岩田健太郎「手指消毒がコロナに1番効く理由」

一般人のコロナ感染を防ぐ具体的な方法とは?(C-geo / PIXTA)
コロナ感染を防ぐのに、なぜ「手指消毒」が最も効果的なのか? 2月に横浜港に停泊したクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」の内情を告発して注目を集めた、神戸大学病院感染症内科の岩田健太郎教授が「新型コロナ最大の特徴」について解説。新書『新型コロナウイルスの真実』から一部抜粋・再構成してお届けする。

コロナウイルスの場合は麻疹とは違い、飛沫の飛距離はせいぜい2メートルぐらいですから、感染をブロックすることは容易です。

一番簡単なのは、患者さんを見つけて隔離することです。個室に隔離してしまえば、その部屋の中にいくら飛沫が飛んでいっても、部屋の床がウイルスだらけになっても、部屋の外には出ていかない。だから他の人に感染することはありません。

接触感染をブロックする方法ですぐに思いつくのは、感染者が触ったであろうところを見つけてウイルスを除去する、あるいは人が近づかないようにすることですが、これは口で言うのは簡単だけど実際には難しい。

コロナには「手指消毒」が効く理由

街を見渡しても、例えばエレベーターのボタンやエスカレーターの手すりなど、人の手はいろんなところを触ります。だから、感染者が触ったところを全て見つけて対策を取るのは現実的には不可能です。

ですから、接触感染をブロックするために「手指消毒(しゅししょうどく)」をしましょう、という話になります。つまり、「ウイルスがどこにいるか分からない」のなら、「どこにでもウイルスがいる前提で考える」ほうに発想を変えるんです。どこかを触ったらアルコールで手指消毒をする。アルコールで消毒すれば、コロナウイルスはすぐに死にます。

もし外でウイルスと接触しても、自分の手に付いているウイルスさえ死んでしまえば、目をこすったり、鼻を触ったり、ものを食べたりしても体内にウイルスが入ることはありません。そうすれば、どこにウイルスがいても結局は関係ないですよね。

よく誤解されているので確認しておくと、飛沫は人間からしか出てきません。つまり、人間がくしゃみをしたり咳をすることで、飛沫という水しぶきが飛んでいくんですが、一旦落ちてしまうと、床からもう一回水しぶきがボンと上がってくることはないんです。

飛沫は人間からしか出てこない。床とか物からヒューヒューとウイルスが飛んでいくことはない。ここをちゃんとイメージできると、ウイルスにどう対処すればいいか正しく判断ができるようになります。

「服についたウイルス」は熱湯で消毒できる

接触感染に関連して、外から帰ってきたときに、服にウイルスが付いているじゃないかと心配している人もいるかもしれません。

でもコロナウイルスは空気感染しないですし、日本の場合はハグをする習慣もないですから、街で普通に日常生活を送っているとシャツにどんどんウイルスが付いてしまう、という心配をする必要はありません。

また、症状が軽いか無症状の感染者は、病院に入院するのではなくて自宅で療養していてください、という方針がようやく取られるようになりました。

その場合、感染者が脱いだ服にはウイルスが付いている可能性がありますが、ウイルスは熱湯で死にますので、熱湯に漬けて5分くらい置きましょう。その後は普通に洗濯機で洗濯しても大丈夫です。

要は、手指さえ清潔にし続けていればいい。

例えば、ぼくたち医者が新型コロナウイルスの患者さんを診るときにはガウンを着て、手袋をしますけど、靴は普段の靴のままで、履き替えません。履き替えると、むしろ、靴を脱ぐ行為のほうがウイルスに触ってしまうリスクがあります。

例えば床にウイルスが付いていても、別に靴の裏を舐めたりしなければ感染しないわけです。靴にくっついてるウイルスが口まで飛んでくることはないですから。

飛沫はあくまで人からしか発生しないので、床が飛沫をつくったり靴が飛沫をつくったりすることは絶対にありません。

昔は集中治療室に入るときに靴を履き替えたり、部屋の前にベタベタするマットを置いて、靴をベタベタさせてマットにウイルスをくっつけようとしていましたが(ぼくらは「人間ホイホイ」と呼んでました)、全く意味がないことが分かったので今はやっていません。

