「社会貢献するカリスマ経営者」ベニオフの素顔

1999年にセールスフォース・ドットコムを創設したマーク・ベニオフ。日本でのセールスフォース急成長の立役者となったジャパン・クラウドの福田康隆氏がベニオフからの学びの体験を語った(写真:ロイター/アフロ)
ニューヨーク・タイムズとウォール・ストリートジャーナルでベストセラー入りしたマーク・ベニオフ著『トレイルブレイザー――企業が本気で社会を変える10の思考』の日本版が7月末日に刊行された。
クラウド・コンピューティングやサブスクビジネスの先駆者であり、1999年にセールスフォース・ドットコムを創設、GAFAと並び称される企業に急成長させた著者の歩みと思いを細密につづった1冊だ。成功と社会貢献を対立軸にしないその企業文化は、世界で賞賛されている。
セールスフォース・ドットコム日本法人の草創期にマーク・ベニオフ本人から採用され、直接薫陶を受けて、日本でのセールスフォース急成長の立役者となったジャパン・クラウドの福田康隆氏が、『トレイルブレイザー』にも通じる、ベニオフからの学びの体験を語った。 

太陽のような人、ベニオフ

『トレイルブレイザー』は、ビジネスの一般論を書いたものではなく、マーク・ベニオフさんご本人のストーリーや考え方が詰まった非常に面白い本ですね。

2004年にベニオフさんから声をかけていただき、10年間セールスフォース・ドットコム(以下、セールスフォース)で働きましたが、私のベニオフさんの印象は、「太陽のような人」です。遠くにいるときはあたたかくて心地よいのですが、近づきすぎるとイカロスの翼のように焼け焦げさせられて、墜落してしまう。

本書にも描かれている、セールスフォースが取り組んでいる製品の1%、株式の1%、就業時間の1%を活用して社会貢献活動する「1-1-1モデル」や「フィランソロピー(ボランティア活動)」などのイメージから、一般的には非常に人格的で優しい、神様のようなイメージがある方です。

同時に、ビジネスにおいては、ヒリヒリするようなプレッシャーも感じさせてくれる非常に厳しい面があり、その多面性が多くのインスピレーションを与えてくれるという存在でもあります。

初めてお会いしたのは、2003年、私が日本オラクルでロサンゼルスに駐在していた頃です。当時、オラクルの人間にとっては、カリスマといえばその創業者ラリー・エリソンしか思い浮かばないものでしたが、ベニオフさんと対面してみると、まずはその体の大きさも相まって、存在感の強さを感じました。

福田康隆(ふくだ・やすたか)/ジャパン・クラウド・コンピューティング パートナー、ジャパン・クラウド・コンサルティング代表取締役社長。1972年生まれ。早稲田大学卒業後、日本オラクルに入社。2004年セールスフォース・ドットコムに転職。翌年、同社日本法人で専務執行役員兼シニアバイスプレジデントを務めた後、2014年マルケト代表取締役社長として日本法人の設立に関わる。2020年1月より現職。著書に『THE MODEL』(翔泳社)がある(写真:福田康隆氏提供)

そのとき、ちょうどベニオフさんはメディアの取材を受けており、私はそれが終わるまでそばで待っていたのですが、その話の内容にもうならされました。

当時のIT業界は、ハードウェアもソフトウェアもユーザーがすべて購入して、自前で構築するという仕組みが一般的でしたが、ベニオフさんは、今後は電気やガス、水道と同じユーティリティーとして使える仕組みを提供する、そして、それがユーザーのためにもなるんだというビジョンを語っていました。

クラウド隆盛の2020年の今となっては当たり前の話です。しかし、当時は「そんなことが本当にできる未来がくるなら、すごい話だな」と興奮しながら聞いたのをよく覚えています。

「Think Big」最初から世界を狙え

同じクラウドサービスにも、会計や人事システムなどいろいろな選択肢がありますが、セールスフォースは、営業支援、顧客管理からスタートしました。

この理由を後に聞いたところ、「会計や人事は各国でレギュレーション(規制や規格)が異なるので国際展開が難しい。しかし、顧客情報や営業なら世界共通だ」と。つまり、彼は最初からアメリカ国内だけではなく、世界の市場を見据えていたわけです。

2004年の上場直後の頃の言葉も印象に残っています。当時はまだ顧客が6000社ほどでしたが、ベニオフさんはペットの犬を連れて会議室にやってきて、「僕の目標は、顧客数10万社にすることだ」と語ったのです。

その瞬間、私も含めてみんなが「そんな荒唐無稽なことができるわけないだろう」と思いました。しかし、それから長くかからずに、彼はその目標を達成してしまったのです。

とにかく「Think Big」というか、視点が高いのです。ベニオフ本人が「できる」と本当に信じている。その信じる力がとても強いのだと思います。

当時は、何度もベニオフさんから直接指導を受けました。今でも忘れられないのは、2004年にサンフランシスコの本社勤務だった頃のことです。

突然、ベニオフさんから営業スタッフたちに一斉メールが飛んできました。本当に小さな金額の、普通なら営業部長も気がつかないようなある商談について、担当者が「競合にロストした」という情報を入力したのですが、それについてすぐさま「なぜロストしたのかを説明しろ」と。

