愛の不時着みある韓国版「ペーパーハウス」の凄さ

韓国リメイクのドラマ「ペーパー・ハウス・コリア: 統一通貨を奪え」がNetflix初登場で世界1位を獲得した(写真:Netflix)
Netflix、Amazon プライム・ビデオ、Huluなど、気づけば世の中にあふれているネット動画配信サービス。時流に乗って利用してみたいけれど、「何を見たらいいかわからない」「配信のオリジナル番組は本当に面白いの?」という読者も多いのではないでしょうか。本記事ではそんな迷える読者のために、テレビ業界に詳しい長谷川朋子氏が「今見るべきネット動画」とその魅力を解説します。

BTSファンがヒロインという大胆アレンジ

韓国ドラマがNetflix初登場で世界1位。もはや驚くことでもありませんが、4兆ウォンの現金強盗計画に挑む泥棒集団を描くサスペンスドラマ「ペーパー・ハウス・コリア:統一通貨を奪え」が早くも結果を残したことは注目すべきです。なぜなら、Netflixが韓国ドラマの集客力に賭けた新たな試みのリメイク作品とも言えるからです。

基本情報として知っておきたいのは、オリジナルはスペイン発ドラマ「ペーパー・ハウス」ということ。「教授」と名乗る謎の知能犯とお尋ね者の8人がかつてない規模の強盗事件を企てる話に高揚感を覚える作品で、Netflixの数ある外国語ドラマシリーズの中でも高い人気を誇ります。5つあるシーズンの視聴数記録(配信開始28日以内)を合わせると、「イカゲーム」のそれよりも上回るほどです。

そんな人気作をベースにNetflix韓国がリメイクし、オリジナルを生かしつつ大胆なアレンジが特徴にあります。

冒頭からオリジナルとの違いに驚かされるのは舞台設定です。スペイン王立造幣局が舞台となるオリジナルに対し、韓国版は朝鮮半島の北と南を分ける現在の軍事境界線上にある共同警備区域に架空の造幣局を設け、そこを舞台に物語を展開していくのです。韓国ソウル近郊に位置する京畿道の坡州市と漣川郡に新設された巨大なプロダクション施設で撮影を行い、新たな世界観を作り出しています。

そもそも北と南といえば、韓国ドラマのヒット作「愛の不時着」を彷彿とさせます。リメイクだろうが、何だろうが“ザ・韓国”に仕上げることが求められていることだと言わんばかりです。

しかも、BTSの曲を聴きながら踊るヒロインの登場シーンから始まります。もちろんBTSファンの設定はオリジナルとは異なります。つかみのためだけの脚色かと一瞬思わせますが、元“軍人”という設定を加えて、BTSファンの呼称である“ARMY(アーミー)”に引っかけた芸の細かい冒頭です。

韓国版で「トーキョー」の由来をどう表現

BTSファンで北朝鮮の元軍人設定のヒロイン「トーキョー」を演じたチョン・ジョンソ(写真:Netflix)

そのヒロインを演じているのは村上春樹原作の韓国映画「バーニング」(2018年)でデビューした演技派女優チョン・ジョンソです。ほかの役者陣も実力派ばかりで、韓国ドラマファンが楽しめるなじみのある面々をそろえています。なお、主役の「教授」役は中堅俳優のユ・ジテ、人質交渉人でキーパーソンのソン・ウジン役はアメリカの大ヒットドラマ「LOST」を代表作に持つ国際派女優のキム・ユンジンが演じています。

なかでも注目は強盗現場リーダー役のパク・ヘスです。「イカゲーム」で主人公ギフンの幼なじみサンウ役を好演した俳優で、オリジナルの俳優(ペドロ・アロンソ)の演技に寄せた役作りが光っています。オリジナルとイメージが違う印象を与える登場人物が多少いるなか、こうしたオリジナルへの敬意を感じる要素もヒット作のリメイクには必要です。

間違っても変更されるべきではない強盗団8人のコードネームはオリジナルのままです。チョン・ジョンソ演じるヒロインは「トーキョー」、パク・ヘス演じる現場リーダーは「ベルリン」、ほかにも「リオ」や「デンバー」と都市名から名付けられています。このシンプルでどの国の視聴者も覚えやすいキャラクター名こそオリジナルが世界的にヒットした理由の1つにあります。韓国版も全世界の視聴者を想定していますから、ここは外せません。

