各地で感染急拡大 新型コロナ最新情報

鉄道法令、なぜ「文語体カタカナ」にこだわるのか

官報で公布された鉄道営業法関係省令の改正。“新設”でも古めかしい言葉遣いだ(編集部撮影)

鉄道会社による乗客の手荷物検査に関するルールを明文化した「鉄道運輸規程の一部を改正する省令」が7月1日に施行された。

省令改正の目的は多発する列車内での危険行為の抑止の実効性を担保することにある。これまでは危険物の持ち込み禁止や、違反が発覚した場合の対応(列車外への退去)などが規定されていたものの、検査について明文の規定がなかった。そのため現状では持ち込みを防ぐには不足するということで新たに検査についての規定が創設されることになったのである。

新設でも「文語体カタカナ」

この改正省令の内容は公布日の6月8日に「官報」に掲載された。しかし、日常的に法律の仕事に携わっている人間でなければ、正式な条文を読んで驚くに違いない。令和の時代に“新設”された条文にもかかわらず、「文語体カタカナ」で記され、古めかしい言葉遣いだからだ。

鉄軌道に関する法令でいえば、制定された時期が古い鉄道営業法や軌道法、鉄道運輸規程も軌道運輸規程も「文語体カタカナ」である。一方で、制定時期が新しい法令、例えば鉄道事業法は「口語体ひらがな」で書かれている。

参議院法制局のホームページによると、「文語体カタカナ」が「口語体ひらがな」に変わったのは、1946年4月17日公表の憲法改正草案がきっかけという。そして、最初の「口語体ひらがな」の法律は、1946年7月23日公布の「郵便法の一部を改正する法律」とのことだ。

しかし、今回の鉄道運輸規程で追加された条文は、令和の世、21世紀になってからの追加であるにもかかわらず「文語体カタカナ」である。

第二十五条ノ二 鉄道係員ハ旅客ガ第二十三条第一項第一号乃至第三号ニ掲グル物品ヲ客車内ニ持込ムコト其ノ他危害ヲ他ニ及ボスベキ虞アル行為ヲ防止スル為特ニ必要アリト認ムルトキハ旅客又ハ公衆ノ立会ヲ以テ其ノ携帯スル物品ヲ点検スルコトヲ得此ノ場合ニ於テハ鉄道係員ハ旅客又ハ公衆ニ対シ当該点検ニ必要ナル協力ヲ求ムルコトヲ得
②旅客又ハ公衆ガ前項ノ点検又ハ協力ノ求ヲ拒ミタルトキハ鉄道係員ハ当該旅客又ハ公衆ニ対シ車外又ハ鉄道地外ニ退去スルコトヲ求ムルコトヲ得

本来なら、「口語体ひらがな」で、たとえば、

①鉄道係員は、旅客が第23条第1項第1号から第3号に掲げる物品を客車内に持ち込むこと、その他危害を他に及ぼすおそれのある行為を防止するために特に必要があると認めるときは、旅客または公衆の立会いのもとで携帯する物品を点検することができる。この場合には旅客または公衆に対しその点検に必要な協力を求めることができる
②旅客または公衆が前項の点検または協力の要求を拒否した場合には、鉄道係員は、その旅客または公衆に対し、車外または鉄道地外に退去することを求めることができる

としてもいいはずである。

しかし、鉄道運輸規程の他の条文は制定された時期の関係もあっていまだに「文語体カタカナ」のままで残っている。他の条文が制定当時の「文語体カタカナ」のままなのに、改正や追加された条文だけ「口語体ひらがな」となってしまうと、条文表記のつり合いが取れない。そのため個別の条文の修正や追加などがあっても法令全体が「文語体カタカナ」のものは「口語体ひらがな」にはしないという扱いになっているようである。

120年前からある鉄道営業法

ほかにもこのような扱いの条文は散見される。

たとえば鉄道営業法の第14条を見てみる。鉄道営業法自体は、今から120年以上前の1900年(明治33年)に作られた古い法律であるが、2017年に改正民法が公布されたときにあわせて第14条が改正されている。

もともとは「運賃償還ノ債権ハ一年間之ヲ行ハサルトキハ時効ニ因リテ消滅ス」と定められていたが、改正民法に即するよう2017年に「運賃償還ノ債権ハ之ヲ行使スルコトヲ得ベキ時ヨリ一年間行使セザルトキハ時効ニ因リテ消滅ス」と改正された。

