高級ブランドも参戦!「表参道」不動産争奪の内幕

高級ブランドの出店が相次ぐ表参道では、激しい不動産の争奪戦が行われている(東洋経済オンライン編集部撮影)

最近、表参道界隈で最も話題になっているショップはスペイン発の高級ブランド、ロエベかもしれない。ロエベはパンデミックのこの時代においても、好調な売り上げを維持している。それとも、表参道ヒルズにも期間限定ショップをオープンさせたアパレル有望株メゾン マルジェラだろうか。

外国人観光客に人気の土産物店オリエンタルバザーも話題の的だ。現在、同店は一時休業中だが、フランスのラグジュアリーブランドグループ、LVMHがその商用リースを手にしようとしていることは複数のメディアが報じている。

タグ・ホイヤーが入居するビルも標的に

実際、6月から改装工事が行われており、店頭には「この改装に伴い1979年から皆様に愛されてきた、赤い柱と緑の屋根の店構えはなくなり、コンパクトなオリエンタルバザーに生まれ変わります」との張り紙が。交渉に詳しい人物によると、LVMHはここにフェンディのショップをオープンする予定としている(フェンディはすでに表参道にショップを構えている)。

現在休業中のオリエンタルバザーでは、6月から改修工事が始まった。店頭の貼り紙には、新店舗での営業開始は2022年を予定しているという(東洋経済オンライン編集部撮影)

オリエンタルバザーの隣に位置する赤レンガのビルは現在、高級腕時計ブランドのタグ・ホイヤーやイギリスの高級靴ブランド、チャーチなどが入居している。関係者への取材によると、同ビルは所有者の1人が売却を拒んでいるものの、ミツカンホールディングスの中埜和英会長がファンド、タイタンキャピタルを通じて買収に動いている。

東洋経済の取材に対してタイタンキャピタルは、「回答できない」としているほか、ミツカンも「お答えすることはない」としている。

タグ・ホイヤーなどが入居するビルも争奪の対象に(写真:東洋経済オンライン編集部撮影)

表参道のど真ん中、バーバリーとルイ・ヴィトンに囲まれた教会、東京ユニオンチャーチ(TUC)もターゲットになった過去がある。

2016年、サンローランやグッチなどを傘下に持つフランスのラグジュアリーブランドグループ、ケリング・グループの子会社、ケリングトウキョウインベストメントがこの土地の買収を持ちかけた。交渉に近い人物によると、「ケリングは教会を解体し、1階を高級ブランド店に、2階を教会にしたいと考えていた。TUCは申し出を検討したが、最終的には拒否した」。

JR原宿駅からまっすぐ伸びる900メートルにも及ぶケヤキの並木道。パリのシャンゼリゼをも彷彿とさせる表参道は今、高級ブランドを巻き込んだ不動産をめぐるバトルフィールドとなっている。

激しい不動産争奪戦は、現在サンローランが占めている場所で8年前に起こった買収劇を思い起こさせる。2013年12月、日本経済新聞はベネトンジャパンが所有し、「ベネトンメガストア表参道」を構えていた172坪の土地を、ケリングの子会社である、不動産ファンドのケリングトウキョウインベストメントが170億円という破格の値段で買い取ったと報じた。つまり坪単価は1億円ということになる。

ケリングが超高額でベネトンの土地を買収することをいぶかしく見る向きは当時もあった。しかし、ケリングには先見の明が確かにあった。同社が2013年に購入した土地の価値は大きく上昇したのだ。土地代データによると、表参道の1坪あたりの地価(総平均)は2013年の673万578円から、2020年には同2356万5525円と、約3.5倍に跳ね上がっている。

現在サンローランの店舗がある土地は、もともとベネトンが所有していた(東洋経済オンライン編集部撮影)

「10以上のファンドが、25%のプレミアムでこの土地を購入する準備がある」と、不動産市場に詳しいある識者は話す。ケリングはこの後にも表参道に2つ目の不動産を購入し、そこに昨年10月日本本社を設立している。

「表参道はケリングとグッチやサンローラン、ブシュロンなど、すでに表参道に店舗がある傘下のブランドにとってカギとなるエリアだ」と、ケリングはプレスリリースに書いている。

同社は最近、アレキサンダーマックイーン、バレンシアガの店舗を表参道にオープンさせている。

プチバトー退去後にウブロが出店?

