難病の子も地域の学校へ…「合理的配慮」って何?

小中学校時代の親友たちと記念撮影(写真:ご家族提供)
インクルーシブ(inclusive)とは、「全部ひっくるめる」という意。性別や年齢、障害の有無などが異なる、さまざまな人がありのままで参画できる新たな街づくりや、商品・サービスの開発が注目されています。
そんな「インクルーシブな社会」とはどんな社会でしょうか。医療ジャーナリストで介護福祉士の福原麻希さんが、さまざまな取り組みを行っている人や組織、企業を取材し、その糸口を探っていきます【連載第6回】。

本連載第4回から、重度障害のある子どもの就学について、「特別支援学校で学ぶか、地域の小中学校で学ぶか」を紹介している。このテーマで取材をすると、地域の小中学校関係者からよく「他校の授業では、どのように合理的配慮をしているか、教えてほしい」と質問を受ける。

そこで、今回はインクルーシブな授業をしている学校の取り組みを紹介する。

まばたきでコミュニケーション

愛知県内の定時制高等学校2年生の林京香さん(17)は、生まれつきの難病「脊髄(せきずい)性筋萎縮症(SMAⅠ型)」で、日常生活ではリクライニング式のバギーに座り、人工呼吸器を装着して痰(たん)の吸引を必要としたり、食事を胃ろうから取ったりする。いわゆる「医療的ケア児」だ。地域の教育委員会や医療・介護従事者、就学先の学校教員の協力のもと、小学1年生のときから、地域の小学校、中学校の通常学級で学校生活を送っていた。

京香さんは家族や友達とコミュニケーションをとるとき、手足の指先や顔のまゆ、まぶた、眼球、口角をわずかに動かす。

今年5月、父親の智宏さん(47)が中部大学生命健康科学部(保健看護学科)の学生にオンラインで授業をした日も、「何か伝えたいことがあるか」と聞くと、京香さんはまばたきをして「ある」と答えた。

智宏さんが京香さんに、どんなことを伝えたいか詳しく聞くために、いくつかの選択肢を出したところ、「学校看護師」のところで、大きくまばたきをした。智宏さんが「あっ、学校看護師さんの募集のことかな」と聞くと、再び、京香さんはバチバチバチと数回強くまばたきをした。

オンラインで京香さんを見ていた看護学生からも、京香さんが反応していることがわかるほどだった。「未来の看護師さんに、学校看護師さんの重要性を強くアピールしたかったようです」と智宏さんが説明した。

林さん夫妻は、京香さんに「同世代の友達を作ってほしい」「地域で暮らす、さまざまな人との関わり合いが持てる生活を送ってほしい」、そして「2歳下の妹と一緒に通学してほしい」と、特別支援学校でなく、地域の小中学校へ通わせたいと考えた。

ちょうどこの時期、国際連合(国連)の「障害者の権利に関する条約(障害者権利条約)」を批准するために、国内で「障害者基本法」が改正された。それ以来、障害のある本人と保護者が地域の小中学校への就学を希望した場合、市町村教育委員会が受け入れを認めるケースが出てきた。

河村たかし名古屋市長も後押し

京香さんの話を聞いた、河村たかし(73)名古屋市長の「入れたってちょうよ(地域の学校へ入れてください)」の“鶴の一声”もあり、教育委員会も動き出した。

京香さんが中学校に入学するにあたり、当時校長だった稲田恭子さん(62、現在は名古屋市スポーツ市民局市民生活部消費生活課)は、小学校の校長や教員から情報を引き継ぐだけでなく、京香さんの小学校生活を見学した。また、林さん夫妻から手渡された障害者権利条約や障害者基本法、合理的配慮に関する資料を読み、「1人の個性のある生徒への対応をすればいい」と考えたという。

学校では教育委員会が予算措置をして、校舎にエレベーターやケアルーム(介助を受けたり、着替えたりするための部屋)を設置したり、プールまでの通路をバリアフリーに改修したりした。看護介助員(医療的ケアや学校生活での介助、学習支援を担当)や主幹教諭も配置した。

主幹教諭には特別支援学校から異動してきた教員が就き、京香さんだけでなく、学校全体の生徒の支援を担当した。さらに「特別支援教育コーディネーター」も兼任し、校内で京香さんと関わりのある教員や学校外のさまざまな組織をつないだ。

