岸田首相の「資産所得倍増計画」は意外に使える?

岸田首相の「新しい資本主義」も相変わらず迷走中。だが「資産所得倍増プラン」は、きちんと実行すれば評価できるものになる可能性がある(写真:つのだよしお/アフロ)

岸田文雄首相が唱える「新しい資本主義」が何を指すのか、サッパリわからない状態が続いたが、その内容を作るべく設立された「新しい資本主義実現会議」の第8回会合(5月31日)の検討資料で、はじめて文章によって、概念と政策のまとまった説明がなされた(ように筆者は感じた)。

なおも迷走する「新しい資本主義」

この検討資料「資料1 新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画(案) 〜人・技術・スタートアップへの投資の実現〜」(以下「グランドデザイン」)の文書は、印刷するとA4の用紙で34ページにわたる長文である。

「霞が関文学」などと呼ぶと本職の小説家に叱られそうだが、事務局が一所懸命に作文した力作なのだろう。

しかし、本文の書き出しを読んで、いきなり脱力した。少々長いが引用する。

「1980年代から2000年代にかけて、市場や競争に任せればうまくいくという『新自由主義』と呼ばれる考え方が台頭し、グローバル化が進展することで経済は活力を取り戻し、世界経済が大きく成長した。新自由主義は、成長の原動力の役割を果たしたと言える」が第1段落だ。

この「新自由主義が成長の原動力だ」という認識を日本の経済・社会にあてはめると、ざっと過去30年にわたって日本が成長において著しく劣後していた理由は、「日本経済が新自由主義でなかったからではないか」という仮説が立つ。そして、それは正しい。

さて、下の図は日本の経済・社会の構造を説明するために筆者がよく使う図だ。

         日本の経済・社会構造 

(出所:筆者作成)

日本の経済・社会構造は、おおまかに言って、この図のように「日本的縁故主義」と「古典的資本主義」の上下2つに分かれている。 

後者(図の下)のほうから説明すると、非正規労働者や非正規労働者との競争にさらされる正社員と企業の関係は、「明日の労働(力)の再生産が危ぶまれる」(労働者がゆっくり休めないし、子供も持てないような)カール・マルクスも驚くような古典的資本主義だ。

一方、前者(図の上)のほうは、政治家・官僚・大企業の正社員など、人の流動性が乏しい(労働力が商品化されていない)「日本的縁故主義」とでも呼ぶべき「市場や競争」の原理が十分働いていない、よどんだ世界だ。

むしろ「新自由主義」が必要な日本

日本経済が成長するためには、経済・社会の上半分にむしろ「新自由主義」が必要なのだが、新しい資本主義実現会議における「グランドデザイン」は、冒頭から正解を大きく離れようとしている。絶望的だ。

例えば、官僚も不出来ならクビになり、同期生でも能力によって10倍以上の年収差がつくような「資本主義なら普通の競争」に晒す必要があるのだが、「縁故主義」の本丸に密集している彼らにこうした理屈を説いても、まったく実感がないから理解不能なのだろう。

なお、サラリーマンでも外資系企業に勤めたことのある人などにはわかるかもしれない。

さて、冒頭から絶望的な気分になった「グランドデザイン」なのだが、ビジネスパーソン諸氏は、自分のビジネスに関連する部分を、少々我慢してでも、ぜひとも読み込むべきだ。例えば官庁を直接相手にするビジネスをしている商社マンなどにとっては、必須の基本動作だ。

商社マンでなくても、大企業の企画部署の社員は、多分大多数が読んでいるだろう。これからどんな分野で予算が動いたり、規制が変わったりするのかに関するヒントが、この種の文章には豊富に埋め込まれている。

「新しい資本主義」に関するこの検討会も、報告書の文書ができあがると、官僚はこれを無視するわけにもいかないし、それ以上に自分がやりたいと思う政策を報告書の文書に関連付けて「利用」することはできないかと頭を使うはずなのだ。今回発表された「グランドデザイン」は、一部に文言の修正が入るかもしれないが、大半が報告書に残るのではないだろうか。

現実にありえない事実を仮定する「仮定法」の世界に入って、仮に筆者が官僚だとしよう。筆者は、岸田首相の「新しい資本主義」について、心からバカにすることは間違いないが(だから出世できないはずだ。どうしても顔に出てしまうから……)、たぶんそれ以上に言葉だけを先行させて、コンセプトのレベルから具体策まで丸投げで「後付け」を許してくれる岸田首相に対して「使いやすい首相だ」と思って一面では気に入るだろう。

現実に戻ると、筆者の立場なら、まずは「グランドデザイン」に、資産運用や証券ビジネスに関係するテーマの記述はないかを探すだろう。

「資産所得倍増計画」はNISA改革で?

