沖縄への緊急事態宣言 7月11日まで延長

日経新聞がタイの「強権首相」をあえて招く事情

日本経済新聞が4月13日、14日の両日にわたって紙面で大々的に展開した国際交流会議「アジアの未来」の広告(編集部撮影)

「アジアが拓く新時代 新型コロナ禍の先へ」

4月13日、日本経済新聞の朝刊1面の社告を見て私は思わず、えっと声をあげた。

日経新聞は5月20、21の両日、第26回国際交流会議「アジアの未来」を東京都内で開催し、オンラインで配信するという告知を掲載している。その中に、講師としてタイのプラユット首相が名を連ねていたからだ。

タイはミャンマー軍政の手本に

プラユット氏は2014年、タイの陸軍司令官として軍事クーデターを主導し、選挙で選ばれた政府を転覆した張本人である。2019年の総選挙を経て首相に就任したのだから、みそぎは済んだという解釈かもしれない。

だが強権下で軍に都合のいい憲法・選挙制度を制定し、議会工作の末にようやく首相に就任したプラユット氏は、総選挙の前も後も民主化を求める人々を拘束し、政府批判のデモを不敬罪や非常事態宣言で抑え込み、野党を解散させ、言論の自由を封殺してきた。

多くの若者が参加する2020年以降のデモでは辞任を突き付けられている。さかのぼれば、市街地を占拠した反政府デモ隊を武力で鎮圧し、多数の死者を出した2010年には軍のナンバー2だった。

2月にミャンマーで起きたクーデターを仕切ったミンアウンフライン国軍司令官が真っ先に親書を送った「先輩」でもある。ミャンマー国軍はタイのクーデターとその後の支配体制の確立を手本にしようとしている。

日経新聞も世評を気にしたのか、1面社告の写真にはマレーシアのマハティール前首相とインドの外相を載せ、日本とつながりの深いタイの首相を外している。

「アジアの未来」はこれまでもアジアの権威主義的なリーダーを招き、演説をさせてきた。報道機関が各国首脳に話を聞くのはもちろん重要な仕事である。しかし、この会議では記者が首脳らに厳しい質問をする機会などほとんどない。

2019年の同会議は、カンボジアのフン・セン首相とフィリピンのドゥテルテ大統領、バングラデシュのハシナ首相が登壇した。いずれも野党や政府批判のメディアを徹底弾圧する「アジア強権三羽烏」だ。

選挙で選ばれたのだから正統な指導者だと判断したとも考えられるが、招待前の3カ国の選挙について日経新聞は以下のように報じている。

批判的報道の後に招聘する矛盾

カンボジア総選挙を受けた2018年7月31日付の社説は「逆流したカンボジア民主化」と題し、「フン・セン首相ひきいる与党が圧勝した。だが選挙に先立ち、政権が有力な野党を強制的に解散させるなど、今回の選挙の正当性そのものに大きな疑問がある。形ばかりの民主主義はとうてい容認できない」と論じた。

4月13日の日本経済新聞1面ではプラユット首相の写真はなかった(編集部撮影)

2019年5月に開催された同会議直前にフィリピンで行われた中間選挙について、日経新聞の現地特派員は「影響力の大きい上院でドゥテルテ大統領を支持する候補者が当選し、反対派は軒並み落選した。ドゥテルテ氏が任期後半の3年間も指導力を維持し、強権体制を続ける見通しとなった」(2019年5月14日付)と報告した。

2018年末のバングラデシュの総選挙では、やはり日経新聞の現地特派員が「争点は主に、2009年から続くハシナ体制の継続か政権交代かだった。ハシナ政権は報道統制やインターネットの制限、野党支持者の弾圧など政権維持に向けてあらゆる策を講じた」(2018年12月31日付)と論評していた。

日経新聞は「容認できない」などと批判的に報じた直後に3人を招いている。報道機関として認識や主張と同会議への招聘との関係について、会議を報じる紙面でも説明はなされていない。

それにも増して今回の招聘に強い疑問を抱いたのは、プラユット首相が選挙で選ばれた民選首相でさえないためだ。プラユット首相は、首相は下院議員から選ばれると定めた憲法をクーデターで破棄した。

