「新入社員でもラクに1000万円超え」日本一給料が高いといわれる「投資銀行」の正体。社員が実行する、セオリーと真逆の「高く売って安く買う」手法とは
〈「投資がうまくいくかどうかは運だが…」森永卓郎が指摘する、バブル崩壊で破産者になる人の共通点〉から続く
ゴールドマン・サックス証券、BofA証券(旧メリルリンチ日本証券)、三菱UFJモルガン・スタンレー証券といった「投資銀行」の社員の報酬はいったいどのくらいなのか……なんと勤続10年で数億円を得る者もいるという。彼らはいったいどんな仕事をしているのか?
【画像】森永卓郎氏が「なんの正義も社会的貢献もない」と指摘する会社
書籍『投資依存症』(三五館シンシャ)より一部を抜粋・再構成し、投資銀行の仕事を解説する。
投資銀行の正体
日本で一番給料の高い会社はどこかご存じだろうか。
私が知る限り、それはゴールドマン・サックス証券、BofA証券(旧メリルリンチ日本証券)、三菱UFJモルガン・スタンレー証券といった「投資銀行」だ。
投資銀行というからには銀行と思われるかもしれないが、銀行ではない。会社名に証券とついているから証券会社と思われるかもしれないが、証券会社でもない。
投資銀行というのは、カネを儲けるためだったら、企業の乗っ取りや高リスクの金融商品開発など、法規制ギリギリのところまでなんでもやる金融仲介業者だ。
彼らの給料は高い。
たとえば、新入社員の年収は1000万円を超える。そして、何年か会社に生き残るだけで年収は数倍になり、10年選手で幹部社員にのぼり詰めると億単位の年収が得られる。以前、そんな話をしていたら、投資銀行の元社員から「森永さんの話は盛りすぎで、ボクはそこまで高い年収はもらっていませんでしたよ」と言われた。
しかし、彼らは入社のときに会社と「報酬の半分は年俸で、残りの半分は退職金で受け取る」といった契約をする。
たとえば、10年間の総報酬が10億円だったとすると、5億円を毎年の年俸で、残りの5億円を退職時に退職金としてまとめてもらうという契約をするのだ。
なぜ、そんな契約をするのかと言えば、日本では退職金に対する税金が非常に低く設定されているからだ。とくに退職金には「2分の1軽課」という仕組みがある。これは課税所得を計算するときに、退職所得を2分の1に減額するという制度だ。
たとえば、退職所得が5億円だったとすると、課税所得は自動的に2億5000万円と計算される。所得の半分にしか課税されないのだから、退職所得全体に対する税率は最大でも25%程度に収まるのだ。
投資銀行の社員がこうした制度を利用していることを前提にすると、彼らの本当の報酬は、実際に受け取っている年俸よりもずっと高いのだ。
投資銀行の元社員にその話をすると、「森永さんよく知っていますね」と言って、その後、報酬の話をしなくなってしまった。
もちろん、ふつうのことをしていたら、これほどの超高額報酬を支払うことはできない。
では、具体的にどんなことをやっているのか。
「高く売って安く買う」
業界最大手、ゴールドマン・サックスの実態を、同社に18年在籍した女性が『ゴールドマン・サックスに洗脳された私』(ジェイミー・フィオーレ・ヒギンズ著、多賀谷正子訳、光文社)という暴露本にして出版した。そこから引用しよう(引用元は「現代ビジネス」2024年4月25日)。
ゴールドマンの部屋は、高校の教室とさほど変わらない。そこにいる人たちの気質はよく似ている。ただし、彼らがやるのは勉強ではなく仕事だ。リサーチャーやストラテジストは〝おたく〟気質。スプレッドシートや調査レポートにじっくり目を通し、市場の先行きを予測するのが好きな人たちだ。バンカーはいわゆる〝お坊ちゃん・お嬢ちゃん〟タイプ。完璧な着こなしで品のいい話し方をし、フォーチュン500の企業のCEOに、いつでも買収のアドバイスができるよう準備を怠らない。
このふたつのタイプの人たちはロッカーの場所にもこだわりがあるし、経営幹部のオフィスのすぐ近くに自分の席を持ちたがる。といっても、経営幹部はいつもそこにいるわけではない。世界じゅうを飛びまわり、顧客にゴールドマンを売りこんでいる。とても忙しい人たちで、彼らのアシスタントには、さらにアシスタントがついている。
セールス&トレーディング部門の人たちは、さしずめスポーツ選手。トレーディング・デスクがロッカールームと呼ばれるのもうなずける。私が所属しているのはそこだ。のちに別のビルに引越しをした際は、〝カジノ〟という愛称がつけられた。トレーディング・デスクが並んでいるのはフットボール場よりも広いところで、窓はなく、高い天井に明るい蛍光灯がついている。このカジノには時間の感覚というものはない。社員の集中力が続くように、経営幹部が密かにこの部屋の酸素濃度を高めているという噂もあるほどだ。
