日本の原発の「是非」今こそ議論の必要がある訳

日本のグリーン・リカバリーに原子力は必要か?(写真:ヨシヒロ/PIXTA)
米中貿易戦争により幕を開けた、国家が地政学的な目的のために経済を手段として使う「地経学」の時代。
独立したグローバルなシンクタンク「アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)」の専門家が、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを、順次配信していく。

コロナ後の経済回復は、「グリーン・リカバリー」

小泉進次郎環境大臣は、2020年6月、気候変動対策の官民ネットワークとビデオ会議を行い、新型コロナウイルス危機後の経済回復の在り方について指針を共有した。そこで示された方向性が「グリーン・リカバリー」であった。

新型コロナウイルス後の経済復興の核に気候変動対策を据えるグリーン・リカバリーは、欧州を中心に世界経済の潮流となりつつある。7月21日、欧州連合(EU)首脳会議は、EU予算とは別に7500億ユーロ(約92兆円)を調達し、「次世代EU(Next Generation EU)」復興基金を創設する案に合意した。

復興基金の約3分の1は気候変動対策に充てられ、EU次期7カ年中期予算と合わせると過去最大規模の環境投資を伴う刺激策となる。EUは、2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにする「グリーン移行」を促進しながら、経済を刺激し雇用を創出するという成長戦略を掲げるが、それを復興の中心に据え、勢いを維持、加速することが狙いである。

気候変動対策重視の経済回復案は欧州にとどまらない。カナダは、石油・ガス産業の雇用を守りつつ、メタン(温暖化ガスの一つ)排出を抑える投資資金を融資し、中国では電気自動車などの購入補助を2022年末まで延長するなどの策がとられる。アメリカでは、現時点では具体的な経済対策として具現化してはいないものの、民主党陣営は電気自動車関連で大規模な雇用を創出する計画を打ち出している。

日本においては、ここまでの緊急経済対策にグリーン・リカバリーの内容を明確に打ち出してはきていない。また以前より、日本は気候変動対策に長期的な戦略を持たず、消極的であるとして国際社会からしばしば批判を浴びてきた。これから、日本はどのようにグリーン・リカバリーを成し遂げることができるのだろうか。

気候変動対策は、エネルギー政策と切り離すことはできない。2013年度の日本の温室効果ガス排出総量は約14億トン、そのうち約88%をエネルギー起源のCO2が占める。日本のようにエネルギー自給率の著しく低い国においては、気候変動対策とあわせて、エネルギー安全保障とどう向き合うかということも、構造的かつ現実的課題である。

冒頭のビデオ会議で、環境省は脱炭素に向け再生可能エネルギーの需要促進に強く関与していくことを宣言した。また、エネルギー政策を所管する経産省は、新型コロナウイルス後の経済・社会には「医療・健康」「デジタル」とあわせ「グリーン」への取り組み強化が必須であるとし、以前より推進する「3E+S」「エネルギーミックス」を軸に、ゼロ・エミッション電力と呼ばれる、発電時にCO2を排出しない再生可能エネルギー、原子力エネルギーの重要性を強く主張している。

・3E+S:安全性(Safety)を大前提に、安定供給(Energy Security)、経済効率向上 (Economic Efficiency)、温室効果ガス排出削減(Environment)を追求する。

・エネルギーミックス:2030年までにエネルギー電源構成比率を再エネ22-24%、原子力20-22%、化石燃料56%とすることを目指す方針。

(参考 2010年度(震災前) 再エネ7%、原子力11%、化石燃料82% → 2016年度(震災後) 再エネ10%、原子力1%、化石燃料89%)

障壁となる原子力

しかし、この政策の推進には大きな課題が残る。今後の原子力発電の不透明性である。2020年現在稼働している原発は9基にとどまり、原子力発電が電源構成に占める割合はわずか3%、20~22%という目標を大幅に下回っている。

発電時にCO2を排出しない原子力は、日本の脱炭素化にとっては非常に重要な意味を持つ。また原子力は燃料の備蓄性が高く、少量の燃料で大きなエネルギーを生産できるため、化石燃料を持たない日本にとって、エネルギー自給率の向上に寄与できる貴重なエネルギーである。にもかかわらず、福島原発事故後、原子力への国民の信頼は依然失われたまま、原子力発電の稼働率は大きく落ち込み戻っていない。その結果、原発事故前に20%あったエネルギー自給率は現在10%を下回る。