稲田前校長と主幹教諭は当時を思い出しながら、「京香さんには“中学校生活の風(雰囲気)”を感じてほしかった」と話す。

授業では、同級生と同じ行動ができない京香さんが教室に座っているだけにならないよう工夫(合理的配慮)を重ねた。1年目は、主に稲田前校長と主幹教諭の2人が授業をサポートした。稲田前校長は特別支援教育専任教員ではなかったため、京香さんと過ごすことで接し方を学んだという。そして、うまくいかなかったら、もう少し工夫することを繰り返した。

「障害の有無にかかわらず、誰にでもできないことはあります。そのときどう伝えるか、どう教えるかが教員の力量とわかりました」と、稲田前校長は話す。

1年経った頃、他の教員もその様子を見て、次第に授業に関するアイデアを積極的に提案するようになった(下参照) 。

教科/テーマ/授業時の工夫
■理科/生物の観察
クラスの生徒が作成したプレパラートの微生物は、バギーに座っているためのぞき込めない。京香さんにも見えるように、教員が車いすそばの壁にプロジェクターで拡大して映し出した。
■社会/世界の地理や文化
教員が“しゃべる地球儀”を持ってきた。地球儀にタッチすると国名が音声で聞こえる。そこで、その地球儀で「アメリカ→カナダ→タイ→イタリア……」などのように、国名のしりとりをした。
■体育/バスケットボール
車いす用の低いゴールを作り、京香さんがボールを触ったり、シュートを体験できたりするようにした。
■家庭科/ミシン縫い
バギーのひじ置きに固定の台を作り、そこにミシンを置いた。京香さんが手で布を押さえて、布が動いていく様子を正面から見ながら、ミシンのガタガタした振動を体で感じてもらった。
■音楽/アルトリコーダー
アルトリコーダーを吹く体験をするため、口を当てる部分に風船を膨らませるポンプを装着して空気を出した。笛の穴を押さえるときは、稲田前校長が手作りしたゴムやテーピングで京香さんの指と稲田前校長の指をくっつけて一緒に動かした。

例えば、理科の「生物の観察」の授業では、クラスの生徒が作成したプレパラートの微生物を、バギーに座っているためのぞき込めない京香さんにも見えるように、教員が車いすそばの壁にプロジェクターで拡大して映し出した。それによって、他の生徒もそれを見ることができ、とても役立ったという。

京香さんはプレパラートが視野に入ると、目をキョロキョロ、まぶたをパチパチさせたり、凝視したりして驚きながら興味を示した。

フライパンを握って調理に参加

家庭科の授業では、バギーのひじ置きに固定の台を作り、そこにミシンを置いて、稲田前校長の介助のもと、ミシン縫いを体験した。京香さんが手で布を押さえて、布が動いていく様子を正面から見ながら、ミシンのガタガタした振動を体で感じてもらった。

ミシン縫いを体験する京香さんと稲田前校長(写真:ご家族提供)

調理のときは、看護介助員のもと、京香さんもフライパンを握った。出来上がった料理は、京香さんも食べられるようにミキサー食にした。

テストでは、問題ごとにその部分を拡大して画用紙に貼り、京香さんに見えるようにした。さらに、問題はすべて4択に変更し、教員が読み上げて、京香さんがまばたきをすることで回答する方法を取った。他の生徒と同じ時間帯に、同じ時間内で、別室でテストを受けた。

テストを受ける京香さん(写真:ご家族提供)

このほか、京香さんは教科書に「マルチメディアDAISY(内容を音声で読み上げる教科書)」を用い、黒板の内容を書き写さず、iPadのカメラで撮った。

京香さんのクラスでは、教壇で授業を進める教員と、生徒に個別対応する教員が連携する「チームティーチング(TT)」を取り入れた。

教員が教科書を読み上げるときは、別の教員が京香さんの横でページの文章にマーカーで線を引いて、本人に示すようにした。この方法は「同じ教科でも、他の先生の授業を見ることはないので、とても参考になった」と、教員の間でも気づきが多く、好評だったという。これで教員全体が京香さんと関わりを持つことができるようになった。

チームティーチングの様子(写真:ご家族提供)※画像は加工しています

こんなふうに、教科ごとに教員らが京香さんも授業に参加できるような工夫をする様子を見ていたことで、生徒もいろいろなアイデアを出し始めた。例えば、大縄跳びでは、京香さんが最初に車いすごと縄をくぐった。その後は京香さんと補助教員がクラス全員で作成した回数カードをめくる役割を担当し、跳んだ回数を数えることになった。

