(28.4%)を合わせた「歓迎」は52.9%と、「歓迎しない」(24%)「意見なし」(18.3%)「知らない」(4.7%)を超えた。また「訪台が中国の大軍事演習を招いたのを後悔しているか」の質問には、同じく52.9%が「後悔していない」と答え、「後悔」の33.6%を上回った。

この結果から言えるのは、台湾人の多くは訪台には反対しなかったものの、歓迎はやっと過半数に達し「熱狂歓迎したわけではない」という意外な事実である。

日本の大手メディアは「米国は台湾見捨てない」(2022年8月4日付「朝日新聞」)などの大見出しで、中国の恫喝に屈せず訪問を断行したペロシ氏を好意的に伝えた。だから台湾側も当然、「熱狂歓迎した」という思い込みがあったとしても不思議はない。

一方、台湾では「中国時報」(2022年8月2日、電子版)などは、バイデン政権の高官が訪台計画が明らかになった2022年7月18日以降、ペロシ氏に対し訪台断念を連日のように進言・説得に当たった、と報じてきた。バイデン氏は2022年7月20日「アメリカ軍は今は(訪台は)よくないと考えている」と述べ、訪問を強く牽制。この発言を聞いたペロシ氏が同日、台湾の駐米代表に電話した際、台湾側も招待撤回に傾いていたことを、初めて知ったという。

日本では報じられなかった「内幕」を、多くの台湾人が認識していたことになる。「熱狂的歓迎」ではなかった理由の1つはそこにある。日本で報じられたような「熱狂的歓迎」とは程遠い。

日本では、台湾問題が米中対立の核心的争点になるにつれ、反中嫌中感情が「翼賛世論」となり、その裏返しとして「親台湾」情緒が醸成されてきた。日本の一部にある「親台」情緒が、ともすれば台湾に「かくあるべし」と投影する誤った認識のありさまを、この世論調査は見事に教えている。

「中国の軍事演習は怖くない」が8割

世論調査結果に戻る。中国の最大規模の軍事演習(2022年8月4~7日)に対する反応では、「恐れていない」が78.3%と、「恐れる」(17.2%)を圧倒した。これは台湾人の多くが、演習が中台衝突など「有事」に発展しないと冷静に判断したことを示している。その理由は、中国側が事前に演習目的を、米台への「威嚇と警告」と通知したこと。それに加え台湾人の「軍事演習慣れ」もあるかもしれない。

台湾の将来についても調査は聞いている。中国が主張する「一つの中国」原則に「賛成しない」は81.6%で、「賛成」の8.8%を大きく上回り、また50%が「台湾独立」を支持した。「現状維持」支持は25.7%で、「統一」支持は11.8%という結果だった。独立支持は2022年4月の前回調査時の52.8%から2.8ポイントの微減、「現状維持」は22.4%から3.3ポイント上昇し、「統一」支持は微増にとどまった。

最も興味深いのは、蔡英文政権への支持率の変化だ。蔡政権の政策への「不支持」は、2022年7月の前月調査比で7ポイント上昇し41%になった。「支持」は46%と、同じく7ポイント下落する。この数字は、ペロシ訪問と中国の軍事演習が蔡政権の追い風にならなかったことを示している。

調査に当たった台湾民意基金会の游盈隆(ゆう・だいりゅう)理事長は「強力な外部支援の下では、支持率が上昇するのは当然なのだが、逆に下落した。これは世論調査史上初の奇怪な現象」と驚きを隠さない。游理事長は支持下落の要因として、蔡氏の国家安全に対する指導表現への不満を挙げる一方、民進党籍の新竹市長である林智堅氏の修士論文「盗作」疑惑を内政要因として挙げている。

国際政治学者で京都大学教授だった故・高坂正堯氏は、国際政治は①価値の体系、②利益の体系、③力の体系、の3つの体系から成りたっていると書いた。台湾問題が米中対立の核心的な争点になったいま、台湾民意もまたこの「3つの体系」の相克の中を漂っているように思える。

アメリカの強力な台湾支援が、民主の「価値の体系」と、武器支援の「力の体系」を表すとすれば、それが中国の軍事的、経済的圧力という「力の体系」の反応を招いた。それが、結果的に「台湾の利益」になるかどうか、台湾民意は難しい判断を迫られているという意味だ。

台湾政治の「振り子」理論

故・李登輝総統による台湾政治の「民主化」「台湾化」(脱中国化)以来、台湾政権は中国との政治的距離という力学の中、「振り子」が振れてきた。国民党による権威政治が終わり、2000年に民進党、陳水扁政権が誕生。陳氏は露骨な「台湾独立」政策を進め、2008年に馬英九政権の誕生という国民党政権復活の「揺り戻し」をもたらした。

馬英九政権が、台湾統一に向けた「政治協議」を急ぐ中国のイニシアチブと共振し、2015年に習近平共産党総書記とのトップ会談を実現すると、今度は、振り子は「反統一」に振れ、2016年には民進党政権が復活した。

台湾は、2022年11月の統一地方選挙という事実上の「総統中間選挙」を経て、ポスト蔡英文を決定する2024年の総統選挙に焦点が移る。中国は軍事演習終了直後の2022年8月10日、統一に強い意欲を示す「台湾白書」を発表した。統一をめぐる、中国と日米台とのせめぎ合いが激化する中、「振り子」がどう振れるかが最大の注目点だ。

(岡田 充 : 共同通信客員論説委員)

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