西武多摩川線、知られざる「飛び地路線」の実像

西武多摩川線は白糸台駅(写真)と新小金井駅で列車が行き違う。新101系は色違いで3パータンある(筆者撮影)

だいたい、1つの鉄道会社が持っている路線はどれもつながっているのが普通である。中心になるような、いわゆる“本線”ともいうべき路線を中心にいくつも枝線を張り巡らせて便利なネットワークを構築するのだから当然のことだ。ところが、誰もが知っているとある大手私鉄に、ぽつんと離れたところを寂しく走っている路線がある。その名も西武多摩川線――。

西武多摩川線はJR中央線の武蔵境駅から南西にちょろっと延びて多摩川の河川敷の寸前の是政駅までを結んでいる8.0kmの短い路線だ。

西武といったら池袋線や新宿線といった主要路線を中心に国分寺線とか多摩湖線とか拝島線とか、そうした路線がいくつもあるが、多摩川線はそのどれともつながっていない。他路線との直接の接続といえば、起点の武蔵境駅だけだ。ネットワークから離れてぽつねんと走る、西武鉄道の飛び地路線。いったい、どんな路線なのだろうか。

どんな路線なのだろうか

と、言ってみたところで、実は筆者は西武多摩川線の沿線に住んでいる。だからどんな路線なのかはおおむねわかっている。そして同時に、東京の都心から1時間とかからないのに実に知名度が低いということもわかっている。

西武池袋線ユーザーに聞いてみたところ、「多摩湖線でしょ? 聞いたことあるよ」と返ってきた。「いやいや、多摩川線、多摩湖線とは違うやつ」「へえ、そんなのあるんだ、知らねえや」といった感じである。

また、西武鉄道には馴染みがあるはずの国分寺駅からタクシーに乗っても「多摩川線? 多摩湖線だよね」などと言われたことがある。国分寺と多摩川線の沿線ってそんなに離れていないと思うんですけどね……。

こういうわけで、西武多摩川線は言っちゃ悪いが地味なのだ。だから沿線に暮らしていると、西武鉄道から忘れられちゃいないか、とバカバカしい不安を抱いたりもする。というわけで、改めて西武多摩川線を取材してみることにした。

西武鉄道多摩川線管理所の所長を務める五味田寛さん(筆者撮影)

「正直なところ、この会社に入ってから多摩川線に来たのは2回か3回くらいですからね。ここに来てびっくりしたのは、休日と平日でダイヤが同じこと。日中はずっと12分ヘッドで行ったり来たりしているだけなんですよ」

そう笑いながら答えてくれたのは、多摩川線管理所の所長を務める五味田寛さん。取材に同行してくれた西武鉄道の広報担当者も「確かに取材依頼とかがなければなかなか来る機会はないですねえ」と横でうなずく。うーむ、なんだか嫌なムードだ……。

話題に上がる機会が多い?

「でもね、多摩川線はウチの中でも結構盛り上がっている路線なんですよ。たぶん本社でも話題に上る機会が多いと思うんです」(五味田さん)

広報氏はまたも横でうなずく。

「去年の秋にラグビーのワールドカップ(W杯)があったじゃないですか。会場の1つになった東京スタジアムは、多摩川線の多磨駅も最寄り駅なんです。試合の日には夜遅くまで日中と同じ12分間隔で運転しまして、開会式と開幕戦の日には4000〜5000人くらいのお客さんが来てくれました」(五味田さん)

ラグビーW杯ではボランティアスタッフや警察官も多磨駅に常駐し、さらに西武鉄道でも社員を増やして対応にあたったという。さらに今年の夏の東京オリンピック・パラリンピックでも東京スタジアムや武蔵野の森総合スポーツプラザが会場だ。多磨駅から徒歩5分の武蔵野の森公園はロードレースのスタート地点にもなる。西武の路線で五輪会場があるのは実は多摩川線だけなのだ。

「ですから、個人的に思っているだけかもしれませんが、多摩川線は今や本線を抜いていちばんホットな路線なんですよ。たくさんのお客さまに来ていただけると思って、楽しみにしています」(五味田さん)

東京スタジアムやその一帯はW杯や五輪に限らずさまざまなイベントが年がら年中行われている。その観客が多磨駅を利用することも多いようだ。さらにこの多磨駅は東京外国語大学の最寄り駅でもあり、入学試験のシーズンには受験生で混み合うことも。

「外大は例えば看護師などの試験会場にもなるんです。試験の場合は終わるとみなさん一斉に帰られるじゃないですか。だから状況を見て改札止めという形で入場規制をさせていただくこともあるんです。今はちょうど駅の橋上化工事をしていて、ホームも狭くなっていますから……」(五味田さん)

多磨駅は橋上化工事中

これまで多磨駅は相対式2面2線で列車交換も可能な駅だった。ところが、2019年に橋上化工事がスタート。5月26日から2面のホームが1面に減らされているのだ。この橋上化工事について、西武鉄道鉄道計画課の桑原淳さんが教えてくれた。

多磨駅の橋上化工事。現在は駅舎の基礎工事が進んでいる(筆者撮影)

「多磨駅近隣に大型商業施設が計画されており、お客さまも増えるだろうと。また、出入り口が西側にしかなくて外大や警察学校などのある東側には地下道を通る必要があってバリアフリーも充分ではない。そこでエレベーターやエスカレーターを設置した自由通路のある橋上駅舎にすることで、工事を進めています」

すっかり五輪に合わせた橋上化だと思っていたらそれも違うという。「最初から商業施設を念頭に計画を進めてきた」(桑原さん)のだとか。だから完成予定は五輪が終わった後の2020年度末。
 
