「コタツ記事」を重宝するWebメディアの大迷走

なぜ以前は“恥ずべきもの”とされていた「コタツ記事」が、大量生産されるにようになったのか? (写真:Graphs/PIXTA)

人々が情報収集や娯楽のためにネットニュースを見るのは、今や当たり前の習慣となった。しかし、ネットニュースの編集者として15年近く働いてきた自分としては、現在の盛り上がりに戸惑いと不安を覚える。

私は2021年1月31日をもって、編集の仕事から身を引いた。これまで身を粉にして、NEWSポストセブンやAbemaTIMESなど複数のネットニュースメディアで約12万本の記事を制作した。それだけ愛着を持てる仕事だったのだろう。しかし、ある時から編集者として働くのがつらくなってしまい、今後は外部の書き手としてのみ関わろうという考えに至った。

2019年には、いよいよテレビの広告費をネットが抜き、ネットニュース全盛時代が訪れようとしている。にもかかわらず、なぜ私がその可能性に懐疑的なのか。今、「ネットニュース業界が抱える問題」を3つに分けて解説したい。

「ネットニュース」が抱える3つの問題

【問題その1:粗製乱造される「コタツ記事」】
そもそも無料の読者を相手とするニュースメディアは、どこから利益を得ているのか? 多くのメディアは「PV(ページビュー)」、つまり読者にクリックされた数をもとに試算される広告費を頼りにしている。

PVを稼ぐためには、丁寧に取材した良質な記事を発信し続ければいい……というわけではない。メディアの大小に限らず、ここ数年、取材をしない「コタツ記事」が量産されている。

記事の代表的なパターンは、テレビやTwitter、ブログ、ラジオなどから有名人の発言や、ネット上の反応を抜粋し、まとめたものだ。そこには「○○氏が『××』と発言し賛否両論の議論に」といった具合に興味を引くタイトルがつけられる。

有名人の発言が炎上したり、なにか事件を起こした日には、必ずと言っていいほど多くのメディアがそれに追従して記事を作るのが現状である。

筆者はこのパターンの元祖は、2008年に大バッシングを受けた歌手の倖田來未氏による、ラジオ番組での「35歳で羊水は腐る発言」にあるとみている。当時、この発言を複数のネットニュースが報じた結果、人気歌手だった彼女は活動自粛にまで追い込まれた。

おそらく、これまでにないPVを稼いだメディアもあったはず。以降、「有名人の失言は儲かる!」という意識が出てきたのか、特に取材もない、有名人の発言とネット上の感想だけをまとめた記事が量産されるようになった。

最近だと同じくラジオ番組での発言だが、ナインティナインの岡村隆史氏が「美人さんが風俗嬢をやります」と発言し、批判を集めた。もちろん、この時も各メディアがこぞって記事にした。

かつて、メディア業界では取材をしない「コタツ記事」は恥ずかしいものとされていた。ところが、今や貴重なドル箱になってしまった。

何しろ、コタツ記事は読まれる。転載先であるYahoo!ニュースのアクセスランキング上位に来るものも多い。そりゃそうだ、「有名人」の「過激な発言」をあえて選んでいるのだから。

コタツ記事を作るメディアが定期的に記事にする「PVを稼いでくれる有名人」は、たとえば以下の人たちである。実際にネットでその名を目にした読者も多いはずだ。

タレント枠:EXIT、岡村隆史、おぎやはぎ、GACKT、加藤浩次、指原莉乃、立川志らく、デヴィ夫人、松本人志など

コメンテーター・ご意見番枠:青木理、石野卓球、乙武洋匡、高須克弥、杉村太蔵、デーブ・スペクター、テリー伊藤、西村博之、橋下徹、東国原英夫、百田尚樹、古市憲寿、堀江貴文、三浦瑠麗など

スポーツ枠:張本勲、ダルビッシュ有など

コロナ枠:岡田晴恵、各医師会会長、玉川徹など

※50音順、文中敬称略

ほかにも様々な有名人の言動が記事化されているが、もはやコタツ記事を量産するメディアにとって、「ウォッチすべき番組」や「ウォッチすべき人物」は固定されている。

とりあえずワイドショーのコメンテーターや、Twitterで過激な発言が目立つ有名人の発言を正確にメモして、SNSで騒動になった直後に記事化すれば、大量にPVを稼げる。うまくいけば1本の記事で百万円単位の儲けが出ることもある。

さらに記事にかかる費用は、数千円から〜1万円程度の原稿料のみ。儲けを優先するならば、これをやらない手はない。結果、ネットニュース業界はコタツ記事だらけになってしまった。

テレビ局が「ネタの盗用」を見逃す理由

現状を憂いた私は以前、テレビ局の人間に「勝手におたくらの番組を使って、PV稼ぎをしているメディアがありますよ。訴えるか、それとも彼らがPVで得た収益の何%かを請求してはどうですか?」と提案してみた。