CEOがこんなに小さな金額の商談にまで目を配っているのかと驚くとともに、受注を逃した理由をしっかり自分で理解しておこうと考えていることがわかり、驚いたことを覚えています。

経営者の中には、中長期だけを集中的に見据える人、マイクロマネジメントで現場にだけ入ってくる人などいろいろなタイプがありますが、ベニオフさんは、高度を自由に変えられる人なのです。

とてつもなく高い場所から俯瞰して、世界の見通しと未来のビジョンを語っていたかと思えば、突然急降下して現場に降りてくる。その両方を柔軟に持ち合わせた姿からは、多くのことを学びました。

ベニオフのマシンガン・クエスチョン

私がサンフランシスコから日本支社に着任してからも、つぶさに鍛えられました。これは毎回のことでしたが、会うといきなり「いま顧客は何社だ? 先期は? 解約率は? 競合との差別化はどこでしている? 顧客の声はどうだ?」とマシンガンのように10も20も質問が飛んでくるのです。

回答すると、またそこを掘り下げた質問が飛ぶ。考えたり、資料を見る隙もありませんし、頭に入っていることを瞬時に答えるしかありません。

ですから私も、今度は何を質問されるだろうかと意識するようになり、改めて自分のビジネスを徹底的に理解しておこうと努力するようになりました。各国のマネジャーを集めた会議でも、矛盾点をすぐに見つけて鋭く指摘し、延々と質問し、「終わるまで、どこにも行かせない」といった、張り詰めたようなテンションに包まれていました。

しかし、同時に、「未来は君たちにある」と言って、社員の士気や意識を上げることにも、余念のない人でした。

厳しく、きつかった一面もありましたが、今になってみると、あの緊張感が懐かしく、もう一度味わってみたいという気持ちも残っています。両面あわせて、それほど強いインスピレーションを受けるのです。

ベニオフさんは、よく社員に対して「I'm here for your success」「because of you」というフレーズを使います。数字がどうこうだけではなく、「あなたを成功させることが僕の仕事だ」「この成功はあなたたちのおかげだ」とはっきり言ってくれます。

私は、日本でのセールスのやり方について彼に叱責されたことがありました。しかし、納得がいかず、クビを覚悟で反論を試みたことがありました。すると、彼から「よくわかったよ。僕はあなたのファンだ」と言われたのです。これには、正直ぐっときました。彼の根幹がそこにあることも、重要なのだと思いますね。

ビジネスの成長を生む「価値基準」

『トレイルブレイザー』には「V2MOM」というフレームワークが登場します。ビジョン(Vision)、バリュー(Values)、手法(Methods)、障害(Obstacles)、評価基準(Measures)の頭文字をとったものですが、ベニオフさんは、とくに価値基準を非常に大切にする方です。

ある年の「V2MOM」を作るための会議がありましたが、そのとき、おのおのがセールスフォースの価値基準として「信頼(トラスト)」「成長(グロース)」「顧客の成功(カスタマーサクセス)」などを挙げていきました。

すると、ベニオフさんが「カスタマーサクセスとグロースはどっちが大事なのか? トラストとカスタマーサービスでは?」と順位づけを始めたのです。

当時の私は、そんなことはまったく考えたことはありませんでした。しかし、てんびんにかけてみると、どれが本当に重視すべきことで、そのためにはどんな行動を取るべきなのかを見いだすことができます。

この会議では、「トラスト」が最上位になりました。日本で一般的に考えられる信頼関係というよりは、システムそのものの信頼性という意味です。たしかに、それが失われると顧客も成功もありません。

ですから、社内のリソース、開発も含めてシステムの安定稼働を目指そう、それがお客様が安心して使えるものにするための最優先の価値基準だというように、戦略までが決まるのです。このことは、その後、私が起業した際にも役立ちました。

セールスフォースは、ほかのIT企業がカバーしなかった中堅のマーケットを、プロセスを重視した科学的な手法で取りに行くとともに、しっかりしたプランニングで大手の顧客を獲得して土台を築いたという部分があります。

そしてその一方で、マーク・ベニオフ本人によるPRやブランド作りが非常に大きな効果を発揮しているとも思います。

有名なIT企業はたくさんあっても、CEOの名前や顔が思い浮かぶ会社はそう多くありません。その中でベニオフさんは、自らが出てきて、しかも会社の製品ではなく、バリューや価値基準を開示しているのです。彼自身が会社を体現している存在なのです。

『トレイルブレイザー』では、セールスフォースにとって社会貢献がいかに大きなバリューであるかがよく描かれています。私自身、アメリカ本社への入社初日からは、サンフランシスコのホームレスの人々のために、リンゴなどの食料を袋詰めして配るということを行いました。

