ロシアへの「経済制裁」効いているのかいないのか

首都モスクワの赤の広場で祝日に行われたコンサートでロシア国旗を振る市民たち(写真・SPUTNIK/時事通信フォト)
ロシアがウクライナへ軍事侵攻を開始してから、4カ月以上が経過した。プーチン大統領の当初の目論見とは裏腹に、彼がいう「特別軍事作戦」は、ロシア軍の総力を挙げた攻撃にもかかわらず、東部戦線で膠着状態に陥っている。戦争が長期化するか否かは、ロシア軍の兵站次第であり、より大きな視点で見れば、ロシア経済の今後の動向にかかっている。
2014年のクリミア併合時をはるかに凌駕する規模と強度で欧州連合(EU)や先進7カ国(G7)が繰り出した経済制裁が目に見えて効果を発揮するのは、いよいよこれからである。以下では、Q&A方式により、経済制裁下のロシア経済の見通しについて見ていく。

ロシア経済への打撃はどの程度か

Q1 現状では、ロシア経済は大きく混乱してはいないように見えるが、本当に経済制裁は効果をもたらすのか?

経済制裁の効果は、経済主体の反応行動として引き起こされる、財・金融市場の混乱・停滞(市場ショック)と、制裁の直接効果の2つに分けて考えるのがよい。

前者の市場ショックの予測は2008年世界金融危機後の経済動向が、後者の制裁の直接効果の予測は2014年クリミア併合後のそれが、直近の歴史的経験として大いに参考になる。2009年のロシアの経済成長率はマイナス7.8%、2015年はマイナス2.0%であった。

今回の経済制裁が、2008年金融危機と同等の市場ショックを引き起こし、なおかつ、制裁規模がクリミア併合時の5倍と仮定すると、市場ショックと制裁直接効果の重複部分を差し引けば、今年3~12月のGDP(国内総生産)は年率換算で10%のマイナスになっても不思議ではない。

世界銀行による今年のロシア経済見通しがマイナス8.9%であるように、多くの国際機関やシンクタンクのGDP成長率予想が10%±3ポイントの範囲にあるゆえんである。

ロシア連邦統計局が5月中旬に発表した4月の消費者物価指数は、前年同月比で17.8%上昇した。制裁による通貨ルーブルの大幅な変動が要因である。物価の急激な上昇は、国民経済活動を直撃するだろう。

2022年2~4月間の小売店での万引き件数が前年同期比で18%増加しているという事実や、医薬品の買い占め現象も、ロシアの市民生活が苦境に陥りつつあることを示唆している。

制裁の影響はすでに顕在化しているとみてよい。しかし、2014年クリミア併合に対する経済制裁の際にも制裁発動と実際の影響の間には一定のタイムラグがあった。その経験に照らすと、今回の制裁措置が目にも明らかな効果をもたらすのは、まさにこれからだといえる。

Q2 では、ロシア経済が崩壊し、ロシア市民がプーチン大統領に反旗を翻す日は近いのか?

ソ連崩壊直後の経験に照らしてみれば、ロシアでは、GDPが20%落ち込むと、市民の生活が明らかに困窮化する。

逆に言えば、そのようにロシア市民の「冷蔵庫が空になる」(ロシア国民のプーチン政権への見方に大きな転換が生じるきっかけになるというスヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチ=ノーベル文学賞受賞者の発言)のは、現行の制裁措置が強力に維持されると仮定してもかなり先になるだろう。

ロシア市民による反戦活動拡大はすぐには期待薄

現在、ロシア国内では、国営メディアの世論操作が非常に有効に機能しているようである。そのため、紛争当初期待されたロシア市民による反戦活動の大きな盛り上がりは、これからもすぐには望めないかもしれず、ゆえに「プーチンの戦争」を早期に止めるためには、ウクライナがロシアを軍事的に打ち負かすか、ないしはロシア政府の戦費を干上がらす、いわゆる「兵糧攻め」に期待するしかない。

Q3 対ロシア制裁は、SWIFT(国際銀行間通信協会)除外などの金融制裁、貿易規制、政権幹部らの資産凍結といった広範な内容を含んでいるが、最も打撃を与えている手段は何か?

