新型コロナ 最新の感染状況や対応は

列車とホームの隙間埋める「秘密兵器」の開発者

阪急の十三駅に設置されたくし状の部材「スキマモール」(写真:クリヤマ)

新型コロナの襲来で外国人観光客が日本国内から姿を消して1年。東京オリンピック・パラリンピック開催も1年の延期を余儀なくされた。

だが、オリパラを契機に2017年に策定された「ユニバーサルデザイン2020行動計画」に基づく東京都心部の鉄道駅のバリアフリー化工事のほうは、延期されることなく当初の予定通り粛々と進められてきた。

中でもこの1年で急速に進んだのが、鉄道駅のプラットホームと鉄道車両の間の段差・隙間の解消対策工事。その必須アイテムが、ホームの先端を底上げする先端タイルと、車両との隙間を埋めるために、先端タイルの先に取り付けるくし状部材である。

東京都心部の鉄道駅に集中配備

現在、JR山手線では、新宿駅と渋谷駅を除くすべての駅のホームの中程、6号車と7号車の4番ドアの乗降口の床に、ピンク地に青い車いすのマークを配した大きなシールが貼られている。

このシールが貼られている乗降口には、車両の床とホームの段差を解消するため、ホーム床をかさ上げする先端タイルと、車両とホームの隙間を埋める、くし状部材が設置されている。

昨年2月から7月にかけ、新宿駅、渋谷駅を除く28駅全駅に、ホームドアとの3点セットで設置された。

段差が3㎝以内、隙間が7㎝以内ならば、手動の車いす利用者の9割が自力で乗降可能であることが、国交省の実証実験で確認されている。このため、国交省は2019年8月、全国の鉄道各社に対し、段差3㎝、隙間7㎝を目指すべき数値として公表した。

曲線ホームの駅では隙間が大きくなりがちで、対策工事を実施しても解消に限界がある。このため、3点セットを配備した山手線28駅のうち、設置後も3㎝〜7㎝をクリアできていない駅は、内回りホームで6駅、外周りホームで4駅ある。

だがそれ以外では、手動の車いす利用者の9割が、鉄道職員の介助なしに自力で乗降できる条件を整えた。

山手線は全車両の規格統一が完了しているので、どの電車が来ても、ドアの位置、車いす用のスペースの位置や広さ、車両の床面の高さは同じ。ピンクのシールが貼られた6号車と7号車の4番ドア乗降口から乗車すれば、新宿と渋谷以外なら乗った位置から動かずに自力で降車もできる。
新宿と渋谷は今後駅構内の大規模な改修を控えているため、改修完了に合わせて2032年までに設置完了を目指す。

オリパラ対策の事業なので、設置場所は東京都心部を優先。山手線のほか、京浜東北線の新橋から上野までの各駅、品川、高輪ゲートウェイ、西日暮里、浦和、さいたま新都心の12駅、中央・総武線各駅停車の信濃町から代々木までの3駅でも設置が完了している。

ただし、京浜東北線と中央・総武線各駅停車は乗降口が山手線とは異なり、1号車と6号車の4番ドア乗降口に設置されている。

独占状態のクリヤマスキマモール

この先端タイルとくし状部材「スキマモール」をJR東日本に供給したのは、大阪のクリヤマ。ゴムや合成樹脂製品の会社である。

建設機械や農業機械などに搭載する部品、商業施設などの床材や点字ブロック、屋外競技場の人工芝、トラック材や体育館の床材など、扱う品目は広範囲で、自社製品の販売・施工だけでなく、仕入れ商品を組み合わせた設計も手掛ける。グループの持株会社・クリヤマホールディングスが東証2部に上場している。

スキマモールは鉄道の乗客の転落防止対策用に、阪急電鉄との共同開発で誕生した製品で、阪急電鉄の協力のもと実証実験を重ね、1号製品が阪急電鉄十三駅に設置されたのが2013年7月だ。

