石橋湛山と下村治の慧眼に学ぶ「積極財政」論

コロナ危機による経済打撃を乗り越えるためにどうすればいいか。終戦直後のインフレ処理を例に経済政策を考える(写真:imageteam/PIXTA)
戦後最悪ともいわれる不況をもたらしているコロナ危機。この危機を乗り越えるには、どのような経済政策と考え方が必要なのか。
このたび『日本経済学新論 渋沢栄一から下村治まで』を上梓した中野剛志氏が、終戦直後のインフレ処理に取り組んだ2人の人物から読み解いていく。

需要不足を深刻化させたコロナ危機

戦後最悪の不況となったコロナ危機に対しては、財政健全化を金科玉条としてきた日本政府ですら、巨額の財政支出でもって、これにあたるほかなかった。財務省は、2020年度の基礎的財政収支の赤字が56兆9000億円拡大して、66兆1000億円になるとの見通しを示している。

しかし、この数値の大きさに狼狽して、日本の財政危機を心配するのは、根本的に間違っている。

というのも、政府が自国通貨建て国債の返済が不可能になることはありえないのであり、そして、日本政府が発行する国債はすべて自国通貨建てだからだ。これは、近年、あたかもMMT(現代貨幣理論)という新理論による特異な主張であるかのように言われているが、実際には、財務省ですら認めている事実にすぎない。

財政赤字は、将来世代に増税というツケを残すという議論が広く信じられているが、これも間違っている。国債の償還は、新規国債(借換債)を発行して行えばよいのであって、増税の必要はないのだ。

しかし、そうだとするならば、財政赤字が拡大すると、何が問題だというのだろうか。

財政健全化論者たちは、財政赤字が大きくなりすぎると高インフレになると主張し、それを根拠にMMTを批判している。しかし、これは批判の体すら成していない。なぜなら、MMTもまた、過大な財政赤字は高インフレを招くとしているからだ。

ただし、ここで重要なのは、インフレは財政支出が創出する需要(消費や投資)が供給を上回ることによって引き起こされるということである。単に財政赤字の規模が大きくなっただけで、直ちにインフレになるわけではない。

その証拠に、過去20年間、日本の政府債務は累積し続け、昨年にはGDP(国内総生産)の230%を超えたが、その間、日本経済はインフレどころかデフレであった。

経済全体の需要不足が深刻すぎるため、財政赤字による需要創出がまだ不十分だということだ。ということは、日本の財政赤字は大きすぎるのではなく、むしろ小さすぎるということになろう。財政赤字が過大か否かは、その規模ではなく、インフレ率でもって判断すべきなのである。

もし、インフレを防ぎたければ、財政収支の不均衡ではなく、実体経済における需給の不均衡、すなわち需要過剰あるいは供給不足を是正しなければならない。

しかし、現下のコロナ危機はインフレどころか、デフレ、すなわち需要不足を深刻化させている。ということは、日本政府は、必要な財政支出を好きなだけ増やせるのだ。基礎的財政収支の赤字など、問題ではない。

にもかかわらず、財政健全化論者は、なおも財政赤字の拡大を懸念する。財政赤字の歯止めが利かなくなり、インフレが止まらなくなるというのだ。

その際、財政健全化論者は、歴史の教訓を引き合いに出す。その1つは、第2次世界大戦直後の日本の激しいインフレである。この激しいインフレは、預金封鎖や新円切替、財産税などの強行措置、さらには1949年にGHQの経済顧問となったジョセフ・ドッジによる厳格な緊縮財政(いわゆる「ドッジ・ライン」)によって、収束したと言われている。

対GDP比政府債務残高は戦時中の巨額の国債発行により、終戦直前の1944年までに200%程度に達していた。財政健全化論者は、この数値を根拠に、巨額の政府債務がハイパーインフレをもたらすと主張している。

だが、2019年時点の対GDP比政府債務残高は、230%程度と、すでに1944年を超えているが、日本経済はいまだデフレを脱却できずにいる。インフレの気配など皆無だ。つまり、終戦直後の高インフレから得るべき歴史の教訓とは、「政府債務の規模とインフレは必ずしも関係していない」ということなのだ。

要するに、財政健全化論者がよく引き合いに出す終戦直後の高インフレの事例は、むしろ、現在の日本が財政危機ではないことを支持する証拠なのだ。

それでもなお、財政健全化論者は、いったんインフレになったら制御不可能になると強硬に主張し、危機感をあおっている。

石橋湛山と下村治の「積極財政」論

ならば、終戦直後のインフレ処理を実際に経験した大蔵官僚の証言を聴いてみよう。その大蔵官僚とは、後に、高度成長を実現した池田勇人内閣のブレーンとして活躍した下村治である。

当時の高インフレについて、下村は、次のように診断している。

その第1の原因は、戦争による「異常な生産力破壊という状況」にあった。また、当時の税務当局の徴税力に欠陥があったことも理由の1つとして挙げられる。さらに、当時は労働組合の政治力が極めて強く、賃金上昇圧力が過大であったという事情もある。

しかし、その中でも最大の原因は、やはり、戦争による生産力の破壊がもたらした供給不足である。この場合、低い供給力に合わせて需要を引き下げれば、理論的にはインフレは収まる。しかし、需要の縮小は生活水準の著しい低下を招いてしまう。そこで、下村は「実際の生活水準を落とすのではなく、生産力を高めて生活水準に適合させていくというのが現実的な方策」であると考えた。

当時、大蔵大臣であった石橋湛山も同じ考えであった。インフレの原因は需要過多ではなく、供給過少にあると診断した石橋蔵相は、政府の資金を生産部門に投入して、供給力を増強しようとした。石橋の積極的な財政金融政策は、需要増によるインフレという弊害はあるものの、生産力を強化するものであるとして、下村はこれを支持したのであった。

「生産増強以外にインフレ収束の途はない」

他方、下村は、緊縮財政によってインフレを克服しようというドッジ・ラインに対しては否定的であった。というのも、そもそもドッジが着任する以前に、すでにインフレは収束に向かっていたのだ。

この経験から、下村は、インフレというものは「どうにもならないんじゃなくて、おさめるための努力を本気でやっておれば、それはうまくいく」という教訓を得た。そして「生産増強以外にインフレ収束の途はない」と悟った。

つまり、歳出削減や増税によって需要を削減するのではなく、むしろ積極財政によって供給力を増強し、実体経済の需給不均衡を解消するのが、正しいインフレ対策だということだ。

今日、多くの経済学者がインフレを恐れて財政支出の抑制を説いている。しかし、緊縮財政による需要不足のせいで、民間の設備投資が減退し、さらに倒産や失業が増大すれば日本経済の生産力は弱体化する。とくに、現下のコロナ危機は生産力の弱体化をもたらしつつある。

そうなると、日本経済は、中長期的には、供給力不足が顕在化して、かえって高インフレに苦しむこととなろう。

したがって、財政政策は、次のように考えなければならない。

デフレ(需要不足)である現在は、積極的な財政支出によって政府投資を拡大し、需要を拡大し、デフレから脱却する。

デフレからインフレに転ずれば、民間投資も増える。

そして、その政府投資や民間投資は、中長期的には、社会インフラや生産設備となって供給力を増大させる。

これが将来のインフレの高進を防ぐのである。

要するに、本気でインフレを恐れているならば、むしろ財政赤字を拡大すべきだということだ。

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