ウクライナ情勢と第2次大戦前との不気味な相似

混迷を極めるウクライナ情勢の今後を歴史から考えてみます(写真:Valeria Mongelli/Bloomberg)

「欧州情勢は複雑怪奇」

の言葉を残して総辞職した内閣がかつてありました。これからのロシアの状況について同じような複雑怪奇でサプライズな展開が待っているかもしれません。

世界の希望的観測としては、

「ロシアのウクライナ侵攻から始まった戦争もそろそろ終わりに近い」

というものです。首都キーウ近郊ではウクライナ軍がほぼほぼロシア軍を追い払い平和が戻りつつあります。

現在と第2次大戦直前の世界情勢に似た空気

一方で、

「目標を達成して戦争を終わらせたい」

という意向がロシア側にはあり、具体的にはマウリポリなど南部・東部に総攻撃をしかけロシアが部分的に勝利する形に持ち込むまでロシアは終われないという観測もあります。そして南部・東部が実質的にロシアの支配下になるとすればウクライナも欧米各国もそれを容認できないのではないかという展開になります。

ここ数週間、ロシアとウクライナの間で行われてきた停戦交渉は一時期こそ締結間近と見られていましたが、それが遠のいたという情報も入ってきています。もう一段階何かが起きて、ウクライナ情勢は世論の期待よりも長期化、複雑化しそうです。

予測できない混迷した未来を考える際に「歴史から学ぶ」というのは私たち未来予測の専門家が使う常套手段です。そして少し不気味なことを申し上げると「欧州情勢は複雑怪奇」と言い残して平沼騏一郎内閣が総辞職してから日米開戦に至る第2次世界大戦直前の世界情勢は2022年現在のロシア情勢と実は似ています。

その後の世界が第2次大戦に向かったことを考えると似ていたとしてもあくまでそちらには行ってほしくはない話ではありますが、その奇妙な符合を挙げると3つの類似点があります。

1. イギリスのチェンバレン首相という理想主義者がドイツの世界侵攻を抑えるキーマンになっているという状況が、ロシアの侵攻に対峙するアメリカのバイデン大統領の態度と類似している
2. 「欧州情勢は複雑怪奇」とまで言われたドイツにとっての抜け道が、ロシアにも残されている
3. アジアで当時日本が欧米各国から受けていた制裁内容が、現在のロシア制裁と酷似している

もしも不幸にも歴史が繰り返すとどのようなリスクのある未来がやってくるのか、1938年から1941年の世界の歴史を振り返ってみましょう。

イギリスのチェンバレン首相はどう動いたか?

今から85年前、欧州での新たな脅威とはドイツでした。第1次世界大戦で失ったドイツ領を回復させる目的でドイツがオーストリアを併合しチェコスロバキアに侵攻した。その状況はロシアのクリミア半島占領や親ロシア地域である今回のウクライナ南部・東部への侵攻を思わせる行動です。

この当時、世界でドイツを止める役割を期待されたのがイギリスのチェンバレン首相でした。理想主義者で宥和政策を採りたがるチェンバレン首相は政治家としては現在のアメリカのバイデン大統領と似ています。チェンバレン首相は1938年のミュンヘン会談でドイツからこれ以上の侵攻はしないことを約束させ「これで危機は終わった」と満足して帰国します。

ところでドイツに侵攻されたチェコの首脳はこのときの決定に涙したと言われています。ウクライナにとっては破壊され蹂躙されたキーウ近郊の都市への補償は重要事項です。そしてロシア軍に実質支配されることになった南部・東部がどうなるのかはこれからの関心事です。これからの展開が大国の介入する停戦協定となればクリミア半島同様にウクライナ南部・東部について現状維持が容認される可能性は十分にありそうです。

さて過去の歴史についての本当の恐怖はこの先です。1939年にチェンバレン首相はドイツに裏切られることになります。ドイツはそれまで犬猿の仲だと思われていたソ連と独ソ不可侵条約を締結したうえでポーランド侵攻を始めるのです。

