なぜ監督は「香川1区」の選挙戦を映画にしたのか

衆議院・香川1区の選挙戦を描いた『香川1区』は、2021年末に東京都内で先行公開されたのを皮切りに、1月21日以降全国各地で公開される © 2022 NETZGEN

2021年10月に行われた衆議院議員選挙(総選挙)の小選挙区・香川1区に異変が起こった。前回の選挙で惜敗した立憲民主党の小川淳也氏が対立候補の平井卓也前デジタル相に2万票弱の差を付けて当選した。

平井氏は、祖父、父が国会議員という3世議員で、四国新聞のオーナー一族というバックボーンを持つ、政界・地元香川のサラブレッド。保守系議員として強固な支持基盤を築き上げ、衆議院議員の当選回数は2021年の選挙を含めて8回を誇る。選挙戦直前には初代デジタル大臣にも就任、その実績を追い風に4期連続の小選挙区勝利をあげるはずだった……。

香川1区に何が起こったのか。前作『なぜ君は総理大臣になれないのか』(2020年、以下『なぜ君』)で「地盤看板カバンなし」からスタートし「公平・誠実・実直」を政治信条とする小川議員の17年間の奮闘を描いた大島新監督に、同作の続編にあたる現在公開中の『香川1区』について話を聞いた。

『なぜ君』ヒットの要因はコロナ禍

――前作『なぜ君』は観客動員3.5万人と、ドキュメンタリー作品としては、ヒット作となりました。その要因をどう見ていますか。

コロナ禍ではないでしょうか。『なぜ君』は第1回目の緊急事態宣言後の6月13日に公開されたのですが、あの時ほど日本も含めて世界各国の政治家や地方自治体の首長の資質や言葉がわれわれの生活に直接影響を与えた時期はなかったと思います。

そういう状況にある中で『なぜ君』が公開され、「政治とは政治家とは一体何なのか」という問いとともに、口コミで映画が広がったようです。

通常時の半分の席数であるものの、都内2館で6日間連続満員を記録するスタートとなりました。お客さんのTwitterでの発信力が呼び水となり、ドキュメンタリーが好きな人たちが「見ておかなければならない」という気になって劇場に足を運んでくださったようです。

多くの人たちは、小川議員の真っ直ぐな姿勢に「やはり政治家は志が大切なのではないか」と心を打たれたのかもしれません。そして、「なぜ日本の政治家は小川議員のようになれないのか」と感じたようでした。

香川県・高松市と小豆島などの島嶼(とうしょ)部で構成される香川1区で、選挙区の有権者は約31万人いる © 2022 NETZGEN

――今回も小川議員を追っていますがそのきっかけは何だったのでしょうか。

2020年9月に新しい立憲民主党ができた時に、小川議員を代表選に推す声があったのですが、選挙区で敗退し、比例復活当選しかしていないという理由で名乗りを上げませんでした。そういう意味でやはり2021年10月の選挙は、小川議員にとって大きな意味を持つものでした。

また、対立候補の自民党の平井議員も2020年9月のタイミングで菅義偉内閣の看板とも言うべきデジタル改革担当大臣に就任し、注目される存在となりました。

そして、何よりも今回の映画製作の大きなモチベーションは「自民党の強さを知りたい」というものでした。そこをきちんと描ければ日本中にあるであろう「香川1区」的な構造が見えてくるのではないか。そこで、今回は対立候補の平井議員、日本維新の会の町川順子候補も取材をすることにしました。

地方の有権者の投票行動

――都市部は人材の出入りが激しいのでマスメディア等の影響を受け、例えば大阪における維新の会の候補者たちの当選のように逆転現象が起こりやすいと感じますが、地方の有権者は「ここで生きていく以上は今まで入れていた自民党に入れなければ」という思いが強いと思います。

確かに、そういう傾向は香川1区にもありました。小川氏を応援している人たちは「自分の意思」で応援しているので、取材も「個として」向き合ってくれています。一方、平井氏の支持者の方々は会社の命令など、「何らかの事情」で自民党に投票している方が多く、取材も難航しました。