このような学校生活を送りながら、京香さんは体育大会も2泊3日の修学旅行も参加することができた。その都度、教育委員会が予算措置をした。

この間、教員が意識してきたことは「中学生として、みんなと同じ経験をしてほしい」だった。そのメッセージは生徒にも伝わり、教室の壁には、学校生活のさまざまな場面の写真とともに、京香さんの顔写真のそばに「考えるな、感じろ」と、映画『燃えよドラゴン』のブルース・リーのセリフの紙が貼られた。

「事故が起きたら…」の声に

京香さんが入学する前、教員の中には「事故が起きたらどうするんですか」と心配する声も出たという。

京香さんと稲田前校長(写真:ご家族提供)

稲田前校長は教員会議で「学校生活の態勢を整備することは管理職の仕事です。京香さんを受け入れるにあたって、みなさんは何も心配することはありません。これまで通りのやり方で、授業も学校生活も進めてください」と言い切り、率先して京香さんとの時間を作った。緊急時対応の手続きも決めておいた。

「もちろん、やってみることでリスクを抱えます。でも、何がリスクかを見極めること、リスクをマネジメントすることが教員の仕事です」と稲田前校長は言う。

そして、「全国どこの学校でも、このような授業をすべきとは言いませんが」と前置きしたうえで、京香さんと過ごした3年間を「とても楽しかった。高校へもそのように引き継ぎました」と力強く話していた。

社会では、このような合理的配慮を「特別扱い」と揶揄する人もいる。だが、稲田前校長はその言葉をこう否定する。「どの生徒も、手助けが必要な場面はあります。林さんにだけ特別なことをしたわけではなく、他の生徒でも必要なことがあれば、手助けや指導をします」。

そのうえで、「『障害者のための特別な配慮』という、上から目線のようなことではなく、京香さんには、その生徒が必要だと思うことを支援しました」と言う。

特別支援と合理的配慮の違いとは?

それでは、特別支援学級や特別支援学校で行われる「特別支援」と、今回紹介した「合理的配慮」は、どのように違うのか。

アリエ法律事務所(東京)の弁護士、大谷恭子さん(72)は、2020年12月、世田谷区で開催された市民向けの「インクルーシブ教育に関する学習会(主催:桜井純子世田谷区議会議員)」で、この2つの違いをこう説明した。大谷弁護士は、神奈川県川崎市で重度障害のある医療的ケア児が市の小学校への就学を断られ裁判になった事件(川崎就学裁判)で、原告側の弁護団団長を務めた。

大谷恭子弁護士(写真:桜井純子世田谷区議会議員提供)

「『特別支援』は、『障害を個人の能力の欠損と捉え、障害があることで社会的に不利益を受けるから、その個人の能力を高める』という観点(「医学モデル」と呼ばれる。連載第1回で詳述)から出てきた言葉です。特別支援の場合は障害の有無によって、場所を分けた形をとります」

それに対して、「合理的配慮」は「社会から絶対に排除しない」という観点から出てきた。「障害のある人が、障害のない人と平等に社会へ参加するために必要な支援や工夫が合理的配慮です」と大谷弁護士は説明する。

現在、行政や企業、学校では障害のある人から合理的配慮を求められれば、それに対応することが義務づけられている。一方、合理的配慮で対応していくには、個別具体的な準備やノウハウ、周囲との調整が必要で、予算措置だけでなく、よい形になるようにと考えるための時間もかかる。

しかし、前述の障害者権利条約では、「インクルージョン(分けない、排除しない)」「あなたらしく(自己決定権)」「地域で生きる」の3つが障害のある人が生きていく柱になる。このため、大谷弁護士は「障害のある人から合理的配慮を求められ、それを受けられない場合、人権侵害に当たります」と強調する。

今年から、文部科学省は教員や学校の経験を地域で共有できるよう、地域の学校と特別支援学校との間で教員の交流人事を始めた。だが、日本のインクルーシブ教育への道のりは、まだ地域格差が大きいままだ。

参考:インクルーシブ教育データバンク編[2017],『つまり、「合理的配慮」ってこういうこと?!――共に学ぶための実践事例集』,現代書館

(福原 麻希 : 医療ジャーナリスト)

ジャンルで探す