議員へのリコールを推進する中国国民党の事情

立場の異なる国会議員へのリコールに参加した中国国民党の朱立倫主席(党首)。その意図は何か(写真・AA/時事通信フォト)

台湾の中国国民党(国民党)が、台湾の民意によって選ばれた立法委員(国会議員)のリコール要求に参加している――。政党としては信じられない行動が、先の党主席(党首)選以降発生している。しかも、その委員は立法院(国会)で出席率100%を誇り、有権者の声もよく聞く仕事熱心な人物である。10月23日にリコール投票が開始される中、なぜ最大野党である国民党がこれに関わるようになったのか。同党が抱える内外の問題から考えたい。

たった1人の野党議員のリコールに加担

9月25日に国民党主席に返り咲いた朱立倫氏だが、まもなくして市民団体が進めていた台中選出の台湾基進党議員・陳柏惟氏(36)の解職(リコール)に賛同し支持すると表明した。同地に赴き団体と共に運動を開始したのだ。

中華民国憲法によれば、人々は選挙で中央の公職に就くもの(つまり立法委員)や、地方の公職に就くもの(つまり市長などの首長、市議会議員など)を選出するが、同時に解職(リコール)の権利も有するとある。直接民主主義の理念がベースにあり、何度かの修正を経て、2020年に現在の「公職人員選挙罷免法」として施行された。リコール自体はそれを選んだ土地の有権者や市民団体が進めることになる。

2020年6月、陳氏のリコールを要求する団体が、ファンページを開設。有権者への欺瞞や議員としての能力不足、社会風紀に悪影響などを理由に活動を開始した。

9月8日、突如、2020年の選挙戦で陳氏に敗れた顔寛恒氏が、リコールを進める団体のボランティアに参加すると、自身のソーシャルメディア(SNS)ページで発表した。さらに国民党の前主席の江啓臣氏が、そして現主席の朱氏がリコールの列に加わると表明。国民党議員が続々と運動に関わり始めた。最大野党の国民党が、議会でたった1議席政党の議員のリコールを要求する、そんな異常事態に発展している。

国会議員の後ろには、彼らに投票した有権者がいる。そのため、政党がリコールに関わるというのは、有権者への冒涜ともいえる行為であり、通常では考えられないことだ。

日本では少数意見を尊重する立場から、国会議員へのリコールはできないことになっている。しかし、地方の首長へのリコールで2020年、愛知県の大村秀章知事へのリコール運動があった。署名偽造事件に発展し、愛知5区で一時、日本維新の会の支部長を務めた田中孝博氏が地方自治法違反容疑で逮捕された。その際、同党の関与が疑われたが、松井一郎代表はきっぱり、政党として関与することは一切ないと語った。このことからも政党がリコール運動に関与することが、どれほどおかしなことかわかるだろう。

また、大政党が小政党の議員をリコール要求することが当たり前になれば、社会はいつまでたっても少数意見が尊重されないものとなってしまう。次の選挙まで待って、有権者に認められ議員になる、これが本来の民主主義のあり方だろう。しかし、顔氏や国民党はそのようなプロセスを拒否し、現職議員のリコール要求という道を選択したのだ。

なぜそうなるのか。冷静にその裏側を読み解くと、国民党内の事情と、中国の影が見え始めた。

そもそも陳柏惟氏とはどのような議員なのか。1985年、台湾南部の高雄に生まれる。台湾の一般家庭の中で育ち、映画製作に従事。2011年、過労からひき逃げ事件を起こすが、罪を認め被害者とも和解、円満解決している。ちなみに、この事件は後の陳氏の政治家としてのスタイルにも影響しているようだ。2017年頃から与党・民主進歩党(以下、民進党)よりも台湾独立志向が強い基進党に入党。2020年、台中市第2選挙区において、国民党で現職の顔寛恒氏を11万2839対10万7766の5073票差で破り立法委員となった。

立法委員になって以降、議会の出席率は100%、単独での法案提議は19、共同提議は16、書面での質疑は18、口頭での質疑は134に上り、立法院で最も活躍している議員の一人と言われている。一方、陳氏自身、台中は「よそ者」であるとの自覚や、先の事件も影響してか、どんな有権者の声も大切にし、心を大切にする政治スタイルを貫いていると評価されている。陳情聞き取りも3011件に達し、早朝に台湾新幹線で台北の立法院に向かい、午後は地元に戻って陳情等を受け付け、夜は屋台などで食事しながら庶民の生活を観察するといった生活をずっと続けているという。政治の世界における経験不足を、若さの力で乗り越えてきたようだ。人民のために働くのが政治家とは言うが、陳氏はまさにその典型と言えよう。

