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九州の高校生が台湾のデジタル大臣と白熱議論

デジタル社会のあり方と生き方を日本の高校生と語り合った唐鳳IT大臣(撮影:徐嘉駒、写真は2020年7月)
コロナ禍における「マスク配布対応アプリ」の普及で世界的に有名になった台湾のIT大臣・唐鳳(オードリー・タン)氏。デジタル社会の最先端で生きる専門家と日本の高校生による対話が、2020年11月16日、オンラインで行われた。
「世界的なデジタル社会でどう生きていくか、高校生が何をすべきか」をテーマに熊本県立熊本高校と一般社団法人台湾留学サポートセンターが主催。九州7県の県立高校の高校生がオンラインでつながり、唐鳳氏と対話した。参加高は主催校の熊本高校に加え福岡・東筑高校、佐賀西高校、長崎西高校、宮崎西高校、大分上野丘高校、鹿児島・鶴丸高校で、各校の1~2年生からそれぞれ3人が参加した。
デジタル社会で感じた疑問や考えを問う高校生に対し、真摯に答える唐鳳氏。対話はデジタル社会のあり方にとどまらず、これからの生き方や人生の指針にまで広がった。対話の中から、デジタル社会に関するものを中心に紹介する。

ITイコールデジタルではない

デジタル社会の中でITをどう使えばいいのか、人間活動のすべてをITに置き換えられるのかという率直な質問が出た。これに対し唐鳳氏は、「デジタルとITは違う」とし、その理由を述べることから対話を始めた。

――私は小学生の時に英語力がゼロのままアメリカに渡り、現地の学校でITデバイスを使って英語を教えてもらいました。ITを使えば知識を効率よく増やすことができる一方で、コミュニケーション能力は先生と話さなければ身につきませんでした。デジタルでは言葉や気持ちのキャッチボールは限定的になるのではと思っています(佐賀西高校)

まず、IT=(イコール)デジタルではありません。ITはパソコンとパソコン、機械と機械をつなげる方法のことです。一方で、デジタルは人と人とをつなげる方法です。デジタルがITの基盤の上に構築されているのは間違いありませんが、デジタル=ITではありません。このことを先にはっきりと申し上げます。

ITの限界は、機械と機械をつなげることしかできないことにあります。では、ITが作り出す、例えば今、私たちが利用しているビデオチャットの技術をどのように活用すれば、「われわれは同じ空間にいる」といった感覚を誰もが感じることができるのか。これこそ、デジタルの応用における技術であって、どんなITを用いても決定できるものではないのです。というのも、これは私が一緒に決めていく空間であり、作り出していく空間だからです。

同じ空間にいながら、異なる場所から、異なる文化、異なる価値観を持った人たちが共通の物事に取り組んでいくことができないか。いわば、共同創作ができる状況を作り出すことこそ、人であるわれわれ自らがやるべきことだと思います。このような状況については、事前にITが解決したり求めたりしていくことはできません。コミュニケーションを絶えず繰り返すことで達成できるものなのです。より良いITはコミュニケーションの輪をさらに多くの人々に広げることはできますが、最終的には人々が時間をかけていくことが大事です。

唐鳳氏が言及したコミュニケーションを行う手段となるデジタルデバイスをどう利用すればいいのか。だが、コミュニケーションには何よりも「相手に対する集中力」が大事だと、唐鳳氏は指摘する。

――デジタル機器に触れる機会が増え、手書きによる学習や人と直接会話する機会が減ることで集中力、コミュニケーションなどの能力が低下すると言われていますが、私たちの人間らしさや能力はどのように守られていくと思いますか(長崎西高校)

対話のホストとなった熊本高校の生徒たち。質問の作成、ネットワーク構築など時間をかけて準備した。(撮影・福田恵介)
最近のように音声入力が主流となり、手書きの習慣がなくなっても、相手に対する集中力が欠けてしまうことにはならないと思います。実際に私が下を向いて字を書く時には、何を書くかに集中するためにみなさんから目線を外してしまいます。とはいえ、タイピングはキーボードを見なくても何を打っているのかわかりますので、かえって集中力は相手に向いていると言えます。

