「お金不要」で次々とモノが届く「地下経済」の内情

ブックカフェで知り合った近所のおばあさまに、庭のカキをおすそ分けしていただく。地下経済ではこの季節になると頻繁にカキが飛び交うのであった(写真:筆者提供)
疫病、災害、老後……。これほど便利で豊かな時代なのに、なぜだか未来は不安でいっぱい。そんな中、50歳で早期退職し、コロナ禍で講演収入がほぼゼロとなっても、楽しく我慢なしの「買わない生活」をしているという稲垣えみ子氏。不安の時代の最強のライフスタイルを実践する筆者の徒然日記、連載第32回をお届けします。

「あげる」が「もらう」に転化する日

収納のない家に引っ越してしまったばっかりに、使わぬものは急いで人様にさしあげなければわが家がたちまちゴミ屋敷化するという人生初のピンチに直面しまして、結局、数日に一度は何の名目もないのに誰かに何かをせっせと差し上げまくるという、何ともフシギな生活が始まった経緯を前回、詳しく書かせていただいた。

で、そんなことがすっかり当たり前になったある日のこと。

突然、モノゴトが逆流を始めた。

「もらう」日常が、何の前触れもなくスタートしたのである。

それは最初、非常にささやかな形で始まった。

わが「あげる」リストに掲載されている店に行くと、なんだかんだとオマケをくれる。

豆腐屋ではお揚げを2枚買えば3枚包んでくれる。米屋ではお釣りの端数をカット……こちらも何かを差し上げているので常識の範囲内といえばそうなんだが、何しろこちらは、自分では使い切れない頂き物などを横流ししているにすぎない。それで何かをゲットできてしまうのは、何だかありがたくも申し訳ない気分である。

だが程なくして、モノゴトはどんどんエスカレートを始めたのだった。

口火を切ったのは豆腐屋である。

ある日、いつものように油揚げを買いに行くと、「ところでお姉さん、米は食べるんだろ?」。え、コメ? いやもちろん毎日食べておりますが……どういうこと? 

「いや、なんかたくさんもらっちゃって、うちじゃあ食い切れないんだわ。よかったら持って行きな」と、おしゃれに小分けされた高級そうなコメを、ドサッと10パックほど手渡された。

ええっ? いや……いいんですか? と言いながら、重い紙袋に自転車のハンドルを取られながらありがとうございますと図々しく持って帰る。

さらに数日後。「ところでお姉さん、魚は食うのかい?」。え? いやもちろん食べますとも。「いやね、配達先の居酒屋で魚のアラを大将がくれるわけ。でもうちじゃあなかなか食い切れないからさ……後で持ってくよ」。

半信半疑ながら夕方帰宅すると、玄関のドアノブに白い袋がブラーンと下がっておりまして、中を見ればなんと立派な鯛のアラがドドンと3つ! ちなみにわが家は冷蔵庫がないのでこの予期せぬ「大漁」にはさすがに焦り、ネットで調べて「一夜干し」にしたんですが、いやーこれがうまいのなんのって! 

余談だがこれ以降、魚は「干して食らう」ことが当たり前になった。ピンチはチャンス。何事もやってみるもんですな。

「何も差し上げていない人」から届いたもの

そして不思議なのは、このころから次第に「何も差し上げていない人」からも、何かをもらえるようになったということである。

こちらの口火を切ったのは、隣のマンションにお住まいの、近所でバルを営むご夫婦。このバルには何度か行ったことがあって、雑談の結果隣に住んでいることが判明したというご縁なのだが、ある日帰宅すると、郵便受けに「麩」が1パック。

「おとなりです。乾物なら冷蔵庫なくても大丈夫だよね!」とのメモ入り。以後、まとめ買いしたアボカドやらシソやらが「手伝って~」のメモと共に放り込まれるようになった。

お次は銭湯の常連仲間のおばあさん。たわいもない雑談をするうちになぜか、一人暮らしの私をたいそう気の毒がってくれて、海苔巻きやら豆ご飯やら煮しめやら、手間のかかるものをお造りになった時は郵便受けに「お電話ください」のメモが。

電話すると「食べる? じゃあ取りにいらっしゃい」。喜んで取りに行くと、ノリやらお茶やらタクアンやらのオマケもどっさり入った紙袋を用意して待っていてくださる。まるで田舎の親戚である。

……なんてことを人様に話すと、「東京のど真ん中でそんなことが?」と盛大に驚かれるんだが、誰よりも驚いているのは私です! いったい何が起きたんだ。あげればその分、お返しがくるというのはわかる。

しかしこれはどうもそのようなことではない。あげる時ともらう時の時間のズレがありすぎるし、そもそもあげていない人からももらっている。古典的な経済学では解明できない不合理なやりとりである。

しかしそんなことを考えている間にも、どんどん物事はエスカレートしていくのであった。

喫茶店に行けばお客さんからの差し入れのケーキや果物のおすそ分けにあずかる。近所の町中華に行けば帰り際にチョコレートや団子を持たされる。たまたま知り合った人にブランドものの洋服をドンともらう。