汚職事件で有罪となった元議員の地盤

しかし陳氏が勝利したこの地は、顔氏の父、台湾マフィアの実力者の顔も併せ持つ顔清標氏が長年地盤とし、2002年から議員として活動していた土地だ。家業である土木用砂利ビジネスを中心に事業を拡大。しかし関係者らが脅迫や傷害などの刑事事件が相次ぐ中、政界に進出するも議員在任中に汚職事件で起訴され、2012年に最高法院(最高裁)で有罪が確定した。しかし、翌年の補欠選で子息の顔氏が国民党から出馬し当選する。顔家にとっては地盤を守り抜いた形だが、国民党にとっては地元密着型の、票が読める選挙区となったのだ。このようなことから2020年の選挙で陳氏が当選した際、約20年にわたる顔家の牙城が崩れたとして、マスコミをはじめ多くの人々の間で話題となった。

台中で鉄の結束力を誇った顔家が敗れた理由は何だったのか。最大の要因は、顔家のダークなイメージに嫌気がさし、台湾主体で物事を考える若者、特に外地にいた若者が多数帰郷して投票したからだと言われている。在外投票制度がない台湾では、国政選挙では戸籍地に戻って投票する必要があり、地元に居住していない人々にとっては移動の負担が伴う。そのような中で陳氏は当選したのだ。若くて新しい台湾政治の象徴のような存在だったと言えよう。

一方、国の一大イベントである選挙ならいざ知らず、一議員のリコール投票に仕事で忙しい若者が、今回もわざわざ故郷に戻って反対票を投じるのかわからない。一部の世論調査では、リコールが成立する可能性が高いとあり、陳氏陣営は警戒を高めている。

驚くことに、国民党は陳氏とともに、無所属のフレディ・リムこと林昶佐氏のリコールも進めようとしている。こちらも陳氏と同様、台湾独立を主張し若者に人気のある議員だ。そして、彼らにはもう1つ共通点があった。2人とも国防外交委員会に所属する議員なのだ。

国民党内の”統一派”の影響を無視できず

現在、国防外交委員会に所属する議員は、民進党が6人、国民党が5人、基進党が1人(陳氏)、無所属が1人(林氏)で、委員長は民進党議員で投票せず、実質5対5の状況だ。そこでキーパーソンになるのが、陳氏と林氏の存在だ。

例えば中国が軍事圧力を高める中、与党としては軍関連の予算を増やしたい。しかし、先の朱主席の中国側からの祝電への返信に代表されるように、国民党としては中国との友好路線を掲げているため、台湾の国防増強につながる予算増には反対だ。委員会内で5対5と拮抗する中、最終的には両氏の票が決定打となる。

両氏とも台湾独立を志向するため、中国の侵略阻止につながることなら民進党と手を組む。結果、現在の台湾の国防力の引き上げと、台湾主体の外交へと続いているのだ。

国民党にとって、台湾独立を高らかに主張する両氏を国防や外交の場から排除することは、単に勢力拡大だけにとどまらない。中国への大きなアピールになる。中国は台湾独立を主張する両氏をブラックリストに入れていると言われている。そのような中、朱氏が率いる国民党は本気で統一を進めたいのか、また、その力があるのか。中国が新しいスタートを切った国民党を見極めるうえで、最良の「宿題」と考えているはずだ。

朱氏は一度、党を率いて総統選に出馬経験のある政治家にもかかわらず、張亜中氏ら急進的な統一派の影響力を心底感じて返り咲いたのだった。党内で彼らから本当の意味で信用を取り付けるには、中国との友好・統一路線を明確にし、内外に向けてアグレッシブに戦う姿勢をアピールしなければならない。そこでリコール投票で「勝利」することは、朱氏のこれからのサクセスストーリーの第一歩になる。強い指導者像を築くことにつながり、最終的には党内を完全にまとめ上げ、来る総統選挙や地方統一選挙での政権奪還を図る……。計算高いと言われる朱氏は、そんな青写真を描いているのかもしれない。

仮に陳氏のリコールが成立したとして、顔氏が補欠選に立候補するのだろうか。立候補した場合、顔氏はリコール団体に参加しているので、いよいよ陳氏への報復と見なされ、台湾が命を懸けて築き上げてきた民主主義に、大きな傷跡を残すことになるだろう。国民党はそこまで考えているのだろうか。

米中関係が新しい局面を迎え、台湾の動向は世界が注目している。日本にも影響することであり、台湾における民主主義の行く末はたいへん気になる。果たして国民党は台湾の民主主義を推し進めるのか、あるいは後退させるのか。10月23日の陳柏惟氏のリコール投票に注目したい。

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