お題目化した「地球温暖化やLGBT」は不毛だ

「超巨大化した企業は雇用も税金も社会に還元したほうがよい」というマーク・ベニオフの理念をジャーナリストの佐々木氏が日本の現状にも触れながら解説する。写真はシリコンバレーの公共通りのトレーラーハウス(写真:Andrei Stanescu/iStock)
ニューヨーク・タイムズとウォール・ストリートジャーナルでベストセラー入りしたマーク・ベニオフ著『トレイルブレイザー 企業が本気で社会を変える10の思考』の日本版がいよいよ7月31日発売となった。
クラウド・コンピューティングやサブスクビジネスの先駆者であり、1999年にセールスフォース・ドットコムを創設、GAFAと並び称される企業に急成長させた著者の歩みと思いを細密につづった1冊だ。成功と社会貢献を対立軸にしないその企業文化は、世界で賞賛されている。
「地球温暖化問題には声を上げるのに、足元の貧困問題には言及しない経営者が多い中、ベニオフは非常に希有な存在です」――そう語るジャーナリストの佐々木俊尚氏が、本書にみるベニオフの理念を解説する。

巨大企業が富を還元しない時代に…

政治的・社会的な態度を表明して、物を言う経営者のことを「アクティビストCEO」と呼んだりします。

『トレイルブレイザー』にも、マーク・ベニオフ自身がそう称される経緯が描かれていますが、得てしてこの言葉には、「地球温暖化問題や黒人差別問題などに表層的に賛同している、どこかチャラい感じの左翼系経営者」というようなイメージがつきまとってもいます。

しかし、この本を読むと、ベニオフはそのような固定化されたイメージの経営者ではなく、本当に真剣に悩みながら、社会や政治との関係について考え続けているということがよくわかります。

僕がいちばん感動したのは、彼がサンフランシスコにおけるホームレス問題に取り組んだところです。これは本当にすばらしい話です。

GAFAなどの超巨大化した企業は、大変な富を生み出しているのに、雇用も税金も社会に還元していないという問題が指摘されています。

グーグルは、かつては「Don't Be Evil.(邪悪になるな)」という行動規範を掲げていましたが、気がつけば莫大な利益をタックスヘイブンに回して租税回避していた。日本でも、アマゾンが法人税を納めていなかったことが話題になりました。

そして、少人数で運営されており、雇用も生み出していません。アップルの社員も、その多くがアップルストアの従業員だったりします。

それはかつて「多国籍企業」と呼ばれながらも、やはり母国に対して莫大な税金を納め、大量の雇用を生み出していたGMやトヨタ、GEのような企業とは違います。

トマ・ピケティは『21世紀の資本』で、資本所得のほうが給与所得を上回ると述べ、GAFAのような企業からは、国際的な枠組みで税を徴収する仕組みを作るしかないと指摘しています。しかし現実には、企業側がそれに応じるわけがないという状況ですよね。

格差社会と「リベラル」経営者

アメリカでは、この結果が非常に端的に表れてもいます。シリコンバレーのお膝元・サンフランシスコでは、せいぜい20平米程度の1ルームで家賃が40万円にも高騰し、住宅の購入価格の中央値は、1億6000万円ともいわれる状態です。

佐々木 俊尚(ささき としなお)/ジャーナリスト。1961年兵庫県生まれ。早稲田大学政治経済学部中退。毎日新聞記者、『月刊アスキー』編集部を経て、2003年よりフリージャーナリストとして活躍。ITから政治、経済、社会まで、幅広い分野で発言を続ける。最近は、東京、軽井沢、福井の3拠点で、ミニマリストとしての暮らしを実践。『レイヤー化する世界』(NHK出版新書)、『そして、暮らしは共同体になる。』(アノニマ・スタジオ)、『時間とテクノロジー』(光文社)など著書多数(写真:筆者提供)

ところが、そのサンフランシスコにはホームレスが非常に多く、町のあちこちを徘徊している。きらびやかなビルとホームレスの多さは、まさに格差社会の権化といったところです。

そもそもシリコンバレーの企業は、リベラル・民主党支持です。「LGBT」に理解があったり、グレタ・トゥーンベリさんを喝采して「地球温暖化」に賛同したり、最近では「BLM(#BlackLivesMatter:黒人への人種差別と暴力に対する抗議運動)」に声をあげたりする。

しかし、そのようなわかりやすい「リベラルのアジェンダ」にはすぐ反応するのに、足元の貧困には目を向けない。自分たちがサンフランシスコの地代を高騰させたことの結果が、ホームレス問題として現れているのに、それに対して目を向けようとしないのです。

ホームレスの中には、退役軍人も多かったりします。彼らはイラクなどの戦場に行き、過酷な体験をしている。しかし、帰国すると満足な手当てもなく、社会にはなじめず、ホームレスに転落してしまう人も少なくありません。

また、工場は海外移転してしまい、空洞化した地域では、もはやトレーラーハウスに住むしかないというひどい貧困もあちこちで起きています。それでも、リベラルなシリコンバレーの人たちは何も言及しません。アメリカでは、そこに対する怒りが根強く、それはトランプ大統領の誕生にもつながっています。

19世紀のイギリスの小説家チャールズ・ディケンズは、「望遠鏡的博愛」という言葉を残しています。当時のヴィクトリア女王は、遠いアフリカでの慈善事業に熱心だったけれど、足元のロンドンには路上生活者があふれかえっていた。

それを「あなたの博愛は、望遠鏡で見ているようなものだよね」と言ったわけです。足元のホームレス問題を放置して、地球温暖化を叫ぶというような姿は、この話と非常に似ていますよね。