したがって、字を書くかタイピングするかは、大事なポイントではありません。大事なことは、お互いに集中力を持って接することができているかどうかです。集中力を相手に向けるためには、ビデオチャットであっても対面の会話であっても、私は集中力を邪魔するものを遮断します。

例えば、携帯電話の音が突然鳴らないようにすべて切っています。私は30分ごとに一度だけ、5分間を、SNSを見るために使っていますが、仕事をしている25分の間、携帯が急に鳴り出すということは絶対にありません。こうすることで、集中力を継続できます。

人と向き合う時間を増やすのがデジタル

貧困や環境などの世界的問題を、ITやデジタル世界は解決できるのか。唐鳳氏は「これまでかかっていた作業時間をITの活用によって減らし、人とより向き合うべきだ」と説く。
――世界には貧困や環境問題など解決すべき重要な課題がありますが、オードリーさんはこれらの問題に対してITやデジタル世界がどのように関わっていけると思いますか(鶴丸高校)
先ほどお話ししたように、ITとデジタルの2つに分けて回答します。
世界的問題の解決に取り組んでいる人たちが、単に機械と機械をつなぐという、非常に冗長的で意味のない作業に多くの時間をかけています。これらの作業は働く人たち、例えばソーシャルワーカーなどが人に対してかける時間を奪っているということになります。

そこにITがあれば、それらの作業を自動化できます。これらの作業を機械に任せられれば、彼らは「工具人」(道具として扱われる便利な人のこと)のように、例えばタイピングをするだけではなく、人にかける時間をより多く確保することができます。これがITの一つ目の部分です。

デジタルで大事な部分というのは、世界の人たちをつなぐことができる、ということです。例えば同じような問題を解決しようとしている人が「ほかにもいるのだ」という事実に気づいていないことがあります。そのときにデジタルの方法を用いて「#SDGs」などといったハッシュタグをつけることにより、お互いに知り合うことができるのです。デジタルはコミュニケーションツールとして作用し、さらにはストーリーを語ることができる作業なのです。

私が着ている服は回収されたペットボトルとコーヒーの残りかすを再利用したものからできています。こういった循環経済や再生可能エネルギーの活用例を、デジタルを活用して「こんなことができるんだ」と知ってもらうことで、商品やサービスの内容だけでなく、理念さえも全世界に広められるのです。

そして、理念を全世界に広められれば、自ずと適切な場所で深く根付いて芽が出るはずです。これこそがソーシャルイノベーションなのです。このソーシャルイノベーションこそ、人と人とをつなぐデジタルで最も大切な部分とも言えます。そして、一を知って他を類推するように、他の地域でのイノベーションを自分の地域で適用できるということについて、多くの人が気づいていくでしょう。

デジタルとは人に合わせるもの

デジタル社会は時代の流れとはいえ、急速なデジタル化に抵抗する人たちがいる。政府閣僚として反対する人たちをどう説得するのか。反対する人たちからの反応こそ、改善を促すのだと唐鳳氏は言う。

――意見の違う政治家やIT化に反対する人がたくさんいる中で、リーダーとしてチームをまとめる時に意識していることは何ですか(佐賀西高校)

最も大事なことは、デジタルというのは人に合わせるものであって、人がデジタルに合わせるものではないということです。したがって、今あるデジタルの方法を直接公表し、それに対して「バカげている」「ダメだ」と思う人がいるのなら、その人のほうが知識があるということです。ですから、その人たちを歓迎し、直接訪問したりして、彼らが持っているより高い知識を使って、どのような方法なら受け入れられるのかを教えてもらうということが重要です。

例えば台湾で行われたマスクの配布方法について、私の88歳のおばあさんが77歳の友達と一緒に、私にこんなアドバイスをしてくれたことがあります。マスクをコンビニと薬局で販売できるようにした際、コンビニでも薬局で入手する方法と同じにすれば安心だ、というのです。それは、健康保険証をコンビニで見せて小銭で支払うことにすれば、銀行口座からお金が勝手に引き落とされないか、詐欺に遭うのではないかと心配せずに済むからという理由です。

