首都圏の通勤電車に見る「上手な線路の使い方」
コロナ禍によって通勤ラッシュの激しさは以前ほどではなくなっているが、これまで都市部の鉄道各社にとって長らく重要な課題は「輸送力増強」だった。
列車の増発や長編成化、複々線化やさらには新線の建設……と、輸送力の増強にもさまざまな方法があるが、「線路をうまく使う」ことで列車の本数を増やしたり、遅れを防いだりしている例がある。
この記事では、線路の使い方を工夫して遅延防止や増発を行っている例を紹介したい。
「交互発着」で列車の渋滞を防げ
一般的に、複線の線路容量の限界は在来線だと1時間当たり(片側)30本とされている。駅での停車時間を30秒とした場合、先行列車の発車から1分30秒後に次の列車が駅に到着し、30秒後、つまり先行列車の発車から2分後に発車する。これで2分間隔=1時間当たり30本の運行ができる。
だが、混雑する路線では駅での停車時間が30秒では足りないことも多く、1つの列車が遅れれば後続列車も遅れを引きずってしまう。そこで、駅の発着線を増やして列車の運行を並列処理するという方法がある。JR中央線の新宿駅のように、2つの線路に交互に列車を入れることによって、停車時間を長く取りつつ後続列車を詰まらせないというやり方だ。
これは「交互発着」と呼ばれ、乗降客が多く長い停車時間が必要な主要駅で列車の渋滞を防ぐことに貢献している。埼京線と湘南新宿ラインの新宿―池袋間もこの方法で本数を増やしている。
東急目黒線の武蔵小山駅では、今年2月から平日の朝ラッシュ時に同駅で待ち合わせを行う急行と各停を交互に発着させることで、列車の詰まりを少しでも減らす試みが行われている。
目黒線の武蔵小山駅は急行と各駅停車の待ち合わせができる構造の駅で、上り(目黒方面)の場合、通常は急行が3番線、各停は4番線に入線する。先に各停が到着し、後から来る急行に追い抜かれる形だ。
だが、このように発着番線が決まっていると、急行が駅を出た後も各停が発車しなければ次の各停は駅に入れない。ここで遅れが発生すれば、後続の急行も詰まってしまう。
そこで同駅では朝ラッシュ時、急行と各停の発着するホームを固定せずに交互に発着させるようにした。4番線の各停が発車すると同時に3番線に後続の各停を入れ、その後空いた4番線に急行が到着、発車後に次の各停が入線……という形だ。
つまり、急行を3番線に入れるパターンと4番線に入れるパターンを繰り返すことによって、駅手前での列車の渋滞を防止しているわけだ。急行の停車時間も1分以上と余裕ある設定だ。
京王線は本数を増やせるかも?
これを以前からやっているのが京王で、調布駅でこのやり方を採り入れている。同駅の場合は急行と各駅停車だけではなく、特急と急行などの組み合わせでも実践している。
例えば19時53分から10分間の下り線の動きを見てみよう。
同駅の下り線は1番線と2番線の2つだ。まず19時53分、1番線に各停橋本行きが到着し、54分に発車。隣の2番線には55分に急行橋本行きが入線する。56分には1番線に特急京王八王子行きが到着し、58分に出発。20時00分に2番線の急行橋本行きが発車し、その直後の02分には同じ2番線に各停高尾山口行きが入る――といった具合だ。
完全ではないが、かなり「交互」に近い発着パターンだ。これによって、相模原線橋本方面と京王線京王八王子方面という2つの異なる路線、そして複数の種別が入り混じる中、1時間当たり24本(19時台)の列車をさばいている。
この方法を突き詰めれば、本線・待避線ともに先行列車が発車した1分30秒後に後続列車を到着させることができる。急行停車駅をすべて待避線のある駅にしてこの方法を実行すれば、複線の限界である1時間最大30本を突破することも理論上は可能だ。
京王は現在、笹塚―仙川間の高架化事業を進めており、明大前駅と千歳烏山駅は線路を4線に増やす計画だ。これが実現すると笹塚―つつじヶ丘間は急行等の追い抜きがない駅と追い抜きが可能な駅が交互に配置されることになる。そして、急行・準特急の停車駅は、追い抜き可能な駅、または追い抜きが可能になる予定の駅のみだ。
このような設計にすると、複線で走らせられる本数の限界を大幅に引き上げられる可能性がある。停車時間を30秒に固定するなら、理屈のうえでは複線のまま1時間最大40本運転
交互発着は列車の渋滞を防いでスムーズに運行するための方法の1つだが、抜本的に列車本数を増やす方法として「複々線」がある。上り・下りともに、急行などの優等列車が走る線路(急行線)と各駅停車用の線路(緩行線)の2線にして線路容量を増やす方法だ。
首都圏の鉄道の複々線は、基本的に優等列車は急行線、各駅停車は緩行線と走る線路をはっきり分けている。だが、2018年に全区間が完成した小田急線の複々線の使い方は高度だ。朝ラッシュ時に走る東京メトロ千代田線直通の「通勤準急」は、緩行線を走ったり急行線を走ったりと、頻繁に「車線変更」をする列車なのだ。
まず、複々線が始まる登戸駅では緩行線に入り、急行線の快速急行と同時に発車する。通勤準急はややゆっくりと走り、3駅を通過して成城学園前駅の手前で急行線へ車線変更。同駅では先に緩行線に入っている各停と接続する。その各停とほぼ同時に発車すると、今度は3つ目の経堂駅の手前で再び緩行線へ。同駅の上り緩行線は2線あり、先に緩行線の片側(4番ホーム)に停まっている千代田線直通の各停と接続する。同駅発車後はそのまま緩行線を走って数駅を通過し、代々木上原から千代田線に乗り入れる。
線路の空きを有効に使っているのはもちろん、千代田線の代々木上原始発電車の発車が多少遅れた場合も、新宿方面へ向かう急行線の列車に遅れが波及するのをある程度回避できている。このほか、小田急は日中の千代田線直通準急も緩行線を走っている。日中の複々線区間の各停は10分間隔なので、空いた線路を有効活用しているといえる。
輸送力増強策は無駄にならない
ほかの路線でも同様に、比較的停車駅の多い急行や快速は緩行線に移し、空いた急行線に有料着席通勤列車を走らせるといった活用も可能だろう。
大手私鉄最長の複々線区間を誇る東武伊勢崎線(東武スカイツリーライン)でも可能だろう。緩行線に優等列車を走らせれば、急行線にホームがないため通過駅であるものの利用者が多い竹ノ塚(隣接する急行停車駅の西新井よりも1日平均で約6000人多い)も急行などの停車駅にできる。朝の各停を何本か急行に置き換えるのもありだろう。草加駅の配線を改良すれば緩行線内で各停の追い抜きもできそうだ。
コロナ禍によって通勤利用者は減っており、これまで輸送力増強が最大の課題だった都市部の鉄道の状況も、今後は大きく変わってくるかもしれない。だが、列車本数を増やすことができれば、昨今流行りの「有料着席列車」を大幅に増やして着席通勤を主流とすることもでき、鉄道会社側の増収にもつながる。コロナ禍でこれまでの輸送力増強策が無駄になるかといえば、決してそんなことはないだろう。
11/29 05:10
東洋経済オンライン