日本維新の会から香川1区に出馬した町川順子候補。作品の中では小川議員の「取り下げ要請騒動」についても描いている © 2022 NETZGEN

私のような外部の人間の立場であれば「それはおかしいのではないか」とすぐに言えますが、地元の人たちはそうは言えない。取材を受けていただけなかったことも含めてそのことは感じました。

平井氏に投票する人は「平井さんだから入れるわけではなく、自民党だから入れる」という人が多かったです。逆に小川氏に投票する人は「小川さんは好きだけれども立憲民主党が嫌い」という人が多かった。平井氏の支持者は「人より党」、小川氏の支持者は「党より人」という見事なコントラストがありました。

――平井陣営は、期日前投票が終わった後、平井氏に入れたかのチェックもしていましたね。

平井陣営が「投票チェック」を行っているとの噂があったので取材をしました。実際に期日前投票所から付近のビルに人が吸い込まれていく姿を見て、最初は「ある特定候補に投票することを強制する」ということに対して怒りを感じました。

しかし、ビルから出て来た人に話を聞いてみると悪気はありません。会社から言われたので来た、ただそれだけです。

一方で、劇中に登場しますが、平井陣営が1人2万円のパーティー券を10人分購入してほしいと依頼しておきながら、3人しか出席できないルールを設けていることを告発してきた隠れキリシタンのような人もいます。この場合、7人分のパーティー券代は寄付となる。それを明示すべきではないかと。

思いがあって小川氏に入れる一票も会社に言われて平井氏に入れる一票も、そして、パーティー券のあり方に不信を抱いている人の一票もすべて「同じ一票」なんです。

この映画の主人公は、客観的には候補者3人です。ただ私の中では、真の主役はやはり有権者でした。小川さんを熱い気持ちで応援する人も、会社の指示に従って平井氏に投票する人も同じ有権者です。この事実をどう受け止めるのか。そのことをずっと考えていたような気がしますね。

異なる聴衆への訴え方

――劇中の街頭演説で、平井氏は「小川氏(立憲民主党)は理想だけを述べ、自分(自民党)は政治家としてやるべきことを実践している」と主張していました。

平井氏の選挙演説は、前半はひたすら「デジタル」を連呼し、デジタル庁での実績をアピールしていました。それが後半から「選挙に勝ちたければ映画を作ればいいのか」というような小川氏への批判に変わったように感じましたね。デジタル庁の仕事で忙しく、選挙戦への取り組みが遅くなった焦りもあったのかもしれません。

そもそも平井氏の演説の聴衆は、通りがかりの人たちなのか、もしくは会社などの組織から命じられてきている動員なのかはわからなかったのですが、ほとんどがスーツ姿の人たちでした。

ちなみに高松三越前での街頭演説では、演説が終わると聴衆は平井氏が社長を務めていた西日本放送の社屋に吸い込まれていきました。そもそも平井氏は、街頭演説よりも「個人演説会」という形式をとって、閉じた空間で有権者と接触を持つことで票固めをしていました。

一方で、小川氏は「青空対話集会」と題して、選挙区を自転車で回って世代を問わず1人ひとりと対話していました。この差は大きかったように思います。

――小川氏の青空対話集会での演説を聞いた子育て中の女性が「右派/左派、リベラル・保守の対立はどうでもいいので、山積みの問題を解決して社会を安定させてほしい」と言っていたのが印象的でした。

香川1区では、自民党支持層、公明党支持層の一定数が小川氏に流れたと聞いています。コロナ禍になり「政治家は党や派閥等に捉われず、長期的な視野で生活環境を改善してほしい」という意識の高まりがあったのかもしれません。

平井陣営は途中から取材拒否

――大島監督が平井氏に1対1で取材をした時は余裕の表情でした。

デジタル庁ができる1週間ぐらい前で、今振り返ると、平井議員が絶好調の時だったのかもしれないです。2021年の6月頃から東京五輪・パラリンピックの事業費削減を進め、NECを完全に干すなどの「脅し発言」の報道もありましたが、その頃には報道も鎮静化してきました。当時は気持ちに余裕があったのではないかと。

平井卓也前デジタル相。選挙が本格する前は、1対1の取材にも応じていたが…… © 2022 NETZGEN

初代デジタル大臣となった後、菅内閣が総辞職し、自分の派閥の長である岸田総理大臣の内閣が誕生しました。しかし、その後、岸田総理から再び任命を受けてデジタル大臣に就任したわけではなかった。その辺りから少しずつ歯車が狂ってきたのではないでしょうか。

