台湾の天才IT相「スマホ画面を指で操作しない」訳

ジャーナリストの堤未果氏と台湾のデジタル担当大臣であるオードリー・タン氏の対談(オンラインで実施)をお届けします(写真提供:NHK出版) 
日本で長年議論されながら、なかなか進まないデジタル化。スイスの国際経営開発研究所(IMD)が発表している「世界デジタル競争力ランキング2021」で、64カ国・地域のうち、日本の総合順位は28位で過去最低だった。
一方で、急速に順位を上げているのは台湾だ。2018年は16位(日本は22位)だったが、2020年は8位に浮上した。新型コロナウイルス感染拡大阻止の成功例として国際的に注目されたことも記憶に新しい。
なぜ台湾はデジタル化の推進に成功しているのか。著書に『デジタル・ファシズム:日本の資産と主権が消える』がある国際ジャーナリストの堤未果氏が、台湾のデジタル相オードリー・タン氏とオンラインで対談し、その実態を全3回で解き明かした。
第3回は「教育」について。
第1回:デジタル化「進まぬ日本」「成功する台湾」決定的差
第2回:台湾に好例「GAFAに独占されぬネット空間」作り方

GIGAスクール構想で問題になった教師の位置づけ

堤:「デジタル民主主義」において、教育の果たす役割についてお話しさせてください。

『デジタル・ファシズム』の中で、私が一番力を入れたのが教育の章です。日本では今、「GIGAスクール構想」という政策の下、すべての小中学生へのタブレット配布や、教科書の電子化が進められているのですが、これについて、現場の教師たちをはじめ、かなり議論になっているのです。

タン:はい、そのことは私も聞いています。

堤:タブレット学習は効率化されるなどメリットもありますが、ここで問題になるのは教師の位置づけです。元経産相はこうも言いました。これからはもう、知識伝達の授業については、名人のオンライン授業を皆がタブレットで見ればいい、1教科につき全国に1人教師がいればいいのだ、と。

タン:タブレットを教科書や教師の代わりにしようとしているのですか?!

堤:デジタルリテラシーを身につけた教員によるオンライン学習を主流にすれば、教員の数はずっと少なくて済むという話ですね。実は日本では以前から公務員の数を大きく減らす計画があり、その方向に向かいつつあるのです。

ただ、現場の話を聞くと、教科研究よりタブレットの使い方を教える研修が優先されていることへの疑問や、教育のデジタル化が進む中で、教師の役割をどう考えたらいいかについて、多くの混乱が起きています。

タン:オンライン教育による効率化で教師の数を減らせるという話が、人々の納得を得るのは、難しいと思いますね。代わりというと、教師たちはまず、自分の仕事がなくなると考えてしまうでしょうし。

唐鳳(Audrey Tang)/1981年生まれ。幼少時から独学でプログラミングを学習。14歳で中学校を自主退学、起業などを経て、35歳のときに史上最年少で行政院(内閣)に入閣、デジタル政務委員(閣僚)に登用され、部門を超えて行政や政治のデジタル化を主導する役割を担う(写真提供:NHK出版)

そもそも教師の仕事は、ただ生徒に教科書を読んだり、宿題の採点をしたりするだけではないですよね? 大半は生徒を気遣ったり、才能を見出したり、一緒に学んだりすること、つまり人対人の仕事です。これは自動化できるものではありません。

台湾の私たちが考えるのは「支援型テクノロジー」で、人と人とのコミュニケーションの尊厳と効果を高めるものです。

例えば、私のこの眼鏡も支援型のテクノロジーの1つです。眼鏡がなければ、今私は、ミカ(堤)の顔をはっきりと見ることができません。でもだからといって、眼鏡が私自身や私の目の代わりになった、とは言わないでしょう? それはナンセンスですよね?