この独ソ不可侵条約こそが「欧州情勢は複雑怪奇」と言わしめたサプライズでした。当時のイギリス、フランスからすればソ連も一緒にドイツを抑えてくれると期待していた。そのソ連がドイツに協力する側に回ったのです。

実は紳士的で弱腰なチェンバレンを見て「与しやすし」と考えたのはソ連のスターリンも同じだったのです。これを現代に例えるならロシア侵攻で民間人の殺戮や化学兵器の使用が疑われても兵力を投入しないアメリカやNATOの動きを遠くから眺めている国々があるということです。

ロシアのウクライナ侵攻では世界が非難に回る一方で、棄権に回った大国が中国とインドでした。もし仮に、欧米や日本がロシア制裁に動く中で、ロ中印相互協力条約が締結されるようなことがあったとしたら、それは1939年の独ソ不可侵条約と同じインパクトを世界に与えるでしょう。

予測不能なサプライズが起こる可能性はある

中国やインドからすればたとえロシアが悪いとしてもここまでの経済制裁はやり過ぎだという立場表明はありえます。ロシアが経済制裁によってデフォルトの危機に陥る前に、資金や物資を提供することで貸しをつくる一方で、逆に中国やインドが隣国との紛争で世界から孤立しかけた場合に、金融面や貿易面で協力体制を約束してくれればそれは国益としてはメリットがある話です。

3月2日の国連でのロシア撤退要求決議では反対ないし棄権に回った国の数は40カ国でした。中国とインドはともに棄権です。ところが4月7日の国連人権理事会でのロシアの資格停止には棄権・反対は82カ国に増え、中でも中国は棄権ではなく反対に回りました。国際社会の中でロシアを孤立させるべきではないと考える国の動き次第では、1939年のような予測不能なサプライズが起きる可能性は十分にありうると考えるべきです。

さて今のロシアへの制裁は当時のドイツ情勢とはまた違う形で、1939年時点で日本が受けていたABCD包囲網による経済制裁から1941年のハル・ノートにつながる一連の状況とも酷似していることも歴史の類似点としては不気味です。

当時の日本は欧米から屑鉄の禁輸、石油の禁輸に加えて在米資産凍結までの経済制裁を受けていました。石油を求めて南下する日本に対しての最終通牒がハル・ノートで、中国と仏領インドシナからの撤退と権益放棄を迫ったのですが、そこまで追い込まれた結果、日本は真珠湾攻撃へと暴発します。

先ほど中国やインドがロシア擁護に向かう未来について予測しましたが、そのようにロシアの支援に回る大国がもし出てこなかった場合には世界にとってもっと最悪の、ロシアが暴発する未来が待っているかもしれません。

アメリカや日本から見ればロシアが撤兵してウクライナからいなくなってくれればいつでも経済制裁を解除すると考えるところですが、プーチンから見れば得られるものがないままでの終戦は自らの立場を危うくするものであり、到底受け入れられないと考えているわけです。

考えたくもないですが、もしもそんなことがあったときに起きうるのが暴発で、世界をもう一段強い姿勢で脅迫し、そのままウクライナの南部・東部に居座れる状況を保持しようとする。プーチンがロシア内での体制を強化する意味で暴発する可能性のうち、最悪なのは限定核の使用でしょう。そこでNATOが応戦すればそれこそ世界大戦がはじまります。

当時と同じ間違いを世界の首脳が犯さないように

歴史から未来を学ぶということは、1939年当時と同じ間違いを世界の首脳が犯さないことを期待するということです。

もしルーズベルトやチャーチルのような強いリーダーが1939年の時点で介入していれば世界の未来は違っていた。一方でメルケルやトランプなきあとの権力のエアポケットのような状況が起きている2022年においても、中途半端な弱腰軍事支援とやりすぎの経済制裁が1939年のような最悪の世界情勢を生むかもしれないという懸念はどうしても拭えません。

そうならないようにわれわれも世界を監視すべきだというのが、1939年の歴史から私たち日本人が学ぶべきことだと私は考えます。

(鈴木 貴博 : 経済評論家、百年コンサルティング代表)

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