出身母体が去るルネサス、株主「自動車一強」時代の経営戦略は?
NECと日立製作所が、半導体大手のルネサスエレクトロニクス<6723>の株式を売却する。両社はルネサスの母体企業で、日立は退職給付信託に拠出している株式を含めて7.41%、三菱電機は2.85%を出資する。信託口株主を除けば、日立は2位、三菱電機は4位の大口株主。売却後は日立は3位、三菱電機は姿を消す。母体企業がフェードアウトするルネサスだが、今後の成長戦略はどうなるのか。
NECは30日、退職給付信託に拠出しているルネサス株約6988万8800株を証券会社を通じて1株2503円で売却する。売却額は約1749億円。日立は全持ち株を売却し、2024年3月期に特別利益として1159億円の売却益を計上する。
国内自動車業界に依存してきたルネサスの経営
両社がルネサス株を手放すことから、筆頭株主のデンソー(8.61%)と2位となるトヨタ自動車(4.22%)のトヨタグループが合計で12.83%の株式を確保し、影響力が高まる。同グループはルネサスの大口ユーザーでもあり、上位株主の影響力が強まることで半導体製品の値下げ圧力が増す可能性もありそうだ。
かつてルネサスの経営は、国内自動車メーカーの意向に大きく左右されてきた。同社は2011年にスマートフォン化に乗り遅れて、携帯電話向け半導体事業を村田製作所に売却。2013年にはゲーム機向け半導体事業をソニーに売却、デジタル家電向け半導体生産から撤退し、自動車向け半導体専業メーカーとなる。
業績悪化と事業撤退を繰り返すルネサスに、オランダ電機大手のフィリップスが経営悪化で切り離したマイコン部門を「NXPセミコンダクターズ」として再建した米投資ファンドのコールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)への売却も検討された。
しかし、自動車向け半導体の値上げや安定供給への懸念から国内自動車メーカーが経済産業省に働きかけて売却を阻止。代わって2013年9月に国策投資会社の産業革新機構(現INCJ)とトヨタ自動車、日産自動車など9社の官民連合からの経営支援を受けることになった。その結果、産業革新機構の持ち株比率が69.16%となり、ルネサスは事実上国有化される。
2014年3月期に2010年の会社設立以来、初めて営業黒字に転換する。だが、自動車メーカーが株主となったことに対して、株式市場からは「大株主からの値下げ要請圧力が、業績の足を引っ張るのではないか」との懸念もあった。そこで、経営陣はM&Aによる規模拡大での成長を模索する。
M&Aによるパッケージソリューションで顧客拡大を狙う
2015年6月にルネサス会長兼最高経営責任者(CEO)に就任した元日本オラクル社長の遠藤隆雄氏が、欧州自動車向け半導体大手独インフィニオン・テクノロジーズからの出資を検討していたことから同年12月に辞任。これにはインフィニオンの資本参加でルネサスの価格交渉力が強まることを懸念した国内自動車業界と、日産出身の志賀俊之INCJ会長の意向が強く働いたとされる。
2016年6月にカルソニックカンセイ(現マレリ)元社長兼CEOや日本電産(現ニディク)副社長などを歴任した呉文精氏がルネサスの社長兼CEOに就任。2017年2月に米アナログ半導体大手インターシルを完全子会社化、2019年3月にも同じくアナログ半導体の米Integrated Device Technology, Inc.(IDT)を完全子会社化し、M&Aによるグローバル戦略を加速する。
ところが、2社で1兆円を超える巨額のM&Aに社内外からシナジー効果への疑問の声が上がり、同社の業績や株価も低迷したことから、呉氏は2019年6月に辞任した。後任でINCJ出身の柴田英利社長兼CEOも2021年8月に電源制御半導体を主力とする英ダイアログ・セミコンダクターを約6240億円で完全子会社化している。規模は小さいが、同12月にイスラエルのアナログ半導体企業セレノ・コミュニケーションズを約359億円で完全子会社化した。
アナログ半導体や電源制御半導体の買収を進めるのは、ルネサスが得意とするMCU(マイコン)だけで勝負できるのは既存顧客だけで、供給先を広げるにはアナログ半導体や電源制御用パワーデバイスなどを組み合わせた半導体づくりが必要だからだ。
同社はマイコンやパワー半導体、アナログ半導体を組み合わせた約500種類のソリューションをパッケージ化して提案する手法による顧客開拓で、国内自動車業界だけでなく海外電気自動車(EV)メーカーや耐震診断システム向けの供給に成功している。
今後もM&Aによる顧客開拓の取り組みが進むと見られるが、既存顧客の国内自動車業界としてはルネサスにM&Aに費やすだけの資金があるのなら、1円でも安く自動車向け半導体を供給してほしいのが本音だ。国内自動車業界の出資後もルネサスに対する値下げ圧力に「待った」をかけてきたのは、柴田社長の出身母体であるINCJや源流の日立や三菱電機だった。
しかし、INCJは2023年11月に保有していたルネサス株を全て売却。これに日立や三菱電機が続く。これでルネサスのM&A戦略を積極的に支援してくれる大株主は姿を消す。最大株主となった国内自動車業界の値下げ圧力をかわしつつ、いかに成長戦略のM&Aを推進していくのか。ルネサス経営陣の説得力と、M&Aによる成果が求められる。
ルネサスエレクトロニクスの主なM&A
公表日 | 案件内容 | 取引総額(億円) |
---|---|---|
2010年7月6日 | ルネサスエレクトロニクス、ノキア・コーポレーションのワイヤレスモデム事業を買収 | 180 |
2011年7月29日 | 村田製作所<6981>、ルネサスエレクトロニクスからパワーアンプ事業を譲受 | ― |
2012年3月28日 | 富士電機<6504>、ルネサスエレクトロニクスの子会社から津軽工場を取得 | 38 |
2012年10月12日 | アオイ電子<6832>、ルネサスエレクトロニクスグループの半導体加工会社を取得 | ― |
2012年12月10日 | ルネサスエレクトロニクス、産業革新機構の傘下へ | 1,500 |
2012年12月27日 | ルネサス エレクトロニクス、販売子会社の一部事業を立花エレテック<8159>子会社へ譲渡 | ― |
2013年3月19日 | ルネサスエレクトロニクス、グループの後工程関連事業をジェイデバイスへ譲渡 | 48 |
2013年9月4日 | ルネサスエレクトロニクス、海外子会社2社とLTEモデム事業を譲渡 | 164 |
2013年9月27日 | ルネサスエレクトロニクス、中国半導体事業の首鋼日電電子を譲渡 | ― |
2014年1月29日 | ソニー<6758>、ルネサスエレクトロニクス傘下の鶴岡工場を取得 | 75 |
2014年6月11日 | ルネサスエレクトロニクス、液晶用半導体製造のルネサスエスピードライバを米シナプティクスグループに譲渡 | ― |
2016年9月13日 | ルネサスエレクトロニクス、米アナログ半導体メーカーのインターシルを3220億円で買収 | 3,228 |
2018年9月11日 | ルネサスエレクトロニクス、米半導体メーカーIDTを7330億円で買収 | 7,330 |
2021年2月8日 | ルネサスエレクトロニクス、アナログ半導体大手の英ダイアログ・セミコンダクターを買収で合意 | 6,262 |
2021年10月28日 | ルネサスエレクトロニクス、イスラエルのアナログ半導体企業「セレノ」を子会社化 | 359 |
文:M&A Online
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