技術とは透明性が高く、関心を満たし、説明がつくもの

タン:タブレットのようなデジタルツールは、この眼鏡のようなものなのです。必要ならかけるし、必要がなければかけません。

私にとって技術とは、透明性が高く、関心を満たし、それでいて説明のつくものでなければなりません。そしてこれこそが私たちが学級プロジェクトで独自のタブレットを設計したときに考えたことなのです。

私たちは一瞬たりとも、タブレットを教師の代わりにするなどということは、考えませんでしたよ。

堤:まったく同感です。これについて言語脳科学者の方と対談を去年したのですが、そのときも子どもたちのための結論は「あくまでも紙が主体で、デジタルは従」でした。

堤 未果(つつみ・みか)/国際ジャーナリスト。ニューヨーク州立大学国際関係論学科卒、同大学院国際関係論学科修士号。国連などを経て現職。中央公論新書大賞、エッセイストクラブ賞、日本ジャーナリスト会議賞など複数受賞。「ルポ貧困大国アメリカ」「日本が売られる」など多くの著書が海外で翻訳されている(写真提供:NHK出版)

もう1つ、アメリカや日本、アジアやヨーロッパの教師たちを取材した際にとても多かったのが、「スマホ脳」の問題です。

タブレットを渡した子どもたちが、SNSやネットフリックス、YouTubeばかり見るようになってしまった。生まれた時からSNS漬けの子たちにやめさせるのは難しい、それでも学校で自由を制限すべきだろうか悩んでしまう、と。

タン:その問題の解決法は、実はすごく簡単なんですよ。

まず大前提として、タブレットは授業で使うためのもの、という合意があるでしょう? これに沿って、クラスではあらかじめ情報が整理されたアプリだけを使うのです。

ただしこの方法は、フェイスブックやツイッターのようなSNSには使えません。フェイスブックやツイッターを授業中に使ってはいけないのは、生徒が授業にお酒を持ち込んで飲んではいけないのと同じで、「自由の制限」にはあたらないからです。それはむしろ、授業という共通の物事に皆で集中しなければならないときの、教室の中の「ルール」ですね。

台湾では、教室でタブレットを使うとみんなで決めたら、教師が強制する代わりに、まず皆で特定の授業で使うアプリの一覧を、整理してから使い始めます。

堤:実に明快ですね。生まれたときからデジタルが日常の一部になっている子たちだからこそ、デジタル以外の大切なことを、大人がしっかり教えることが大事になってくると。デジタルコンピテンシー教育の一部でもありますね。

タン:おっしゃるとおりです。

堤:もう1つ、大人が守ってあげなければならない大事なものが、子どもたちの個人情報です。

先日、日本政府は子どもたちの学力や経済状況を一元化してデータ管理する方針を発表しました。これには反発の声も多く上がっているのですが、オードリー(・タン氏)とこうしてお話していると、改めてそこに潜むリスクが見えてきます。

情報の主権者が誰なのか、子どもたちのデータは誰によってどう管理されるのか、何かあったら誰が責任を取るのか、などの情報が不透明なままに、「子どもの虐待を防ぐ」などと、表面的なことだけしか伝えられていないことが、国民側に不信感を生んでいるのです。

タン:それは不信感が生まれるでしょうね。まず少なくとも生徒の側は当然、すべての情報のコピーを持つべきでしょう。政府の役目はあくまでもそのバックアップを提供するもの、とするのです。

もう1つは、相互の説明責任です。いったい、国はそのデータを使って何をするのか。国民が国の責任を問えるよう、政府がそのデータについて合法的にできることの範囲を制限するなど、相互に説明責任を持つための仕組みを最初に作る必要があります。

システムは「性悪説で作る」で成功したエストニア

堤:まさに前回のお話(『台湾に好例「GAFAに独占されぬネット空間」作る術』参照)に出てきた、システムの設計段階のお話ですね。子どもたちのデータを集めること自体の是非でなく、民主的に運営されるシステムや法体系をしっかり詰めることがこの問題の本質だと。

『デジタル・ファシズム』の中に電子政府を持つエストニアの話が出てくるんですが、まさにあの国も「システムは性悪説で作る」を基本にしたからこそ、成功したのです。

デジタル化における子どもたちに関するもう1つの懸念事項は、身体的な影響です。デジタルデバイスもどんどん小型化して、私たちの体の延長になりつつあるでしょう? 日本では「ムーンショット計画」という、体の一部を機械化するSFのような話も進んでいます。

テクノロジーが身体の一部になってゆく中で、とくに小さな子どもたちにとってのリスクとは何でしょう?

タン:例えば、私はこの眼鏡をもう目の一部だと感じているかもしれません。眼鏡を意識しないし、コンタクトならもっと感じないでしょう。

問題は、テクノロジーが私たちの体を占拠して中毒性のある行動を引き起こしているにもかかわらず、自分でコントロールできなくなる場合です。

もし私がタッチスクリーンのスワイプをやめられなくなり、衝動買いを誘う広告を見続けていたら、それはもう私じゃない、外部の力に支配された私ですよね?