福島原発事故後、「日本はエネルギー政策について広く国民的議論をすべき」との意見は各所で繰り返されてきたが、原発の今後については、事故後10年近くが経ってもいまだに決着がついていない。小泉環境大臣は、2019年9月の大臣就任当時「どうやったら(原発を)残せるかではなく、どうやったらなくせるかを考えたい」と語るなど、脱原発寄りの姿勢を示していたが、最近は明言を避けている。

原発について明確な方向性を出せない背景には、原子力エネルギーの特殊性が挙げられる。前述の通り、原子力は発電時にCO2を排出せず、またエネルギー自給率にも寄与しうる貴重な安定的エネルギー源である。一方、ひとたび原子力災害が起きれば、莫大な人的、社会的、経済的被害をもたらす。これは、福島原発事故後、事業者にとっては賠償や廃炉の巨額費用、近隣住民にとっては、故郷の喪失やコミュニティの分断、人的資源の流出、今なお続く風評被害の形で表出した。

また、事故後明らかになったいくつかの重要な問題も、いまだに解決していない。例えば、事業者の企業体質は抜本的に改善されているとは言えず、トリチウム水の放出についても、いまだに落としどころが見つかっていない。事故が発生した場合の近隣住民の避難の在り方について、福島原発事故で多くの関連死を招いてしまった反省を踏まえ、一定の改善が進んだものの、議論が十分に深まったとは言えない。

バックエンド事業と呼ばれる、使用済み燃料の再処理や放射性廃棄物の最終処分には、超長期の時間を要し、今後何らかの不確実性が生じる恐れも否定できない。これらの要素を考慮すると、原子力の再稼働への障壁は高い。

今後のビジョン

これらの複合リスクを抱えてまで、日本は原子力発電の利用を続けるべきだろうか。この問題に答えるのは、容易ではない。

しかし、低炭素かつ安定的な電源を大量に供給する手段は、原子力以外にはいまだ開発されていないのが現状である。火力発電は炭素集約型であり、再エネ発電は、広大な敷地が必要で、現時点ではまだコストが高い。長期的には原発への依存度を下げつつも、少なくとも短期的には、原発の一定程度の再稼働実現を目指すことが、現実的な選択肢である。

原発の再稼働のためには、安全性という大前提のもと、改めて国民の理解を求めなければいけない。福島原発事故は、日本の国体を揺るがすほど深刻な影響を及ぼし、原子力発電への国民の不信感を高めた。

日本原子力文化財団の世論調査によると、原子力を「信頼できない」と考える回答者は、2010年の10.2%から最大20%増加し2015年には30.0%を占めた(2019年は24.4%)。原子力が「必要」と考える回答者は、2010年の35.4%から最大20%近く減少し、2013年には14.8%となった。(2019年24.3%)。メディア各社の世論調査でも、原発の再稼働について「反対」が「賛成」を上回る結果が継続し、全体的に原発への国民の評価は低迷が続く。

10年の局面を迎える今こそ

福島原発事故後、民間や国会、政府、学会などの事故調がそれぞれ事故の原因を調査・検証し、提言を出してきた。発災後10年間で、事業者や政府、規制機関をはじめとする関係者たちがそれらの提言をどれほど活用し、実際の公共政策や運用に還元してきたか、10年の局面を迎える今こそ改めて俎上に載せ、国民に提示し、合意を得る努力をする必要がある。


加えて、原子力の低炭素価値を改めて評価することによって、原子力の価格競争力を高める制度は、検討の価値がある。原子力の低炭素価値を評価する動きは、 日本国内ではほとんど盛り上がっていないが、例えばニューヨーク州やイリノイ州では、2016年「ゼロ・エミッション証書(Zero Emission Credits)(ZEC)」制度を創設し、原発の運転継続を支援する措置を取った。

この制度により、原発はゼロ・エミッション電源としての対価を電気料金の中から受け取ることができる。行政が原子力の特殊性をカバーする政策的措置、すなわち低炭素電源の価値を経済的に評価する制度を導入したことで、原子力の市場競争力を高め、運転を継続することができた。

気候変動は先送りできない問題であり、新型コロナウイルスからの経済復興と同時並行で取り組まなければならない。そのためには、今こそ原子力の価値を評価し、向き合うことが求められる。日本にとっての原子力の位置づけを明確にしてこそ、日本のグリーン・リカバリーの長期的なビジョンが描かれよう。

(柴田 なるみ/アジア・パシフィック・イニシアティブ プログラム・オフィサー)

ジャンルで探す