「両利きの経営」と「新結合」:海外M&A成功の秘訣

日本企業の海外M&Aの失敗が後を絶たないのは、なぜなのか……(写真:EKAKI/PIXTA)
日本企業の海外M&Aの失敗が後を絶たないのは、買収後の経営について他社から学ぶ機会が限られているからではないか。そう考えた筆者が、日本を代表する製造業企業6社(グローリー、ダイキン工業、DMG森精機、日本板硝子、堀場製作所、村田製作所)の現場の当事者に学んだ知見をまとめた本『海外M&A 新結合の経営戦略』が刊行された。本書から、成功する海外M&Aにとって「新結合」が鍵となることを紹介しよう。

116兆円超の巨額な買収金額

今世紀の19年間に日本企業が実行した海外M&Aは8833件、買収金額の合計は116兆6541億円に上る。慎重と評されることが多い日本企業の経営であるが、海外M&Aには大胆にその経営資源を投入してきた。

それでは、この海外M&Aは、利益成長に結び付いているのだろうか。買収の件数は年々増加しており、案件の規模も大きくなったことから、買収の成否は企業業績に影響を及ぼすことになる。

本書第2章で示したとおり、日本企業が本格的に海外M&Aに取り組み始めた1985年から2001年の草創期に実行した大型買収116件では、51件が失敗で、成功は9件だった。

そして、2002年から2011年の発展期の買収139件では、失敗が27件、暖簾減損計上が17件、そして成功が17件だった。

草創期と比較すると、発展期の買収は失敗が減少し、成功が増えて成否割合は改善した。いまだ失敗の数は多いが、大日本住友製薬やアドバンテストなど、今世紀に入って大型買収に挑み、海外売上高比率と営業利益率の両方を同時に伸ばした企業も出現している。

日本企業の海外M&Aは経験を積んで、新たな段階に入った。

●買収の役割は新結合の遂行である

買収は企業経営の中でどのような役割を果たすべきなのか。そして、その成功モデルをいかに描くことができるのか。

企業が買収を発表すると買収金額や株価などに目を奪われがちだが、本書では、買収が新たな事業の結合である点に着目し、学術理論の力を借りて買収の役割を問い直した。

シュンペーターは『経済発展の理論』の中で、資本主義経済を循環と発展の2段階で捉え、企業家による非連続な新結合の遂行が、経済の発展をもたらすと説いた。

この新結合の遂行は、後にイノベーションと呼ばれるようになった。ちなみに1912年刊行の『経済発展の理論』には「イノベーション」という言葉は登場しない。

昨今、このイノベーションという言葉は、技術革新を指して使用されることが多いが、それは狭義であって、本来は、結合によって新たな考えや手法を試みて、旧結合による独占を打破し、経済に新たな循環を生み出すことなのである。

買収の役割はこの新結合の遂行にある。買収は、企業にとって非連続な行動で、獲得した経営資源を自社に結び付けて、市場を開拓し、サプライヤーや販売会社を自社の供給連鎖に組み入れ、製品群を補完することで新たな事業を生み出す。

新結合は、その企業を業界リーダーに押し上げる

企業はこの新結合を実行し、市場構造を揺さぶることで、業界の再編を導き、新たな寡占を形成していく。企業にとって買収とは持続的な成長の糧ではなく、新たな循環の軌道を生み出す発展の道具なのである。

この新たな循環軌道を描けるかどうかが、買収の成否を左右する。前述の通り、買収といえば、買収時点での買収金額の大きさや話題性で評価されることが多いが、買収の成否は、新結合により業界のリーダー的存在まで自社を高められたかどうかを見るべきであると筆者は考える。

20世紀に自動車市場で長期的な寡占体制を築いたGM、そして21世紀の今、我々が目にしているデジタル市場で寡占を形成するグーグル、両社はシュンペーターが説いた新結合による経済の発展を体現した代表的な例であろう。

この両者に共通するのは、それを買収で実現したことである。買収で獲得した新たな事業を水平、垂直、そして混合の形で自社に結合していった。ビュイック、シボレー、キャデラック、これらは20世紀初頭にGMが買収したブランドであるが、100年以上経った今もGMの主力車種である。

グーグルは創業してまだ20年強だが、スマートフォンOSのアンドロイド、動画共有サービスのユーチューブ、後にグーグルマップとなるキーホールなど、その主力製品の多くはベンチャー企業を買収して製品化したものである。

グーグルの行った買収は創業から20年の間に234件にも上る。GMは成長期にあった自動車業界を買収によって再編し、グーグルは買収でデジタル市場の成長を主導することで、それぞれ20世紀と21世紀に新たな経済の循環を生み出した。

GMはおもに供給側における生産や購買で規模の経済を働かせ、他方グーグルは需要側においてネットワーク効果という形で規模の経済を機能させ、ともに寡占を形成した。

●買収後の組織設計をどう考えるか

買収による寡占形成への道は単一ではない。本書では、日本企業の事例から導き出した5つの買収モデルを提示した。

この買収が十分に役割を果たすには、買収後の組織設計に工夫を凝らす必要がある。買収後の経営ではPMIという言葉が想起されることが多いが、買収後の組織設計に関しても、本書では新結合、すなわちイノベーションに連なる代表的な研究からヒントを得ることを試みた。

ジェームズ・マーチ氏は、企業が長期にわたって持続的な経営を実現するには、新たな事業の探索と、既存事業の深化を図る、2つの異なる能力を備え、その間に生じる矛盾や摩擦を克服することが不可欠であると説いた。両利きの経営である。

クレイトン・クリステンセン氏は、豊富な経営資源を備える大企業が、新興企業の挑戦の前に敗れ去る様子をイノベーションのジレンマとして描き、自社製品の深化を重ねる高い能力が、新たな探索の試みを妨げてしまうと指摘した。

この探索と深化という異なる目的の実行をバランス良く管理し、成果を挙げるにはどのような組織設計の選択肢があるのだろうか。

買収後に試される、両利きの経営能力

両利きの経営には探索と深化を逐次的に行う手法と、2つを同時に行う手法とがある。そして、同時に遂行する場合には、探索を目的とする組織と既存事業の深化を図る組織とを分離して管理する構造的アプローチと、組織を分離せず、その構成員が探索と深化を実行する文脈的アプローチがある。

これまでの研究によると、両利きの経営が成功するのは、新たな事業を探索する部門が、企業内で既存事業部門が有する顧客基盤などの経営資源を活用するケースである。

買収後の経営においても、対象会社の有能な技術者を維持し、現地の顧客基盤の毀損を回避しながら、重複を解消するためのリストラクチャリングは迅速に実行するなど、対象会社との間の矛盾や相反を抱えることになる。また、自社の経営資源を対象会社に提供することで相乗効果が生まれる点も両利きの経営の成功条件と重なる。

買収後の組織設計においても、対象会社の自主性を尊重し、組織を分離して管理するのか、それとも機能統合を優先して事業を吸収し非分離の組織設計を採用するのか、両利きの能力が試されることになる。

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