ですから子どもたちには、人を簡単に支配して中毒性のある行動を引き起こすようなテクノロジーが確かに存在することを、教える必要があるんですよ。つまり喫煙や飲酒のように、度を越すと、自分の健康にもみんなの健康にも悪いものであると話すのです。私たちはよく、中毒性のあるものに依存しないよう気をつけて、健康を守りましょうと勧めるでしょう? 

同じ話を、デジタルについても始めなければなりません。でも相手が大人なら、ちょっと付き合いでお酒を飲むのは本人の自由ですよね? だから大人は、影響を十分理解したうえで、飲みすぎないこと。もちろん、飲酒運転などもってのほかですよ。

子どもに危険性を教えることが大事

堤:大人については選択の自由、でも子どもにはまずその危険をちゃんと教えてあげることが、デジタルにおいても大事ということですね。中毒性もさることながら、身体機能に直接及ぼす影響というのもありますし。

タン:脳への影響、ですね。

堤:ええ。集中力や記憶力の劣化など、すでにいろいろ報告されていますが、オードリーは個人的に何か対策をしていますか?

私は最近、触り出すとあっという間に時間が経ってしまうことが恐くて、必要なとき以外はできるだけスマホに触らないようにしているんですが。オンライン中毒にさせる度合いが年々上がっているのでかなり大変で……シリコンバレーの執念と商売魂を感じます。

ちなみに今、手に持っているそれはスマホじゃないですね?

タッチスクリーンではないスマホを使っているタン氏(写真提供:NHK出版)

タン:はい、これは4Gの携帯電話ですが、タッチスクリーンではありません。

堤:ガラケーみたいに見えますが。

タン:昔の携帯電話をまねて作られていますけど、これ実はスマートフォンなんですよ。いわばタッチスクリーンのないスマートフォンですね。

堤:ガラホ?

タン:正解。私は、タッチペンが付いているか、タッチスクリーンがまったくないかの、どちらかを使うようにしているんです。

堤:電話と自分の体との間にワンクッション置くように? なぜですか。

タン::こういったキーボードかタッチペンで操作をする時は、どこを押すかを考えなければならないので、意図的な動きになるんです。これだとスワイプと違い、癖になりません。もし気の向くままにスワイプし始めたら、コントロールが利かなくなるでしょう?

実を言うと私は、今まで一度も、タッチペンやキーボードのないPDA(携帯情報端末)を使ったことがないんです。必ずタッチペンを使います。キーボードもタッチペンもないものを使うと、あっという間にやめられなくなってしまうので……。

堤:オードリー、あなたでも?

タン:そうですよ(笑)。

堤:あなたでもそうなら、私のような一般人が簡単にやめるなんて、難しくて当たり前ですね、少しほっとしました。

タッチペンの使用はマスクをつけて手洗いと同じ

タン:安心しましたか? よかった(笑)。私にとってタッチペンを使うのは、言ってみればマスクをつけて、手洗いするのと同じですよ。自分もほかの人と同じくらい、スマホ依存になりやすいとわかっているのでね。だから新型コロナウイルス対策と同じように、皆と一緒に予防接種を受け、手を洗い、マスクをつけよう……と、そんな感覚です。

デジタル・ファシズム: 日本の資産と主権が消える (NHK出版新書 655)

堤:スマホ脳の恐ろしさを、今日また改めて実感しました。教育に関する話で、中学校を自主退学されたときのことを聞かせてください。当時の学校教育から、もうこれ以上学ぶことはないと思った、と。ご著書を読ませていただきました。

タン:ええ、そのとおりです。好きな研究に専念したかったので。

堤:そして大人になってから政府に入り、今度はその学校教育を変えるために、教育改革を始めた。

タン:そう、始めました。中学を辞めた自分の経験をもとに、「実験教育」というオルタナティブ教育改革に関わるようになったんです。

堤:当事者としての実体験があったからこそ、今のシステムに欠けているものが見えたんですね。そうやって自分の手で実行した教育改革を振り返ってみて、最も大きな成果は何でしたか?