もし、まったく新しい法令で制定されたとしたら、例えば「行使セザルトキハ」の部分は「行使しないときは」という柔らかい言葉遣いで「口語体ひらがな」になったであろう。

なお、鉄道営業法の中にはさらに特徴的な規定がある。第18条の2という条文は先に述べた改正民法とあわせて新設された。

この条文の表記は、

「鉄道ニ依ル旅客運送ニ係ル取引ニ関スル民法第五百四十八条の二第一項ノ規定ノ適用ニ付テハ同項第二号中『表示していた』トアルハ『表示し、又は公表していた』トス」

というものである。

・平成末期に新設された条文なのに鉄道営業法全体にあわせて「文語体カタカナ」

・しかし、引用されている民法は「口語体ひらがな」なので、民法引用部分は「口語体ひらがな」

という「口語体文語体カタカナひらがな」の条文に出来上がっている。

口語体に統一は無理?

「法律の不知は許さず」という格言がある。「法律で定められているなんて知らなかった」という言い訳は許さないというものである。そうであるなら、法律や規則、省令などは、その規律を受ける国民にわかりやすくなければならない。その点では、現代に条文の追記や一部改正があっても「文語体カタカナ」が使われ続けるのでは、その目的は達せられないように思われる。

それならばいっそのこと全部「口語体ひらがな」に変えてしまえという意見もあろう。たとえば、大正時代につくられた地方鉄道法は、国鉄民営化の流れの中で1986年に制定された鉄道事業法に取って代わられたが、その際、「文語体カタカナ」から「口語体ひらがな」に変身を遂げた。

東海道新幹線の開業にあわせて1964年に制定されたいわゆる新幹線特例法は、鉄道営業法の特別法として新幹線にのみ適用されるものであるが、元となる鉄道営業法と異なって「口語体ひらがな」である。

しかし、法律の内容を変えずに言葉遣いを変えるといっても、言葉が持つ意味が変わらないかどうかの確認は必要であろうし、せっかく現代語に変えるのなら現代に即した内容も盛り込んだほうがよい、ということになろう。全体を変えるとなると今の時代に各条文が適合するかどうかも検討する必要がある。

そうすると単純に言葉遣いを変えるといっても法令全体でその点検や議論を行うのには相当な労力を要する。大改正の必要に迫られれば別であろうが、それほどの必要性がなければあえて変える必要もないということになるのであろう。

現代に適合するかどうか、ということでいうと、たとえば、鉄道営業法第24条で定められている「鉄道係員が職務中に旅客などに失行があったときは罰金」という規定が私は気になっている。

刑罰は、何をすると罰せられるのかを明確にするために犯罪行為をはっきり規定する必要があるが、「失行」というのは実にわかりにくい言葉である。「失行」の意味には「過った行為」「人の道にはずれた行為」というものがある。しかし、「人の道に外れた」とは抽象的である。

人によっては「挨拶ひとつしないこと」も人の道に外れた行為ということもあろうが、それで罰金に処せられたら冗談ではないだろう。では、これを削除するかどうか、ということになると、そこでまた議論が生じてそんな簡単な話ではなくなってしまう。

法令だけが古いまま

私が司法試験の勉強を始めた1990年代の初めころ、「口語体ひらがな」の憲法はとても読みやすかった。一方で、今でこそ「口語体ひらがな」になったが、民法も刑法も民事訴訟法も破産法も商法もまもなく21世紀になるのに「文語体カタカナ」の世界が広がっていた。読みにくかった(私は憲法だけは成績が割とよかった)。

民法や刑法、商法などの主要法令がその後「口語体ひらがな」に変わったのは、やはり社会生活、経済活動に直結するからであろう。その意味では、鉄道営業法を筆頭に鉄軌道に関する法令は、事業者がわかっていればよい、という考え方があるからなのかもしれない。

しかし、鉄道に興味を持つ者としては、古い鉄軌道の法令が時々部分的にいじられて、しかし大きな議論もされず放置されているというのは釈然としない。100年以上前、小さな蒸気機関車から始まった鉄軌道は、重要な交通機関として全く別物と言っていいくらい進化を遂げた。技術面だけでなく、法令面でも古い法令が進化を遂げる姿を見てみたいものである。

ジャンルで探す