スキマモール。くし状に並んだ板の上に波状の天板が付けられている(筆者撮影)

形状はくし状に並んだ板の上に波状の天板が付けられている。車両が当たっても車両が傷つかないよう、くしの部分に車両が当たるとくしが波打ち、波打ったくしで天板も持ち上がることで力を逃がせる。

素材は樹脂の一種である熱可塑性エラストマーを採用、車両が接触すると摩擦熱でスキマモール側が溶け、車両を傷つけないという。天板を波状にしてあるのは、くしが波打った際に天板を持ち上げるため、そして乗客が足を滑らせないようにするためだ。

極めて特徴的な形状だが、この形状になったのは先行商品があったから。先行商品は日本の大手商社・双日の韓国現法が販売していたゴム製の製品で、2008年3月に沖縄県の沖縄都市モノレール(通称ゆいレール)が転落防止用に導入したのが国内最初の導入事例である。

相次ぐ乗客の転落事故を受け、「運輸局のアドバイスで韓国製くし状ゴムの存在を知った」(沖縄都市モノレール)という。

この韓国製の製品には天板がなく、くしの部分にヒールや傘の先端が挟まるという欠点があったため、クリヤマの製品はくしの上に天板を付けた形になった。

その後、首都圏、関西圏の大手私鉄やJR各社など、大都市圏の鉄道各社で転落防止用にスキマモールの導入は進み、目下のところ隙間解消用のくし状部材ではスキマモールが圧倒的なシェアを誇る。

ちなみに、沖縄都市モノレールが2019年10月に開業した延伸4駅には、開業時点でスキマモールを配備済み。2008年に取り付けた5駅の韓国製くし状ゴムの交換も含め、既設駅にも段差解消工事に合わせてスキマモールを配備予定で、2023年中の完成を目指す。スキマモールを選んだのは、「いろいろ探したがこれしか見つからなかったから」(沖縄都市モノレール)だ。

大阪メトロは2010年に導入

大阪メトロはクリヤマよりも一足早い2010年に、韓国製くし状ゴムの改良版を世に送り出している。かねてバリアフリー対策に熱心なことで知られ、2018年には『国土交通省バリアフリー化推進功労者大臣表彰』を受賞している。

ホームと車両の段差・隙間解消に関する研究でも先行。1981年3月開業のニュートラムは、「開業当時から全駅全乗降口にホームドアを設置し、段差・隙間も2㎝〜5㎝を実現できていた」(大阪メトロ広報)という。

国交省が3㎝〜7㎝という数値目標を掲げるのは、この40年近く後の2019年8月。その3㎝〜7㎝をさらに下回る数値を、早くもこの時代に実現していたというのは驚きだ。

大阪メトロは2006年10月開業の今里線でも、開業時から全駅の全乗降口にホームドアを完備。走行方式も、重心が低く車両の揺れが少ないリニア方式を採用。リニア方式は段差と隙間も生じにくいため、こちらも開業時点で2㎝〜5㎝を実現できていた。

一方、1990年3月開業の長堀鶴見緑地線は、日本初のリニア方式を採用した地下鉄だったが、開業時点ではホームドアなし、段差と隙間も5㎝ずつあった。
 
このため、ホームドアを新設するにあたって、既設駅の段差と隙間をいかにして解消するかの検討を開始した。ホームドアを設置すれば、段差・隙間を解消する箇所は、乗降口の部分だけで済み、それ以外の箇所には設置する必要がなくなり、設置費用を圧縮できる。

この段階で世の中に存在した先行製品は、沖縄都市モノレールで採用された韓国製のゴム製品のみ。平らな天板を付けるなど韓国製の欠点を補うなどして独自開発した。

平らな天板を付けるなど独自開発した(写真:大阪メトロ)

長堀鶴見緑地線全駅の全乗降口にくし状ゴムを設置。段差1.5㎝、隙間2㎝を実現(筆者撮影)

