路線はほぼ「Go To 東京」、埼玉ご当地鉄道事情

埼玉県と都心を結ぶ東武伊勢崎線(東武スカイツリーライン)の通勤形電車「70000系」(筆者撮影)

鉄道のネットワークは、全国くまなくつながっているものだ。だから、旅先でもいつも使っている地元の鉄道の感覚で乗ってしまう。都心暮らしならば10分も待たずに乗れるとか、10両もの長大編成でやってくるとか、昼すぎでも座れたらラッキーだとか、そういう感覚はなかなか抜けない。鉄道関係の取材をする機会の多い筆者でも、なんだかんだそんなものである。

だが、裏を返せばそれでは充分にその地域の鉄道を活用しているとは言えないということになる。それではいささかもったいないのではなかろうか。というわけで、全国各地の鉄道事情を都道府県ごとにおさらいしていくことにしたい。まずは、首都・東京のお隣の埼玉県。東京の延長のように考えがちだが、果たして……。

“東京へ”が埼玉の鉄道の役割?

埼玉県の鉄道ネットワークは、とにかくほとんどが東京を向いている。このところ、新型コロナウイルス感染症の影響で「県境を跨ぐ移動」があれこれ言われているが、埼玉の鉄道は東京との都県境を跨ぐことにその本領があるといっていい。

京浜東北線や埼京線、宇都宮線(東北本線)といったJRの路線はもとより、私鉄の東武東上線や西武池袋線なども東京都心のターミナルと埼玉県内を結んでいる。埼玉視点でいうならば、“ほとんどの路線が東京を向いている”といったところか。

この傾向はJRにおいてとくに顕著で、埼玉県内だけを走っているJR路線は川越線だけである。その川越線にしたって、大宮―川越間は埼京線に直通して池袋を目指すし、川越―高麗川間は八高線に直通して八王子を目指す。結局、この川越線の役割も埼玉県内の地域輸送というよりは“Go To 東京”なのだ。

浦和に住んでいる知人に聞けば、「言われてみると電車に乗るのは東京に行くときだけ。埼玉県内だけ乗ったのはさいたまスーパーアリーナに行ったときくらいかも」と返ってきた。もちろん埼玉県内に会社もあれば商業施設もあるから、県内に限った移動も少なくない。が、それを踏まえても鉄道路線の構造という点でいえばほとんどの路線が東京を向いていることは間違いないといっていい。

ちなみに、同じように首都圏に含まれる神奈川県や千葉県を見ると、東京との連絡を担う路線があると同時に、県内だけを走って地域輸送を専門とする路線も多い。大半の路線が“東京を向いている”という点は、埼玉県の鉄道ネットワークならではの特徴なのだ。

大宮駅を避けて通れない

例えば新幹線に乗って東北や上越、北陸方面を目指すとき。はたまた、青春18きっぷなどを握りしめて東北方面の旅をしようと試みたとき。それが東京都民だったら、決まって埼玉県を通ることになる。JRの場合、ほとんど経由せずにいられないのが大宮駅である。

上野東京ラインの電車(筆者撮影)

大宮駅はまさしく埼玉県の鉄道ネットワークの中心といっていい。県庁があるのは大宮駅と同じさいたま市でも浦和だから、行政の中心は浦和だ。それに対して、鉄道は大宮駅をハブとして、さらに県内各地やほかの都県に向けて伸びている。

路線図を見ればそれはひと目でわかる。東北新幹線と上越新幹線が分かれるのは大宮駅だし、宇都宮線と高崎線も大宮駅で分かれる。京浜東北線や埼京線ももちろん乗り入れてくるし、西には川越線が伸びて東に向けては東武野田線(アーバンパークラインと呼ぶべきですかね……)。複数の路線が分岐する文字通りのターミナルであり、大宮を通らねばどこにも行けない首都圏北部の“関所”のような存在感を持っている。

大宮駅を通らない路線ももちろんあり、県南西部を目指す東武東上線や西武池袋線などがそうだ。また、県の東側を南北に抜ける東武伊勢崎線(スカイツリーライン)も大宮駅を無視する路線の1つ。ただ、ことJR線に限っていえば大宮駅を通らない路線は八高線と武蔵野線だけである。

18きっぷで大宮駅を無視して埼玉県を抜けようとすると、埼玉県内唯一の非電化路線でもある八高線に乗って関東平野の端っこをのんびり走らねばならぬのだ。

八高線の非電化区間を走る2両編成の気動車(筆者撮影)

筆者も何度か八高線の非電化区間(高麗川―高崎間)に乗ったことがあるが、まったく大都会の近くを走る路線とは思えないのどかな路線である。2両編成の気動車、という点だけをもっても人口730万人を超える県を走る路線らしからぬ風情。平日の昼下がりともなると乗客も数人ばかりと、純然たるローカル線である。

そうした一部の路線を除くと、ほぼすべての鉄道路線が大宮駅をハブとしている。埼玉県内の鉄道を乗り潰そうと思ったら、大宮駅をスタート地点とするのがよいように思える。

かゆいところに手が届く

大宮駅をハブとして、“東京を向いて”走っている埼玉県の鉄道ネットワーク。となれば、弱点となるのは県の東西を結ぶ路線である。大宮から県内の路線をあれこれ乗ろうと思っても、この東西を結ぶ路線が貧弱であるがゆえに難儀することになるのだ。

県内を東西に結ぶ秩父鉄道の電車(筆者撮影)

それもこれもほとんどの路線が東京を向いているから致し方ないし、先に登場してもらった浦和在住の知人も「いやあ……そんな路線があっても使わないでしょう、普通」と苦笑いをしながら一蹴するほどだ。さらに聞けば、「せいぜい武蔵野線を使うことがあるかな、くらいなものですよ」。乗り潰しを試みるわけでもなければ、東西を結ぶネットワークが貧弱でもあまり問題はないようだ。