家の中の消毒をどこまでやればいいか、気になっている方も多いと思います。消毒したいのなら、手すりやドアノブなど手で触れるところを中心にして、床は普段のとおり掃除すればいい。見た目がきれいであればそれでいいでしょう。

それよりも、手指消毒さえしっかりしていればどこを触っても問題ないので、家のドアノブをきれいにするという発想よりは、手指消毒をしっかりするという発想のほうがより正しいんです。

「手すりの消毒」を議論するときりがない

病院で人の手がよく触れるところとして、エスカレーターの手すりがありますね。特にご高齢の方は手すりに触れないと立っていられない人も多いので、手すりに触る機会が多い。

それでは病院が、エスカレーターの手すりをどれくらい消毒しているかというと、とある病院ではお掃除の方が1日に1回消毒しています。

それを聞くと「1日1回だと、その間にウイルスに触った人がいたら困るじゃないか」なんて言い出す人が出てくるかもしれませんが、それなら15分に1回消毒をしますか? でもその15分の合間に誰か触るかもしれないですね。なら5分に1回にしますか? それでも不安なら3分に1回にするの……とか、この議論をするときりがないんです。こんなの無間地獄ですよ。

意味のないことは、議論しないのが大事です。手すりを何分おきに消毒すれば正しいのかとか、エレベーターのボタンを何分おきに消毒するのが正しいのかという命題には、答えはありません。

答えがないのなら、むしろどこにでもウイルスがいる前提で、手指消毒をして、鼻や口には触らないようにすることでリスクをヘッジしたほうが、より堅牢なやり方なんです。

環境を消毒してもきりがないから、手指消毒をする。この理屈そのものは理解できても、心情的に納得できない人もいるかもしれません。

こう言ったら失礼かもしれませんが、その納得できない心情こそが、我々の社会のいろんな問題の原因かもしれないと、ぼくは思います。

2016年の熊本地震で得た学び

2016年の熊本地震のとき、ぼくは医師として熊本県内の益城町にある避難所に行きました。

避難所には簡易トイレがたくさんありますよね。あそこでノロウイルスとかが流行るといけないというわけで衛生班が行って、定期的にトイレを掃除していました。ところがそこで、ぼくが行く前に入ってきた専門家がポロッと、「1時間にいっぺんぐらい掃除すればいいんじゃないか」みたいなことを言っちゃったらしいんです。

なのでぼくが入ったときには、ボランティアの人が1時間に一度、24時間体制で全ての簡易トイレを掃除していました。トイレ掃除のせいでみんなへとへとになって、寝不足になって、体調を壊している。一体何をやってるんだ、本末転倒じゃないですか。

だからぼくは、「手さえちゃんと洗ってれば、トイレは汚くてもいいんです、っていうか、見た目が汚くなったときだけ掃除すればいいですよ」と指示しました。

「トイレ掃除は、感染対策というよりも清潔感、感情の問題なので、うんちが付いてたらきれいにしましょう。トイレの便器や床を舐めたりする人はいないと思うから、あそこに病原体がいてもじつは構わないんです。靴の裏にノロウイルスみたいな病原体が付いていても、靴の裏を舐めたりしない限りは大丈夫です。でも、手はちゃんと洗いましょう。そしてトイレの掃除はやめましょう。それ、みんな疲れるから」ということを伝えました。

「引き算の発想」ができない日本人

この「みんな疲れるからやめよう」っていう発想を「引き算の発想」というんですが、日本にはこれがないんです。必ず足し算でいこうとする。引くことを知らないんです。

例えば、日本政府は新型コロナウイルスのための医療体制を確保するために、新たな病床を確保しようと言っています。

ぼくなんかは、無症状の人を入院させるのをやめたらベッドが空くのに、と思うんですが、日本には足し算の発想しかないから、そうはならない。

とある指定病院では、3床ある指定ベッドに入院しているうちの2人は無症状だそうです。全く症状のない人のケアのために、たくさんの看護師や医師が目を血走らせて、寝不足で働かされている。そのせいで彼らが体調を崩したら、本来医療を受けるべき患者さんだって困りますよね。

だから、やらなくていいことはどんどんやめて、意味のあることにリソースを集中したほうがコロナ対策でも正解なんです。

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