しかし、返ってきた答えは何とも脱力するものだった。

「そうは言っても中川さん、社内に『宣伝になるから放っておけ』って言う人も多いんですよ……。僕も本当は使用料を取るべきだと思っていますし、番組の発言を切り取った記事をきっかけに、視聴者が増えるとも思わないのですが……」

当事者への取材や、深い考察もないコタツ記事。それらを一掃するには、提携しているサイト、特に日本最大のポータルサイトであるYahoo!ニュースが配信を拒否すればいいだけなのだが、現状、改善される動きはない。

【問題その2:記事の均質化】
PVを集めるための成功法則が1つある。それは、「1次情報でPVが多かった記事や、多くシェアされた記事に関連したものを即座に出す」ことだ。

たとえば、とある日の午前中に「阪神のジャスティン・ボーアが惜しまれながらも退団へ」というストレートニュースが爆発的に読まれ、Yahoo!ニュースのコメント欄やツイッター、5ちゃんねるでも大きな話題になっていたとする。

ネットでの反応を見ると、「まだ1年で切るのは早い」「あのパワーは2年目に覚醒する可能性があるから勿体ない」というものが多い。さらに、ボーアは真面目で日本に溶け込もうと努力している様が見えること、ホームランの後の「ファイヤーボールパフォーマンス」など明るい性格がファンに受けていることもわかる。

となると、優秀な編集者は何を考えるかというと、「今ボーアを切るのはもったいない」という論調の記事を出すことである。

ボーア退団報道後、どんな記事が出された?

実際に2020年10月23日にボーアの阪神退団が報道された後、ネットニュースで配信された記事の一部を並べてみよう。

①ブラマヨ・吉田 阪神・ボーア退団情報に「あと1年あれば…でも年俸が、なのかなぁ」(東スポWeb/2020年10月23日)

②阪神、退団濃厚ボーア残すべきだった? 高年俸ネックも「適応しようと努力していた」(AERA dot./2020年11月12日)

③ボーア、来季も日本希望 阪神退団決定的も親日家は他球団へ移籍模索(デイリースポーツ/2020年11月19日)

④“大化け”あるぞ! 阪神退団ボーア、獲得候補はDeNAが一番手 巨人らも参戦か(AERA dot./2020年11月25日)

⑤阪神退団のボーアは来シーズン日本に帰ってくることができるのか!?(ラブすぽ/2020年12月1日)

⑥阪神退団「ボーア」は十分使える…チーム事情から獲得した方がいい球団は4つ(デイリー新潮/2020年12月5日)

⑦「ボーアで良かったのに…」になる恐れも?阪神の助っ人戦略に感じる“疑問”(AERA dot./2021年1月11日)

編集者は、こうしたネットの「風」や「傾向」を常に読んでおり、うまくそれに乗った記事を出せばPVを稼げることを知っている。だからこそ、「今ボーアを切るのはもったいない」という記事が多数配信されたのだ。

うまく風を読み時流に乗ることも、この仕事の醍醐味といえる。しかし、各社がとにかくスピード感を重視するあまり、十分な取材も考察もない記事も増え、結果的に「独自性のない似たような記事」が頻出する事態となっている。

最近では筆者のまわりでも「既視感を覚える記事を見ることが多くなった」という意見をよく聞くようになった。また、「独自色のあるメディア」や「このメディアだから読む!」といった習慣がなくなったのも、編集者やライターがネットの風におもねりすぎた弊害かもしれない。

あまりにも熾烈な競争社会

【問題その3:働き手の疲弊】
コタツ記事にしろ、記事の均質化にしろ、その背景にはあまりにも厳しい「PV争い」が原因としてある。そして、PV争いの一番の問題は、業界に従事する人々の疲弊につながるところではないかと危惧している。

私の年齢は47歳。もう20年近く働いてきたので特にやり残したことも悔いもないが、ネットニュース業界で働いている人やこれから働こうとしている人には、厳しい状況が待っていることを念押ししたい。

「2:6:2の法則」ではないが、おそらく今安全地帯にいるのは上位20%のメディアのみ。中位の60%のメディアは上位に登れる希望はある一方で、大きな炎上や不祥事を起こせば、たちまち撤退も危ぶまれる下位20%に沈没する危険もある。

編集者なら、常に自分の能力を高め、世間の風を読み、自分なりの成功法則を編み出し、10日に1本ペースで人気記事を発信できる人間であれば、ネットニュース業界のプレーヤーとして重宝されるだろう。

逆に、編集者として何も武器がないのであれば、さっさと別の職に鞍替えしたほうがいいかもしれない。いくら新聞や雑誌が部数を落とし、ネットがテレビの広告費を抜いたとしても、それが編集者にとっての働きやすさにつながるかというとそうでもない。

15年間働いて思ったことは1つ。この業界のゴールドラッシュはすでに終わってしまった。PVを追い求めた結果、メディアにしろ、編集者にしろ、強い者しか生き残れない状況になってしまったのだ。

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