そんな中、GAFAに並ぶ巨大企業セールスフォースのCEOであるマーク・ベニオフが、正面からホームレス問題に取り組んで、しかも、自分たちに課される税金を0.5%上げて、ホームレス向けの住宅やサービスを拡充するという法案を後押しした。これは非常に希有な話ですし、すばらしいことです。

「選ばれた弱者問題」

『トレイルブレイザー』には、61階建てのセールスフォース・タワーの上では、エスプレッソをすすりながらピアニストの音楽を楽しむという雲の上の世界があるのに、その下の歩道には、数千人のホームレスが物乞いをして、ゴミ箱をあさっているという現実が描かれています。

こういったことは社会現象としてはよく語られますが、シリコンバレーの経営者本人が書くというのは本当にすごいことです。

LGBT、BLM、地球温暖化、ホームレス、これらは同じ社会問題として扱われているようでいて、そうではない。「きれいな弱者」「きたない弱者」といった言葉もあるように、弱者の選別が行われているのが現実です。

日本でも、同じような構造がたくさんあります。僕はそれを「選ばれた弱者問題」と呼んでいます。

LGBTの話やフェミニズムの話はすぐ語られるのに、実は今の日本には、マジョリティーである30~40代の男性の多くが非正規化していて、結婚できず、就職もできないまま中年になっているという大問題があります。

彼らはあと10年もすれば、中高齢に仲間入りするという状況ですが、社会問題としては、ほとんど無視されています。ネット上では「キモくて金のないおっさん問題」とも呼ばれているのですが、弱者として認定してもらえない人たち、これは非常に根深い問題でしょう。

その点、ベニオフは、リアルな社会問題と対峙することが信条の経営者とも言えます。真に社会と関わり、社会貢献するとはどういうことなのかを丁寧に考え直した人物でもあるでしょう。

求められる「ノブレス・オブリージュ」

ハワイには血縁関係のない人をも含めた拡大家族のようなものを意味する「オハナ」という概念がありますが、ベニオフはこれを用いて、会社内外の人を含めたかなり大規模な合宿研修を行ったり、従業員のためにフィットネスやヨガの教室に助成を行ったりしています。

日本でも、健康経営という言葉が広まってきましたが、健康とウェルネスを最優先事項として、お金をつぎ込み、それによって生産性を上げていくという発想です。

痛快なのは、彼がその一方で「企業文化とは何か」ということを考えていて、「それってグルメな食事と卓球台ではない」ということも言っているところです。

大抵は「企業文化」といえば、グーグルキャンパスのようなものをイメージして、すぐレストランやキッチンスタジオを作ったり、ダーツを置いたりしたがります。企業ロゴの前でみんなで笑顔で写真を撮ったりもしたがりますね。でも、文化ってそういう表層的なものではないはずです。

ベニオフが考えている企業文化とは、豊かでウェルネスな会社だからこそ持たなければならない社会的責任、いわゆる「ノブレス・オブリージュ」のような思想に近いでしょう。

身分の高い者は、それに応じて果たさなければならない社会的責任や義務があるという考えですが、これを言うと、多くの人は、すぐ貧乏人と金持ちを対比して、そこに対立構造を持ち込もうという発想になり、「そんなことは金持ちの道楽だ」と怒りがちです。

しかし、これだけ格差が広がってしまったアメリカを見ると、もはや「ノブレス・オブリージュ」の発想を持ち込まなければ、バランスをとることはできなくなるでしょう。そして、格差が固定化しつつある日本も、いずれそうなってゆくのではないかと僕は思っています。

格差が固定しつつある日本で今後起きること

東京で起業している20~30代の若者たちと話すと、みんな本当に優秀で、しかも、多くがイケメンか美女なんですよね。一流大学を出ていて、親は弁護士や医者や大学の先生。選ばれたエリートみたいなものです。一方、地方にいくと、その対極にある若者たちがいて、二極化のすごさを感じます。

これまで日本で「ノブレス・オブリージュ」が広まってこなかったのは、中流社会だったからです。戦後の日本には戦前の貴族社会も解体されて、階層構造はなくなっていた。みんながサラリーマンで、妻と子2人という形に収斂してもいました。ところが、今はそれが崩壊してしまった。

今の日本社会には、伸びゆく者と見捨てられる者の2つに分かれつつあります。そして、優秀で、何でもやってみたいというアントレプレナーシップを持つ人の足を、日本人はすぐに引っ張ろうとする。その一方で、落ちこぼれた人のことは自己責任論で切り捨ててしまう。なんだかどちらも極端です。

今の日本でベニオフのようなことを言えば、「じゃあ、セールスフォースを解散して、そのカネを貧乏人に配れよ」というような暴論が生まれがちです。でも、そういうことではない。

伸びゆく人には伸びてもらって、社会をよりよく引っ張る存在になってもらい、落ちこぼれる人は救って守ってあげる。そういう二面作戦でやっていくしかないのではないかと僕は考えています。

ただし、同じ起業家でも、1970年代生まれで新自由主義の塊のような成長一辺倒の世代と、ミレニアム以降の若い世代とでは、かなり感覚が違ってきてもいますね。

今の20~30代で優秀な起業家は「社会に対してバリューを与える」というようなことをよく言っています。「成長できなくても、社会貢献できればよいのです」とさえ語る起業家もいる。若い人にとっては、「バリュー」「貢献」「社会のために」といったような言葉は決して無縁のものではないわけです。

世代的な変化の現れのように感じますし、今後の日本に「ノブレス・オブリージュ」の感覚が芽生える予兆なのかもしれません。

(中編に続く)
[構成:泉美木蘭]

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