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ジャニーズ最後の砦「V6」安定感が半端ない理由

9月4日朝日新聞朝刊に掲載されたV6ニューシングルの全面広告。「勤続25年の男たち」を自称する彼らはまさにジャニーズ最後の砦と言える(編集部撮影)
コロナ禍のいま、時代は大きな転換期を迎えている。そしてそれは、ジャニーズとて決して例外ではない。確かにジャニーズは基本的に芸能界の中の存在にすぎない。だがもう一方で、時代の流れとシンクロし、それゆえつねに世間の注目を集めてきた。その点、ジャニーズは芸能界という枠を超えた存在でもある。
では、いまジャニーズになにが起こっているのか? この連載では、さまざまな角度からジャニーズに光を当て、その現在地を浮かび上がらせてみたい。
第1回は、V6から。

際立つV6の「安定感」

今年デビュー25周年を迎え、V6が精力的だ。9月にはメンバーの井ノ原快彦主演ドラマの主題歌を含む『It's my life/PINEAPPLE』をリリースし、オリコンなどの週間チャート1位を獲得。

そしてデビュー曲『MUSIC FOR THE PEOPLE』の発売日にあたる11月1日には、「V6 For the 25th anniversary」と題したコンサートのライブ配信をデビューイベントの会場でもある思い出の地・国立代々木競技場第一体育館から行った。またテレビでは、年に一度の恒例になっているバラエティー特番「V6の愛なんだ2020」が11月3日に放送された。

そんなV6には、ジャニーズの中でも際立った「変わらなさ」の魅力がある。自ら「勤続25年の男たち」と称するように、坂本昌行、長野博、井ノ原快彦、森田剛、三宅健、岡田准一という6人のメンバーは、結成時からまったく変わっていない。そんなV6からは、今や絶対的と言っていいほどの安心感が醸し出されている。

しかし、V6の魅力はそれだけではない。もう一方で彼らは、ジャニーズのパイオニア的役割を担ってもきた。

例えば、いまは当たり前となった感のあるバレーボールの国際大会をきっかけとしたデビューの先鞭をつけたのがV6だった。

グループ名の「V」に「勝利(victory)」などとともに「バレーボール(volleyball)」の意味が込められているように、彼らは1995年開催の「バレーボールワールドカップ」のイメージキャラクターとしてデビュー。「MUSIC FOR THE PEOPLE」は、そのイメージソングだった。そこから、嵐、NEWS、Hey! Say! JUMP、Sexy Zone、ジャニーズWESTとバレーボール国際大会のサポーターの系譜が受け継がれていく。

またV6は、「終わらないアイドル」を体現するフロントランナーでもある。

ジャニーズアイドルの長命化は彼らに限ったことではないが、V6がある意味においてその先例になっている面はあるだろう。とくに2007年の井ノ原快彦を皮切りとして、長野博、岡田准一、森田剛とメンバー6人中4人が結婚していることは象徴的だ。

結婚するかしないかはもちろん個人の自由だが、結婚していることが自然に周囲から認められる状況をつくったという意味ではジャニーズの歴史、ひいては男性アイドルの歴史においても特筆すべきことだろう。

坂本と長野は「ジャニーズ出戻り組」

V6というグループそのものに目を向けてみると、彼らは多彩なメンバーの集まりだ。経歴も個性もバラバラな6人が集まっている面白さが、V6にはある。まさに“多様性の塊”といったところだ。

まず基本的なこととして、グループ内での年齢の幅が大きいことがある。V6は年長組の20th Century(トニセン)と年少組のComing Century(カミセン)からなるが、リーダーで最年長の坂本昌行(1971年7月生まれ)と最年少の岡田准一(1980年11月生まれ)では9歳という年齢の開きがある。

そうしたこともあってか、デビューまでの経緯もバラエティーに富んでいる。

「剛健コンビ」と呼ばれ人気を集めていた森田剛と三宅健。「若者のすべて」(フジテレビ系、1994年放送)で木村拓哉を刺してしまう少年役が印象的だった井ノ原快彦。彼らのように、ジャニーズJr.で何年か活動してそのままデビューという一般的な経歴のメンバーばかりではない。

1988年に入所した坂本昌行は、一度ジャニーズ事務所を辞めてサラリーマン生活を送っていた。だがもう一度ステージに立ちたいという思いが強くなり、TOKIO・国分太一の仲介でジャニーズに復帰した(「元日はTOKIO×嵐 嵐にしやがれ 元日は嵐旅館開店SP」日本テレビ系、2015年1月1日放送)。

長野博にも、同じく苦労人の一面がある。1972年生まれの長野も、1986年に入所するも高2のときに一度、事務所を辞めている。その後専門学校生だったときにジャニー喜多川からの電話で復帰。しかし、それでも仕事はなくアルバイトをしたり、少年隊・植草克秀の付き人をしたりという日々だった(「人生最高レストラン」TBSテレビ系、2020年10月31日放送)。

【2020年11月16日10時30分追記】初出時、長野博さんの入所年が1988年になっていましたが、正しくは1986年でしたので、訂正しました。

一方、岡田准一はデビューが早かった。しかもジャニーズ入りのきっかけが通常のオーディションではなく、テレビ番組「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」(日本テレビ系)の企画「ジャニーズ予備校」であった。学校の先生に憧れていた岡田だったが、中3の夏母親が応募したことで運命が変わる。見事合格した岡田は、それからわずか3カ月後にV6のメンバーに抜擢された(『日刊スポーツ』2005年4月24日付記事)。

それぞれの濃密なソロ活動

また6人は、ソロ活動においても多彩だ。坂本昌行は、かつて「この6人はまとめようと思っても、まとまらないなと思った。むしろ僕の言葉でまとまるようでは、つまらないグループになっちゃうなと」と語っていた(『サンケイスポーツ』2014年12月27日付記事)。逆に言えば、それだけ個性豊かなメンバーがそろったということである。

