日本の老舗が「カルティエ」になれない根本理由

高級ジュエリーブランド、カルティエを擁するリシュモングループの経営から見えてくる日本の老舗企業の問題とは(写真:Jeanne Frank/Bloomberg)
不況下でも強いヨーロッパのラグジュアリーブランド。コロナ禍でしぼむどころか、高額品がしっかり稼いでいるという。元は同じ地場伝統のものづくり企業でありながら、欧州と日本でこの40年に差は開いた。日本の高品質ものづくり企業は、自らのブランド価値を再認識し、さらに高める努力をしてほしい、と編著者は力説する。『カルティエ 最強のブランド創造経営 巨大ラグジュアリー複合企業「リシュモン」に学ぶ感性価値の高め方』をまとめた早稲田大学ビジネススクールの長沢伸也教授に詳しく聞いた。

ルイ・ヴィトンは日本に進出してから大発展

──きらびやかなヨーロッパブランドと日本の伝統的ものづくり、だいぶイメージに差がありますが。

ヨーロッパブランドも元は街角の冴えないかばん屋とか山奥の工房だった。今は普通にラグジュアリーブランドと言っているけれど、その始まりはルイ・ヴィトンが東京、大阪に出店した1978年です。フランス国内に2店舗しかなかったルイ・ヴィトンが、極東の島国でモノグラムのバッグが大ヒットすることを発見し、2年後シャネルも日本に上陸。1980年代バブル期を捉えてヨーロッパブランドが怒涛のごとく日本に押しかけてきた。彼らは自らの魅力を最大限打ち出して、今の地位を築きました。

一方日本では、後継者がいない、売り上げも厳しい、いい技術・製品を持ちながら経営難、という企業があまりにも多い。ラグジュアリーブランドと遜色ない技や伝統を持ちながら、「ルイ・ヴィトンなんて、私どもにはとてもとても」と皆さんへりくだる。

でもそれは、彼らが上り詰めた現在地を見ているだけ。ラグジュアリーブランドになるために彼らが何をしたか、日本の企業にも見習ってほしいと思って書きました。

──ラグジュアリー企業首位はルイ・ヴィトンほか高級ブランドを多数抱えるLVMHですが、今回は宝飾ブランド・カルティエを擁するリシュモンに注目しています。

リシュモンは日本のものづくり企業と体質が似ている。南アフリカの小さなたばこ工場から出発し、創業者の現会長など町工場の親方みたいな人です。派手な積極経営で鳴らすLVMHと正反対の、石橋をたたいて渡る堅実経営。

近年、アメリカの宝飾ブランド・ティファニーをめぐりLVMHは買収発表、その後白紙撤回、続く訴訟合戦とメディアを騒がせましたが、リシュモンも買収を打診されていた。でも断った。自社2番手の宝飾ブランド・ヴァン クリーフ&アーペルよりもキャッシュフローが少ないと。財務基盤の強固さが第一なのです。そうした点も日本の老舗企業の考え方と親和性が高い。

グッチを上回るブランドでも不思議はない

──副題で「感性価値の高め方」をうたっています。

物を運ぶのがかばんの機能だとしたら1000円のトートバッグで事足りる。ルイ・ヴィトンの20万円のバッグは19万9000円が機能以外の情緒的価値ともいえる。彼らは歴史、土地、人物、技術をブランド要素として最大限活用する。日本にも創業の思いや高い技術、卓越した職人など物語を持つ企業は多数あるのに、それをブランド価値にまで高めきれていない。

長沢伸也(ながさわしんや)/1955年生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科修了。立命館大学経営学部教授等を経て、2003年から現職。LVMHモエヘネシー・ルイヴィトン寄附講座教授、仏ESSECビジネススクール、仏パリ政治学院客員教授等を歴任。著書に『ルイ・ヴィトンの法則』『シャネルの戦略』『グッチの戦略』ほか(撮影:尾形文繁)

──とりわけ、歴史の生かし方について注文を出されています。

日本には100年以上続く老舗がたくさんある。まずその価値をしかと認識してもらいたい。「創業寛永年間」というような言いっぱなしでは、どれほどの価値があるか消費者には全然伝わりません。

私が今着けているベルトは甲府の印傳屋上原勇七のものですが、同社の創業は1582年。戦国時代、鎧甲のひもには軽くて丈夫な鹿革が重用された。そこから脈々と受け継いだストーリーを滔々(とうとう)と語ればいいのに、あまり語らない。

あるとき本店に行ったら、鹿革製のグッチのバンブーバッグが置いてあった。どうしたのと聞いたら、コラボしたと。持ちかけたのはグッチ側で、記念にもらったので展示してあるだけ、価格は知らないという。今年やっと創業100年目のグッチが、来年創業440年の印傳屋の歴史に、敬意とともに「あやかりたい」とコラボを持ちかけたくらいなのだから、グッチを上回るブランドになっていても、何ら不思議ではないのに。

──遠慮や謙遜が過ぎると。

今コロナでどこも苦しいけれど、創業400年なら「100年に一度の危機」を少なくとも4回乗り越えてきたことになる。それだけですごいことです。

足りないと思うなら、買収で歴史を補完する手もある。その見事な例が、万年筆メーカー・モンブランの時計事業。休眠状態だった老舗時計ブランド・ミネルバを買収し、その歴史を自社に取り込むことで後発の不利を払拭した。歴史を引き継ぎ一緒になった姿を強調することで、万年筆メーカーが時計を手がけることへの“正統性”を得ている。「モンブラン1858コレクション」と聞くと、モンブランは1858年から時計を作っていたのかと想像しがちだけど、1858はミネルバの創業年です。

日本の企業は単価を安く設定しすぎ

──自ら伝説を作りに行った例も。

カルティエの時計で最も有名な「タンク」です。第1次世界大戦で戦功のあった戦車団に敬意を表してデザインし、司令官に贈呈した。「貴方の功績をたたえたい」と後出しで作って、その逸話を伝説に高めている。向こうから転がってくるのを待つばかりが能じゃない。先回りして勝手にあげてしまうのも立派な手でしょ(笑)。

──価格設定に対してもご意見が。

日本の企業は単価を安く設定しすぎです。セイコーウオッチに「プレザージュ」という時計があって、漆の文字盤がまさに漆黒の美しい仕上げで価格は10万円。担当者に聞くと「日本の漆のよさを西洋の人にもわかってほしくて、あえて安い値段にした」と。

けれど、日本が誇る漆をそんなに安売りしていいのか、日本文化への冒涜ではないかとさえ思います。実際、海外の顧客から価格が1桁どころか2桁違うと言われたそう。スイスの時計ブランドで、京都・象彦の最高級の漆を使ったヴァシュロン・コンスタンタンの限定品など1本1700万円。お試し価格なんて言っている場合じゃない。

ネットやSNSの普及で、企業が好きなタイミング・頻度で自ら発信できる時代です。顧客層となるミレニアル世代は、そのブランドの出自、どんな価値を持ち、なぜ支持されているのか、あらゆる情報を確認したがる。今こそ価格競争という泥沼から脱して、高付加価値化を目指してほしいと願っています。

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