ネットフリックスを支える独自の「解雇」哲学

ネットフリックスには、シリコンバレーでも一目置かれる高度な企業文化がある(写真:Mike Blake/ロイター)

「シリコンバレー流の働き方」と聞いて、どんなイメージを持つだろうか? 広々としたオシャレなオフィスで働き、社食でおいしいランチを食べて、ペットを連れていってもよく、無限休暇などすごい福利厚生があって、もちろん給料も高い、というのが多くの人が共通で抱くイメージかもしれない。

しかし、こうした施策の裏には、各企業のさまざまな思惑があるのだ。そんな中でも、独自のルールを持って、シリコンバレーでも一目置かれる企業文化を確立しているのが、ネットフリックスである。

経費や休暇取得日数にも決まりがない

シリコンバレーの企業はその自由な文化で知られるが、ネットフリックスでは、経費から年間の休暇取得日数まで個人の裁量に委ねられているほど規則が緩やか。創業20年余りで、世界190カ国で展開し、1億7000万人の会員を抱えるほどの巨人になった同社を作り出している企業文化とはどんなものなのだろうか。

その仕掛け人ともいえる人物がこの1月に著書を出している。タイトルは、『Powerful: Building a Culture of Freedom and Responsibility(パワフル:自由と責任の企業文化を作る)』。書いたのは、1998年から2012年まで同社でチーフ・タレント・オフィサーを務めたパティ・マッコード氏である。

同書のもとになっているのは、フェイスブックのシェリル・サンドバーグCOOをもってして、「シリコンバレー発の最も重要な文書」と言わしめた、「ネットフリックスのカルチャー・デッキ」と呼ばれるスライドだ。

ネット上で公開されている同スライドは、創業からまもなく創業者のリード・ヘイスティングスCEOと数人の重役が共に、同社の企業文化の指針を求めて作り上げたもの。いわばネットフリックスの「虎の巻」とも言える文書である。

マッコード氏の著書にある「自由と責任」は、カルチャー・デッキのタイトルでもあり、同書ではネットフリックスの企業文化や人材への考え方を下敷きにして、現在は人材コンサルティングを務めるマッコード氏が、成長する企業のチームとはどんなものか、人事の仕事とは何かを語っている。

ご覧になった方も多いだろうが、カルチャー・デッキはなんと130枚近いスライドからなる分厚いもので、いかにも手作り感のある、生っぽい内容である。すべてを網羅するわけにいかないが、ここではいくつか注目ポイントを取り上げたい。

まずスライドでは、同社が文化としてとらえている7つの側面を挙げている。それらは、独自の価値観、ハイパフォーマンス、自由と責任、コントロールではなくコンテキスト、高度に連携する穏やかな結束、マーケットのトップ報酬、プロモーションと能力開発だ。

「A級人材」しか雇わない重要性

そして、それぞれの項目に具体的な行動指針が挙げられている。たとえば、価値観ならば、「ネットフリックスは、以下の行いとスキルを尊重する」として、判断力、コミュニケーション力、インパクト、好奇心、イノベーション、勇気、パッション、正直さ、無私無欲の9つが並ぶ。

どんなに歯の浮くような標語を並べ立てても、実際に社員の行動として実践されなければ意味はない。カルチャー・デッキは、執拗なまでに企業文化を具体的な行いにまで落とし込んだところが特徴であり、それが社員へ浸透しやすくしたのだろう。

さて、このカルチャー・デッキに1本通った視点を挙げるならば、それは「ネットフリックスは、社員をちゃんとした大人扱いする」ことと、「A級の有数な人材しか雇わない」ということだろう。自由と責任も、そこに由来するのだ。

同社には、企業ならば当然持っているはずのいくつかの規則がない。たとえば、年間の有給休暇の日数が設定されていないとか、経費についての細かな規定がないといったことだ。

