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「1本3000円」ガトーショコラ店がFC展開する戦略

ガトーショコラ専門店というジャンルの開拓者、ケンズカフェ東京。「特撰ガトーショコラ」(3000円)は新宿御苑前の厨房で、毎日手作りされている(撮影:大澤誠)

ガトーショコラ商品だけで年商3億円を売り上げる人気のガトーショコラ専門店として知られるのがケンズカフェ東京だ。同店の唯一の商品「特撰ガトーショコラ」は「スイーツ百名店」や、ぐるなびの「接待の手土産セレクション『特選』」といった各賞を受賞。店でその日につくる400本のみを販売する希少性や、280gで3000円という価格もさることながら、入手のためにちょっと足を延ばして本店を訪ねる距離感も、1つの付加価値となっていた。

そのケンズカフェ東京が今、変化のときを迎えている。2021年11月にFC1号店静岡店をオープン、以後続々と出店し、2022年4月までに20店舗の展開を予定。最終的には各都道府県に1店舗以上、全50店舗以上展開する、全国ブランド化を見込んでいるというのだ。入手もしやすくなり、ぐっと身近なブランドになるわけである。

1998年にカフェレストランとして開業

大きな方針転換の意図はどこにあるのだろうか。ケンズカフェ東京オーナーであり、運営会社ドメーヌ代表取締役の氏家健治氏によると「次のチャレンジ」の意味合いが大きいという。

1998年にカフェレストランとして開業した同店は、2008年にガトーショコラ専門店として再スタート。

新宿御苑の閑静な界隈にたたずむケンズカフェ東京総本店。チョコレートを思わせる外壁は、今のガトーショコラの味に合わせて、軽やかな色合い、質感を採用している(撮影:大澤誠)

「焼きたてのガトーショコラをていねいに売る。価格も高いけれど、その価値は通ほどわかる。繁華街とは離れた当店にわざわざ足を運んでもらう、その経験も価値になる」(氏家氏)という考えのもと、価値を追求してきた。

その一方で、2016年から続けているファミリーマートでの監修商品販売や、さまざまな企業とのコラボ商品企画など、ブランド認知を広める取り組みにも力を入れてきた。

そこへ新たな挑戦を迫ったのが、このたびのコロナ禍だという。

「接待や宴会が開かれなくなったことで手土産の用途も少なくなり、バレンタインに向けていつもなら予約が埋まっている状態ですが、今(1月中旬)はまだ予約できる。そのぐらい、販売も落ちているということです。このままだと通販事業を再スタートさせなければならないか、と覚悟したほどです」(氏家氏)

焼きたてのガトーショコラはやわらかいため、形が崩れないよう、薄紙に包んだまま梱包する。薄紙で容器を作る工程も、熟練の手作業により行われる(撮影:大澤誠)

確かに、コロナ以来、ネット通販の市場が大きく伸び、実店舗を持たないブランドも増えている。ホームページの美しいビジュアルやSNSでアピールし、顧客と関係を持てる今、無理に店舗を持たなくてもブランド価値を醸成できる。店舗にかけるコストを削減できるメリットは大きい。

しかしそうではあっても、ネット通販を避けたい理由が氏家氏にはあった。

実は同店は、売り上げの7割を占めていたネット通販を2015年にやめている。注文受付や梱包、発送といった手間暇コストがかかる点や、商品が届かない、形が崩れていた等、配送事故への対応が物理的・精神的負担になったことが理由だそうだ。

「例えば物流が東日本震災の影響を受けていた時期、『商品が遅れた』とクレームを受けて料金をタダにしたこともあります」(氏家氏)

ケンズカフェ東京の厨房。オペレーションを極限まで単純化し、高い生産効率を実現している。小麦粉を使わない同店のガトーショコラは12分で焼き上がるため、回転がよいことも生産効率の高さにつながっている(撮影:大澤誠)

「心が通わない商売はやめよう」と、ネット通販事業から撤退。2〜3割の売り上げダウンを予想していたが、案に相違してかえって評判は高まり、売り上げ利益率ともにアップしたそうだ。百貨店の小売り部門など、固定の受注先も増えた。

そして、リアルにこだわる美学ゆえとも言えるかもしれない。例えば氏家氏は、新宿御苑の総本店外壁デザインを高頻度で変えている。市場の好みに合わせてレシピを変えている、ガトーショコラの味に合わせているという。

また、商品のパッケージも、手触りや重みでリアルに感じられる高級感を大切にしている。折りたためる折り箱はコストが安く場所もとらないが、最上級のガトーショコラの「器」としてふさわしくないと、ジュエリーなどに使われる貼り箱を採用しているのだそうだ。

