デジタルをめぐる覇権争いを日本人は知らない

テクノロジーは人間を幸福にするのか? 私たちの未来はデジタルテクノロジーをどのように利用するかにかかっている(写真:metamorworks/PIXTA)
ますます力を増しつつあるGAFAなどのプラットフォーマー、デジタルテクノロジーの覇権をめぐるアメリカと中国の対立。急速な社会の変化に対応し、生き残るために、ビジネスマンは何を知り、学び、どのように行動しなければならないのか。
このたび『デジタルテクノロジーと国際政治の力学』を上梓した塩野誠氏が、私たちが直面している大きな問題と今後の世界を読み解く。

AIを制するものが世界を制する

「AI(人工知能)でリーダーとなるものが世界を支配する」。3年前、2017年にロシアのプーチン大統領が述べた言葉である。

時は経ち、2020年10月、私たちは新型コロナウイルスのパンデミックでリアルな人間同士の接触を避ける世界に生きている。このパンデミックは世界各国でデジタルテクノロジーへの依存をより一層加速させた。私たちがスクリーン越しに人と会話する時間は今や日常となった。

そしてニュースを見ればアメリカ大統領選を前にして、TikTok買収問題をめぐって米中が思惑を巡らしている。中高生に人気の動画アプリが二大大国の政治と司法を巻き込み、マイクロソフトやオラクルといった巨大IT企業が買収を競うことになろうとは誰が予測できただろうか。

TikTokを開発したバイトダンス(北京字節跳動科技)は一流のAI開発者を数多く抱えることで知られ、その機械学習技術を用いてユーザーの嗜好を学習し、ユーザーがアプリを使用する時間を日々、増加させている。現在のAIはユーザーが気づくこともなく、アプリの裏側で大量のデータを処理し、学習し続けているのだ。

冒頭のプーチン大統領の言葉は今ではあまりに当たり前のことのように聞こえる。オンラインの世界での私たちの行動がデータとなり、AIによって解析されていることは日常である。そしてスマートフォンを持った私たちは、現実世界で自分の位置情報を発信し続けている。

より広義に言えば、AIを含むデジタルテクノロジーが社会の隅々まで行き渡り、人々の日々の健康管理や投票行動まで左右するようになってきている。

例えばスマートウォッチを着けた人は体温、心拍数、血中酸素など測り続け、データとして蓄積しており、健康管理アプリからアドバイスを受けているだろう。投票行動といえば、アメリカではジオフェンシングと呼ばれる、特定の地域の人々に特定の広告を見せる位置情報を利用した手法が選挙キャンペーンに利用されている。

すでに多くの場面で人間の活動はデジタルデータに還元され、解析され、行動変容されている。こうしたデジタルテクノロジーを支配できるものが、社会と人間に大きな影響を与えることはもはや自明である。

「デジタル」を理解するのに必要な視点

デジタルテクノロジーの覇者は、GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)と呼ばれる巨大テック企業かもしれず、話題のTikTokかもしれない。そんな折、新しい首相を迎えた日本では政府が「デジタル庁」を発足するという報道があった。

新型コロナウイルスのパンデミックを受けて、日本では感染者追跡アプリ開発や教育現場での遠隔学習などにより、先進国であるはずの日本のデジタル化の遅れが大きく浮き彫りになった。

「デジタル」については国家間の争いから、子どもの教育、スマートフォンでの暇潰しまで、あらゆる角度でニュースとなっている。ビジネスパーソンにとって日々、五月雨式に入ってくる情報だけでは、何が自分のビジネスに関係する事象なのかさえ理解が難しくなっていることも事実である。

現在、世界では日本企業の存在感が薄くなっている。海外MBAの授業で日本企業がケースとして取り上げられることもほとんどなくなってしまった。この現状は、テクノロジーは自分たちには関係ない、政治は自分たちには関係ないと考えた企業トップの知的怠慢がその原因ではないかと筆者は考えている。

職場ではDX(デジタルトランスフォーメーション)が叫ばれるが、AIや5Gネットワークなど、技術的な話題が入ってくるとより難しく感じるのではないだろうか。

ここではビジネスパーソンが「デジタル」のニュースをどのように見るべきか、ビジネスパーソンが持つべき視点を解説する。登場するのは、各国政府、デジタルプラットフォーマー企業、機関投資家、企業、個人である。

それではまずは国家間という大きな話から始めよう。国家は主権、領土、国民で構成される。そして国家のパワーは軍事力、経済力、情報、領土の位置や大きさなどの要素によって規定される。そこにデジタルテクノロジーが新たなパワーとして加わったのが現代である。

