政府本腰も「キャッシュレス途上国」日本の課題

(写真:iStock/visualspace)
コロナ禍により、テレワークやオンライン授業、オンライン診療など、社会のデジタル化が一気に加速したが、同時に行政サービスなどのデジタル化の遅れが露わになった。そこで菅政権は、政策の最優先課題としてデジタル化を強力に推進する方針を示している。
本連載『暮らしの「脱アナログ」最前線』では、デジタル化の加速によって私たちの暮らしや働き方がどのように変わるか、未来はどのような姿になっているのかを考えていく。

過去1~2年で「キャッシュレス決済」は急拡大

近年、「キャッシュレス決済」を推進しようと、政府は大規模な支援策を講じている。

2020年6月末まで実施された「キャッシュレス・ポイント還元事業」においては、全国の中小・小規模事業者115万社*1が参加し、9ヶ月間の事業期間中にキャッシュレス決済額に応じたポイント等が、決済事業者を通じて消費者に還元された。

また、キャッシュレス・ポイント還元事業終了後の2020年9月に開始されたマイナポイント事業においても、約120社(2020年11月末時点*2)のキャッシュレス決済事業者が参画し、キャッシュレス手段でのチャージ・決済に対して25%(上限5,000円分)のポイント付与が行われている。

これらの支援策が起爆剤となり、日本におけるキャッシュレス決済の比率は2019年で26.8%*3、2020年上期ではおよそ28.5%程度*4まで拡大したと推計される。

出所:一般社団法人 日本クレジット協会「クレジット関連統計」、日本銀行「決済動向」、一般社団法人 キャッシュレス推進協議会「コード決済利用動向調査」、内閣府「国民経済計算」よりNRI推計

内訳を見ると、これまでと同様クレジットカードがキャッシュレス決済の中心(24.7%)であるが、PayPayやメルペイに代表される、高いポイント還元率や店舗での導入コストの低さを特徴とするQRコード決済の比率が高まりつつあるのが直近の状況といえる。

野村総合研究所は、これらの政策によるキャッシュレス決済の浸透が起点となり、消費者の購買行動や店舗運営の効率化のみならず、国・地方自治体の施策も大きく変わると予測する。

キャッシュレス決済は社会に浸透しつつある一方、様々な課題が山積している。

消費者・店舗・決済事業者という3つの立場からそれぞれ見ていこう。

消費者
新型コロナウイルス感染拡大により非接触な決済手段としてキャッシュレス決済が重宝されたことも追い風となり、足元ではキャッシュレス決済の比率が高まっているが、海外諸国と比較すると低い水準に留まっており、特に地方においては現金への依存度が依然として高い。
店舗
店舗での現金管理、レジ締め、レシート発行等に要する業務負荷やコストは大きく、キャッシュレス化のインセンティブは大きい。一方で、店舗が負担するコストも小さくない。
クレジットカード決済に必要な端末はカード会社から店舗に無償提供されるケースが多いものの、店舗は販売代金の3.25%程度を決済手数料としてカード会社に支払う必要がある(手数料率はカード会社や決済代行業者によって異なる、上記は目安)。
また、「店舗への売上の入金サイクルが長い」という声もある。カード会社から店舗への入金サイクルは月1~2回で設定されていることが多いが、特に中小・小規模事業者にとっては導入のボトルネックとなっている*5
決済事業者
クレジットカードをはじめとして、交通系・流通系の電子マネーやQRコードといったさまざまなキャッシュレス決済手段が乱立している。また、それぞれの決済事業者ごとに店舗と契約をし、加盟店の管理をバラバラに行っている状況である。
こうした状況は、例えば国が政策で、とある地域の特定の業種のみでポイント還元をしようとした際、各事業者でその店舗を特定するデータが統一されていないため、データの統合作業が必要になるといった不都合が生じることになる。

キャッシュレス「将来的には8割」が政府目標

上記のように、キャッシュレス決済を社会に広く浸透させるためにはまだ課題が山積している状況であるが、経済産業省は「キャッシュレス・ビジョン」において、キャッシュレス決済比率を2025年までに40%、将来的には80%まで引き上げる方針を示している。

店舗におけるキャッシュレス決済導入のハードルとなっている決済手数料や初期コストの引き下げに対しては官民連携による検討が進められているほか、政府もマイナポイント事業の延長を検討するなど、キャッシュレス決済のさらなる普及を後押ししようとしている。

キャッシュレス決済の浸透により、我々消費者の生活利便性の向上が期待される。店舗のキャッシュレス化が進むことによりコストや業務負荷が削減されれば、その分のサービス向上という形で消費者に還元される。また、購買がキャッシュレス決済に移行することで、支払い履歴や支出状況を見える化し、家計の無駄の削減につながる。

また、いずれはすべての個人金融資産が、生まれながらに付与される電子アカウント上で一元管理・投資運用できるようになるなど、キャッシュレスによる資産管理の高度化が一気に進むかもしれない。使い過ぎやセキュリティを心配する声もあり、これらの消費者の懸念に対しては政府や事業者が一体となり対応策を講じていく必要があるが、キャッシュレス決済は今後一層社会に浸透し、我々の生活を便利で豊かにする可能性がある。

さらに、キャッシュレス決済の浸透により、国・地方自治体の行政サービスにも大きな変革をもたらす可能性がある。日本では、国・地方自治体が提供する行政サービスの支払いは現金・手作業によるものが主流であり、コロナ禍では各種給付金の給付遅れが問題となった。

これに対して、電子政府化の進む北欧のエストニアでは、個人の属性情報や税務情報を保有している共通基盤上で給付の可否を判断し、自動的に給付金を支払う仕組みがあり、今回の新型コロナウイルス感染に伴う休業補償に際しても、所得が3割減った人への条件付き給付が申請開始から2週間程度で完了した。

キャッシュレス決済比率が9割を超える韓国では、クレジットカード口座へのポイント付与等により、全世帯への給付を2週間程度で完了させた。キャッシュレス決済データに、個人の属性情報等の必要な情報が紐付くことで、税務申告や年末調整等の行政手続きも自動的に完了できるようになるだろう。

決済データの「共同利用」が鍵を握る

もちろんエストニアや韓国のような仕組みの実現に向けたハードルは低くない。これまで消費者、店舗、決済事業者間でバラバラに存在し、管理されてきたキャッシュレス決済データの連携・共有・管理が最も大きな課題となる。

その際、キャッシュレス決済データの匿名性やセキュリティをどう担保するかといったルール整備や、共同利用型の基盤の構築支援、また日々連携されるデータを的確に把握・分析し、タイムリーに政策に落とし込む体制整備などが国の重要な役割となる。

例えば、2021年夏頃からモデル実証事業が開始される予定の、総務省の自治体マイナポイントモデル事業*6は、まさにキャッシュレス決済事業者と自治体とが連携し、国のデータ基盤(マイキープラットフォーム)を活用して個人にポイント付与を実施しようとする取り組みだ。

こうした取り組みや仕組みが徐々に実現し、日本が「キャッシュレス途上国」から脱することに期待したい。

(*出所)
1 https://www.meti.go.jp/press/2020/06/20200611002/20200611002.html
2 https://mynumbercard.point.soumu.go.jp/service_search/
3 https://www.meti.go.jp/press/2020/06/20200626014/20200626014-3.pdf
4日本クレジット協会「クレジット関連統計」、日本銀行「決済動向」、キャッシュレス推進協議会「コード決済利用動向調査」、内閣府「国民経済計算」よりNRI推計
5 https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/cashless_payment/pdf/20200210_1.pdf
6
https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01gyosei07_02000108.html

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