とはいえ、まったくないのは困ったもの。東京だって、都心から放射状に伸びる路線ばかりで多摩地区を南北に結ぶ路線が貧弱すぎると言われるくらいだ。そうした中で気を吐いているのが秩父鉄道である。

東京都民にとって、秩父鉄道は西武池袋線・秩父線の終端の西武秩父駅と隣接する御花畑駅から乗り換えて、SLに乗ったり長瀞観光を楽しんだり、というイメージが強い。だが、秩父鉄道の本領はそこにはなくて、羽生―熊谷間。これによって、埼玉県東部を走る東武伊勢崎線と、中央部を南東から北西に向かって走るJR高崎線を相互に結ぶという役割を果たしているのだ。

実際、この区間は埼玉県北部の通勤路線になっているようで、朝の通勤時間帯に乗ったことがあるが、なかなかの混雑ぶりだった(さすがに都心ほどではないが)。埼玉県内で完結する事実上唯一のローカル私鉄・秩父鉄道は、ローカルだからこそ、の存在感を放っている。ちなみに、秩父鉄道は埼玉県内で唯一交通系ICカードが使えない路線でもある。

西武池袋線の電車(筆者撮影)

このほかにも東西を結ぶ路線はあって、大宮をハブとする川越線や東武野田線、県南部を走る武蔵野線。とくに武蔵野線は東京都心を経由せずに東京多摩地区・千葉県内を連絡しており、首都圏の鉄道の弱点を補って存在感は大きい。ただ、埼玉県内の地域輸送というよりはこれも“東京向き”の路線の1つだろう。

東京と埼玉を結ぶ私鉄といえば、西武鉄道と東武鉄道が双璧である(というか私鉄では事実上この2社しかない)。西武鉄道は池袋線と新宿線が埼玉県に入ってすぐの所沢駅で接続し、池袋線は入間・飯能を経て秩父方面へ。新宿線は狭山市を経て川越へ向かう。いずれも東京と埼玉を結ぶ路線といっても南部にとどまっており、意外と北に広い埼玉県内全域を対象としているとは言いがたい。

埼玉県は東武王国

ところが、東武鉄道はなかなかすごい。西武池袋線と対で取り上げられることも多い東上線。こちらは川越を経て坂戸から寄居、最終的には小川町駅まで向かう。寄居―小川町間は運転系統が分離していて事実上別路線のようになっているが、それにしても広い範囲で東京都心への通勤通学輸送を担っているのだ。

東武東上線の電車(筆者撮影)

さらに東武には県東部を走るスカイツリーライン・伊勢崎線がある。スカイツリーラインという愛称の区間は日光線と分岐する東武動物公園駅で終わりを告げるが、さらにそこから先も伊勢崎線として久喜駅で宇都宮線と交差、さらに県北部のJRに無視された地域を走っていく。

ほぼ県の中央を通るJR高崎線を中心軸に、東はスカイツリーライン・伊勢崎線、西に東上線。この2路線が埼玉県を広く東京都心への通勤圏内に仕立て上げた。「“東京のベッドタウン”埼玉県」は東武の2路線によって形成されたと言えるのだ。

最後に、新幹線のお話である。

埼玉の新幹線・在来線の中心である大宮駅(筆者撮影)

大宮駅は東北新幹線と上越新幹線が分かれるハブ駅であることはすでに述べた。大宮駅には新幹線列車のすべてが停車する。筆者は東京西部、多摩地区に住んでいるのだが、東北方面の新幹線に乗ろうと思って乗り換えルート検索などをすると、決まって「新宿駅から埼京線で大宮駅に行って新幹線へ」というルートが示される。実際、スムーズに行けばこのほうが早いらしい。とはいえ、何度も乗り換えるのが面倒な気がして、結局東京駅で乗ることがほとんどなのだが、それだけ新幹線においても大宮駅は重要なターミナルなのだろう。

で、ここで問題になるのは県内のほかの新幹線駅だ。東北新幹線はとっとと埼玉県を通り過ぎてしまって、栃木県内の小山駅が大宮駅の隣駅である。それほど広くもない埼玉県内に2つも新幹線駅はいらない、ということなのだろうか。

新幹線を使うには微妙な距離

しかし、上越新幹線(北陸新幹線でもいい)だと話が違う。県内には大宮以外にも熊谷駅・本庄早稲田駅の2つの駅があるのだ。停車列車の関係と都心からの近さもあって、東京から熊谷に向かうときには新幹線に乗るべきか在来線に乗るべきか少し悩む。まあ、現実的には新幹線の速達効果は微々たるものなので、費用対効果を考えればどう考えても在来線一択だ。

ただ、本庄早稲田駅に行くなら新幹線以外の手段がない(バスに乗り継ぐという手もあるが……)。だいたい本庄早稲田駅に用があることはほとんどないのだが、上越新幹線において最初の新幹線単独駅が埼玉県内の本庄早稲田駅というのはおもしろい。

長距離輸送を旨とする新幹線も、地方では通勤通学に用いる地域輸送路線という顔もある。もしかすると、埼玉県内もそうした地方の1つということなのかもしれない。

あくまでも筆者の主観で、という断り付きにはなるが、埼玉県の鉄道事情を簡単にまとめてみた。47都道府県で5番目に人口の多い埼玉県だけあって、鉄道網は充実しているほうだといえる。ただ、そのネットワークの方向性は、あくまでも“東京向き”。純粋な県内地域輸送路線は秩父鉄道だけといっていい。こうした特徴は、埼玉県という県の特徴とも大いに重なっているような気がするのだが、いかがだろうか。

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