 沿線住民なら知っていることかもしれないが、この大型商業施設はイトーヨーカドー。当初は2023年度以降の開業予定だったが、現状は2024年度以降にずれ込んでいる。

「五輪でも多くのお客さまに来ていただけると思いますが、工事中なのでご不便をおかけしないように、われわれもしっかり対応しようと思っています」(五味田さん)

ここまでは、あくまでも“晴れの日”、特別なときの多摩川線の姿だ。では日常の多摩川線はどんな表情をしているのだろうか。筆者も毎日乗っているが、朝は武蔵境方面に向かう通勤客で混み合い、ほかは外大や新小金井駅近くの国際基督教大学(ICU)に通う学生たちの利用がほとんどといった印象。競艇場前駅はその名の通り多摩川ボートレース場の目の前にあるので、開催日にちょっと混雑することがあるくらいだ。

「白糸台駅は京王線の武蔵野台・多磨霊園両駅と歩いて7分くらいなので、乗り換えで使うお客さまも多いですね。中央線と京王線を連絡する役割も持っているんです」(五味田さん)

白糸台駅は車両基地も備えた多摩川線運行の拠点。運転司令も白糸台駅の構内にあり、池袋線や新宿線とは独立している(この辺もやっぱり飛び地路線らしさか……)。また、各駅のホームの様子が見られるモニターが設置されており、発車時の安全確認も行っているという。

「ワンマン運転ですから、基本的には運転士がモニターも使って安全を確認します。あとは各駅に2名の駅員がいるので、そのうち1人が駅でモニターを見ています。ただ、休憩などで駅員が1人になる時間帯は全部白糸台駅で確認しているんですよ」(五味田さん)

駅員がきっぷを回収する風景

では残りの1名の駅員は何をしているのかというと……いつも使っているから知っている。電車が到着すると集札業務のために改札口に立っているのだ。

多磨駅の改札。電車が到着すると駅員が改札に立つ(筆者撮影)

通常の自動改札機が設置されているのは中央線との乗換駅である武蔵境駅だけ。他の駅には交通系ICカード専用の簡易改札しかない。そのため、電車が着くたびに駅員が改札に立ってきっぷの回収をしている。改札口に駅員が立つ路線なんて、いかにも“ローカル線”。東京では他にこうした路線はない(と思う)。

「多摩川線の係員はいつもお客さまと顔を合わせています。『ありがとうございます』と声をかけて。そのおかげでお客さまとコミュニケーションも取れて、とても距離が近いんですよ。そのおかげなのか、トラブルがあって電車が止まってもお叱りを受けることが少ないんです」

こう胸を張る五味田さん。確かに普段意識したことはなかったが、改札口を通るたびに駅員さんが「ありがとうございます」と一人ひとりに声をかけている。こうしたコミュニケーションが路線への愛着を生むと同時にもしかすると安全運行にもつながっているのかもしれない。

「他の駅では……そうですね、競艇場前駅は開催日にはボートが走るモーターの音が聞こえてきて迫力がありますよ。新小金井駅は駅舎がレトロなので、よくテレビドラマのロケに使われています。終点の是政駅はすぐ近くに多摩川が流れていて是政橋を渡るとJR南武線の南多摩駅です」(五味田さん)

ちなみに新小金井駅があるのはもちろん小金井市。他に小金井市にはJRの武蔵小金井駅と東小金井駅があるが、実は新小金井駅がいちばん古い(1917年開業)。「小金井駅」としたかったところ、すでに東北本線に小金井駅があったために“新”をつけて今の駅名になったというエピソードがある。

また新小金井駅と多磨駅の間には野川公園。春には桜が爛漫と咲き乱れ、多摩川線の車窓からも楽しめる。終点の是政駅は東京競馬場の南門まで徒歩10分で、中央線方面から競馬場に向かうには実は便利な“裏ルート”(筆者も毎週末のように使っている……)。

車両も社員もベテラン

「あと多摩川線の特徴といえば、定年後の再雇用で働いているベテランの方々が多いことですかね。多摩川線の約3分の1が再雇用の社員です。特に運転士は、本線でずっと乗ってきた熟練の人たちが来ていますよ」(五味田さん)

多摩川線の車両はすべて新101系。西武の車両では一番古い形式だ。かつて本線でツーハンドルの電車を走らせてきた“職人”たちが、車両と一緒に多摩川線で引退前の最後のひと頑張り。こうしたところも、都心の近くにもかかわらずのどかなザ・ローカル線としての雰囲気につながっているのかもしれない。

多摩川線には近藤勇の生家(多磨駅)、山本五十六も眠る多磨霊園(多磨駅)、旧陸軍の掩体壕(白糸台駅)など見どころも多い。それでいて、武蔵境まで出れば20分程度で新宿に着くから利便性も充分だ。

武蔵境駅はJR中央線と並行。中央線と線路がつながっており、車両の保守で使用する(筆者撮影)

「多摩川線に行けと言われたときは『え?』と思ったんですけどね(笑)。でも、来てみると良さがわかる。社員同士もお客さんとも距離が近いし、本線には負けないぞ、という意識をみんな持っていますよ」(五味田さん)

中央線から1回乗り換えるだけでのどかで静かで温かいローカル線。それでいて利便性もさほど損なわれているわけではない。きっと家賃も安いんじゃないかと思うし、意外と東京郊外の“穴場”がここ西武多摩川線なのかもしれない。そして、西武鉄道からも忘れられていないようで、心から安心したのであった。

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