不動産の取り合いが激化する背景には、ケリング同様、ヨーロッパを中心とする高級ブランドの出店意欲が高まっていることがある。実際、ほかの高級ブランドグループも、この10年ほどの間に次々と所有するブランドのショップを表参道に設けている。

ルイ・ヴィトンやクリスチャン・ディオールを傘下に持つLVMHはすでに表参道の交差点近くに3つのショップ(ロエベ、セリーヌ、ジバンシィ)を構えている。複数の関係者によると、LVMHは高級腕時計ブランド、ウブロのショップを、タグ・ホイヤーの隣にある日本看護協会ビルにオープンさせたい考えだ。複数の関係者によると、10月までにプチバトーが退去し、LVMH傘下の高級腕時計ブランド、ウブロのショップがここに入ると見られている。

LVMHはプチバトー撤退後、この場所にウブロを出店する考え(東洋経済オンライン編集部)

同じくフランスの高級ブランドグループのエルメスも、今年3月に美しい店舗をオープンしたばかりだ。

一方、カルティエやヴァンクリーフ&アーペルなど高級ジュエリーブランドを所有するリシュモンだけは、まだ表参道に店舗を持っていない。「私たちは積極的にロケーション探している」とリシュモンの上層部は認めている。

実際、高級ブランドの関係者は皆、表参道の次のステージは高級ブランドでも最高峰にあるジュエリーである、と予想している。ある業界アナリストは、このトレンドを「Ginza-ification」(銀座化)と表現している。

表参道の銀座化、あるいは、高級ブランドがこぞって進出するきっかけを作ったのは、イタリアの衣料品ブランド、ベネトンだと原宿表参道欅会、商店街振興組合の理事長を務めた松井誠一氏は話す。

ベネトン氏自身は売却を渋っていた

1996年、イタリアの起業家ルチアーノ・ベネトン氏が、今もその地に建っている伊藤病院の隣の2区画の土地を購入。天才的な不動産投資家でもあったベネトン氏は、東京の不動産市場が大きく傷んでいた時期にこの土地を取得した。バブル崩壊後、表参道の不動産価格の「5分の4は吹き飛んでいた」(松井氏)にもかかわらず。

ベネトン氏の元アドバイザーによると、ベネトン氏が購入した土地の価格はその後高騰し、土地の売却を希望する家族と、この土地に愛着を感じていたベネトン氏の間で対立が深まった。

元アドバイザーは言う。「私がルチアーノに表参道の土地の売却を提案したことがあった。すると、ルチアーノは私の目を見据えてこう言った。『もう一度 そんな提案をしたら、ベネトンでのおまえの最後の言葉になるからな。私が生きている限り、絶対に売却しない』」。ベネトン氏の子供たちは土地売却を決めるのに、ベネトン氏が出席しない取締役会の機会を待つ必要があった。最後は同氏もしぶしぶ諦めたという。

売却の数カ月後に、ケリングのフランソワ=アンリ・ピノーCEOが、表参道のその土地を訪れた。172坪の土地に172億を出した男だ。それまでこの土地を実際に目にしたことはなかった。 訪問の現場に居合わせた人によると、ピノーは「思っていたより狭い」と、ポツリと述べたという。1996年から比較すると、表参道の坪単価は5倍に膨らんでいる。

ちなみに、ベネトンのケリングへの売却の裏ではあるスキャンダルが勃発していた。一連の交渉にかかわった人物によると、両社が合意に至るより前に、ベネトンは地元の不動産ファンドであるNTT都市開発にこの土地を売ることを約束していた。

NTT都市開発は買値を引き上げたが、ベネトンは結局ケリングに土地を売却。この品に欠けた行為の”被害”を受けたのはNTT都市開発だけではない。同社がベネトンと同じ価格で買い取ると合意していた土地の所有者だ。不幸なことに、ケリングはこの土地は買い取らず、ベネトンの土地だけを取得した。

高級ブランドが表参道に惹かれる理由はいくつかある。1つは表参道にしかない「個性」だ。六本木ヒルズ、ミッドタウン、丸ビルといった特徴のない複合商業施設が幅を利かせる東京は、月面基地のような華麗な都市に変わろうとしている。この転換のさなかにあって、表参道は独特の個性を醸し出している。

それを可能にしているのは、所有者の多様性だろう。表参道ヒルズを別にして、物件の所有権を不動産セクターの資金が握っているわけではなく、所有者は不動産とは無関係な個人や企業だ。

銀座になくて表参道にある「魅力」

ロエベ、セリーヌ、ジバンシィが入居するビル「ONE表参道」の所有者は印刷機大手の理想科学工業である。高級スーツケースブランドのリモワが入居する(そして、ウブロが出店するとみられる)黒川紀章氏ゆかりのビルの所有者は、日本看護協会の本部だ。