そのうえで首相選任に票を投じる上院議員を民選から軍主導の任命制に変え、議員でなくても首相になれるよう新憲法を制定してその座に納まった。

日経記事が論評したタイ首相の素顔

プラユット氏について日経は2020年3月、「タイで強力な言論統制権、再び、首相、非常事態宣言」と題した記事で次のように論評している。

「プラユット首相が新型コロナウイルスの感染拡大防止を目的に非常事態宣言を出した。軍出身で2014年のクーデターを主導した首相は昨年の総選挙を経て現政権を発足させたが、軍政時代に勝るとも劣らない強力な言論統制権限を再び手にした。『私が選任した者だけを通じて進捗状況を国民に報告する』。プラユット首相は非常事態宣言に伴う演説で、新型コロナ対策をめぐる政府の情報発信を自らの管理下に置くと語った。新型コロナへの対応では省庁間や連立政権内の連携不足や情報の混乱が目立ち、様々なメディアで批判的な論調が増加。軍人の頃から短気で知られる首相はしびれを切らし、情報発信の締め付けをあからさまに宣言した。プラユット首相の演説は軍政時代をほうふつとさせた。14年のクーデターから軍事政権を率いた首相はタイの権威主義の顔とされる」(2020年3月31日付)

日経新聞自身、プラユット氏を「権威主義の顔」と評しているのだ。

その点、「アジアが拓く新時代 新型コロナ禍の先へ」というアジアの未来会議のテーマは皮肉に聞こえる。日経の記事に照らせば、タイではコロナ禍の先に「強権と言論統制」が待っていたというのだから。

ミャンマーのミンアウンフライン国軍司令官の姿は、プラユット氏に重なって見える。ミャンマー国軍は一応、2年以内の総選挙を宣言している。アウンサンスーチー氏の率いる国民民主連盟(NLD)を排除した選挙を行うことになるだろう。

選挙制度はタイに習って、小選挙区制度を比例代表に変えるなどして軍に有利な仕組みにするはずだ。ほとんど無競争の選挙で親軍政党が勝つ。そして、ミンアウンフライン氏が大統領に就任するシナリオは非現実的とは言えない。選挙を経たのだからといって日経新聞は同氏を講師に招聘するのだろうか。

プラユット首相については少なくとも総選挙後、日本政府や多くの国々が一国の首脳として遇している。会議に招くことに問題はないという見方があるのかもしれない。

しかし日経新聞は、日本を代表するクオリティペーパーを自称する報道機関である。同社のホームページには基本理念として「わたしたちは、民主主義を支える柱である『知る権利』の行使にあたって、人権とプライバシーに最大限配慮しつつ、真実の追究に徹する」と書いてある。プラユット氏の招聘がこの理念に合致するとは思えない。

プラユット氏は3月9日、定例閣議後の記者会見で報道陣に新型コロナウイルス対策用のアルコール消毒液を噴射した。この出来事を日経新聞は3月11日付で「消毒液のスプレーを手に壇上から降り、マスクで顔を覆いながら最前列の記者に向けて噴射を開始。『新型コロナをうつされるのが怖いから、身を守っている』『君の口に噴射しようか』と語りながらスプレーを押し続けた」と報じている。

メディアにこれほど無礼なふるまいをする人物を招くことに同業者としてためらいがなかったのだろうか。

日経に言論の自由に対する敬意はあるか

この会議、参加料は前回より値上げをして8万8000円である。個人が負担する金額ではなく、おそらく企業が経費で支払うのだろう。

日経がその名で内外の講師を集め、取材先でもある企業に高額の受講料を払わせる。もちろんメディアにとっても収益は重要である。それでも民主主義、なかでも言論の自由に対する一定の敬意がそこには必要だろう。

筆者は4月19日、「アジアの未来」の事務局に以下の質問状を送った。プラユット氏を招聘したことについての見解やプラユット氏に講師料は支払われるのか否かのほか、過去もフン・セン、ドゥテルテ、ハシナ各氏のようにメディアを弾圧する強権指導者を招いていることについて、日経新聞の基本理念に合致するのかどうかなどを尋ねた。

4月23日、日経広報室取材窓口から回答があった。1面社告からプラユット氏の顔写真を外した理由について、「掲載時点での首脳や閣僚の訪日の可能性などを配慮して選定」と回答。プラユット氏への講師料は「支払われません」とし、高額な参加料については「貴重なご意見として承ります」との回答があった。

だが、他の質問については「国際交流会議『アジアの未来』はアジア大洋州地域の各界のリーダーらが域内の様々な課題や世界の中でのアジアの役割などについて率直に意見を交換し合う国際会議です。1995年から原則毎年開催しておりアジアで最も重要な国際会議の一つに数えられています。アジア各国・地域の首脳・閣僚らの生の声を参加者や読者にお伝えする貴重な機会とすべく当会議を企画しています」としたうえで、「個別の案件についてはお答えしておりません」と回答した。

報道機関に属さない私にも回答した点については敬意を表するものの、講師料が支払われていないことを除けば、実質的な中身はなく、新聞社として説明責任を果たす姿勢は感じられない。

ジャーナリズムとビジネスの間合いをどうとるのか。「アジアの未来」には、日本経済新聞社の抱える本質的な矛盾が解決されないまま、凝縮されている。

ジャンルで探す