新型コロナ 最新の感染状況や対応は

新しい挑戦に自信がない人に知ってほしい始め方

スティーブ・ジョブズやビル・ゲイツの成功もひとりのフォロワーが支えたことから始まりました(写真:pixpanjp/PIXTA)
「新型コロナウイルスの出現によって変わりつつある世の中では、戦略的に“やめる”ことが大切」と語るのは「プレゼンの神」と呼ばれる元マイクロソフト業務執行役員の澤円さん。やめたあとには、思いきってやりたいこと・好きなことにフォーカスすることが大切だと説きます。どうすれば、新しく始める勇気が湧いてくるのか。最新刊『「やめる」という選択』から一部抜粋、再構成して掲載します。

成功のカギは、「ひとりめのフォロワー」にある

「本当はやりたいことがあるのですが、自信がなくて始められません」

「実は前から○○で一旗揚げたいと思っているのですが、踏み出せなくて」

こんなふうに相談されることがあります。

本当はやりたいことや好きなことがあるのに、それを始めるために今の生活を手放すのが怖くて、一歩を踏み出せない。そういう方にぜひ見ていただきたい動画があります。デレク・シヴァーズという起業家が、「社会運動はどうやって起こすか」というTEDGlobal の講演で紹介した動画です。

これはスタートアップ企業のバイブルとしてよく見られる動画でもありますが、まさに「わたしはこんなことやっているんだよ」と声を上げる人が、どのようにまわりを巻き込んでいくかを表しています。

最初は公園で人がひとり裸で突然踊りはじめて、まわりの人はその様子を冷めた目で眺めています(イラスト❶)。でも、次にその人の隣にやって来て、一緒に踊りはじめるひとりのフォロワーが現れます(イラスト❷)。やがて指数関数的に人が増えていき、その場全体が熱狂に包まれていきました(イラスト❸)。

ポイントは、イラスト❷でフォロワーがひとりついたことです。

(イラスト:白井匠)

いわば、「たったひとりのファン」がついたあと、あれよあれよという間にフォロワーが増えていったのです。これが、社会運動が広がるメカニズムであり、スタートアップが熱狂していく姿を見事に表しているのです。

かつてのスティーブ・ジョブズにはスティーブ・ウォズニアックがいたし、ビル・ゲイツにはポール・アレンというひとりのフォロワーがいました。そこからすべてがはじまったのです。

決してスティーブ・ジョブズやビル・ゲイツもひとりでなにかをしたわけではありません。たったひとりのフォロワーがいるかいないかによって、そこから事業が立ち上がっていくかが決まるわけです。

これはとても重要なポイントです。

話をみなさん1人ひとりに置き換えると、いきなり大きなことに取り組んだり、仕組みをつくったりするのではなく、小さなひと振りをすることが重要で、ここでいえば、「ひとりの熱狂的なファンをつくる」と考えればいいのです。

自分がやっていることに対して、ものすごく賛同してくれるひとりさえいれば、そのあとは一気にフォロワーが増えていく可能性があります。

よく「ムーブメントやイノベーションを起こす人は天才だ」とする「先入観」があります。それこそスティーブ・ジョブズだからこそできたと思ってしまうのですが、この動画を観るとただのふつうの人でも熱狂を生み出せることがわかります。

そもそも全世界約78億人のうちのひとりと比較して、「だからわたしには無理」といっても仕方ありません。しかも、スティーブ・ジョブズやビル・ゲイツだってみなさんと同じ人間であり、神でも宇宙人でもありません。ただ、ほかの人よりもほんの少し、秒単位で判断が早かったり、ミリ単位で視野が広かったりしたのだと思います。その積み重ねが、膨大な差になったのだと僕はとらえています。

ぜひみなさんも、実際にこの映像を見ていただきたいのですが、この動画にはなにか励まされるものがあります。

自分の好きなことをやっていると、きっと誰かが価値を見いだしてくれる。熱狂的なファンになってくれる人が、世界にひとりはいるかもしれない。この事実に納得できれば、自分のやりたいことに対して一歩を踏み出せるのではないでしょうか。

凡人がイノベーションを起こすために必要な条件

自分のやりたいことに踏み出せないのは、端的にいうと、自信がないからです。

「仕事にならないんじゃないか」

「こんなの続けていて意味あるのかな」

「無駄なんじゃないか」

「失敗するかもしれないしな」

と、やる前から何度も何度も、自分を否定してしまうからです。

なぜ、自分を否定してしまうのか。これには、2つのタイプがあるように思います。ひとつは、「過去」がサンクコストとなり――つまり、過去にしてしまった大きな失敗が判断材料となってしまったことで、踏み出せないケース。

そしてもうひとつは、過去の大きな失敗といったトラウマもないにもかかわらず、なぜか過去というサンクコストにとらわれているケースです。僕が見たところ、後者のサンクコストにとらわれている人は多いように思います。

それは、これまで受けてきた教育や環境に影響され、過去の価値観に支配されている状態です。そうしたマインドセットが、無意識のレベルですり込まれてしまっているのかもしれません。そのため、

「せっかくここまで我慢したのだから、やめたらもったいない」

「そこそこうまくいっているから、わざわざリスクを負うことはないか」

という気持ちになるわけです。

多くの人は、ルールのあるゲームを探してしまいます。野球が好きなら野球、サッカーが好きならサッカーというように、ある一定の世界のなかでスキルを磨き、プレーヤーとして上に登っていこうとします。

サンクコストという意味では、「いままで野球をやってきたのだから」という、磨いてきたスキルへの固執が当てはまるでしょう。時代が大きく変わっても、自分がやってきたスキルの枠内で「新しいニーズに合うものがあるだろうか」と考えてしまい、結局は世の中やまわりの人の、移り気なニーズに左右されてしまうのです。

確かに、スキルの一部分は活用できます。たとえば、野球で必死にベースランニングをしてきた人は、別の競技でも仕事でもその体力は役に立ちます。

オリジナルの競技をつくって勝負すればいい

ただ、わざわざ別の競技を探してやり直すのもまた、それはそれで要領が悪い面がある。ましてや「そうしなければいけない」わけではないので、それならば、「もう自己中の勝手なルールをつくって生きていいんじゃない?」と僕は思います。

与えられた場所でキャリアを積むことに価値がないとはいいませんが、いま与えられている場所やポジションにアイデンティティーを合わせる生き方を続けていると、その場所がなくなった途端、生きていく意味を見失ってしまう危険性があります。

そして実際に、コロナ禍による環境の変化や劇的な科学技術の進歩などによって、いま、いろいろな分野で、そうした既存の「場所」が音を立てて崩れ去りつつあるのです。「この競技だったらわたしは活躍できる」というものがなくなる世界。そんな世界を生きていくには、すべての人が、もうそれぞれオリジナルの競技をつくっていけばいいのではないでしょうか。

自分だけの人生なのだから、「これが好きで面白いからこれで生きていこう!」と思えればいいのです。これまでの自分がいた場所から、まったくちがう場所へと飛んでいくようなマインドセットを持つことがとても大切。

もっと「自己中」になって、自分が楽しいか楽しくないかで決めればいいのです。

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