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年金の支給要件緩和に喜ぶ人、心配が募る人

公的年金をめぐる枠組みに大きな変化が起きています(撮影:今井 康一)

日本の年金制度にとって画期的な改革がこの8月から実現した。受給資格期間の短縮(以下、資格短縮)だ。金額的には微々たるものだが、法施行によって加入期間10年以上25年未満の高齢者約64万人に8月以降、公的年金が給付されることになった。

これまで日本の公的年金制度は受給資格を得るための最低加入期間が、国際的にも最長レベルの25年と長期にわたっていた。25年に1日でも足りなければ、年金は一切もらえなかった。

むろん、そんな悲劇を避けるために「納付期間延長」や「免除制度」といったさまざまな救済制度は設けてあるが、それでも25年の最低加入期間に達せずに、無保険者になる高齢者は後を絶たない。

そんな人を救うために実施されたのが、資格短縮だ。実際の振り込みは10月以降になるが、わずかであっても収入増は歓迎すべきことだろう。

いくら支給されるのか?

実際に現時点で加入期間が10年間を上回っていて、25年に達していない人には、原則として「年金請求書(短縮用)」もしくは「年金請求書(事前送付用)」が届くはずだ。10年以上の加入期間があるはずなのに書類が届いていない、という人は年金事務所に問い合わせてみるといいだろう。

問題は、どの程度もらえるのかだが、2万~3万円という人が多いと思われる。たとえば国民年金だけの人の場合、満額となる40年間の加入期間がある人で月額6万5000円。25年の加入では約4万1000円。10年の加入期間の人は約1万6000円となるためだ。

ただ、今回の資格短縮によって、現在の国民年金の未納問題などの解決に役立つのかといえば、残念ながらその可能性はほとんどない。あくまでも、高齢者の貧困問題を解決するセーフティネットのひとつといった位置づけだろう。

というのも、年金制度に対して国民の多くが将来の制度崩壊を心配している状況では、とりあえずは10年間納付して受給資格だけ確保。後は自助努力で老後資金の形成をしたいと考える人が出てくるだろう。

本来、自営業者などの国民年金の場合、40年間の加入期間があるのだが、10年の加入に抑えておけば、公的年金制度のリスクを回避できることになる。これでは、国民年金の保険料納付率65%(2016年度)が、上昇する可能性はあまりない。50歳前後の人で、まったく年金に加入していないような人は新たに加入するかもしれないが、20~30代の人には逆の作用が働きかねない。

年金制度を信頼する人の割合は若者ほど低くなる。少子化に歯止めがかからない中で高齢化が進み、年金受給者ばかりがどんどん増えていく状態では「いずれ破綻する」と考えるのは当然のことだ。特に、日本の場合は国家の財政と年金制度、あるいは健康保険制度との結びつきが非常に強い。

今回の資格短縮は事実上見切り発車

そもそも今回の資格短縮は、民主党(現民進党)の野田佳彦政権時代に決まったものだが、付帯条件として消費税率10%の実現と同時に実施するものとされた。資格短縮のための財源を消費税増税の一部に充てるためだ。

ところがその後、政権を奪還した安倍晋三政権が、「社会保障と税の一体改革」を公約に掲げていたにもかかわらず、消費税率10%の実現を2度にわたって延期。そのため、資格短縮もなかなか実現しなかったわけだが、安倍政権は2016年の参院選に際して支持率アップ、次の総選挙勝利のため“公約”として、前倒しで資格短縮を実施すると宣言した。言い換えれば、今回の資格短縮は事実上、財源の当てもなしに見切り発車で実現させてしまったといえる。

安倍政権は、確かに消費税率を5%から8%に引き上げたものの、同時に法人税率を減税しているために、財政全体で考えれば、政権発足当初から大きくプラスにはなっていない。日銀による財政ファイナンスもどきの国債買い入れでなんとかごまかしているものの、いまや日本政府の財政は崖っぷちだ。

年金制度への信頼感がないために、老後に不安を抱く国民の個人消費は一向に回復しない。アベノミクスが開始して4年も経つのにいまだにデフレが続いている。

しかも、財政の累積赤字が1000兆円、GDP比200%という前人未到の領域に行きついている。日本の場合、財政が破綻すれば同時に年金制度、健康保険制度といった社会福祉のコアの部分も一緒に崩壊するということだ。

日本の年金制度は、かつて5年に1度の割合で保険料の再計算を行う「財政再計算」が法律で義務付けられていた。その時点での人口予測や経済動向など、年金を取り巻く状況を加味しながら、当面の保険料を決めていたわけだ。

