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静岡リニア「トンネル湧水全量戻し」本当の問題点

2021年12月19日に開催されたリニア有識者会議(編集部撮影)

南アルプス・リニアトンネルに伴う大井川の水環境問題を議論した国の有識者会議の結論(中間報告)が2021年12月19日に取りまとめられた。その結論は以下のとおりだ。

1) トンネル湧水量の全量を大井川に戻すことで中下流域の河川流量は維持される。
2) トンネル掘削による中下流域の地下水量への影響は、極めて小さい。

ところが、翌日の静岡県内の朝刊各紙は『湧水全量戻し 示さず』(中日)、『全量戻し 方法示さず』(静岡)、『水「全量戻し」議論残る』(朝日)などの大見出しで、中間報告への疑問を投げかけた。

静岡県の川勝平太知事は会見で、「全量戻しができるのかできないのかわからないのが中間報告を読んでの率直な感想。全量戻せないならばおそらくは工事はできないだろうと思う人が多い」と述べ、約2年間もかけた議論を粉々に打ち砕いてしまった。

「全量戻し」とはいったい、何か。国は流域住民に有識者会議の結論をわかりやすく伝えなければ、リニア静岡工区の着工は遠のいたままだ。

「全量戻し問題」の発端は?

JR東海は2013年9月、環境アセス準備書の中で「トンネル工事によって、大井川上流部の流量が毎秒2㎥減少する」と予測した。この予測に対して、静岡県は「毎秒2立方メートル減少するメカニズムを関係者に分かりやすく説明するとともに(中略)同施設内の湧水を大井川へ戻す対策をとることを求める」などの知事意見書を提出した。

JR東海は2015年11月、トンネル内の湧水減量分の6割強、毎秒1.3立方メートルをリニアトンネルから大井川までの導水路トンネル設置で回復させ、残り0.7立方メートルは『必要に応じて』ポンプアップで戻す対策を明らかにした。

JR東海の対策に、川勝知事は「62万人の“命の水”が失われる。全量を戻してもらう。これは県民の生死に関わる」などと反発、流域住民らは知事を強く支援した。『必要に応じて』の対策では「県民の生死に関わる」としたから、知事は「減少する毎秒2立方メートルの全量戻し」を主張、工事の着工を認めない方針を示した。これが「全量戻し」問題の始まりだった。

その後、県は減量分の毎秒2立方メートルだけでなく、トンネル内の湧水全量を試算して、そのすべてを戻せとハードルを上げた。県の求めに応じて、JR東海は2018年10月になって、『原則としてトンネル湧水の全量を大井川に戻す措置を実施する』と表明した。減量分の毎秒2立方メートルだけでなく、湧水全量を毎秒2.67立方メートルと試算、その全量を戻すとしたのだ。この表明で、川勝知事の“命の水”問題は解決したはずだった。

しかし、今回の有識者会議結論に、新聞各紙は「全量戻しの方法示さず」などと報道。静岡新聞1面トップ記事は『表流水の量は「トンネル湧水の全量戻し」をすれば維持され、地下水量の影響も「極めて小さい」としたが、全量戻しの具体的な方法は示さず、JRと県、流域市町の協議に問題解決を委ねた』と伝え、有識者会議結論を厳しく批判した。

新聞報道を踏まえ、川勝知事は「実質は毎秒2トンの水が失われる、と(JR東海は)言っていた。毎秒2トンの水は60万人の水道水の量」などと述べたから、ふつうに考えれば、JR東海は、トンネル湧水毎秒2.67立方メートルの「全量戻しの方法」を示さなかったと考えるだろう。

静岡県民には理解できない

ところが、JR東海は、毎秒2.67立方メートルについて、導水路トンネルとポンプアップという具体的な方法で、「湧水の全量を戻す」計画を示していた。有識者会議は、JR東海の「湧水全量戻しの方法」を認めたうえで、中下流域の河川流量は維持され、地下水への影響はほぼないという結論を出したのだ。