2021年8月のインタビューやデジタル庁の発足式は普通に取材できましたが、途中から平井陣営は私たちに対して全面的に取材拒否の姿勢を取っていきました。

また、県立高校の教員が授業で『なぜ君』を扱ったことが、教育基本法および公職選挙法に抵触する恐れがあるとして県の教育委員会がお詫びをしたこともありました。3年生の世界史の授業で『なぜ君』が使用されたとのことです。しかし、映画を2時間すべて見せたのか、部分的に見せて説明したのかなど実際の内容については、明らかにされていません。

お子さんがこの学校に通っていた自民党の県議会議員が問題にして、地元の四国新聞が報じたのですが、私に対する取材はありませんでした。授業の内容はわかりませんが「小川議員に投票しよう」と先生が呼びかけをしたのでなければ、特に問題はないと考えています。

選挙の情勢調査で小川氏リードの報道が出てくるにつれて、徐々にピリピリしていったというところでしょうか。

――今回の選挙戦では、『なぜ君』にも登場した坂本(広明)秘書が4カ月間、張り付く形で小豆島の対策を実施し、その結果平井氏に勝利しています。

前回の選挙で小川氏は平井氏に約2000票差で負けていましたが、高松市で500票しか負けていないのに、小豆島の地域では1500票差で負けていました。毎回平井氏が圧勝しており、対策を打たなければならなかったのですが、できていませんでした。というのも、今までの選挙は突然、解散が決まって総選挙が行われていたので、1カ月ぐらいしか準備期間がなかったんですね。

今回は任期満了に近付いていたタイミングでの総選挙だったので、3カ月以上準備期間を割くことができたようです。

小川氏はいつものとおりの「公平」「公正」という演説をひたすらしていました。一方、平井氏は公共工事などの実績をアピールしていましたが、その主張は理があると感じました。島の設備は定期的なメンテナンスが必要ですが、国会議員ひとりではそれを実現できず、県や市町村の協力が不可欠です。その連係プレーを円滑にできるのはわれわれ自民党であるというのが平井氏の主張でした。

交通の便が悪いところは全国で同じ現象があるのではないでしょうか。島民の人たちにとっての関心事は航路の設置など、公共工事によるアクセスの確保です。そして、その調整は自民党が中心となって行ってきました。

そういう意味では強固な保守地盤ができていましたが、今回、小川陣営が7777票、平井氏が7175票の得票で、わずかな差でしたが何とかその地区を突き崩したのは大きかったのかもしれません。

利己なのか利他なのか

――お話を聞いていると、自分の明日の生活を考えると平井議員に軍配が上がり、日本の未来や環境など広い観点から考えると小川議員に軍配が上がるのではという気がします。

本当にそうなんです。今回の選挙で痛感したことは、突き詰めると「利己」なのか「利他」なのかということ。小川議員の「持続可能な社会を作る」という主張は、日本だけでなく世界にとっても必要なことです。最終的には世界の格差をなくしていこうというのが小川議員の主張です。

しかし、その発想を支持できるのはある程度自分に余裕がある人です。自分の生活が保障されているからこそ、自分以外の社会や世界の利益を考えることができる。

選挙が始まった時、呼び掛けてもいないのに、小川氏の事務所にビラ配り、電話掛け、駐車場での誘導など「何かやらせてほしい」とたくさんのボランティアスタッフが集まって来ました。そしてその人たちは「世界の子どもたちに幸せでいてほしい」というような広い視野を持っており、やはり気持ちに余裕のある人たちでした。

人は誰しも100パーセント利己的な人、100パーセント利他的の人はいません。ただ、明日のくらし、事業を守るためならば、やはり今まで無難にこなしていた自民党に入れるべきであるという価値判断が働いてしまうのかもしれません。

今のところ日本国民は自民党支持が大半なのではないでしょうか。格差が広がる中、以前よりも今の生活が苦しくなっているので、余計に「変わって欲しくない」という気持ちがあるのではないかと。

