穴だらけのロシア制裁が高める台湾有事リスク

6月23日の新興5カ国(BRICS)首脳会議で中国の習近平主席はロシア制裁をめぐって西側への対抗姿勢を鮮明にした(Sipa Press/amanaimages)

ロシアのウクライナ侵攻から5カ月が経ちました。残念ながらまだ出口は見えませんが、今後の国際情勢を考えるにあたり、今回のロシア・ウクライナ紛争は多くのことを教えてくれています。

「軍事」についてはすでに多くの分析がありますので、今回は筆者が注目している「経済制裁の効果」を取り上げ、さらに「中国の台湾侵攻への影響」を考えてみたいと思います。

対ロシア経済制裁は目的達成できず

「経済制裁」とは、輸出入規制、金融取引の停止・制限、国や個人の資産差し押さえ、などによって、相手国に経済的なダメージを与え、自国の目的を達成しようとするものです。

今回、ウクライナに軍事侵攻したロシアに対し、アメリカをはじめとする西側諸国は次々に「経済制裁」を課しました。具体的にはロシア産原油・ガスの輸入禁止、ハイテク製品・部品の輸出禁止、政府高官の在外資産差し押さえなどです。

こうした経済制裁を受け、ロシア国内では半導体が輸入できず自動車生産が大幅に落ち込み、また、過去に西側企業が建設したパイプラインなどのインフラ設備が、補修部品の差し止めから操業停止を余儀なくされるといった影響がでています。ロシア政府も2022年は9%前後のマイナス成長を見込んでいます。

しかし、これらの経済制裁とその影響は、プーチン大統領の意識と行動を変えさせるまでには至っていません。侵攻後に急落したルーブルは、早くも3月中旬に底を打ち、4月には侵攻前の水準を回復しました。このことは、ロシア経済の高い耐久力を示しています。

制裁効果は今後出てくるとの見方もありますが、少なくとも、当初想定されていたほどの効果が出ていないことは間違いありません。では、その原因は何でしょうか。

まず、制裁実施国が限定的なことです。日本国内の報道だけをみていると、アメリカをリーダーとして、正義の名の下に世界中の国がロシアに制裁を課しているように感じますが、制裁実施国は40カ国程度(EU27カ国含む)にとどまっています。

これに対し、中立、もしくは、実質的に支援している国は意外なほど多くあります。中国やインド、ブラジル、南アフリカなどの「BRICS諸国」がその代表です。

ロシアの主要輸出産品である原油・ガスは、欧米諸国が輸入禁止しても、それを欲しがる国はたくさんあります。資源・エネルギーが乏しい中国はその筆頭です。制裁に協力しない国はけしからん、といった論調もありますが、これが国際政治の実態です。

それ以上に大きな原因は、制裁の中身です。要するに「どこまで本気か」ということです。

そのひとつの例が、ロシアの「SWIFT」からの締め出しです。「SWIFT」とは「国際銀行間通信協会(Society for Worldwide Interbank Financial Telecommunication)」と呼ばれる国際的なドル送金システムで、そこから締め出されると、国際的なドルのやりとりができなくなり、ビジネスだけでなく、国家運営にも大きな支障が生じます。

世界の金融覇権を握るアメリカが実質的に管理するシステムで、制裁対象国を破綻に追い込むこともできる「金融分野の最終兵器」です。アメリカは、侵攻開始直後に、ロシア金融機関のSWIFTからの締め出しを決定しました。

筆者は、これを聞いた瞬間、「そこまでやるのか」とアメリカの決意に驚きましたが、実際には、対象となる金融機関が限定的で、その効果は軽微なものにとどまっています。欧州諸国の原油・ガス輸入禁止措置も同様で、本気でやったら、欧州諸国側が立ち行かなくなります。

結局、制裁のメニューは多いものの、グローバルに絡み合った経済情勢の中で、制裁を強化すればするほど、制裁をする国も「返り血」を浴びてしまう為、制裁は、抜け道が多く、効果の低いものにならざるをえない、ということが改めて明らかになりました。

中国がウクライナ情勢から学んだこと

では、ここで、ウクライナ情勢に関連して取り上げられる「中国の台湾侵攻」について考えてみましょう。中国は、今回のロシア・ウクライナ紛争から何を一番学んでいるのでしょうか。軍事的な教訓は数多くあると思いますが、筆者は、これまでみてきた「西側諸国の経済制裁効果」ではないかと考えています。

中国にとって、台湾統一は「必ず果たされるべき歴史的課題」ですが、そこには「軍事リスク」と「経済リスク」があります。まず、軍事的に、損耗率などをコントロール可能な範囲で台湾侵攻・占領が達成できるかどうかが重要です。

しかし、仮にその勝算が得られたとしても、中国にとってより重要なことは「経済リスク」、すなわち「侵攻に伴う経済的ダメージに耐えられるかどうか」です。

軍事的には、総合力ではアメリカ軍には及ばないものの、局地戦に限定すれば、勝算を得られるタイミングはそれほど遠くないかもしれません。しかし、軍事侵攻の結果、世界中から非難を浴び、厳しい経済制裁が課せられ、中国経済が致命的なダメージを受けてしまっては、国が混乱し、共産党体制の崩壊にもつながりかねません。

これまで筆者は、中国の台湾戦略について、軍事面で勝算が得られても、経済的ダメージ必至の軍事侵攻というオプションは取らず(取れず)、時間をかけて経済力で台湾を取り込む「囲い込み(持久戦)」をメインシナリオと考えてきました。

しかし、今回のロシアのウクライナ侵攻で明らかになった「意外なほど、無力な西側諸国の経済制裁」は、中国にとって台湾侵攻を思いとどまらせる「経済リスク」を大きく低下させたのではないかと懸念しています。

対中制裁は対ロシア以上の骨抜きになる

中国は、以前より「一帯一路政策」で「仲間(友好国)作り」に励み、同時に、先端半導体の自国開発等「自給自足」実現に向けた経済政策を推し進めています。世界経済における中国経済の存在感の大きさを考えれば、西側諸国が中国に経済制裁を課しても、「返り血」を恐れ、その内容は対ロシア制裁以上に骨抜きにならざるをえないと思われます。

そのうえ、多くの「友好国」が中国を支援し、かつ、ある程度の「自給自足」体制が確立できれば、中国にとって、怖いものはなくなります。「仲間作り」と「自給自足体制確立」の取り組みは依然道半ばであり、現時点で、中国が拙速に台湾に手を出すとは思えませんが、「経済リスク」の克服に向けた準備は着々と進んでいます。

これまで見てきたように、中国が、台湾侵攻に踏み切るには「軍事」のみならず「経済」面の環境を整えることが必要です。日本国内では、台湾有事への備えとして軍備増強の必要性だけが強調されていますが、日本として、中国の台湾侵攻を経済面から抑止するにはどうしたらよいか、といった議論も深めていくべきではないかと思います。

(武居 秀典 : 国際エコノミスト)

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