JR東海は、最大の難工事となる、南アルプス断層帯が続く山梨県境付近の工事で、山梨県側から上り勾配で掘削、まったく対策を取らなければ、最大300万〜500万立方メートルの湧水が県外に流出すると推計した。工事期間のうち、10カ月間だけは県外流出することを当初から説明していた。

静岡県は、トンネル湧水全量の毎秒2.67立方メートル戻しをJR東海が表明してから、約1年後の2019年8月になって、「湧水の県外流出を認めない」と、さらにハードルを上げた。「全量戻し」には、「水1滴」も含まれるという主張に変わってしまった。

県内の新聞各紙が有識者会議結論に疑問を投げかけた「全量戻しの方法を示せ」とは県外流出分についてだったが、一般の県民にはまったく理解できない記事となった。

JR東海は有識者会議で、作業員の安全確保を踏まえ、静岡県側からの下り勾配よる水没の可能性などを説明した。有識者会議の専門家は、静岡県側からの下り勾配工事の危険性を認め、作業員の人命安全を優先、山梨県側からの上り勾配による掘削で、県外流出する300万〜500万立方メートルが中下流域の水環境に影響を及ぼすのかどうかを議論した。

2021年2月の有識者会議で、県外流出される水量(最大500万立方メートル)について、水循環研究の第一人者、沖大幹・東大教授(水文学)は「非常に微々たる値でしかない」と指摘した。今回の結論となった中下流域への水環境への影響はほぼないという大きな理由のひとつである。

川勝知事の“命の水”とされる上水道だけでなく、農業、工業用水は下流域にある川口発電所付近の2つの取水口から年約9億立方メートルの表流水を導水管で取り入れている。

川口発電所直下の神座地区の河川流量は年平均約19億立方メートルで、上水道などに取られる約9億立方メートルを合計すると、実際の河川流量は年約28億立方メートルにも上る。

さらに、神座地区の河川流量は平均約19億立方メートルだが、変動幅はプラスマイナス9億立方メートルもある。沖教授は、この部分に着目、県外流出する量が最大500万立方メートルとしても、変動幅約9億立方メートルの0・55%と極めてわずかであり、リニア工事による県外流出量は年間の変動幅に吸収されてしまう値である、と説明した。

水問題は感情に結び付きやすい

「非常に微々たる値でしかない」県外流出量を静岡県は大きな問題にするのに、利水安定のために変動幅約9億立方メートルもの水をコントロールする対策に取り組んでいないと、沖教授は厳しく批判した。つまり、有識者会議は県外流出についての湧水全量戻しは取るに足らない問題だと結論づけたのだ。

ところが、有識者会議の中間報告が決定した直後、静岡県の難波喬司副知事は会見で「静岡県の意見もかなりの部分を反映してもらったが、必ずしも100%評価できない」としたうえで、県外流出する湧水について「関係者が納得する方策を協議すべきだ」などと述べた。静岡県内の記者たちは、そもそもの「全量戻し」や有識者会議の議論を理解しておらず、「JR東海の説明の不十分さが証明された」(難波氏)という指摘をそのまま受け入れてしまった。

県は2018年8月作成のリニア資料「水循環の状況(断面)」で、源流部から下流域まで地下水路が続き、下流域で大量の地下水が湧出していて、リニア工事が地下水路を遮断するイメージ図を提供、下流域の住民らの不安を煽ったのを皮切りに、川勝知事が先頭に立ち、リニア工事によって、下流域の水資源が枯渇するというイメージをつくり上げるのに躍起だった。

第1回有識者会議で、金子慎JR東海社長は「トンネル工事がどういう仕組みで(下流域に)被害を発生させるのか、専門的な知見から影響が起きる蓋然性(確率)を示してほしい」と要望、有識者会議は「ほぼ影響ない」という結論を示し、問題解決への道筋を示した。県外流出する湧水を含めて、「感情に結び付きやすい水問題」(沖教授)だけに、国、JR東海は有識者会議の結論をわかりやすく丁寧に流域住民に説明すべきである。

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