世界遺産を身近にした「東海北陸道」の威力

岐阜バスが運行する白川郷行きの高速バス。観光地へのアクセス向上に高速道路が果たした役割は大きい(写真:筆者撮影)

総区間185㎞にわたって東海地方と北陸地方を直結する大動脈「東海北陸道」。観光面でその恩恵を最も受けているエリアが世界遺産「白川郷と五箇山の合掌造り集落」であろう。高速道路と観光の関係を考えるうえで、その「教科書」ともいえるこの両地域の最新事情をお伝えする。

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日本の多くの高速道路は、基本的には従来の幹線鉄道に沿う形で建設されてきた。

東海道線に沿うような形でできた東名や名神をはじめ、東北道、関越道、中央道、北陸道など、細かいところは別として、おおむね並行した路線となっている。大都市を結ぶ形で線路が敷かれ、その鉄道沿いに都市が発展してきた近代の都市の歩みをなぞる形で高速道路が建設されてきたのは、当然といえば当然である。

鉄道沿いではない新ルート開拓した東海北陸道

そんな中、直線を引けば真っすぐ結ばれる愛知県と富山県を南北に縦断してつなぐ鉄道は建設されてこなかった。地図を見ると一目瞭然、険しい山岳地帯が立ちはだかり、その建設を阻んできたからである。

現在は第三セクターの長良川鉄道となっている旧国鉄の越美南線は、岐阜県白鳥町(現在は郡上市)の北濃駅でレールは止まっていた(福井県のJR越美北線と結ばれる予定はあった)し、富山県側のJR城端線も砺波平野の南端の町城端が終点である。

両者を阻む山岳地帯を最新の道路建設の技術により結ぶことを意図して建設されたのが、愛知県の一宮JCTと富山県の小矢部砺波JCTとを結ぶ、東海北陸道である。それまで、名古屋から富山までは鉄道にせよ、高速道路にせよ、米原を経由したのち敦賀、福井、金沢と北上していくため相当迂回しなければならず、心理的距離はそれ以上に遠かった。

それが東海北陸道の開通で、マイカーで急げば名古屋から富山まで3時間余りで行けるようになった。地域間の距離を縮めたという意味では、画期的な高速道路となったのである(なお、東海北陸道とほぼ並行する国道156号線には、かつて名古屋と金沢を結ぶ名金線と呼ばれる路線バスが運行されていた)。

この沿線は名古屋都市圏の人にとっては手近なスキーエリアであり、長い間暫定二車線であったため、冬季の週末はスキー客で渋滞が慢性化していることでも知られていたが、今年3月に高鷲IC~ひるがの高原SAの4車線化が完成したことにより、一宮JCTから飛騨清見ICまでの120㎞の4車線化が完了、すでにその大部分が完成していたこの冬の渋滞の大幅減少につながるなど、時間短縮効果がすでに表れている。

高速直結で一大観光名所に

この東海北陸道の開通で、観光地として一気に客足を伸ばしているのが合掌造りで知られる岐阜県の白川郷と富山県の五箇山である。

ともに、集落に隣接するようにして同じ名前のインターチェンジができ、まさに高速道路と直結されたことで、かつては隔絶された山村であったものの、それゆえに奇跡のような美しい集落が残されてきた2つの地域が一大観光名所になったのである。

今年6月下旬、名古屋に泊まった筆者は、名古屋駅に隣接する名鉄バスセンターを午前8時に出発する岐阜バスが運行する白川郷行きのバスに乗車した。バスセンターからは同時刻にやはり東海北陸道経由で高岡・氷見へ向かう加越能交通の高速バスも出発、名古屋都市高速から名神を経由して東海北陸道に入るまで、2台のバスはまるで同じチームで走るように前後に並んで走行するのを楽しむことができた。

東海北陸道は、下り線全線で56ものトンネルをくぐる山岳路線で、岐阜県に入りしばらくは長良川に寄り添うように走るが、白鳥ICを過ぎると一気に高原地帯へと標高を上げていく。

途中、高さ125mという日本一高い橋脚を持つ鷲見橋、全国の高速道路の最高地点(1085m)である松ノ木峠、そして日本土木史上屈指の難工事として知られる飛騨トンネル(長さ1万710m、道路トンネルとしては国内第3位)を通過するなど車窓風景も目まぐるしく変わる。24人とほぼ定員の半分を乗せたバスは、途中ぎふ大和PAでの10分の休憩を挟んで、2時間半で白川郷のバスターミナルに滑り込んだ。

下記のグラフは、白川郷の観光客数の年次推移である。世界遺産登録の前後で伸びた観光客は、白川郷ICの開業後もさらに伸び続け、直近の数字でも年間176万人余りという堂々たる大観光地となっている。最近の数字を押し上げているのはインバウンド(外国人訪日客)で、実際白川郷までのバスにも、中国系と欧米系の観光客の姿があった。バスターミナルの待合室にいた観光客の半数以上も外国人と見えた。

インバウンドの多くは高速バスを利用

近年のインバウンドは個人客が多く、一部レンタカーの利用者もあろうが、こうした観光客の多くが高速バスを利用している。

現在、白川郷へは筆者が利用した名古屋から一日4往復の便のほか、岐阜、飛騨高山、富山、金沢へも高速バスが数往復ずつ結んでおり、さらに一部高速道路を利用して、五箇山経由で高岡とを結ぶ「世界遺産バス」も含めると、高速道路のおかげで発達した実に多くのバス路線によって観光客の足が支えられているのがわかる。

東日本大震災のときに一時落ち込んだが、直近は170万人を超えた(白川村ホームページ「観光統計」より筆者作成)

ちなみに、飛騨高山もかつてはJR高山線が観光客の主要なアクセス手段であったが、やはり東海北陸道と中部縦貫道でのアクセスが飛躍的に向上し、名古屋からの高速バスも、JRの特急ワイドビューひだ号の10往復(名古屋~高山間)よりも多い12往復の運行となっている。

土曜日だったせいもあってか、荻町の集落は静かな山村のたたずまいとは別世界の賑わいを見せていた。五箇山の合掌造り集落のうち世界遺産となっている菅沼と相倉も、やはり外国人を中心に観光客の姿が絶えず、世界遺産効果と高速道路効果が相まって、30年ほど前の村人がもしこの様子を見たら、腰を抜かすほど驚くだろうというほどの変容ぶりである。

江戸中期から昭和のはじめにかけて、合掌造りの2階よりも上層部では養蚕が盛んに行われ、生産された繭は城端(富山県南砺市)の製糸工場や織物工場で生糸や絹製品となり、江戸や京都に運ばれていた。

養蚕の灯が消えて50有余年、山深い地から人馬で物資を運んでいた時代が夢のように、今では五箇山から砺波平野まで高速道路でわずか10分足らずで行くことができる。

交通の発達やインターネットの普及による情報の拡散により、かつて秘境と呼ばれた山村は、今や日本の古き良き暮らしと風景を外国人に手軽に味わってもらうショールームの役割を果たしている。その陰に高速道路が大きな役割を果たしていることを実感した6年ぶりの白川郷であった。

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