実際、探してみると、興味深い箇所が見つかった。項目のタイトルは、「(3)貯蓄から投資のための『資産所得倍増プラン』の策定」だ。上記のグランドデザインの7~8ページに記述がある。

「個人金融資産を全世代的に貯蓄から投資にシフトさせるべく、NISA(少額投資非課税制度)の抜本的な拡充を図る」と驚くほど強い調子で書かれている。iDeCo(個人型確定拠出年金)や、金融リテラシーの啓蒙などに関する記述もあるが、NISAのように、強い言葉を使っては書かれていない。

「資産所得倍増」は最近の首相の言葉の中でも注目度の高いものの1つだ。このテーマに関連する政策が今後「ない」ということはありえない。そして、その本命がNISAの改革に絞られた、と解釈できる。加えて、本年末に総合的な「資産所得倍増プラン」を策定する、と期限が切られている。

一方、ひとくちに「資産所得を倍増する」と言うが、資産からの所得は経済格差拡大の主要な源泉の1つだ。当初、「分配を重視する」と言っていた岸田首相の考えが「新しい資本主義」に反映するのだとすると、大きな資産を持っている富裕層の資産所得を倍増することは、他に強力な富の再分配策が伴わないのであれば、経済格差拡大に直結する。

では、どうしたらいいのか?

つみたてNISAの「倍増」が優れる4つの理由

資産所得倍増プランは、「つみたてNISA」の年間非課税投資枠の上限を現状の40万円から84万円へと、ほぼ「倍増」するのがいい。「端数の4万円分」は、毎月の積立額が12で割り切れるようにするための「おまけ」だ。

ここで、①つみたてNISAと②一般NISAとの違いを簡単に説明しておくと、非課税投資枠こそ②が①の3倍の年間120万円だが、非課税期間は①最長20年間②同5年間、また投資できる商品も①厳選された投資信託から選択②国内外の個別株や投資信託など多岐にわたるなど、①と②はかなり異なる。

2024年から新しい制度・通称「新NISA」に移行する一般NISAの増枠や、iDeCo(個人型確定拠出年金)の拠出可能年齢上限の引き上げなども行われていいと思うが、筆者はつみたてNISAの「倍増」が圧倒的にいいと考える。以下に理由を述べる。

第1にメリットがわかりやすい。これまで年間40万円を上限とする積み立て投資で資産を形成するとしてきた制度の、利用枠が「倍増」するのだから、「資産所得倍増」の趣旨にふさわしいし、シンプルでメリットが明快だ。

第2に、「金持ち優遇」につながらないことだ。

つみたてNISAは、すでにまとまった金融資産を保有する人よりも、これから資産を形成しようとする個人を対象に設計された制度だ。20代、30代の利用者も多い。もちろん、つみたてNISAは高所得者や富裕層も利用できて、相応のメリットはあるが、もたらされるメリットの保有資産に対する相対的な効果は、資産額がまだ小さい「資産形成層」にとってより大きい。

端的に言って、つみたてNISAの上限利用額が「倍増」されても、富裕層がいきなり大きなお金を投資して、庶民よりも大きなメリットを得ることはできない。

年間非課税利用枠が84万円ということは、月額7万円の積み立てが可能になる。これと厚生年金に加入するサラリーマンのiDeCoの利用枠2万3000円を合わせると、9万3000円になる。

サラリーマンの場合、おおむね手取りの2割くらいの金額を貯蓄・投資に回すと老後の備えとして「まあまあ十分」なのだが、ここから逆算すると、月の手取り所得46万5000円(=9万3000円×5倍)までの人にとって、つみたてNISAとiDeCo双方を利用することで、おおむね老後の備えができることになる。岸田首相の言う「中間層」の資産形成ニーズの、かなりの部分をカバーできる。

ちなみに、年間84万円を20年間積み立てると投資元本の累積は1680万円だ。運用益を合わせると、かなり控え目に見ても20年後の資産残高は2000万円を超える可能性が大きい。