坂本は、ジャニーズの中でもトップクラスの歌唱力の持ち主として定評がある。それを生かし、ジャニーズのみならず外部のミュージカルの舞台にも立っている。さらに料理が得意で、情報番組「ノンストップ!」(フジテレビ系)ではレギュラーコーナー「One Dish」を持つほどの腕前だ。ちょっと変わったところでは、ジャニーズの中でも野球がうまくスポーツ番組の対決企画にも登場する。

食ということでは、長野博も知られた存在だ。かつて「ウルトラマンティガ」(TBSテレビ系、1996年放送開始)でジャニーズ初となる特撮ドラマのヒーローを演じ、俳優歴も長い。ただ最近は、食べ歩きを趣味としたり、野菜ソムリエの資格を取ったりと食通のイメージが浸透している。MCを務める「よじごじDays」(テレビ東京系)などでは、その辺の知識や調理師免許を持つ料理の腕前を披露する場面もみられる。

井ノ原快彦は、「あさイチ」(NHK)、「NHK紅白歌合戦」「出没!アド街ック天国」(テレビ東京系)など熟練の番組MCでおなじみだ。今年の「24時間テレビ『愛は地球を救う』」(日本テレビ系)のメインパーソナリティーを務めたことも記憶に新しい。

ただ先ほども少し触れたように、ずっと俳優志向も強い。V6としてデビュー後も「警視庁捜査一課9係」「特捜9」(いずれもテレビ朝日系)をはじめドラマや映画に数多く出演してきている。

森田剛は、ソロでは俳優としての活動がメインになっている。早くからテレビドラマの主演を務め、『ヒメアノ~ル』(2016年公開)では映画単独初主演を果たした。同作ではシリアルキラーを演じるなど、ジャニーズの枠にとらわれない役柄も積極的にこなす。また彼の場合、舞台での活躍も目立つ。劇団☆新感線の作品や蜷川幸雄演出の舞台での主演など実績を積み重ね、同じく主演の『金閣寺』は海外でも上演された。

俳優メインのソロ活動という点では、いうまでもなく岡田准一もそうだ。「木更津キャッツアイ」や「タイガー&ドラゴン」(いずれもTBSテレビ系)といった宮藤官九郎脚本の作品での演技で評価を高め、「SP 警視庁警備部警護課第四係」(フジテレビ系)では華麗なアクションも披露した。

2014年にはNHK大河ドラマ「軍師官兵衛」で主演、第38回日本アカデミー賞では最優秀主演男優賞と最優秀助演男優賞のダブル受賞を成し遂げた。

三宅健もドラマ、映画、舞台と俳優としての活動歴がある一方で、「伊東家の食卓」(日本テレビ系、1997年放送開始)に始まり、「アウト×デラックス」(フジテレビ系)への出演など、コメント力やコミュ力の高さを生かしたバラエティーでの存在感が光る。

また障害のあるファンとの交流がきっかけで始めたという手話を生かし、NHKのオリンピック・パラリンピック関連番組でメインパーソナリティーを務めたことは特筆に値する。

もちろんジャニーズの中には、多彩な個性のそろったグループがほかにもたくさんいる。むしろ、そうした個性重視がいまのジャニーズグループ全般の傾向でもあるだろう。だがV6の場合、それぞれの活躍が多様かつ濃密と言える。それが25年という時間の重みでもあるだろうし、V6というグループが見せるオールマイティーな部分にもつながっている。

V6の人間力と「やさしい世界」

こんな“六人六色”ともいうべきV6の姿を見るとき、ジャニー喜多川がかつて蜷川幸雄のラジオ番組で語っていた話を思い出す(「蜷川幸雄のクロスオーバートーク」NHK、2015年1月1日放送)。

先ほども触れたように、森田剛は蜷川幸雄の演出した舞台への出演経験がある。あるとき蜷川は、彼曰(いわ)く「汚い髭」を生やしている森田剛を見て「よくジャニーズにいられるね」と冗談交じりに言ったそうだ。

するとそのエピソードを聞いたジャニー喜多川は、「人間はそれぞれみんないいところがある」としたうえで、「アイドルづくりは人間づくり」なのだと語っていた。

V6には、そんなジャニーズの育成哲学の結晶のようなところがある。先ほどの坂本昌行の言葉にもあったように、ただ仲良くするだけでなく、互いの個性や人格を認め合うことからV6はスタートした。そして年月をかけて互いの関係性が熟していく中で、どんな相手にも壁を作らないグループに成長した。そうした人間力の高さが、V6からはひしひしと伝わってくる。

それは、「学校へ行こう!」(TBSテレビ系、1997年放送開始)、そしてそれを継承した「V6の愛なんだ」(2017年放送開始)を見ていてもわかる。中学生や高校生に接するときも目線はつねに対等で、時には見守り、時にはともに汗や涙を流す。そのバランス感覚が絶妙だ。「V6の愛なんだ2020」でも、その姿は健在だった。

同じことは、アーティスト・V6にも言える。初期のユーロビート路線からアニメ主題歌、バラード曲まで多彩な楽曲を歌いこなす彼らだが、2014年に「NHK紅白歌合戦」に初出場した際に歌ったのが「WAになっておどろう」(1997年発売)だったように、世代や性別の壁に関係なくともに歌いたくなるようなヒット曲を持つのも大きな特長だ。

いわばかけがえのない「やさしい世界」、それがV6の紡ぎ出す世界だ。それは、コロナ禍に見舞われ不安に満ちたこの時代においてとりわけ貴重な、1つの奇跡のようにさえ思えてくる。

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