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貸切も高速も「プレミアムバス」が増えるワケ

神姫バスの「ゆいプリマ」。車両は三菱ふそうのエアロクイーンだ(写真:バスラマインターナショナル)

今年に入って、大手旅行会社が高級貸切バスを刷新したり、導入したりするケースが相次いでいる。

超豪華貸切バスの頂点に立つ「三越プレミアムクルーザー」。2008年に三越の旅行部門が上得意客を対象に、移動時間もセールスポイントにできる専用車として導入した。

大型観光バスの乗客定員は通常は45~60人程度だが、プレミアムクルーザーは2人×5列の10人に抑え、運転者、バスガイドにアテンダントも加えた3人乗務で運行する。主に首都圏の顧客を対象にしており、厳選した宿と味覚、見学場所をゆったりした時間で巡ることが売りだ。

バス業界で話題となったのは、破格の商品価格だけでなく、通年の稼働を支える需要の存在だった。リピーターも多く、2016年6月には1号車を新車に交代した。

20~30万円の高価格ツアーも登場

2016年10月に公開された神姫バスの「ゆいプリマ」。3列シートで定員18人、国内初の温水洗浄式トイレも備える(写真:バスラマインターナショナル)

兵庫県に本社を置く神姫バスは2016年10月、グループの旅行会社が企画したプレミアムブランド「真結(ゆい)」と、このツアーの専用車両「ゆいプリマ」を発表した。

ゆいプリマは車両の内外装をデザイナーに依頼しており、乗客定員は18人。おもてなしのノウハウを身に付けた専属ドライバーとアテンダントがサービスに当たる。最初に発表されたのは1泊2日・1人1室で15.2万円、7泊8日で日本三景と三名園、三名湯を回るコースは2人1室で1人37万円だった。

大手旅行会社JTB首都圏では、2017年4月から同社の最上級ブランド「ロイヤルロード銀座」が企画・販売する高品質バスツアーの専用車「ロイヤルロード・プレミアム」の運行を開始した。左右の窓側に1席ずつ配して乗客定員は11人。1泊2日は20万円台、2泊3日で30万円台のツアーが紹介されている。

また長年にわたり多彩なバスツアーを販売しているクラブツーリズムは最上級ブランド「ロイヤル・グランステージ 四季の華」の専用車両「ロイヤルクルーザー 四季の華」をグレードアップ、全車1席+2席×6~7列にした。2017年7月にデビューした最新型「碧号」(乗客定員18人)を使用して京都の川床料理と長良川の鵜飼い、琵琶湖の花火を楽しむ2泊3日で、価格設定は18万円前後だ。

これら高級志向のバスは、定年退職を迎えて時間とお金に余裕がある、いわゆる富裕層を対象にする。海外ツアーもひととおり参加したが、やはり気楽な国内旅行に回帰した人たちも多い。毎月のように参加するリピーターもいるという。

貸切バスだけではない。2017年1月から東京(池袋)―大阪(なんば/門真)間で両備バスと関東バスが共同運行を始めた「DREAM SLEEPER(ドリームスリーパー)」。これまでもパーテーションで仕切られた個室感覚のバスはあったが、今回登場した車両はパーテーションに扉が付いた完全な個室タイプだ。

JRバス関東と西日本JRバスが運行する「ドリーム ルリエ」(写真:バスラマインターナショナル)

乗客定員は11人と、夜行バスとしてはこれまでで最も少なく、それだけ乗客の占有空間は広い。温水洗浄式のトイレや座って化粧直しができるパウダールームもある。料金は片道1人2万円。東海道新幹線のグリーン車より高いが、夜間移動により宿泊費を抑えられるのがアピールポイントだ。

WILLER EXPRESSも後席の客を気にせずにリクライニングできるシェル型シートを全席に採用した新型車「ReBorn(リボーン)」を発表した。こちらは乗客定員18人、東京―大阪間のピーク時の価格は1万5000円で、同時期の独立性が高いシートより3000円以上高い。

