藤井聡太が熱戦「天空の対局場」とトヨタの深い縁

真剣な表情で駒を指す藤井聡太五冠(写真:筆者撮影)

将棋の公式戦が開かれる「名古屋将棋対局場」が22日、名古屋市の名古屋駅前の複合施設「ミッドランドスクエア」内にオープンした。

日本将棋連盟の公式対局拠点としては東京、大阪(関西)の各将棋会館に続いて3カ所目。中部・東海地方では藤井聡太五冠の活躍で将棋人気が高まっているが、そこに地元のトヨタ自動車が手を挙げて、一等地のビルの会議室を無償提供するという大胆な支援に出た。その狙いや意義を探った。

藤井五冠も「快適にできた」と満足

新幹線や在来線が行き交い、リニア新駅の工事も進む名古屋駅。その駅前で最も高い地上46階建てのオフィスビルを含む複合施設がミッドランドスクエアだ。その17階から40階にトヨタ自動車の「名古屋オフィス」が入居している。16階に入るのはトヨタグループで不動産事業を担ってきた旧東和不動産。今年4月に「トヨタ不動産」へと社名変更している。

ミッドランドスクエア(右の建物)の25階に名古屋将棋対局場がオープンした(写真:筆者撮影)

そんな同ビルのシースルーのエレベーターで24階へ。トヨタ自動車の受け付け前を通って、さらにエスカレーターを上った25階でこの日、名古屋将棋対局場の「開場セレモニー」が行われた。

セレモニーには、日本将棋連盟会長の佐藤康光九段、藤井聡太五冠、藤井五冠の師匠である杉本昌隆八段、佐々木慎七段とともに、トヨタ自動車の桑田正規副社長が出席した。

冒頭でトヨタの桑田副社長は「豊田(章男)社長もこの中部・東海地区で頑張っている棋士の活躍をぜひとも応援したい、お役に立ちたいということで今回この場所をお貸しすることになった。これからこの場所で伝統のある順位戦の戦いが繰り広げられ、新たな盤上の物語が刻まれていくことを大変楽しみにしている」などと挨拶を述べた。

名古屋将棋対局場の前でテープカットするトヨタ自動車の桑田正規副社長(左端)ら(写真:筆者撮影)

テープカット後、対局場が正式にオープンし、こけら落としとして佐藤九段と藤井五冠による第81期順位戦A級1回戦、杉本八段と佐々木七段による同B級2組1回戦の2局が行われた。藤井五冠は日付を越える熱戦の末に佐藤九段を下し、対局後のインタビューで「こうして対局場を用意していただいて、地元で対局ができるのをうれしく思う。初めてだったが、すごく快適に対局できた。これが東海地方の将棋界の盛り上がりにつながればいい」と語った。

トヨタ自動車の会議室に真新しい畳が張られた名古屋将棋対局場(写真:筆者撮影)

藤井五冠は愛知県瀬戸市出身で、小学生の頃から名古屋市内の杉本八段の将棋教室に通うなどして腕を磨いた。2016年に史上最年少の14歳2カ月でプロ入りを果たすと、公式戦を勝ち続け、17年6月には歴代最多の29連勝を達成。「藤井フィーバー」を巻き起こした。

高まる将棋熱に、地元では愛知県の大村秀章知事や名古屋市の河村たかし市長が「名古屋に将棋会館を」と公言し始めた。名古屋には囲碁の日本棋院中部総本部はあるが、将棋の公式施設はない。将棋会館構想には、藤井五冠ら中部地区の棋士が東京や大阪に通う負担を減らすとともに、将棋を通して地域活性化やイメージアップを図ろうとの狙いが行政側にあったのは明白だ。

しかし、新たな施設となると場所やコストのハードルが高くなる。しばらく具体的な計画の目処が立たないまま、コロナ禍に突入して1年ほど経ってから浮上したのが「トヨタ」の名だった。

上層部同士の「個人的なつながり」で急展開

もともとトヨタと将棋連盟は、豊田市のトヨタ関連施設で棋聖戦が開催されるなどの縁があった。加えて上層部同士の「個人的なつながり」(日本将棋連盟メディア部の常盤秀樹部長)から、今回の計画が急展開したという。

名古屋で拠点作りができないか、という連盟からの相談に、「対局場という場所の提供なら」とトヨタ社内で検討がスタート。候補に挙がった名古屋オフィスの会議室は、名古屋駅前という好立地で約200平方メートルという十分な広さ。これまで会議や展示会に使っていたが、社内ではコロナ禍でテレワークが進み、「会議室の利用度が低くなっていたことも理由の1つにある」と同社総務部管財室の瀧敏暢・第1管財グループ長は明かす。

ビルのエントランスやトヨタの受け付けを通過するため、セキュリティ的にも安心だ。そして、棋士が将棋に集中するための「がやがやとしていない、静かな環境」(常盤部長)であるなど、対局場としての条件を十分に満たしていた。

地上120メートルの対局場では夜景も堪能できる

会議室は地上から約120メートルの高さにあり、大きなガラス窓から名古屋の街を一望。対局が長引いたら夜景も堪能できて、棋士の気分転換になる。フロアには台を設置したうえに畳85枚を敷き、最大7対局が同時に行えるよう設えた。畳や銀の屏風、ついたてなどはトヨタ側が備品として提供し、光熱費なども負担する。

コロナ禍が落ち着きを見せ始め、会議室の利用ニーズが今後どうなるかは分からない。今回の貸し出しは期限を決めているわけではなく、いずれトヨタ側が会議室に戻す必要性が出てくるかもしれない。しかし、そうした場合でも「せっかくの縁なので、(すぐに対局場を閉めるのではなく)発展的に対応していきたい」と瀧グループ長は約束する。

名古屋将棋対局場のオープン初日に対局する藤井聡太五冠(左)と佐藤康光九段(写真:筆者撮影)

連盟の公式戦は年間3000局以上あるが、名古屋の対局場で実施するのは当面、年に100局ほど。数としては限られるものの、「話題性は提供できる」と常盤部長。「棋士にとっての利便性が上がり、地域の将棋文化が発展していくことの波及効果は大きい。名古屋でうまくいけば、将来的に他の都市にも広げられる」と期待する。

 これまで、企業の社会貢献や文化・芸術支援といえば、ホールや美術館の建設などが定番だった。しかし、コロナ禍で大人数を集められなくなり、閉館する民間ホールも相次いでいる。これに対して、大観衆を集める必要がなく、ネット中継で盛り上がる将棋の支援は、企業にとってアフターコロナにあった社会貢献になるのかもしれない。

(関口 威人 : ジャーナリスト)

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