タン:ありがとう、よく聞いてくれました。そうですね、2019年に施行された基本教育改革で関わった箇所が、自分としては一番貢献できたと思います。教育課程を再設計する際に、社会の皆さんに議論の中身を知ってもらえるようにしたんです。

教育課程検討委員会の会議で、まず私が参加した最初の数回は自分で文字起こしをして記録を取り、それ以降はプロの速記者を呼んで、すべての記録をとってもらうようにしました。これがきっかけで、新たなルールが生まれたんです。教育課程審査委員会の会議をやるときは、始める前に保護者代表を含む参加者全員から、記録をとることへの同意を得て、ライブキャストか、録画しない場合でも議事録だけはとるようになった。

ちなみにこの会議には、台湾史上初めて、生徒の代表にも参加してもらったんですよ。その結果、誰でも記録を見れば、会議で話し合われた内容をすべて読めるようになりました。

それまでは、市民が議論の内容を知るのは、すでに公表されている情報に抗議の声が出たときだけだったんです。私たちは「徹底的な透明性」を確保することで、抗議という形でしか参加できなかった市民を、教育政策を決めるプロセスから巻き込むことに成功したのです。

この新しいルールは、各学校の運営原則にも影響を与えました。今ではそれぞれの学校が、校内カリキュラムの検討委員会に、生徒や卒業生、保護者も入れることで、オリジナル性の高い授業計画を作っています。というのも、この改革の重要テーマの1つが、高校の授業科目に、学校が決めたものと選択科目の両方を入れることだったからです。

高校にも大学と同じ委員会を置いて、もっと多くの人が透明性の高い方法で参加する、そうすれば、まったく立場の異なる人たちが全体を理解して、大筋で合意できるようになるでしょう? だから私はこの仕組みの導入に、エネルギーを注いだのです。

今14歳に戻ったら違う選択をする

堤:「透明性」と「参加型」、まさに2つとも、私たちのこの対談の中で何度も出てきた、デジタル民主主義の必須要素ですね。そのシステム導入は、台湾の子どもたちの未来への素晴らしい貢献だと思います。

ではもし、今のあなたがもう一度14歳の自分に戻ったら、きっと前回と違う選択をするのでは?

タン:しますね。そしてそれはとても重要なことなんですよ。あの改革で台湾の教育は、1つの連続する活動になったので、もうあのときのように辞める選択をする必要がありません。実験教育で学びながら、システムをフル活用して遠隔学習を始めることができるのです。

今や台湾の生徒の最大10%が、独自にカリキュラムを決めていますよ。14歳だった私は、それをすることと引きかえに学校施設の利用権利を失った。でも今の子どもたちが私のように権利を失うことは、もうありません。ね、恵まれているでしょう?

堤:ええ本当に!学びたいと思った時に選択肢があるかどうかは、その子の人生を左右しますよ。大人になったオードリーから次の世代へ手渡した、最高の贈り物ですね。ちなみにこれは、途中で普通のカリキュラムに移ることもできますか?

タン:移れますよ。一般教育のシステムに戻りたくなったら、簡単に戻れます。自分のオルタナティブ教育のカリキュラムや学んだ教訓を学校に持ち込み、参加型委員会にカリキュラムに関する情報を提供すれば、その学校で新しい授業を始めることもできます。

哲学やeスポーツ、何でもOKです。このシステムのおかげで台湾の子どもたちは、基本教育のあらゆる段階で、研究寄りの実験学校と、学力向上を重視する一般の学校との間を、自由にジグザグに進むことができるんです。昔はごく一部でしたが、今はすべての学校でね。

堤:まさに国の未来を変える改革ですね!私が一番すばらしいと思うのは、これが生涯を通じて学び続けられるシステムになっていることです。

タン:そのとおり!「生涯学習」こそ、われわれが目指す教育のゴールです。

堤:オードリーありがとう、今日あなたとこうしてお話しできて本当によかった。デジタル革命の先の未来を決めるのは私たち1人ひとりだということを、改めて確信できました。アプリのように、ファシズムではなく民主主義のほうにアップデートしていきましょう。そして次回はリモートではなく直接お会いしたいですね。

タン:こちらこそとても刺激的で楽しい時間でした。ありがとうミカ、話せてよかった。次はぜひリアルで会いましょう。

(翻訳協力:前田真砂子/株式会社トランネット)

(堤 未果 : 国際ジャーナリスト)
(オードリー・タン : 台湾デジタル担当政務委員)

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