マッコード氏によると、その理由は「規則よりも、論理や常識に頼るほうが良い結果が出て、コストも安くつく」からだという。そしてちゃんとした大人を社員として雇っていれば、会社のことを第一に考え、97%は正しいことをする、という。休暇ならば、タイミングも日程も周りと調整したうえで、自分が適切と感じるだけ取っていい。重要なのは、仕事を完成させることで、会社側が休暇の日数を管理するのはお門違いというわけだ。

経費についても、大人ならば会社の発展を第一に考え、有効に、そして自分のカネのように大切に使うだろうというのだ。規定を守らせるために社外の旅行代理店を利用する企業がほとんどだが、社員が大人ならば出張の段取りも自分で行い、そのコストが省ける。

シリコンバレー企業は、「パーク(perk)」と呼ばれる福利厚生が手厚いことでも知られているが、マッコード氏は優秀な人材はパークよりも、同じように優秀な人材とチームを組んで、いい仕事ができることにやりがいを感じるのだと主張している。

自分で自分をトレーニングすることが求められる

彼らは自分でモチベーションを持ち、成長していく人材で、床に落ちたちりを拾うような人たちである。マネジャーの仕事はいいチームを作ることであり、リーダーの仕事は企業文化を作ることだ、というのがマッコード氏の主張だ。

実際、ネットフリックスに在籍したことがある元社員に聞いたところ、「自由と責任」はことあるごとに社員の口から発せられる言葉だという。日々の仕事は個人の裁量に任せられることが多いので、意思決定がしやすく、スピードも速くなる。タスクはわかっているが、そのやり方は自分で考える。「自分で自分をトレーニング」することが求められたという。

また、この元社員は、ネットフリックスでは「A/Bテスト」が多用されるからこそ、意思決定に責任が持て、躊躇せず前進できたと語る。A/Bテストとは、ウェブサイトのデザインやサービスなどで、複数の候補を実際のユーザーで試して、そのデータを比較する手法だ。実装する前に、そのシミュレーションを行って結果を予想できるもので、マッコード氏の著書でも、テストの話題が頻繁に出てくる。

そして、もう1つ、マッコード氏の著書には特徴的な見解がある。これは人材の採用と解雇に関するもので、ことに後者はあまり語られることがないポイントだろう。特徴的というのは、採用も解雇もネットフリックスの発展に密接に結びつけられているからだ。

マッコード氏はよく、6カ月後に同社がどのように進化しているかを、まるでドキュメンタリー映画を見るように具体的に頭の中で描いていたという。そして、その企業のあり方を実現するために逆算して、現在社内に必要なスキルと経験は何かを特定し、それに合わせた人材を選んでいた。

よくシリコンバレー企業は、ジグソーパズルのようにぴったりとスキルが合わないと採用されないといわれるが、マッコード氏はこれをかなりディテールにわたって行い、社員が全面闘争するのか、あるいは静かに仕事をこなすのかなど、どんな状態になるのかを社内で横断的に想像していた。

なんと自らも「解雇」されてしまった

これはまた、特定のスキルが必要でなくなると解雇されることも意味している。実際、マッコード氏の話には解雇の話題がたくさん出てくる。ネットフリックスは、創業時からどんどんビジネスモデルを変化させてきたのだが、それを人材の戦略的な入れ替えによって実現してきたことがよくわかる。

マッコード氏は、解雇は社員にとって驚くようなことではなく、またネットフリックスに在籍したことが履歴上有利になるという、個人の威厳を保つべきだと考えている。これについては、「ネットフリックスは、個人のキャリア向上には無関心」という社員からの批判もあるようだ。

ただし、付け加えておくべきは、マッコード氏自身も解雇の対象になったという事実だ。理由は不明だが、ネットフリックスがストリーミングへと舵を切るに際して、もはやフィットしないスキルの持ち主とされたともいわれている。

シリコンバレー的働き方とは、本当のところは何なのか。それは、毎日何時間働くかといった単純なことではなく、企業の進化、市場の変化などもっと複雑な要素と関係している。この本は、実態はそんなに簡単なものではないということを痛感させるのだ。

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