ロエベなどが入居するビルは理想科学工業が所有している(東洋経済オンライン編集部撮影)

このほかにも表参道には、他とは一線を画する商業地区としての強みがある。表参道エリアでは、高さ30メートルを超す建築物を作ることはできない。このエリアには、巨大な鉄道駅も、巨大な店舗も、巨大な書店も存在しない。条例により、表参道には大型のホテル、パチンコ店、オペラハウス、劇場など娯楽にかかわるものはいっさい認められていない。

そのおかげで、今でもここに居住している人が多く、本物の地域社会が息づいている。「ポルシェ販売店の隣に銭湯がある」と驚きを隠さないのが、職場も住居もこの地区というハースト婦人画報社の経営幹部ニコラ・フロケ氏だ。

銀座よりも環境志向で、若く、軽やかで、風通しがよく、ファッショナブルな点は、現代の贅沢の概念にも合っている。

「主要顧客層を分析すると、銀座がより成熟した従来型の顧客が多いのに対して、表参道は若くして裕福な顧客が多い」と、シービーアールイーのリテール向けシニアコンサルタントの齋藤絢馨氏は話す。そして、若い裕福な顧客を目当てに、高級ブランドが集まってきた。

「いくつかのショップでは、銀座と同じような売れ方をしている」と語るのは、ある高級ブランドのCEOだ。表参道店のおかげで新型コロナウイルスに襲われた1年をなんとか乗り切ることができた、と語る。海外に行けなかった日本人の多くがヨーロッパの雰囲気を醸し出すこの通りにやってきたという。

今や唯一無二の高級ブランドエリアとなった表参道だが、そのシンボルでもある表参道の交差点は、1945年の5月25日、世界の終末のような様相を見せていた。

その時、戦争は最終決戦の終わりを迎えようとしていた。アメリカ空軍が爆弾の雨を表参道に降らせた。パニックになった通行人たちは、当時このあたりでは珍しい石造りの建物だった安田銀行(現・みずほ銀行)に避難しようとした。しかし、銀行員は略奪をおそれてこうした人々を追い出してしまう。朝には銀行の前に死体の山が積み上がっていた。

銀行のそばにひっそりと立つ記念碑は、このエピソードを思い起こさせる。殺された人々の脂が銀行前の石灯ろうに浸透し、消えない黒い染みを残していると言われている。

みずほ銀行のそばにひっそりと立つ記念日(東洋経済オンライン編集部撮影)

戦争が終わった時、アメリカの進駐軍が表参道を「ワシントンハイツ」と称する複合住居施設に変えた。この「勝者のコミュニティ」というビジョンは、アメリカ軍がその一部を破壊した都市で、彼らのブロンドの妻たち同様、日本人たちを魅了した。アメリカ人がハロウィンをやり始めたのもこの頃だ。コスチュームは本屋からおもちゃ店となったキディランドで買っていた。

1964年に開催された東京オリンピックのために、ワシントンハイツは取り壊された後日本へ変換され、代々木公園が作られることになる。

1972年には、表参道は、代々木公園を貫く井の頭通りとつながり、東京の重要な交通の要となった。その当時、表参道には住宅や質素な店が並んでいた。表参道の商店街はパリのシャンゼリゼをモデルにしており、実際「原宿シャンゼリゼ会」と名付けている(その後、商店街振興組合として法人化)。

同じ年、日本で最初のテラスカフェで、パリを思い起こさせるカフェ・ド・ロペがオープン。それは若い日本人が集まった裏原(原宿の裏)の黄金期で、ここから東京における西洋文化の隆盛を引き起こされたのだ。1978年には日本のファッションの拠点、ラフォーレ原宿もできた(ラフォーレができる前には、大変美しい教会があった)。

「銀座のほうがはるかに儲かる」

戦後50年で凄まじい発展を遂げてきた表参道だが、銀座を超す商業エリアになるかどうかは微妙なところだ。

実際、高級ブランドの幹部は「銀座のほうがはるかに儲かる」と口をそろえる。あるブランドの幹部は、「表参道の家賃は銀座レベルに達しようとしているが、売り上げはそうでもない」と語る。なぜか?

