築40年超「老朽マンション」丸ごと建て替えの顛末

「イトーピア浜離宮」(左)は建て替わり、名称を変え、2023年9月に「ブリリアタワー浜離宮」(右)が竣工する(写真:東京建物)

築40年超の都会の老朽マンションが本当に建て替わるのか――。

JR山手線「浜松町」駅の東側、旧芝離宮恩賜庭園を越えた場所に立つ「イトーピア浜離宮」(東京・港区)。1979年に竣工した総戸数328戸のマンションは目下、全420戸のタワーマンションへの建て替え工事が進む。

老朽マンションの建て替えが社会問題化して久しい。だが、国内にあるすべてのマンション約675万戸のうち、実際の建て替え事例は、準備中を含めても今年4月時点でわずか303件だ。オーナー間の合意形成に手間取ったり、立地が悪く建て替えの事業化が困難だったりすることが、建て替えが進まない理由に挙げられる。

翻って、イトーピアは好立地かつ容積率に余裕があり、オーナーの多くは建て替えに賛成。好条件が揃っており、すぐにでも建て替えへと移行できたように思える。が、建て替えが正式に決議されるまでの道のりは決して平坦ではなかった。何が壁として立ちはだかったのか。

週刊東洋経済10月16日号(10月11日発売)では「実家のしまい方」を特集。老朽化した戸建てやマンション、空き家・空き地問題について、広く取り上げている。

契機は2011年の東日本大震災だった

「デベロッパーやコンサルタントへの丸投げではいけない。われわれの手で建て替えを実現させるという意志が大切だ」。

旧イトーピアの管理組合理事長として尽力した林俊幸さん(71)は、建て替え実現の秘訣について、オーナーの主体性が重要だと説く。

イトーピアで建て替えの議論が始まったのは、2000年代中頃。築25年を超えていたが、管理状態は良好で居住環境にも不満はなく、建て替え機運は高まらないまま時は流れた。

転機は2011年3月に発生した東日本大震災だ。建物の損傷は軽微だったが、老朽化や耐震性不足への懸念が頭をもたげた。

耐震補強、免震改修、建て替えなどの方策を議論し、建て替えが最も合理的と結論。アンケートでは約7割のオーナーが建て替えに賛成したため、2014年11月、本丸である建て替え決議の前段階にあたる推進決議を管理組合総会に諮った。

だが、賛成率が規定に届かず、否決に。反対票は多くなかったが、建て替えに関心を持たず、賛否を表明しなかったオーナーがいたためだ。「理事会とオーナーとの間でコミュニケーションが不足していた」(林さん)。建て替え説明会は総会直前に開催したきりで、無関心層への接触が不足していた。

まとまりかけた意見を無駄にしたくない、と当時理事だった林さんは理事長に名乗りを上げた。就任後に意識したのは人任せにしないこと。イトーピアは賃貸住戸が大半で、オーナーの8割以上は外部に居住していた。これまでの理事会では、遠方のオーナーとの連絡はコンサルタントに任せがちで、主体的に動く雰囲気ではなかったという。

そこで説明会のほかに、遠隔地のオーナーとはチャットで連絡を取り、時には海外の所有者に英語や中国語で建て替えの意義を説いた。行政との意見交換やセミナーにも頻繁に出向いた結果、建て替えに協力するデベロッパーのコンペを自ら開催できるほど、知識をつけた。

2015年秋からのコンペにはデベロッパー6社が名乗りを上げ、各社の提案を比較検討した結果、オーナーにとって最も条件のよい、東京建物を主体とするグループを選定した。

好況で一転、転出しないオーナー

建て替えが既定路線になりかけた直後、ある問題が浮上した。当初計画では、オーナーの20%は建て替え後のタワーマンションを保有せず転出する、というのが前提だった。ところが、マンション市況の好転などを受けて、保有を希望するオーナーが増加。2016年秋に行った意向調査では、転出を希望するオーナーは5%にも満たなかった。

困惑したのは東京建物だ。建て替えで増えた住戸を分譲することで収益を得る同社にとって、転出するオーナーの減少は販売住戸の減少を意味し、事業採算性が狂う。そのため、オーナー側に負担を求めた。

むろん、オーナーも易々とは譲れない。イトーピアは建て替えに際して容積率の割り増しを受けるが、その条件として各住戸の面積を25平方メートル以上にする必要があった。イトーピアには20平方メートルのワンルーム住戸が複数存在し、そのオーナーは当初から5平方メートル分の増床費用が持ち出しとなる。さらなる負担増はハードルが高い。

落としどころを探る中で合い言葉となったのは、「満足の最大化より不満の最小化」(林さん)だ。

ワンルーム住戸のオーナーには、年金暮らしの高齢者もいるため、これ以上の負担増は避けたかった。結局、当初は一般分譲価格より有利な価格で増床できる権利を全オーナーに与える予定だったが、ワンルームのオーナーのみに限定。増床できないオーナーからは不満も漏れたが、5平方メートルの増床費用に耐えられず、転出を余儀なくされるオーナーを出さないことを優先した。

想定外の事態はその後も続いた。建て替えが正式に事業化する直前の2017年10月、大規模マンションへ保育所の設置を求める通達が国から発せられた。待機児童解消を掲げる港区からも保育所の設置を要請され、当初の計画になかった保育所の設置スペース確保が急務となった。保育所を設置すれば、やはり東京建物の販売住戸が減る。

さらには法改正によって、外壁材に含まれるアスベストの除去が義務化された。イトーピアの場合、解体工事とは別途、アスベスト除去工事を行うと、工事費は見積もり時点より1億円以上も膨らんでしまう。

配置を効率化、何とか販売住戸増やす

膝詰めの協議を重ねた結果、ワンルーム住戸を複数保有するオーナーは、建て替え後のタワーマンションでは面積の大きいファミリー住戸1つだけを保有することで手を打った。住戸配置の効率性が高まり、東京建物の販売住戸が増えたことで、コスト増を吸収できた。こうして2018年10月、満を持して建て替え決議を上程。賛成率約85%で可決された。

都心かつ容積率の割り増しを受けられるなど、条件に恵まれていたイトーピアでさえ、オーナーの負担をめぐって幾度もアクシデントに見舞われた。それでも、オーナー間の合意形成やデベロッパーとの交渉も理事会が主体的に行ったことが奏功したと、林さんは振り返る。

建て替え後、名称は「ブリリアタワー浜離宮」へと変わり、2023年9月に竣工となる予定だ。

週刊東洋経済10月16日号(10月11日発売)の特集は「実家のしまい方」です

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