「イカゲーム」でサンウ役を好演した俳優パク・ヘスの「ベルリン」役はオリジナルに最も寄せた演技だ(写真:Netflix)

日本の視聴者にとって「トーキョー」という名前は当然ながら気になるはずです。劇中で「トーキョー」をコードネームに選んだ理由を述べるシーンがあるのですが、韓国版はオリジナルとは異なり、「悪いことをするから」というセリフに変わっています。日本が朝鮮半島を植民地支配した歴史を意味することは明らかです。日本人は敏感に反応してしまう一方で、海外の視聴者はブラックユーモアとして受け止めるセリフなのかもしれません。

一方、アレンジが予想できたのは、「ペーパー・ハウス」を象徴するキャッチーなビジュアルです。オリジナルは赤のジャンプスーツに、画家サルバドール・ダリの仮面を被る姿が定番ですが、韓国版では赤のジャンプスーツに合わせたのは不敵な笑みを浮かべる韓国伝統のお面「河回仮面(ハフェタル)」です。細かな要素で現地制作する国の文化に合わせるのもリメイクの醍醐味なのです。

北朝鮮と韓国の緊張が新たな要素

基本的な筋立てはオリジナルに忠実ですが、ある意味、別の作品のようにも思えます。舞台がそもそも朝鮮半島の再統一に直面する共同経済区域という架空の設定を押し出した話が多いからです。

舞台は朝鮮半島の北と南を分ける現在の軍事境界線上。架空の造幣局を設けて強盗事件を描く(写真:Netflix)

公式リリースの脚本担当のリュ・ヨンジェのコメントによると、韓国版の設定に魅力を感じたのは「強盗団と警察の対立を描いているだけでなく、北朝鮮と韓国の緊張、不信、調和といった新たな要素」と明かし、「北朝鮮と韓国の強盗たちが力を合わせたり、彼らを阻止しようと警察が手を組んだりする状況によって、オリジナル作品に韓国独自の視点がもたらされています」と説明しています。

またその対立構造をもとに、「イカゲーム」の流れをくんで資本主義によって生み出される格差社会の問題も扱っています。意図的により韓国ドラマらしくしたようにも思えます。

オリジナルであるスペイン版と筋立ては忠実だが、別の作品のようにも見える(写真:Netflix)

というのも、従来の韓国ドラマファンに向けてはラテンノリより韓国風味に仕上げたほうがより見やすくなるからです。そもそもNetflixがヨーロッパの中で比較的早くから作品数をそろえていたスペインドラマと、アジアの中で最も成功している韓国ドラマは、それぞれ一定数のファンをすでに抱えていますが、視聴層は必ずしも重なっていないはずです。

コンテンツを視聴者に見つけてもらう

2021年に行われたオンライン取材会で説明したNetflixコンテンツ部門バイス・プレジデント(韓国、東南アジア、オセアニア圏)のキム・ミニョンの言葉から裏付けることもできます。

「Netflix実装のオススメ機能だけでなく、コンテンツを視聴者に見つけてもらうやり方を模索していくことも大事だと思っています。『ペーパー・ハウス』のリメイクはそのトライアルの1つです」と、キム・ミニョンは話していました。

つまり、本来韓国ドラマに興味のなかった欧米ドラマファンを取り込むことができる可能性があるということです。その逆もしかりです。実際にNetflixの発表によると、「ペーパー・ハウス・コリア」が配信開始した6月24日を含む1週間(6月20日~26日)の視聴集計で同作は視聴3374万時間を記録し、51カ国でTOP10入り、外国語TVシリーズのトップに立ちました。Netflix内でドラマをリメイクする価値は視聴者開拓としての効果があることを証明したようなものです。

狙いたっぷりの韓国版なわけですが、人間味あふれたキャラクター1人ひとりに感情移入しやすいオリジナルと比べて、描き方が弱まっているのは残念な点です。現在配信されているのはシーズン1の前半パートのみのため、その辺りの深みが出るのかどうかは、今後配信予定の後半パートで期待したいところです。

(長谷川 朋子 : コラムニスト)

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