佐藤優「一般職を選んだ方が幸せかもしれない」

「働き方改革」が声高に叫ばれる中、私たちは今後どのように仕事と向き合っていけばいいのでしょうか(写真:坂本禎久)

私は昨今の「働き方改革」は、流れとして間違っていないと考えています。やろうとしていることは、世界の潮流に沿ったものでもあります。日本的なつき合い残業やダラダラ残業はなくして生産性を上げ、できる限り9時~5時で仕事を終わらせる。精神的にも肉体的にもすり減らさずに仕事をするのが、大多数のビジネスパーソンとしては妥当だと思います。

ただし、今後仕事とどう向き合っていくかについて、私たちは自分の立ち位置と目指す方向をはっきりさせる必要があります。というのも働き方改革の中で、総合職、一般職、それから専門職によって対応の仕方が変わってくるからです。拙著『メンタルの強化書』をもとに、それぞれ説明しましょう。

幹部候補生の育成が困難に

総合職は将来の会社を担っていく立場を目指すキャリア志向の職種です。近年、企業は総合職の中でかなり早い段階から幹部候補を絞り込んでいます。絞り込まれたエリートはさまざまな仕事を覚え、内外の人脈を築き、キャリアをアップさせるため、多くの時間を仕事に費やします。特に仕事を覚えなければならない20代から30代にかけては、時間はいくらあっても足りません。

働き方改革に従って残業をせずに済む状況ではないというのが本当のところではないでしょうか。

今回の働き方改革で、労働時間に一律に規制をかけた場合、これらのエリートたちが困ってしまうという事情があります。聞くところによれば、すでに幹部候補たちの特別のメニューがあるそうです。

例えば休日も勉強会と称して有志の形で集まり、さまざまな勉強や研修を行う。あくまでも有志なので会社の集まりではないのですが、上司と若手エリートたちすべて会社の人間で構成されているので、ほぼ仕事の延長です。そのような形を取らない限り、まっとうに幹部候補生を育成することができないのです。

1割のエリートを除くほとんどの人は、総合職的な採用であったとしても、今後は早い段階でラインから外され、一般職的な仕事の進め方に近い立場に追いやられる可能性があります。極端かもしれませんが、イメージするなら昔のOLの雇用に近くなる可能性もあります。彼女たちは結婚までの腰掛けで、30歳を過ぎたらお局として煙たがられることもありました。

これからは男性社員の多くも、40歳くらいで一時定年、役職定年のような仕組みになり、外されていく可能性があります。

賃金が高くなり、組織の負担になる前に若い人と入れ替えられる。そのラインが、これまでのような役職定年どころか、グッと前倒しになる。外された人は会社を去るか、残っても雑用のような仕事になってしまうでしょう。

一般職を希望する男性も少なくない

最近は一般職を希望する男性も少なくないようですが、このような選択も十分にありうるし、1つの立派な生き方だと思います。むしろ総合職でラインの上での競争に明け暮れ、結局役職定年でラインから外されてしまうのも寂しいものです。ひたすら仕事に打ち込んできただけに、今さら別の居場所や人間関係もなく、60歳、65歳まで昔の部下の下で雑用をやらされ細々と再雇用契約でしがみつかざるをえない。

そんなことを考えたら、はるかに一般職で戦略的に人生設計をしたほうがいいと考えることもできるでしょう。ちなみに、厚生労働省が2015年に発表した「コース別雇用管理制度の実施・指導状況」によると、2014年4月の総合職の採用比率は男性約8割、女性約2割、一般職では男性約2割、女性約8割となっていて、年を追うごとに男女の比率が近づいていく傾向にあるようです。

仕事はあくまでも収入のためと割り切り、9時~5時の間だけ仕事に没頭する。仕事に楽しみを見出さない代わりに、プライベートの時間を充実させる。趣味やサークル活動、場合によっては本業に差し障らない範囲での副業も考える。職場以外の活動の場を広げ、総合職の人たちとは違った人生設計を描くことができるのが一般職の人たちの強みでもあります。

ただし、総合職ほど給与は高くないのが一般的です。ほぼある程度の年齢のところで昇給はストップします。結婚してダブルインカムで稼げば都会でも生計は保てると思いますが、支出の力点を子どもの教育費に置くならば住宅を、住宅に力点を置くなら子どもの教育費を削らなければ生活設計が成り立たないということも考えられます。

もう1つ、専門職になると、また対応の仕方が変わってきます。こちらはスペシャリストを目指しているわけですから、今の会社にずっと所属しているかどうかもわかりません。将来的に転職や独立も視野に入れながらの仕事になるでしょう。