これまでに採用された制裁措置のうち、ロシア経済に極めて大きな打撃を与えうるのは、約6000億ドルといわれるロシア中央銀行の国際準備資産の一部凍結と、ロシア有力銀行のSWIFTやユーロクリア(国際証券決済機関)などからの排除の2措置である。

これらの金融制裁は、国有銀行・政府関連銀行の資産凍結・取引制限、VISAなどの民間国際決済システムの取引停止、Western Union社などによる海外送金サービスの停止によって補完されている。

また、ロシア産化石燃料の輸入禁止措置も、さまざまな技術的理由からその完全実現には時間を要するが、ロシア政府や産業界を強く動揺させるだろう。6月開催のG7エルマウサミットは、ロシア産金の禁輸に合意した。金は化石燃料に次ぐロシアの輸出品であり、発動のタイミングはやや遅きに失した感はあるが、この措置も一定の兵糧攻め効果を発揮するであろう。

このほか、ロシア・ベラルーシの道路輸送事業者によるEU域内での輸送禁止やロシア籍船舶のEU域内港湾へのアクセス禁止なども、EUと英国が共同決定したロシア産石油輸送タンカーへの保険禁止措置と相まって、金融・エネルギー制裁と比せば効果は小さいものの、ロシア企業に相当の打撃を与えるだろう。

実際の効果より政治メッセージ重視の制裁もある

一方、政府高官、議員、オリガルヒ(新興財閥)およびそれらの家族・親族の資産凍結・行動制限や、高級品・奢侈品・ハイテク品目の輸出制限・禁止、ロシアへの直接投資制限、最恵国待遇の剥奪、国際機関・国際的協調スキームからの排除、外交官の追放を含むそのほかの措置は、政治メッセージ的な意味合いが強いか、ないしは、あくまで中・長期的な効果があるものに限られる。

カナダ政府は、制裁措置の一環として凍結した個人や団体の資産を没収し、ウクライナの被害者補償に充てるための措置を検討していると表明した。仮に同様の措置をほかのG7や欧州諸国が採用したとしても、ロシア経済全体に大きな打撃を与えることにはならないが、オリガルヒやプーチン大統領の取り巻きの危機感や焦燥感を醸成する効果は期待できる。デュープロセス(法に基づく適切手続き)の問題が立ちはだかると思われるが、各国政府の知恵と工夫に期待したい。

以上のとおり、経済制裁は、特定のいくつかの措置を除いて、短期的な「兵糧攻め」効果を望むことはできない。しかし、ロシア経済の政策的封鎖が、企業と市民の行動様式や将来予測を悲観的なものへと変えることにより、経済活動に多大な悪影響をもたらす間接効果(市場ショック効果)は大きい。

英シェル、仏ルノー、米マクドナルドに象徴される300社超を数える外資系企業撤退のロシア市場への心理的・実際的効果も小さくない。6月26日、ロシアの外貨建て国債はついに債務不履行に陥った(ロシア側は認めていない)。通貨ルーブルの価値急落とこれに伴うロシア金融市場の混乱は目前である。

一方で、こうした経済的混乱や景気後退が、ロシア市民のプーチン政権への怒りを、戦争を止めるに十分なレベルにまで高めるか否かは判断が難しい。

ロシアでは、自家農園を利用した食料の自給自足や地縁・血縁を介したインフォーマルな経済交換ネットワークが深く浸透している(特に、プーチン支持率が高い地方や農村地域に多い)。長らくこのシステムが、フォーマルな経済活動の悪影響を緩和する「ダンパー」の役割を果たしてきた。

ロシア独特の強靱性と制裁の抜け穴には注意

ロシア経済のこうした二層構造の強靭性を過小評価すると、経済制裁効果の評価と将来予測を大きく損なう恐れがある。さらに、プーチン政権の資源配分能力は非常に強力で、ロシア国民に困窮生活を強いてでも、軍産複合体を維持し続ける可能性は十分にある。この点を軽視してはならない。

Q4 暗号資産やCIPS(中国の人民元国際決済システム)を通じた資金のやり取りや欧州へのロシア産化石燃料の供給継続が、制裁効果を緩和すると指摘されている。どのような対策が必要か?