非常に知恵があると思います。しかも、彼女の意見が採用され彼女たちが納得すれば、自分たちより年下の66歳や55歳の人たちも説得してくれるのです。つまり、初めから強く反対する人たちをデザインする仲間として引き入れることで、そこでできあがったものはみんなにとって同じものになるというわけです。

唐鳳氏はシビックハッカーとして、政府の活動に対して情報を徹底的に公開していく社会運動を行ってきた。そこで、「徹底的な透明性」がなぜ必要なのかという質問に、次のように答えた。

――オードリーさんは、日々の活動において「徹底的な透明性」(Radical Transparency)を大切にしていると聞いています。徹底的な透明性が必要なのはなぜでしょうか。それを追求することによって、政府組織の中で孤立することはありませんか(宮崎西高校)

三権分立の制度において、司法はもともと徹底的な透明性に基づいて成り立っているものです。どのような判決でも最終的には公開されます。しかも、弁護士が公判の過程で書き起こした文章は「著作権を主張してはならない」とされています。

なぜかと言えば、これらは社会の公正性に関することだからです。著作権に対する費用を支払える人しか昔の判決文や訴状を見ることができないとしたら、どんな裁判でもお金持ちが勝訴しますよね。政府の中にいて社会の公平や正義、共生などに関わる人たち、国民とひざをつき合わせて話すような人たちは確かに徹底した透明性を好みます。それに反して、政府の中でも軍事的な決定を下すような人たちは、共生よりも国土の防衛や安全を気にかける必要があります。ですから、彼らは私のオフィスには来ません。

質問に簡潔に答えるならば、もちろん、孤立することはありません。なぜなら、政府の中においても誰かに知られることを恐れず、国民に何としてでも事実を知ってもらいたいという人たちがいるからです。そんな人は、私のところに集まります。しかし、知られてはいけないような情報について、公開を強制することはありません。したがって、徹底した透明性を追求することで孤立することはありませんが、国防・軍事関係の組織に「明日までにすべての機密を公開せよ」ということもありません。

ネットの誹謗中傷はどう対応したらいいか

唐鳳氏はインターネット上で飛び交う誹謗中傷や行きすぎた監視について不安を持つ高校生の質問にも、自身のユニークな対処法を紹介してくれた。

――デジタル化の進展で意見の発信が容易になった一方で、誹謗中傷や行きすぎた監視といった問題が表面化しています。そんなデジタル化社会において、私たちはどのような点に注意して生活していけばよいでしょうか(大分上野丘高校)

私にとってそのような問題は、マスクを付けたりせっけんで手を洗ったりするのと同じで、考えることをしなくても感覚的にすり込まれているようなものです。

インターネット上にある精神的なウイルスやインフルエンザのような、見ると気分が悪くなったり、あるいは自分以外の誰かに迷惑をかけてしまう誹謗中傷行為や情報に対しても、同じような概念で対応が必要だと思います。

私は、スマホやタブレットの操作でタッチスクリーンを使いません。タッチペンを使います。というのも、指でスクリーンに触れると、機械が自分の体の一部だという錯覚に陥ってしまい、そんな行為が病みつきになってしまうことに気がついたからです。

しかし、ペンやキーボードを介していると、「私は私、モノはモノ」だと感じられ、ずっとスクリーンに触れているような感覚はなくなります。病みつきになるという行為がなければ、一時的な気分に縛られることがなくなり、精神的なインフルエンザやコロナウイルスのようなものを無自覚に広めていくことがなくなるはずです。

したがって、自分のスクリーンと一定の距離を保つというのは大事なことだと思います。そして、これもとても大事なことですが、毎日しっかり睡眠を取ることです。睡眠不足の状況では、感情面を含めて受け取る側の能力に限界があるからです。ある程度の時間を置いて、そして深呼吸をしてから同じ文字を見れば、「これは本当だろうか」「この情報は本当に広めてよいものか」と考えることができます。そうした動作を反射的なものにするのです。