さらに3月には東京―大阪間の夜行バスでは元祖のJRバス関東、西日本JRバスも、1台の前方4席だけをパーテーションで囲った“プレシャスクラス”を備える看板車両「DREAM Relier(ドリーム ルリエ)」を投入した。プレシャスクラスのピーク時の価格は1万8000円で、同じ車両の後方座席より5500円高い。

バスの本質は「人を経済的に運ぶ自動車」であること。経済的という言葉を“廉価“と考える人々にとって、こうした高額ツアーに特化したバスが続々と登場することは異様な動きに見えるかもしれない。

プレミアム志向バス誕生の背景

クラブツーリズムも最上級バスの刷新を相次いで進めている(写真:編集部撮影)

こうした高級志向化は、見方によっては1970年代末に花開いたサロンバスブームの再来ともいえる。

物見遊山を禁止した戦争が終わり、日々の衣食住が確保されるようになった1950年ごろ、バス旅行は庶民の手軽なレジャーとして人気を集めた。高速道路などない時代だったが、旅は庶民の一大イベントで、多くの企業も1泊2日の慰安旅行を企画、温泉地はにぎわった。

都会の若者には夜行バスで行くスキーが人気のレジャーになった。1957年に高速道路整備が政策化され、1963年には名神高速道路の一部が開通、1969年には東名高速道路が全通した。1970年に大阪で開催された万国博覧会は空前の旅行ブームを創出した。夜行高速路線バスが走り出したのもこの時期だ。

その後、高速道路の伸長とともにバス旅行は長距離化。乗車時間が長くなったことで快適性を求められるようになり、各社はカラオケを設置したものや定員を抑え車内を豪華にしたサロンバスなど競って採用した。

こうした車両は学校の遠足には使えないが、需要があり稼働が見込めたから導入された。1979年には2階建てバスが輸入され、国産バスのグレードアップに大きな刺激を与えた。

高級織物のソファの上にシャンデリアが輝く2階建てサロンバスは「車両価格1億円」ともPRされた。当時の2階建てバスは高価だが採算性に優れた車両と位置づけられた。

しかしサロンバスや2階建てバスに象徴される“超デラックス観光バスブーム”は1980年代末で終わりを告げる。その背景には華美を戒める行政の指導や2階建てバスの横転事故があったが、何より消費者の興味が一巡して、稼働率が下がったことが大きい。

そしてサロンバスから”潰しが利く車両”への回帰が目立つようになった。すでにマイカーが普及しレジャーも多様化、団体の慰安旅行は大幅に減少。1990年ごろからはもう1つの柱だった学生輸送も、少子化の影響で学級数が減ったほか、修学旅行では「班別行動」と称してタクシーで回る例も増え、ますます貸切バスの活躍の場が減っていった。

会員募集型バスツアーの誕生

その結果、旅行業界は企業や町内会などの団体旅行から、不特定多数の乗客を束ねる会員募集のバスツアーに軸足を移す。ツアー内容を紹介したパンフレットや新聞広告で参加者を募集する、いわゆるメディア販売が1990年前後から普及する。

電話1本で申し込みが完結する容易さは中高年者の人気を集めた。それまでも貸切バスの需要が一段落する旧盆や年末年始に「帰郷バス」などの会員募集はあったものの、年間を通じた募集旅行の隆盛で貸切バスは新しい時代を迎える。

しかしメディア販売は、消費者にとって商品内容が一目瞭然になり価格競争を招きやすい。しかもバスの仕入れ代金は消費者には見えないため、事業者にシワ寄せが及ぶ。会員募集のバスツアーの隆盛は、それまで対等だったはずの旅行会社とバス事業者の関係を変化させた。