EUやG7政府が組織立って制裁の抜け穴をすべて効果的に封鎖できるとは考えられない。

暗号資産やCIPSを介した資金取引に注目が集まっているが、このほか、外交特権で税関などで中身の確認が行われない外交行嚢(封印袋)を使ったクーリエ(外交文書の運搬)による現金輸送や、中国やそのほかの親ロシア的な国々を介した金融仲介・信用供与、海外のロシア人や企業、さらにロシア・ウクライナ戦争の継続から利を得る勢力からのサポートといった制裁崩しも考えられる。これらの対抗策をすべて効果的に抑止することは難しい。

こうした制裁回避行動よりもっと大きな問題は、ドイツを中心とする欧州諸国の多くが、依然としてロシアからの石油・ガス輸入を続け、その代金をSWIFTから除外されていないロシアの銀行を通じて支払い続けているという事実にほかならない。

欧州委員会は、ロシア最大手ズベルバンクのSWIFT排除に加えて、2022年内のロシア産原油の全面輸入停止をも盛り込んだ追加制裁案を公表した。とはいえ、EUによるエネルギーの全面禁輸は一朝一夕には実現しないであろう。

例えば、EUのLNG基地能力には限界があり、パイプライン経由で輸入しているロシア産天然ガスの全量をLNGで代替する場合、輸入量の約30%分に相当する年4000万トンの基地能力が不足している。

プーチンの戦争を一日でも早く止めたい民主主義陣営にとって、この問題はまさにジレンマである。G7エルマウサミットは、ロシア産原油の輸出価格に上限を課す措置を採用した。入念な制度設計が必要であるが、その効果に期待したい。

中国やインドはロシア産原油輸入を拡大している

中国やインドが、ロシア産原油の輸入を増やしている点にも注意が必要である。ロシアは、国際価格より大幅にディスカウントした価格で、これら2カ国や第3世界に原油を提供しており、これらの国々が飛びついた形になっている。

中国の5月の原油輸入量は、ロシア産がサウジアラビア産を抜いて2021年12月以来5か月ぶりに首位になった。ロシア産は841万トン、サウジアラビア産は781万トンであったという。金額ベースでは、前者の58億ドルに対して、後者は63億ドルであるから、ロシアはかなり安価に中国へ原油を輸出している。

これらの国々にとって、割安なロシア産原油を調達する経済的メリットは大きく、この流れを食い止めるには、民主主義陣営による相当の外交的努力が必要であろう。

以上のとおり、EUやG7による対ロ制裁措置の効果を相殺する動きはどうしても避けられない。しかし、それを加味しても、少なくとも短期的には、ロシア経済が一連の制裁によって強く圧迫されることは間違いないと思われる。

Q5 ロシア・ウクライナ戦争の経済的帰結をどう予測するか?

今回の紛争は、次のように考えられる両極端なシナリオの間のどこかに着地するだろう。

一方の極端は、ロシアがウクライナを占領したうえ、東欧・コーカサス・北欧諸国にも軍事的侵攻を続けるか、ないしは西側諸国と激しく冷戦対峙するというものである。

この場合、ロシアは、ソ連時代に匹敵する厳しい経済封鎖の下で、ウクライナ復興と軍事行動・軍拡への多大な財政投入を余儀なくされる。国内の経済的疲弊も進み、徐々にしかし確実に衰退するだろう。

ただし、数年をかけて、中国などの権威主義諸国を利用しつつ、西側諸国の経済封鎖をかいくぐるシステムを構築し、非常に低水準だが拡大再生産を実現する道を確保するだろう。

もう一方の極端なシナリオは、ウクライナがロシアを軍事的に打ち負かし、その反動としてプーチン体制が瓦解し、自由民主主義的な政権が樹立されるというものである。この場合、ロシア新政府は、ウクライナへの戦争犯罪を認め、その補償として、ウクライナに対する長期間かつ極めて多額な財政支援を余儀なくされるだろう。

どちらのシナリオでもロシア経済の衰退は不可避

世界銀行は、ロシアの軍事侵攻によるウクライナの直接的な被害額を600億ドルとする評価を公表し、ウクライナ政府は、間接的な被害も含めると損害額は5649億ドルに達すると見積もっている。

現時点でも非常に多額の損失だが、戦争が継続すれば損害額はさらに膨れ上がることが避けられない。この戦争被害をロシア財政で全面補填するとなれば、その副作用としてロシア経済の衰退が加速するだろう。

後者のシナリオは、世界経済へのロシアの復帰が見込まれる分だけ、ロシア経済にとってはよりよい道になるかもしれないが、この場合でも、同国の市民生活は長期にわたって厳しい状況に陥ると予測する。

学術・技術開発活動の大幅な後退はいわずもがなであり、頭脳流出や人口危機の加速も伴って、じりじりとロシア経済の潜在力を蝕むだろう。未来が両極端なシナリオの間のどこに着地しようとも、ロシアの経済的将来は暗い。

(岩﨑 一郎 : 一橋大学教授)

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