マスクを付けて頻繁に手を洗うことと同じように、スクリーンと自分との距離を置くこと、そして毎日十分な睡眠を確保して、短時間の刺激を整理してから、長期的な自らの見解にまとめるということ。これらが非常に大事なことだと思います。

AIはAssistive Intelligence=補助的知能

歴史上からみた現在のデジタル社会、特にAIの将来を問う質問に対して唐鳳氏は「AIはArtificial Intelligence ではなく、Assistive Intelligenceなのだ」とし、話を続ける。

――歴史の転換の要因になったとされる火や農業、印刷機、蒸気機関など、過去の偉大な発明と比べ、AIは人間の世界を変える大きな発明になるでしょうか。もしそうであれば、人類の文明の進歩にどれだけ貢献すると思いますか(佐賀西高校)

AI技術のことを私は「Assistive Intelligence」(補助的知能)と呼んでいます。補助的知能とは、私たちを助けるものです。私たちが自分でやりたくないことを人体の外に移行して、バッチ処理(あらかじめ登録した一連の処理を自動的に実行する処理方式)を行うことです。

これと最も近いものは「火」や「炎」(火薬)の利用だと思います。本来体内で消化できる量に限りがあったり、または食べにくかったりして不健康でかつ多くの時間を消化に使っていた生活を余儀なくされていたところから、火を用いることで食物の消毒や貯蔵、燻製処理などを一度のバッチ処理できるようになる。それにより、それ以前とは異なる文明を作り出すことができました。そうして浮いた時間を、互いのコミュニケーションに費やすことができるようになったのです。

一方で、火が人間の文明を壊滅させた例があるのと同様に、AIもうまく設計されていないと悪影響を与える可能性があります。そのため、火を子どもたちに触れさせないというのではなく、消防設備を強化したり家庭科の授業や調理場で火をどのように扱うのかを教えるべきです。火は多くの人を補助してくれるものであり、社会のごく少数しか利用できるものではないと確実に理解させることが必要です。AIもそうあらねばなりません。

民主的な方法で徐々に教育をしていくことが必要です。そうすれば、AIのような技術が有用であることや、われわれの価値観にも合うものだと説明することもできるようになるでしょう。そうでなければ、たとえ家を建てても防火設備や消防設備がなければ火で失ってしまうように、社会的には受け入れられません。

AIが進むことでシンギュラリティー(特異点)が生じ、人間を超えるのではないかという見方がある。唐鳳氏は、仮にシンギュラリティーが生まれたとしても、それよりも民主的な人間社会をつくることが大事なのだと説明する。
――AIや情報社会が過剰に進展した場合、人間への負のダメージ、例えば現在形でいえば不必要な情報の氾濫、未来形でいえばシンギュラリティーやAIが人間の思考を超越するといったことを危惧する人がいます。ITを中心としたテクノロジーについて、人間が情報を操っているのか、それとも技術が人間を操っているのか、どちらだとお考えですか(東筑高校)
実際には、一部の人類は技術を使って他の人類を操っていますね。「全体主義」(totalitarianism)というのがあります。少人数あるいは一人の独裁者がすべての人々を操ろうとするものです。

しかし、現在のような技術が出てくる前には、一度に操れる人数に限りがあったり、すべての人を操れたとしても短期間にとどまるという限界がありました。それが技術の発展で、部分的ではなく本格的に全体主義に基づいてコントロールすることができるようになっています。それは、中国の新疆ウイグル自治区などでも見られます。

民主主義の継続的な発展がデジタル社会に重要だ

人類が技術を操り、その技術で人類を操ることができるようになっています。しかし、問題は技術そのものではなく、なぜ技術が特定の人類、例えば特定の政府や特定の資本家などに集中して与えられるのかという部分です。