貸切バスは季節による需要変動が大きい。目的地や勤務時間が毎日異なるうえ、道路や気象に対する知識も必要で、接客も重要な業務だ。

そのため、政府は貸切バスの需給調整を行うことで、シーズンオフの稼働率や高度なノウハウを備えた乗務員に配慮していた。一方で新規参入を志しても既存の事業者のほかは申請が通らない、典型的な“岩盤規制”でもあった。

この需給調整は2000年に撤廃され、新規参入事業者は急増した。旅行会社にとっては選択肢が増大し、価格競争に拍車がかかる。老舗の貸切バス事業者もコスト削減に取り組んだ。ノウハウを蓄積したベテランドライバーが去り、新人ドライバーが不慣れな道や厳しい勤務体系の中、歯を食いしばって乗務する構造が生まれた。

最悪の結果が、2007年に大阪で起きたスキーバス事故である。連続勤務が続いた影響であろう、終着地間近の高速道路の支柱に衝突した死傷事故だ。2016年に起きた軽井沢のスキーバス事故も、大型車に不慣れなドライバーによって多くの死傷者が出た。

これとは別に、旅行会社が企画・募集し貸切バスを使用する、都市間輸送(=高速ツアーバス)が2000年ごろから増えていった。この種の輸送は古くからあるが、インターネットを使った低コスト戦略によって、都市間の経済的な移動手段として、若者を中心に需要を開拓した。

高速ツアーバスは道路に対する知識は限られた範囲でよく、旅行会社と契約すれば一定の稼働は保証される。ノウハウのない貸切バスの事業者にとっては参入しやすい分野になっていた。

しかし、不特定多数の利用者が片道でも利用でき、ほぼ日常的に運行する形態は長距離の路線バスにほかならない。道路運送法に基づく路線バスと、旅行業法に基づくツアーバスが同じ仕事をしてるという意味で、「一国二制度」だという指摘が生まれた。

この過程でも、2012年に金沢から東京ディズニーリゾートに向かうツアーバスが関越自動車道の防音壁に激突・大破し、多数の乗客が死傷するという重大事故が発生。この事故ではドライバーの労務管理などの問題があぶり出された。

こうした重大事故が相次いだことで、バス業界での議論の末、2012年7月に高速ツアーバスは、高速乗合バスに一本化された。続いて旅行会社と貸切バス事業者の力関係の見直しも進められた結果、2014年には貸切バスの運賃・料金制度が改められ、“価格破壊”に歯止めがかかった。

消費者が負担するバス代は増加したが、貸切バス事業者には正当な収益を確保する道筋ができた。価格破壊が是正されるのであれば、差別化を図る意味もある。こうして「金太郎飴」状態から一頭地を抜け出したバスが各地に誕生する。それが前段でご紹介したプレミアム路線を走るバスたちである。

バスのプレミアム路線は続くのか

JTB首都圏が企画・販売するバスツアー「ロイヤルロード・プレミアム」のバス。定員はわずか11名だ(写真:バスラマインターナショナル)

プレミアムバスが増えるかどうかは、利用者に飽きられず、稼働率を維持できるかという需要動向に懸かっている。現状では定年を迎えた団塊の世代など、潜在的な顧客層が増えているが、10年後に定年を迎える人々は経済環境が大きく異なるだろう。

貸切バスの将来はどうなるか。自動車を取り巻く技術では超小型コミューターや自動運転といったキーワードが目につくようになってきたが、40人なり50人なりの人々を経済的に運べる輸送手段は将来においてもバス以外には考えられない。これがバスの本質だからである。

この点、貸切バスの将来は安泰なのだが、経験豊富なドライバーが不足してバスを動かせなくなる可能性もある。豪華な車両と質の高いサービスの提供にあこがれを感じ、ドライバーを志す人がいれば、人手不足を補う鍵となるかもしれない。

走る姿が注目を集め、乗客が優越感に浸れるバスの運転もドライバーのプライドを支えている。プライドを持ったドライバーが運転するバスは安全なはずである。