角川が仕掛けるラーメン店に行列ができるワケ
日本の国民食、ラーメン。各地にご当地ラーメンがあったり、さまざまなインスタントラーメンが進化したり、毎食違う店を食べ歩くラーメン好きがいたりと、日本のラーメン文化は異常な発達を見せている。
人気店、有名店が海外進出してからはラーメン熱がグローバルに飛び火。日本食ではなく、ラーメンの食べ歩き目的で日本を訪れるインバウンドも増えていた。
そんな日本のラーメン文化の発展を後押ししたのがメディア。毎日のように行われるテレビや雑誌での紹介、読者投票やグランプリなどにより、今のラーメン業界の活況がつくられてきたのだ。
今回は、そのラーメン・メディアの仕掛け人が満を持してオープンした1つのラーメン店を紹介する。
2020年11月6日、所沢市にオープンした「ラーメンWalkerキッチン」がそれだ。
ラーメンの未来をつくるラーメン店
ラーメン好きならすぐにピンとくるだろうが、2010年より全国各エリアで発行されている、ラーメン専門誌の名称を冠している。同誌はテレビ番組やウェブとも連動、総掲載数2万店を超えるラーメン・メディアとなっている。
そのことから、全国のご当地ラーメンが味わえる店なのではと推測させるが、決して、全国の人気ラーメン店を並べた博物館のような場所ではない。
むしろ、ラーメンの未来をつくるラーメン店なのである。
同店では、全国の有名店がおよそ1カ月程度の期間で次々と登場。各店がコラボ出店したオープニングウイークを皮切りに、2020年12月28日までは「麵や 七彩」、2021年1月が「真鯛ラーメン 麵魚」、2月が「我武者羅」といった予定となっている。
大きな特徴が、本店で提供していない新しいラーメンが登場すること。店主自身が「スーパーバイザー」となり腕をふるう、異なる味つけや素材、他の店主とのコラボなどによる限定ラーメンだ。
店内には大型のサイネージやプロジェクターを設置。厨房は奥まで見渡せるガラス張りで、製作過程をつぶさに見てとることができる。また厨房内には定点カメラが設置されており、ウェブでライブ映像が流れ続けている。
ここはラーメンを主役とするステージであり、店主たちが腕を競うリング。花形プロレスラーのように登場する店主たちがバトルを繰り広げる。
また、スーパーバイザーのほかにも、月に1回程度、チャレンジ店主を招いて商品を提供してもらう。実力と売り上げ次第では、出資者紹介制度により出店支援を行う場合もあるそうだ。
ラーメンの「リアル」が伝わる場所
今回の取り組みの意図について、同店の仕掛け人に話を聞いた。角川アスキー総合研究所の代表取締役会長であり、ラーメンWalker、テレビ、ウェブ版ラーメンWalkerなど、KADOKAWAにおけるラーメンプロジェクトを率いてきた福田正氏である。
「ラーメンは日本を代表するコンテンツ。KADOKAWAではこれまでいろいろなメディアを通じてラーメンを紹介してきました。今、何が不足しているかなと考えたときに、そういえばリアルがないなと。これまで雑誌などを通じて、店舗とも強いコネクションを結んできましたから、それを生かして、ラーメンのおいしさが生で伝わり、店主が躍動するライブハウスのような場所をつくりたいと考えました」(福田氏)
ミシュランにも選ばれるような指折りの名店の、店主自らに協力してもらえたのも、店主たちと共に歩みながらラーメン文化発展を支えてきたKADOKAWAだからこそ、ということだろう。
また、店舗自体が料理人にとって魅力的な場所であるという理由もある。先述のようにラーメンバトルの実況中継ができるようなメディアシステムのほか、最新型の設備を整えた厨房を擁しているのだ。
名店同士が1杯のラーメンで腕を競いあう同店では、さまざまな食への挑戦が行われる。そこで、スチームコンベクション(高温調理器)、真空包装機といった機器、ラーメンに最適な水質に調整した浄水器等をそろえた。
また、厨房は2セットの設備と仕込みエリアを用意。2人の店主がそれぞれ違うラーメンをつくりながら、もう1つで仕込みなどのルーティン作業を行えるようにとの目的がある。
「いわゆる『フードテック』(食の可能性を広げる先端技術)です。ここでは、これまで自分たちがしたくてもできなかったことができる。だから、ラーメンの歴史を変えたい、という店主の方々が集まってくれたんです」(福田氏)
ラーメンをつくる方、楽しむ方、双方に最良の環境を整えた、夢のような場所が同店なのだ。
なぜ場所が「所沢」なのか
ただ、ここで1つの疑問がある。なぜ場所が所沢市なのであろうか。それも、最近再開発が進んでいる西武線所沢駅周辺でなく、JRの東所沢を最寄り駅とする住宅地の中である。
それには福田氏の「シリコンバレー構想」とも言うべき、壮大な話がからんでくる。