技術を設計する際には、誰もがその技術の使い方を理解し、知っているという状況を確保しなければなりません。例えば、先ほどの料理の例のように、少人数だけが火を使う技術を掌握していて、彼らに教えを請わなければ火を通したものを食べられないというようなことがないように、誰でも料理ができるようにしなければなりません。民主主義が継続的に発展できれば、多元性(plurality)が生まれ、シンギュラリティーのコントロールを受けることはないと思います。

日本でもプログラミング教育が本格化している。「プログラミングをする」ための根本的な考えを、唐鳳氏は高校生に伝授した。

――プログラミングの第一線で必要とされる人材になるためには、どのような能力が求められますか。また、私たち高校生は何から始めればよいと思いますか(全国の高校生から事前に募集した質問)

プログラミングは台湾では「プログラムデザイン」といい、それはデザインの能力であって「ソフトウェアエンジニアリング」という工学の能力ではありません。

工学は機械に近いですが、デザインは人間に近いものです。したがって、大切なのは「デザインシンキング」(デザイン思考)という能力を身につけることです。つまり、あるプログラミングをデザインしてほしいという依頼があれば、プログラムを書き始める前に、多くの異なるタイプのユーザーの意見を聞き、できる限りさまざまな人たちをサポートできるように考えることから始めます。

そして、異なる見方の中から共通の価値に集約することで、一つ目のダイヤモンドを仕上げます。その後、この共通の価値観からさらにさまざまな方法を試し、再度実行可能な解決策に集約します。これを繰り返すこと(ダブルダイヤモンド)でわかるのは、初めに出した自分の考えが最善な策ではないということです。台湾華語には「抛磚引玉」(レンガを投げ捨てて、玉を引き出す)という言葉がありますが、これはすなわち自分の意見を述べて、他人の優れた見解を引き出そうとしながら、多くの不特定多数の人と一緒に協働することが大切だということです。

日常生活の中でデザインシンキングを養うために、簡単にできる方法があります。自分の学校にあるイベントや毎日やらなければならない物事を、いつもとは異なる方法でやってみることです。

コミュニケーション能力を高めることが重要

文句を言いたくなったり、面倒くさいと思うことでも、方法を変えてみるととても面白く意味のあるものになると思います。ですから、皆さんもいつでも「職務再設計」や「経験デザイン」と呼ばれる方法で、毎日の通学経験を再設計のテーマにすることができるのです。

――プログラミングにはデザインが必要だとのことですが、プログラミングは論理性を鍛えるのに最適なものであり、数学などで論理性を身につけるなどして対応できるのではないでしょうか。基礎科目とプログラミング教育とはどのようにつながっていくとお考えですか(熊本高校)

面白い見方ですね。使用するプログラミング言語の違いにより、プログラムデザインとは何かという点においては、まったく異なる見解があるはずです。それは他のデザイン業界でも同じことだと思います。ファッションデザイン、空間デザイン、飛行機などをつくる工業デザインなどでは、当然「デザイン・設計」について異なる見方があります。

プログラムデザインの特徴は、例えば数学が好きな人は、世界を一連の関数にして説明すればよいですし、編曲が好きで多くの人と一緒に演奏したいと思う人には、自分が指揮者になってオーケストラの演奏家と一緒に演奏しているような想像をしてもよいということです。あるいは司令官のように指令を発するのが好きであれば、1つの指令でパソコンが1つの動作を進めるように考えても問題はありません。

プログラムデザインには、自分の世界観をパソコンの世界観に変えるための各種さまざまな方法があります。これらの共通点についてはオランダ人のコンピュータ科学者でプログラミング言語の基礎研究に貢献したエドガー・ダイクストラ教授(Edsger Wybe Dijkstra, 1930~2002)の説明が非常にわかりやすい。同氏がいうには、どんな観点でも共通しているのは、最終的には言語と文学を通じて他のプログラマーやパソコンとコミュニケーションをするという点です。

一人の人間が作ったプログラムデザインの成果がどれほど大きいか、あるいは限界はどこなのかは、自分の母語レベルがどれほど高いかに影響されます。したがって、何はともあれコミュニケーション能力を高めるということが重要なのです。

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