米中テクノロジー摩擦に代表されるように、デジタルテクノロジーによる覇権をめぐって各国政府が争っている。なぜならデジタルテクノロジーはサイバー攻撃など軍事と安全保障に直結するものから、自動車や半導体といった国家経済を左右する巨大産業までに関係するパワーとなっているからである。

ここで登場するのが、各国政府が独占していたパワーに挑戦する、デジタルプラットフォーマー企業である。例えば国家が独占していたはずの通貨の発行をもくろんだフェイスブックがそうだ。

国家による独占に挑戦したフェイスブック

フェイスブックはリブラ協会をスイスに設立し、デジタル通貨である「リブラ」を発行しようとした。政府が独占していた通貨発行に手を伸ばしたフェイスブックは、各国政府から猛反発を受けることとなった。

もしもリブラが発行されれば、フェイスブックのユーザー(個人)がそのデジタル通貨を使うことで、一気に20億人を超える人々が使う通貨が登場したかもしれない。

デジタルテクノロジーのパワーによって政府に挑戦するデジタルプラットフォーマー企業を各国政府は規制をもって迎え撃つ。デジタルプラットフォーマーは当然に各国の法律に従う必要がある。

各国政府以外に巨大化したデジタルプラットフォーマーに影響を与えられるとすれば機関投資家が挙げられるだろう。デジタルプラットフォーマーは資本市場における時価総額を経営に利用している。機関投資家は株主として、ESG、つまり環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)に対して善をなすべきという観点から牽制することが可能である。

一方で各国政府は自国の企業がグローバルにデジタルテクノロジーを用いてビジネスをする際はそれらを援護する。アメリカのシリコンバレーの企業がEU委員会の規制によっていじめられたとアメリカ政府が思えば反撃するだろう。このとばっちりを受けて一般の企業が経済制裁や規制に悩まされることになる。

外国投資規制でM&Aが中止となり、ファーウェイ問題のように特定企業の製品が使えなくなればサプライチェーンの組み換えが必要となる。

巨大化したデジタルプラットフォーマー企業はまるで政府や公的な存在のように振る舞っている。きっと政府より個人の趣味嗜好について詳しいことだろう。

個人はせっせと自分の関心事を検索エンジンに教えている。個人のコミュニケーションツールもみんなデジタルプラットフォーマーが提供している。急にグーグルやLINEが使えなくなって困るのは個人である。

こうして、国家間の話題は、企業、個人のレベルへと影響していくことになる。国家対デジタルプラットフォーマーの攻防について、個人は自分には関係のないものとは言えないのである。

デジタルプラットフォーマーに言うことを聞かせられるのは法規制を使える政府である。加えて、デジタルプラットフォーマーが上場企業であれば、少しは株主である機関投資家の言うことも聞くだろう。もしもデジタルプラットフォーマーがフェイクニュースを垂れ流しにするような事態になれば、誰かが注意しなければならない。

利便性と濫用リスクというジレンマ

デジタルテクノロジーそのものは政治的に中立である。例えば国中に監視カメラを配置して、顔認証で人々の行動を管理する際に、テクノロジーは設計されたとおりに動き、その管理者に忠実である。管理者が民主主義的に選ばれたリーダーでも権威主義的な独裁者でも、テクノロジーはリーダーに忠実に仕事を行う。

例えばコロナウイルスの感染者追跡アプリもテクノロジーによって、感染予防が行われて人の命を救うこともあれば、同じテクノロジーを使って人々をデジタルの檻に閉じ込めることも可能である。そうしたことが行われないように、個人は利便性を感じつつも政府がテクノロジーを濫用することに注意しなければならない。

国民はテクノロジーの上位に国民主権や法の支配といった普段は忘れているような原理が置かれていることを確認しなければならない。例えば日本で「デジタル庁」が進めていくであろう行政手続きのオンライン化でも、行政と個人が対等に透明性をもって、「(監視されているような)気持ち悪くない」仕組みをつくる必要がある。

デジタルテクノロジーをめぐって各国政府、デジタルプラットフォーマー企業、機関投資家、企業、個人がせめぎ合い、いまだ終わらないゲームをしている。ビジネスパーソンはその各プレイヤーの動きを追っていくべきである。その過程で新しいビジネスがまだまだ生まれるはずだ。

中高生に人気の動画アプリが安全保障問題になるくらいなので、どんなことでも起こりうる。あらゆる分野にデジタルテクノロジーがにじみ、浸透する2020年、人間が幸福になる手段としてのテクノロジーの意味を今一度、問い直したい。

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