金融庁には忘れたい思い出かもしれないが、2019年に世間を騒がせた「老後2000万円問題」に対する、罪滅ぼしとしてもちょうどいいのではなだろうか。「とらぬ狸の皮算用」的な数字を出すのは控えたほうがいいのだが、ちょっとだけ計算してみると、運用利回りを4%としても、20年後の資産額は2500万円を超える。

投資を優遇する政策が検討される場合、常に「金持ち優遇だ」という批判が出てきて、これが特に税制論議の場では税制上のメリットを「値切る」理由に使われがちだ。だが、つみたてNISAの「倍増」の場合、主なターゲットは「資産形成層」(資産を「これから」形成する人々)なので、この批判に該当しないのはいい。

第3に、つみたてNISAは、成人であればどんな年齢層も利用できる点で、国民に対するメリットの与え方がフェアな点が好ましい。

たとえば、政府は企業に対して70歳までの雇用継続努力を要請するなど、今後高齢者がより長く働くようになることが予想されるが、つみたてNISAは高齢者が使ってもいい。つみたてNISAは、いつでも部分的に解約できるので、iDeCoよりも使いやすい面がある。iDeCoや新NISA(2024年から導入される予定)よりも、仕組みがシンプルな点もいい。

投資人口も増え、金融業界にも長期でプラス効果

第4に、つみたてNISAの拡充がもたらす「マネーリテラシー普及効果」が好ましい。つみたてNISAは、投資で重要な「長期・分散・低コスト」を実際に体験できる制度だ。また、つみたてNISAでは、金融庁が「長期的な資産形成に不適切な商品」を除外して対象商品を絞り込んでいるので、利用者が手数料の高い不適切な商品に誘導されるリスクが小さい。

また、つみたてNISAが普及することで、長期的には国民の運用商品に対する選択眼が改善することが期待される。はっきり言うと、つみたてNISAで除外されるような「長期的に不適切な商品」は、1年、2年といった「短期の運用にも不適切」なのだ。金融業界には少し不都合な話なのだが、読者にはこの点をよく覚えておいてほしい。

つみたてNISAを「倍増」した場合の金融業界への影響はどうなるか。当初は、手数料が高いダメな商品に回るはずだった資金が手数料の低いつみたてNISA適合商品にシフトする減収効果と、「増枠」によって資金がより多く集まる増収効果とが拮抗して打ち消し合うことが予想されるが、長期的には、投資に関心を持ち、実際の投資体験を持つ人口が増えるので、結局はプラス効果が大きいのではないだろうか。

なお、つみたてNISAに関して、筆者は以下の2つの改善要望を持っている。1つ目は商品選定の基準の見直しだ。ここでは「広げてもいい基準」と「狭めてもいい基準」があり、例えば高手数料の商品は今後ももちろん除外すべきだ。2つ目は、20年間商品の乗り換えが利かない点をいくらか緩和してもいいのではないかという点。例えば5年に1度くらいスイッチングができると、運用上のうえでも、商品間の競争を促進するうえでも好ましいからだ(本編はここで終了です。次ページは競馬好きの筆者が週末のレースを予想するコーナーです。あらかじめご了承ください)。

12日には、エプソムカップ(G3)が東京競馬場で行われる。芝1800メートルで行われる古馬の別定重量戦だ。

この時期一流馬は出てこない。1600メートルのマイル戦に適性があれば直前に行われたの安田記念(G1)に行くし、中距離馬の一流どころはこのあとの宝塚記念(6月26日、G1)に向かう。圧倒的に強い馬はいない。馬場適性や展開の向き不向きで着順が簡単に入れ替わりそうなメンバーがそろった。

エプソムカップの本命はダーリントンホール

本命にはダーリントンホールを採る。東京競馬場の同距離で行われた共同通信杯(G3)に勝ち鞍(2020年)があり、今回は斤量56キロが有利だし、鞍上がクリストフ・ルメール騎手なのも心強い。

対抗にはシャドウディーヴァを選ぶ。この馬も同コース・同距離にG2重賞勝ちがあり、その後東京競馬場で2回G1に使われている。

2回はジャパンカップとヴィクトリアマイルだが、着順は悪いが共に1秒まで負けていない。これまで戦ってきた相手が強いので、今回のメンバーなら有力だ。

3番手には昨年の勝ち馬で鞍上にダミアン・レーン騎手を確保したザダルを狙いたい。以下、ガロアクリーク、ジャスティンカフェ、ヤマニンサンバ、を押さえる。

(当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)

(山崎 元 : 経済評論家)

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