ただし、自由度が高く仕事ができるということは、それだけ高い専門性を有していなければならなくなります。スキルアップのための時間が必要になります。そしてある程度実力がつけば、今度は引く手あまたになり、忙しい。ですから仕事の内容によっては時期などによってばらつきがあるとはいえ、かなりの残業を強いられることになると思います。

そうやって仕事のスキルを高めつつ、常によりよい条件を探すという仕事の仕方になるでしょう。この人たちの強みは、体が丈夫であるうちは、そして求められるスキルがあるうちは、ずっと働き続けることができるということです。

仕事が自己実現になっている人が多いでしょうから、仕事を続けられるうちは張り合いを持ちながら生きていくことができる。退職金などは総合職よりも少なくなるかもしれませんが、お金では得られない仕事と人生の満足感を得ることができやすいのも専門職の人たちかもしれません。

一律に規制するという乱暴な改革

このように総合職、一般職、専門職で「働き方改革」に対する向き合い方が変わってきます。どの職種、どの働き方が正解というものではありません。それぞれに一長一短があり、それに応じて働き方や人生設計があるということです。

最もよくないのはそれらを意識せず、漠然と総合職で仕事をしながら、一般職的な時間の使い方をしてみたり、逆に一般職でありながら無理のある人生設計を立ててみたりと、軸がぶれてしまうことでしょう。

どうも政府の「働き方改革」のやり方を見ていると、そこらへんのすみ分けや違いを意識せず、一律に規制しようという動きが強く感じられます。それだけに働く人たち自身が考えて、自分なりに対処しないといけないと思います。

そもそも「働き方改革」がなぜ今になって声高に叫ばれるのでしょうか? 今のままの仕事の仕方を続けていたら、多くのビジネスパーソンが疲弊し、燃え尽きてしまうことが目に見えているからです。高度経済成長やバブルの時のようなイケイケどんどんの右肩上がりの時代ではありません。社会全体が成熟し下降していく中で、仕事に向き合う姿勢もおのずと変わっていく必要があります。

ただし、お上からの改革はあくまでもお上にとって都合のいい改革であることは言うまでもありません。一見、働く人たちの自由や権利を守るかのように見えますが、その本音と目的は超高齢化社会、少子化社会が加速する中で、いかに健全な労働力を継続的に確保するかということに尽きます。

労働力が減っていく中で、途中で燃え尽きてしまわないように、細く長く働いてもらうことが、労働力確保の意味でも、医療費その他の削減の意味でも必要不可欠な命題なのです。

さらに勘繰るなら、今回の改革は総合職的に働く人たちを一般職化するための布石ではないかということです。多くのビジネスパーソンが9時~5時の労働が基本になります。有給休暇をきっちりと取り、すり減らない範囲で労働力として働かされます。そして一部の超エリート層、幹部候補だけが隠れた違うルールで仕事をする。

働き方改革の柱の1つである「非正規雇用と正規雇用の賃金格差の撤廃」も、実質は正規雇用の賃金が非正規雇用の賃金に近づくということになるかもしれません。ベースアップや昇給がなくなり、賃金が非正規雇用のほうに引っ張られるという下方圧力がかかるでしょう。

あらゆる業種で賃金の引き下げが始まる

今後、あらゆる業種で賃金の頭打ち、あるいは引き下げが起きるかもしれません。そうするとどうなるか? 足りない分を副業で稼ぐという時代が来るでしょう。むしろそうして収入源を複線化してもらったほうが、企業も自分たちの負担が少なくて済みます。

つまり、実質的に正規社員の非正規化であり、労働力の流動性が高まることになります。今の状態が続けば、おそらくそのような働き方になる時代が来ます。

本業だけでは多くの人は生活が厳しくなる。副業が当たり前の時代がやってくるのです。今後は、一部高額サラリーをもらう「超エリート層」と、最低賃金より少し上位の大多数の「一般職的社員」に二極化するでしょう。

厳しい時代が到来するのは避けられません。国家も大企業も、そしてお役所も、国民一人ひとりの健康や幸せを願うというよりも、国家や企業としての活力をどう維持していくかが最大の関心事なのです。それゆえ彼らは常に現実を、労働力や経済力というマクロな数字=抽象的な概念に置き換えて考える体質と癖を持っています。

ですから国民一人ひとりのミクロな利害と、国家としてのマクロな利害がぶつかった時は、国家は迷わずマクロな視点、マクロな利害を優先します。働き方改革で働く国民を幸福にするというのは、あくまでも建前であることを肝に銘じておく必要があるのです。

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