この仕事をやりたいからこの部署に来た、と言えればいいのだが、ゴールドマンとなるとそうもいかない。私が最初に面接を受けたのがこの部署で、ちょうどアナリストに空きがあったので仕事がもらえた。それだけのことだ。そう簡単には手に入らないゴールドマン・サックスのアナリストの職を得ることができ、きっと家族も誇りに思ってくれるだろうと考えると、ただただ嬉しかった。アナリストの仕事は一流で年収も高い。ここで働けるなら、どの部署であっても断らなかっただろう。
職場には〝選ばれし人々〟がいる。コネや家柄で雇われた人たちだ。プライベートジェットでナンタケット島【訳注:マサチューセッツ州の南にあるリゾート地】に行くために、毎週金曜日には早めに退社していく女性や、毎朝、二日酔いで遅れてくる男性などがいる。
彼らは身を粉にして働く私たちとは違うルールで生きている。ミシェルとソフィアは、この〝選ばれし人々〟だ。私が採用通知をもらうまで35回も面接を受けたと話したら、きっとふたりは卒倒することだろう。彼女たちはたったの数回しか面接を受けていないらしい。
ミシェルの父親はゴールドマンの顧客だし、ソフィアの父親はゴールドマンのパートナー(共同経営者)のゴルフ仲間だそうだ。ふたりとも、ゴールドマンに就職するのは簡単だと思っていたという。
幸か不幸か、いまはここが私の世界だ。そして、株にまつわる言葉が私の専門用語。「ゴールドマンでどんな仕事をしているんですか?」と訊かれたら、グローバル・セキュリティーズ・サービスで、セールス・トレーダーをしていると答える。
ここでは200人のスペシャリストが働いている。さらに詳しい仕事内容を答えても、聞いているほうはあくびが止まらず目もすわってくることだろう。〝空売り〟〝ターム・ファンディング〟〝再担保契約〟などの用語を聞かされても眠くなるに違いない。
簡単に言うと、株式市場では「安く買って高く売るのがいい」というのが一般的な考えだ。でも、私の仕事では順序が逆になる。つまり「高く売って安く買う」のだ。
正義も社会的貢献もない
たとえば、ヘッジファンドや大金持ちが、ある株が割高になっていると考えたとする。すると、これからその株が値下がりすると予想して、その株を売る。そして株価が下がったところでその株を買い戻す、という具合だ。
ところが、当初、彼らはその株式を実際に保有しているわけではない。そこで私の出番だ。私が彼らにその株を貸し、彼らはその株を市場で売る。私は彼らから株のレンタル料を受けとるが、これがときには莫大な金額になる。
私がその株をどうやって調達するかというと、その株をポートフォリオに組みこんでいる機関投資家、年金基金、投資信託会社、エンダウメント(寄贈基金)、保険会社から借りてくるのだ。つまり、私はこの取引の仲立ちをしているわけで、片側にヘッジファンド、もう片側に様々な機関がいて、私──つまりゴールドマン──がその手数料をもらうというわけだ。
この話をブリンマー大学でリベラルアーツを学んでいた友だちに話すと、まるで私が無意味なテレビゲームでもやっているかのように、それにどんな意味があるのかという顔をする。なぜ空売りなどしたがるのか、と。
ある株式が割高になっていると思った顧客は、そこに利益が生まれる可能性があると考える。たとえば、XYZ社の株が1株あたり100ドルで取引されているとしよう。あるヘッジファンドがその会社の業績や貸借対照表を調査して、適正な株価は60ドルだと判断したとする。
すると、1株あたりの差額40ドルから私への手数料を差し引いた分が利益になる。そして私は、その株式を元の持ち主に返す。空売りはよくできたストラテジーで、いつも投機家の読みがあたるとはかぎらないが、多くの場合、彼らの投資家にじゅうぶんなリターンを提供できている。
ここで語られているのは、投資銀行が行なっている業務のほんの一部だ。ただ、株式を持ち主から借りてきて、その株を市場でたたき売り、株価が下がったところで買い戻す。株式の本来の持ち主に返すのは、安く買った株になるから、高く売って、安く買うことになり、利益が生まれるのだ。
たしかに利益は出るが、そこにはなんの正義も社会的貢献もない。
あるのは、自ら相場を動かし、そこから利益をひねり出すというマネーゲームの発想だけだ。
写真/shutterstock
11/17 11:00
集英社オンライン