ホームドアともに、長堀鶴見緑地線全駅の全乗降口にくし状ゴムを設置したのは2010年7月。2㎝〜5㎝どころか段差1.5㎝、隙間2㎝を実現した。

「足元を見ることなく乗り降りするエレベーターなみが目指すところ」(大阪メトロ広報)だという。

大阪メトロは全路線合計133駅のうち、設置の必要がないニュートラム10駅、今里線11駅を除く112駅すべての全乗降口に、ホームドアとくし状ゴムの設置を目指す。完了目標時期は2026年3月である。

ちなみに、大阪メトロ独自開発のくし状ゴムを共同開発した素材メーカー名は非公表。大阪メトロは株式会社ではあるものの、100%自治体出資なので、「これで利益を上げるつもりはなく、問い合わせを受ければ対応するが、積極的に外売りする予定はない」(大阪メトロ広報)という。

東京メトロの取り組みは?

東京メトロも段差・隙間の解消研究には早くから取り組んできた。国交省が「ユニバーサルデザイン2020行動計画」に基づいて、「鉄道駅におけるプラットホームと車両乗降口の段差・隙間に関する検討会」を立ち上げ、2019年8月に『とりまとめ』を公表するために実施した実証実験では、新木場の総合研修訓練センターを提供している。

東京メトロが採用したくし状ゴム(写真:東京メトロ)

落下防止目的にくし状ゴムの運用を正式に開始したのは、大阪メトロに遅れること11カ月、2011年6月からである。

形状は段差を解消するための先端タイルとの一体型だが、くし状ゴム部分は天板が平らで大阪メトロのものとよく似ている。

これも同社の独自開発だが、開発パートナーが東海ゴム工業(現・住友理工)であることは公表している。積極的な販売活動を行っていないだけで、要望があれば外販もするという。

運用開始以来、段差や隙間が大きい曲線駅のホームには、落下防止用に随時設置を進めてきたが、国交省の要請に応え、オリパラ開催を見越したバリアフリー対策目的の整備を、昨年6月までに完了させた。

銀座線に設置されたくし状ゴム(筆者撮影)

日比谷線六本木駅(筆者撮影)

対象となったのは、銀座線、丸の内線、千代田線の全駅と、五輪会場に近い東西線の九段下、竹橋、大手町、有楽町線の有楽町、豊洲、辰巳、新木場、副都心線の北参道、明治神宮前〈原宿〉、半蔵門線の青山一丁目、九段下、大手町の計7路線78駅。各路線ごとに同一の乗降口にホームドアとともに整備した。

以前から手がけてきた転落防止目的の整備は必ずしもホームドア設置とセットというわけではなく、設置箇所も路線や駅によってまちまち。カーブがきつい日比谷線六本木駅には、6号車位置を除くホーム全体に長尺のくし状ゴムがびっしり設置されている。

可動式ステップの設置も

同じ日比谷線では、上野駅もカーブがきつい。コロナ前までは訪日外国人で大にぎわいだったからか、中目黒方面ホーム、北千住方面ホームともにホームドアは配備済み。

北千住方面ホームには、全部で28ある乗降口のうち、19カ所にくし状ゴムが設置されていることに加え、可動式のステップが計7カ所に設置されている。

上野駅はくし状ゴムに加え、可動ステップも設置(筆者撮影)

可動式ステップの主要メーカーは、主要ホームドアメーカーの京三製作所、ナブテスコ、日本信号の3社。ホームドアが開く直前に自動的にステップがせり出し、ホームドアが完全に閉まったタイミングで自動的に元に戻る。

当然固定型のくし状部材に比べると導入費用は高額だが、くし状ゴムでは届かない広い幅の隙間用に、東京メトロでは7路線35駅で導入している。

隙間解消用の部材は東京と大阪では思いのほか、あちこちに付いている。スマホから目をはずし、足元に注意を払うと、そこそこの確率で出会えることは間違いない。

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