――『なぜ君』の公開が小川議員の勝因だったという指摘もありますが、そう思いますか。

影響がゼロだったとは思いません。実際、自分自身も選挙戦の取材中「映画を見ました」と現地で声を掛けられました。しかし、香川1区地域での観客動員は5000人で、四国新聞の購読者数の17万部にははるかに及びません。

ただ、ドキュメンタリー制作をやっている以上、自分の作品で社会が動くのはむしろ喜ばしいことです。しかし、実際に映画が現実を変えることはめったにありません。

今回は小さな風かもしれませんが、現実に及ぼした影響は間違いなくあったと思います。そして今後『香川1区』が他の選挙区にどのような影響を及ぼしていくのかについては興味があります。それは自民党にとってはハレーションかもしれない。ただ、映画の影響が現実にどう関わったかは、今のところ読むことはできません。

総裁選の報道は「公平公正」なのか

――特定の候補者に焦点を当てたこの作品はテレビでは作れなかったと思いますが、政治をドキュメンタリー映画にすることの意義についてはどのように感じていますか。

非常に難しいのですが、ある放送局からは『なぜ君』の放映に関してNGが出たことがありました。民放連の基準で、特定の政治家にフォーカスした「番組」を放映することはできないということでした。一方、映画専門チャンネルでは「映画」という扱いになるので放映できるといわれました。

この結果については「なるほど」とは思ったのですが、一方で、テレビで要求される「公正中立」と言われるものが一体何を指すのかと思う時もあります。

例えば、総選挙の報道は各局同じルールの下になされますが、自民党総裁選は国政選挙ではないので縛りはありません。2021年9月の総裁選ではドラマチックな展開でその帰趨に釘付けになった人も多かったと思いますが、これだけ長い間、お茶の間で自民党のことを流せば有利になるのは当然です。

僕は香川1区から見えてくる日本の政治のあり方を描きたいという個人的な思いで映画を作っていますが、そのテーマがたまたま政治だからといって「何が悪いのか」という気持ちもありますね。

普通の人たちが勝利に涙

――お父様の大島渚監督もドキュメンタリーを撮影されていますが、何か意識しているところなどありますか。

父は劇映画の監督としては異次元の人であり、表現者としての手法において父を意識したことはありません。この20年間は、主にテレビのドキュメンタリー制作をしながら自分なりのやり方を確立してきました。一方で、自分で言うのは恥ずかしいのですが、「社会に対して抱いている正義感」のようなものは受け継いでいると感じます。

大島 新(おおしま・あらた)/ドキュメンタリー監督、プロデューサー。1969年神奈川県生まれ。1995年早稲田大学第一文学部卒、フジテレビ入社。「NONFIX」「ザ・ノンフィクション」などドキュメンタリー番組のディレクターを務め、1999年フリーに。ドキュメンタリー映画『シアトリカル 唐十郎と劇団唐組の記録』(2007年)が第17回日本映画批評家大賞ドキュメンタリー作品賞受賞。2009年映像製作会社ネツゲン設立。映画『なぜ君は総理大臣になれないのか』(2020年)では、第94回キネマ旬報文化映画ベスト・テン第1位となったほか日本映画プロフェッショナル大賞特別賞など多数受賞 (筆者撮影)

――最後に、映画の見どころについて教えてください。

終盤、小川氏の選挙事務所で当確ニュースが流れた時に、ご家族はもちろんですが、最前列にいた後援会の中心メンバーの中学校の同級生たちがみんな泣いていました。地元の会社のサラリーマン、ガテン系の仕事の人など、本当に普通の人たちが、選挙戦最後の日は自転車でずっと小川氏に付き添い、最後は勝って泣いていたんです。

小川議員は「地盤看板カバンなし」から出発しましたが、多くの家族、友人、ボランティアスタッフ、全国から駆け付けた人たちの支持を受け勝利を勝ち取りました。ある意味、本当に人に恵まれた人なのではないでしょうか。何もないから結束が強くなった部分もあるのかもしれません。

この作品を見て「人の幸せとは何か」ということを考えさせられた人もいたと聞きました。政治だけではなく、家族や人とのつながりのあり方なども描かれています。ぜひ、劇場で見て、さまざまに湧き起こる感情を受け取って欲しいですね。

ジャンルで探す