ところが、5年ごとの財政再計算のたびに、「将来の見通しは悪くなり先行き真っ暗になっていく」という印象を国民に与えてしまった。そこで、2004年改正では、こうした5年ごとの保険料率見直しをやめて、最終的な保険料水準をあらかじめ設定して自動的に保険料率を調整する方法に改められた。これが「保険料水準固定方式」と呼ばれるものだ。

財政再計算をやめる代わりに、少なくとも5年に1度は「財政の現況及び見通し(財政検証)」を作成して公表する制度に変わったのだ。厚生労働省は、これを「財政再計算から財政検証へ」というキャッチフレーズで説明してきたのだが、簡単に言うと「保険料の見直し」に、それまでのように年金受給者を支えている「現役世代」の減少に備えて「マクロ経済スライド」を導入。人口が減少したり、賃金が増えたりしなくても年金制度は立ち行く方法に改めた、と考えればいい。

物価や賃金の伸びによって支給される年金額や保険料を調整していこうというものだ。100年後であっても現役世代の平均収入の50%以上を年金で維持するという「100年安心」といった言葉も、この当時に出たものだが、いずれにしても年金制度に対する不信感がいま現在も続いているのは事実だ。

日本の年金制度は本当に破綻するのか?

5年に1度の財政検証の最新版は、2014年度版として発表されているが、以前に比べて将来見通しのケースを「ケースA」~「ケースH」まで並べて、さらに「オプション試算」と呼ばれる資産検証を実施している。

簡単に要約すると、物価上昇や賃金上昇などの将来見通しを細かく設定して、約束した「所得代替率50%」は維持していますよ、ということを提示している。

所得代替率というのは、現役世代に対して何%の年金給付を確保できるかを示した数値で、50%を割り込むと年金収入だけの人は現役世代の平均収入の50%以下を意味する「貧困層」になってしまう。

たとえば、今回の2014年度の財政検証の目玉は「オプション試算」という名の将来見通しを提示したことだ。とはいっても、それほど目新しいことがあるわけではなく、大きく分けて次の3つのオプションを提示している。

➀厚生年金加入の範囲拡大 これまで国民年金しかなかったパートタイマーなどが厚生年金にも加入しやすくする。同時に厚生年金に加入できる事業所(会社)の範囲を拡大することで、厚生年金に1人でも多くの人が加入できるようにしようというものだ。年金加入者が増えることで現役世代が増え、保険料増収につながることになる。

➁マクロ経済スライドの見通し 簡単にいうと、物価や賃金が上昇すれば、本来ならば年金給付額も上昇するはずだが、マクロ経済スライドという「ストッパー」を使って給付額を上げることなく、将来の年金不足に備えようというもの。

③国民年金保険料の納付期間延長、受給開始年齢の選択制導入……国民年金の納付期間を60歳から65歳に延長すること、そして年金の受給開始年齢を65歳から70歳に延長する。おそらく政府はこれを最もやりたいのだが、いきなりやると選挙で負けるために、オブラートに包み、他のオプションと併記することでショックを和らげていると言っていいだろう。

受給資格期間短縮は一部の人にはメリットがあった

いずれにしても、年金制度はすべての国民にかかわってくる問題であり、保険料納付は義務付けられている。そういう意味では、今回の受給資格期間短縮は、一部の人には目に見える形でメリットがあったと言っていいだろう。

ただ安倍政権になってから、アベノミクスの一環という形で行われてきた「GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)」の株式投資のウエート拡大には大きな疑問がある。将来の年金制度の存亡を握っているともいえるGPIFが、リスクを取りにいかざるをえなくなったのは国債での運用がままならなくなったことも大きいのだが、安倍政権の株価上昇の原動力として白羽の矢が立ってしまったのも事実だ。

自民党政権、というよりも安倍政権に忖度してわれわれの貴重な年金資産を、株価を上昇させる=安倍政権支持率アップのための道具として使ったのであれば、日銀同様に一刻も早く「出口戦略」を立てて、株価が元の適正な水準に戻った時に、大きな損失を出さないような対策をとる必要がある。

前述したように、資格短縮は財源の見通しがないまま、前倒しで実現された。年金制度の維持という以前に、安倍政権が約束した「社会保障と税の一体改革」の実現はどこへ行ったのか。初心に帰る、という言葉だけの反省はもう通用しないはずだ。