「アップルやグーグルのキャンパスだってへんぴなところだけど、ITの本拠地で憧れの場所。誰も『田舎』なんて言いませんね。目指すのはそういう場所なんです」(福田氏)
と福田氏が話すのは、アスキー総合研究所、KADOKAWAがオープンしたポップカルチャー発信拠点「ところざわサクラタウン」についてだ。KADOKAWAの新オフィス、書籍製造・物流工場のほか、イベントスペース、体験型ホテル、ショップ、レストランなどを備えるほか、角川文化振興財団運営の「角川武蔵野ミュージアム」も設置した。なんとクリエイターに御利益があるという神社まで建てられている。
地所は旧所沢浄化センター跡地。所沢市との共同で進める「COOL JAPAN FOREST 構想」の中心地となる。
ラーメンWalkerキッチンはその一施設だが、位置づけは単なる飲食店ではない。日本が誇るコンテンツとしてのラーメン文化発信拠点だ。ラーメンとポップカルチャーの関係は深い。藤子不二雄作品に登場する「小池さん」から始まり、近年では「君の名は。」の高山ラーメンなど、ラーメンが登場する作品は多い。
ラーメンとはもともとは安くてもおいしく、手軽に食べられる料理。お金がなくて苦労する漫画家やクリエイターにとって特別な意味があるものなのかもしれない。
敷地面積からいっても約4万㎡と非常に広大な同施設、国内のポップカルチャーファンはもちろんだが、ターゲットとして期待していたのがインバウンド。グループ内の旅行会社クールジャパントラベルや、アニメツーリズム協会とも連携して、空港からのシャトルバスを運行させる予定だった。
しかし例にもれず、コロナの影響で想定とは大きく違ってしまった。シリコンバレーのオフィスのようにオープンでおしゃれなKADOKAWAのオフィスも、飯田橋にある自社ビルから2000人の社員がこちらに大移動してきたものの、今はリモートワークで人影わずか。
しかし、開業後ラーメンWalkerキッチンに貼りついて様子を見ていたという福田氏によると「期待以上にいい」という。スーパーバイザー店主がスペシャルコラボラーメンを提供したオープニングイベント期間は、3時間半待ちの列ができた日もある。
「それから、地元の方が気に掛けて来てくれるんです。今はリモートワークになっているからか、毎日のように来てくれる方もいてね。開店時にはちょっとした列ができるぐらいです。ラーメンファンの方も少しずつ増えて、休日はやはり賑わいます。日に250〜300食、1日で60万円超の売り上げがあった日もありますよ」(福田氏)
ラーメン文化の発達、地域貢献を視野に
商品の価格付けは、その期間に開店する店に任されている。本店より高い価格で出しているところもあるが、同店で提供されるラーメンはいつもより高い食材を使っていたり、店主による工夫が凝らされている分、本店と同じようでいて、中身が違うのだそうだ。
例えば2020年12月に出店していた「七彩」は注文後に打つ麵と4種類のしょうゆをブレンドした旨味のあるスープが特徴。店主による特製ラーメンとして、出汁に鹿肉を加えたラーメンが提供された。また1月に出店する「真鯛ラーメン」はスペシャルラーメンとして真鯛白子を使用したものなどを提供する予定だ。
とはいえ同店の目標は売り上げではなく、あくまでラーメン文化の発達。そのため、売り上げの多くは出店した店舗に提供する。また、チャレンジ店主を招くのも、競争の激しいラーメン業界でオーナーを支援したいという思いがある。
「ラーメン屋は3年で7割が入れ替わると言われています。メディアと連動した発信など、個店のオーナー個人ではできないことを支援するのが目的。ラーメンの味の進化にもつながります。チャレンジ店主の中には、素晴らしい味を持ちながら、コロナの影響で日に3万円程度の売り上げの店もある。それが半日、スーパーバイザーの元でアドバイスを受けながら商品を提供すると、100杯を売り上げるようになりました」(福田氏)
アフターコロナの社会に向け、地域再生に貢献するという目的もある。先述の鹿肉を使ったラーメンもそうだが、店主には地域地域の産品を使ったラーメンをつくってもらい、その地域のご当地ラーメンとしてレシピを提供する。地元食材が使われるので地域も潤い、ラーメン屋も活性化するという構想だ。
福田氏にはさらに「アニメツーリズム」ならぬ「ラーメンツーリズム」の夢も抱く。現在、大ヒットの「鬼滅の刃」では、アニメ中の作画ヒントとなった場所を訪れる人が増え、大きな経済効果を生んだ。ラーメンも、コロナ後の世界の起爆剤となるのではと考えているのだ。
実はグループでは、その1つのバージョンとして、成田空港内に全国のお土産ラーメンが味わえる「全国厳選!味の旅ラーメンWalker」も運営している。
身近なグルメ、ラーメン。その無限の可能性で、日本を明るくしてくれそうだ。
01/02 10:00
東洋経済オンライン