「銀座はほぼ1世紀にわたって、金持ちの日本人が買い物をするエリア。銀座ではつねに百貨店が富裕な顧客を引き寄せてきた。だが、表参道には百貨店がない。大型車向けの駐車場もとても少ない」(高級ブランドCEO)

何百店ものナイトクラブやバーがあり、夜遅くまで活気を保っている銀座とは異なり、表参道にはナイトライフがないのも弱点と言える。昼間混み合っていても、夕方6時になると閑散とし始める。銀座のように夜遊べる娯楽施設も少ない。

では、なぜ表参道の地価や家賃はこれほど高額なのだろうか。表参道には「話題効果」があるので、売り上げがよくなくてもかまわない、と入居型ブランドの多くが考えている。

表参道を拠点とする不動産会社ジャパン・プロパティ・セントラルのゾーイ・ワード氏は、高級ブランドにとって表参道の店はブランドの「顔」のような存在だと指摘する。「必ずしも表参道にある店単体で利益を出す必要性はない。表参道という一等地にあることが重要で、それがブランドの価値を上げ、オンラインの売り上げを左右する」。

一方である高級ブランドの幹部はこうも話す。「あまりに多くのブランドが必要以上に大きな店を構えてしまった。表参道で儲けを出すには、出せる家賃や対象とする顧客に合わせた店舗サイズにする必要がある。例えば、シャネルの店舗はとても小さいため家賃が安く、売り上げ自体も好調だから利益が出る」。

時間が経つにつれて、「やはり表参道は高すぎる」と多くのブランドが見直すかもしれない。すでにネスプレッソやポールスチュアートは去って行った。プチバトーも前述の通り、撤退するとみられている。

価値の高い土地は狭い範囲に集中

価値の高い土地が非常に狭い範囲に集中しているのも弱点だ。本当に高級な地区は明治神宮前駅と表参道の交差点に挟まれた約500メートルの範囲だけだ。「表参道ヒルズがある明治神宮に向かって大通りの右側よりも、地下鉄駅の出口がある左側に店を構えた方がよい」と、かつて表参道ヒルズ側に店舗を構えていた店の店長は打ち明ける。

実際、表参道には厳然たる境界が存在している。「頂点」となる境界は青山通りだ。「青山通りを超えた根津美術館側にあるプラダの店舗はたしかに美しいが、売り上げはあまり芳しくないという話だ」と、ある不動産関係者は明かす。

一方、明治神宮側では、ラルフローレンとシャネルが店舗を構えるジャイルビルをつなぐようにかかっている歩道橋が高級ブランドとそれ以外の店舗を分かつ「分断線」となっている。高級ブランド業界や不動産業界にとってこの線は、北朝鮮と韓国を分かつ非武装地帯(DMZ)のように厳格なものだ。

「この歩道橋を境に雰囲気がまったく変わってしまう」と、ある高級ブランドの幹部は話す。複数の高級ブランドが当局を説得してこの醜悪な歩道橋を移動してもらおうとしたが、近くに学校があり、子どもたちが大通りを渡るのに必要だから、という理由で警察に拒否されたという。

シャネルなどが入居するジャイルビルとラルフローレンを結ぶように立っている歩道橋(写真:東洋経済オンライン編集部撮影)

また、表参道そのものは繁栄しているが、大通りの裏側まで繁栄しているわけではない。近隣の通りでは、商業地区画が複数空いている。表参道と宮下公園をつなぐキャットストリートでさえ、多くの商業スペースが借主を募集している。

高級ブランドの不動産仲介を手がける人物はこう明かす。「以前、この辺りで店の場所を探していた時は3区画を案内されたが、最近は25区画も案内された」。

今後の課題は住民の高齢化

50年前、多くの若いクリエイターが、「裏原」と名付けられたこの通りでキャリアをスタートさせた。だが、そうした人たちの多くは年をとり、後継者がいるわけでもない。

「今はこの地区は若いクリエイターにとって値段が高すぎる」と、現在はシュウ・ウエムラの旗艦店が入居している場所を管理する、イベント・スペースプロデューサーの西本将悠希氏は嘆く。「今後重要なのは、これらの通りの価値を持続可能な形でどう高めるかだ。戦略を立てる必要がある」。

こうした周辺の通りの今後の価値を考える上で脅威となっているのが、住民の高齢化だ。表参道の強みの1つは、実際に多くの人が住んでいることだが、将来的にはこれが裏目にでる可能性がある。松井氏は、「相続税が高額になるため、土地を子孫に引き継げないことが多い」と憂慮する。

表参道のコミュニティ自体は依然盤石ではある。キャットストリートにあるビルの地下に拠点を構える商店街振興組合も力を持っている。だが、松井氏は高齢化によって、表参道の精神が失われるのでは、と危惧する。「表参道のケヤキ並木はかつて住民が自分たちのお金で植えたものなんだけどねぇ」。

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