実は、当時の私は、ボランティアには消極的でした。しかし、会社を通して何度か参加したことで、考え方が変わったところもあります。

あるときは、保育施設の引越しを手伝ったのですが、施設の人は女性ばかりで、重い荷物も多く、大変そうでした。しかし、セールスフォース社員数名が手伝うことで、半日で終わらせることができ、とても喜んでもらえたのです。

そのとき、「ああ、人に貢献できたんだ」と実感しましたし、幸福感とは何なのか、人は何を求めて働いているのか。「人が生きる理由」とは何なのか、を気づかせてくれたのです。

会社がボランティア活動をプログラム化していなければ、あのような機会も得られなかったと思いますし、非常に意義のある体験だったと思っています。

飽くなき成長が可能な一貫したカルチャーとバリュー

私が在籍した2004年から10年間のセールスフォースは、急成長の時期でもあり、非常に厳しいプレッシャーの連続でした。毎月毎月決算が続くようなあの当時のスピード感、成長への飽くなき挑戦は、私の知る限り、どこを探してもないと思います。

しかし、その時代においても、すでに「カスタマーサクセス」というバリューは根本にありました。

つねに、成長のための成功ではない、自分たちが大きくなれば、製品開発もできるようになり、顧客が成功し、幸せになれるのだという「みんなの成功」を求めるという意識が明確だったのです。

長く事業を続けられる、社員が飽くなき成長に向かって頑張れるカルチャーがしっかりしていたのだと思います。

今ではフォーチュン誌で「最も働きたい企業」「世界で最も称賛される企業」などに選ばれる会社となりましたが、ずっと以前から一貫していて、いい会社だと私は思います。「1-1-1モデル」も創業当初からありましたし、当時からすでに社会貢献専任の人もいました。

成長してからそういうことを言い始めたのではなく、最初からずっと一貫していることにこそ意味があります。「カスタマーサクセスか、グロースか」の価値基準が明確だからこそ、企業文化が形成され、社員のポテンシャルが引き出され、新しい人を引き入れる魅力につながっているのです。

一方で、その過程には当然、ビジネスをドライブさせるための厳しさもある。この複合的で一貫した姿こそが、ベニオフさんから学ぶべき部分だと思います。

私はこれまでグローバル企業数社の日本法人に在籍してきましたが、これからの時代は、その会社の価値基準、アイデンティティーがいかに明確になっているかがカギになると見ています。

グローバル競争が厳しくなるにつれて、お客様も、その会社の価値観、企業文化、発信しているメッセージを吟味して、一緒に仕事するかどうかを決めるということが増えてきました。

日本ではスタートアップの若い起業家だけでなく、大企業も新たなメッセージングを出すという動きが見られるようになっています。やはり、大企業や古い企業が変わることは、社会に対して大きなインパクトを与えます。今後は世代交代の流れとともに、会社としてのバリューを強く発信する時代へと変化していくのではないかとも感じています。

新型コロナによって、何事もゼロベースで考えなければならない時期にもなりました。今後は、どの会社も、自社の価値基準をいかに明確にメッセージしているか否かで、需要が高まり急成長する会社と、成長できず立ちゆかなくなる会社とで、二極化されていくことになるでしょう。人材の流動性も、その二極化の状況のなかで、急速に高まっていくはずです。

そうした流動性の高い状況のなかで、経営者が、いかに広く業界や社会構造全体を見渡すことができるかによって、業界をまたいでの協力ができるかなどが試されていくことになるのではないでしょうか。例えば、企業が中心となって、社会において人材再教育の場をつくることができるかどうか、などです。

企業が社会に対してどのように貢献していけるのか。どんな役割を果たせるのか。国や地方自治体とも一緒になって、人口減社会を最適化できるのか。社会に対して企業が積極的にコミットしていく姿、それこそが、これからの社会に求められるものになるでしょう。

マインドフルネスの思い出

最後に、ベニオフさんと私の貴重な思い出を1つご紹介します。私がセールスフォースを退職しようとしたとき、理由を言っても、彼は「納得できない。おまえは自分自身がわかっていないんじゃないか」と言って、私をハワイへ瞑想に連れていってくれたのです。そのとき、彼から「本当の答えは自分の中にある」と言われました。

マインドフルネスはベニオフさんやセールスフォースの根幹だと思います。「自分が日本に住んでいたら、毎週末京都に行く。京都ほど瞑想に向いている場所はない」と言っていました。

こうしたリフレッシュは、事業の構想に入っていたと思います。彼にとってつねに、大事なものとは何かを意識することに役立っていたのではないでしょうか。

これからは、企業・NPO・政府・行政など社会を構成するあらゆる組織や団体が、売り上げや利益、キャッシュなどを指標とするのではなく、いかに顧客中心であるかを指標としていくとてつもない時代が、本格的に到来すると思っています。

あのヒリヒリするようなプレッシャーを与えてバリューとともに成長を探求していくベニオフさんと同時期を過ごしたことは、得がたいものとして、今も私の中に強く残っています。

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