店舗を増やすとパワーが上がる

さらに、やはり、いつでもどこでも買えることは価値の低下になる。そこで氏がとった手段が、FC展開だったのだ。フランチャイズやファーストリテールなどを事業とするMIGホールディングスと手を組み、フランチャイズ店を募集。FC店舗ではOEM工場で製作した商品を各店舗で販売することになる。

ただ、冒頭にも紹介したように、FC展開は氏家氏の次のチャレンジであり、「最強の1店舗」を究めるための布石である。

ケンズカフェ東京オーナーで、ドメーヌ代表取締役の氏家健治氏。バブル時代に青年期を過ごし、高品質なものに多く触れた経験が「特撰ガトーショコラ」を生み出す土壌ともなった(撮影:大澤誠)

「店舗を増やすとパワーが上がります。もっと質の高い素材を使って、もっとおいしいガトーショコラをつくれるからです。そして、質のよい素材が出回るようになれば業界全体のレベルも上がります。最強の1店舗としてのレベルもアップするのです」と氏家氏。

これを説明するためには、ガトーショコラ誕生の歴史から紐解く必要がある。

学生時代から食に興味をもち、バブル全盛期に舌を育てた氏家氏の原点となっているのは、「素材にお金をかけるほどおいしい」という経験則だ。

レストラン時代、料理に合わせるスイーツとして提供していたときから、業界でも「業務用チョコレートの最高峰」と言われるフランス、ヴァローナ社のクーベルチュールチョコレートを使用。仕入れ価格は一般的なチョコレートの3倍ほどだそうで、「ガトーショコラにこんないいチョコレートを使おうという発想が、当時は誰にもなかった」という。

また同店のガトーショコラでは小麦粉を使わない。このことから実現する、とろけるようななめらかさと香りが大きな特徴となっている。チョコレートの占める割合が高く濃厚であるとともに、小麦粉を使ったケーキのように完全に火を通す必要がないので、いわば卵の半熟のような状態だ。

「これまでに経験したことのない味」と、レストラン客から評判になったのが、ガトーショコラ専門店誕生のきっかけである。ただ、当時テイクアウトを求める声も高かったものの、氏家氏はなかなか踏み切ることができなかった。

「焼きたてのおいしさを味わっていただきたい」という、料理人としてのプライドからだそうだ。

仕入れる量が多くなればより高品質の素材を使える

なお、ガトーショコラの素材はこれまでにも幾度か変わっている。現在採用しているクーベルチュールチョコレートは、イタリアのドモーリ社創業者のジャンルーカ・フランゾーニ氏が調合した「KEN’S BLEND CRIOLLO」、そしてヴァローナ社のオリジナルチョコレート「KEN’S BLEND NOIR」の2種類だそうだ。

2種類のクーベルチュールチョコレートを使用。産地にこだわったカカオを用い、焙煎も浅くしてあるため、香りと味が豊かに感じられる(撮影:大澤誠)

CRIOLLOはベネズエラの農園でつくられる非常に希少なカカオで、本来、氏家氏でも使うことをためらうような価格だが、仕事で来日したフランゾーニ氏とその奥方が氏家氏のつくるガトーショコラに感動したことから、特別価格で仕入れられるようになったのだという。

このように、同店では素材、中でも主役であるチョコレートの品質が、ガトーショコラのおいしさの核となっている。そして仕入れる量が多くなるほど、比例して仕入れられる品種の選択肢も増え、価格も有利になるのだそうだ。

現在、本店でつくる商品とファミリーマートなどとのコラボ商品に使う素材として、年間で10トンのチョコレートを仕入れているが、FC展開で取扱量が例えば50トンに増えることにより、より高品質の素材を使えるようになるという。

特撰ガトーショコラを切り分けるとレアステーキのような3層構造になっており、3種類の食感と味が楽しめる。賞味期限は常温で2日、冷蔵で2週間。常温で、冷やして、温めてと、さまざまに味わう楽しみも(撮影:大澤誠)

カカオの産地と言えば日本ではアフリカというイメージが強い。しかし近年ではコーヒーやウィスキーなども含め全体的にシングルオリジンへの志向が高まっている。結果、Bean to Barブランドが増えたり、大手メーカーでさまざまな産地のカカオを使った商品を発売するなど、市場も消費者の好みも豊かになってきている。こうした背景には、ガトーショコラを通じてチョコレートの魅力を伝道してきた、氏家氏の貢献もあるだろう。ケンズカフェ東京のFC化は、チョコレート市場のさらなる活性化と繁栄を牽引していくようだ。

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