さらにわが家の「おかず」をつくってくれる人は増殖する一方で、銭湯友達のおばあさまだけでなく、例のバルの奥様はじめ、米屋の奥様、人を介して知り合った近所の料理好きの奥様も、なんだかんだとおいしいご飯を持ってきてくださるようになった。

特製カレーやら煮物やら茹でた栗やら松茸ご飯やらアワビの煮物やら特製ジャムやら、予測不能のめくるめく世界! 余談だが、コロナ第5波で病床逼迫に人々が震撼していた時も、私、これなら自宅療養になっても少なくとも食べるものにはまったく困らないナと思ったものである。

資本主義とはまったく違う「地下経済」?

そして、当然このようなことになればこちらもこれ幸いと、例の「もらってくれる人リスト」にこうした方々を加えることができるわけでして、持て余したものをせっせと運ぶ先が増えて誠にありがたい……などど言っているうちに、ふと気づけばこのようなやり取りはすっかり日常化し、この世を支配している資本主義経済とはまったく違うパラレルワールド、いわば「地下経済」のようなものが、わが暮らしに脈々と根付き始めているではないか!

それは、実に不思議な世界であった。

第1に、お金のやり取りはない。やり取りされるのはあくまで「モノ」である。そして一旦始まると、やり取りはエンドレスに続く。

第2に、何がいつやり取りされるかはまったく予測がつかない。つまりは等価交換ではない。何もあげていなくても突然もらえることもあるし、逆に、せっせとあげていても何も返ってこないこともある。でもそんなことは誰も気にしちゃいないのが妙である。そしていずれの場合も、もらう方もあげる方もなんだか嬉しそうである。

第3に、どうも誰もが、「あげる」を「もらう」より上回らせようとしているフシがある。これもまったく不思議である。だって、それって一言で言ってしまえば「損してる」ってことですよね。コスパ最高とやらかがもてはやされる表の世界とはあまりにも対極すぎる。でも振り返ってみれば、この私もそうなのだ。いったいなんなんだこれは……とわが心を改めて観察してみると、それは親切心とか慈悲の心とかそういうことではなくてですね、なんだかその方が単純に「落ち着く」のである。

よく考えたら、それは当たり前のことかもしれない。

だって「あげる」が上回っている状態というのは、自分が誰かに感謝されている状態ということだ。どうりで居心地がよいはずである。なんだか運気も上がりそうだ。

おまけに「損してる」ったって、冷静に考えれば大した元手などまったくかかっていないのだ。頂き物を横流ししたり、持っていても使わないものを持参しているだけなのだから、ほぼノーコストと言っていい。それで居心地のよい状態を作り出すことができるのならば、これぞ本当の「コスパ最高」なんじゃないだろうか?

そして前回も書いたように、このようなやり取りのできる相手、つまりは地下経済圏を拡張するほどに、親しい人、信頼しあえる人がどんどん増えていくのである。いやはやこれなら孤独担当大臣なんて全然いなくて大丈夫じゃねーか! 何度も言いますが、これぞ本当の「コスパ最高」なんじゃないでしょうかと思わずにはいられないわけです。

「人生を救う経済」の発見

しかしですね、こうして改めて振り返ってみますと、この経済圏は私の努力で築き上げたもの……であるはずはもちろんなくて、おそらくはもともと、目にはさやかに見えずとも、昔からやってる人はずっとやっていたのだ。

でも、お金万能主義が浸透したせいで人づきあいが薄まってきた現代では実行する人も少なくなり、見えにくくなっていただけなのだと思う。その鉱脈を、たまたま私は掘り当ててしまったのだ。「あげる」という、止むに止まれず始めた人生初の行動が、まさかこの鉱脈を掘り当てるカギだとは思いもしなかったのだから、誠にラッキーであったというほかない。

何よりこの地下経済圏が素晴らしいのは、一旦掘り当ててしまえば尽きることがないということである。それどころか使えば使うほど、どんどん雪だるま式に鉱脈は太く確かなものになっていくのだ。勝ち負けもないので誰かが独り勝ちすることもない。そして何度も書くが、ほぼノーコスト。

そう考えると、これはもうほとんど魔法の杖のような気がしてくる。誰もがアクセスできる、尽きることのない黄金の泉! 

われらが資本主義経済は格差拡大と自然破壊で深刻な行き詰まりを見せておりまして、要するにかなりヤバい状況になっているわけですが、いやいやいや、われらの生き残る道はそれだけじゃなかったのだよ! いやー、この発見はほとんどノーベル経済学賞レベルなんじゃ……?

などという戯言はさておきまして、真面目な話、発見者としましてはぜひこの「人生を救う経済」を多くの方に体験していただきたく、次回は誰もがこの地下経済圏にアクセスする方法とコツを詳しく書く所存である。

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