時計選びはクルマと同じ!? 世界のトレンドは小径サイズ! スイス時計業界のキーマンが語る「ポストコロナの腕時計の選び方」とは?
ゆるやかに、そして確実に変化するリストウォッチのトレンド。時刻を知る実用品でありながらも、男性の身につけることのできる数少ない装飾品ともいえるタイムピースのトレンドについて、この秋に来日したスイスの老舗メゾンであるエドックスの取締役クリスチャン・オッツ氏に話を聞きました。
●機械式からクオーツへ。そして再び機械式へと回帰
100年以上の歴史を超えるウォッチメゾンがひしめくスイスの時計業界にあって、2024年に創業140周年を迎えたエドックスは一際特別な存在です。
ポストコロナで時計のトレンドも大きく変貌しようとするいま、老舗・エドックスの取締役だけでなく、セールス&マーケティング部門のディレクターも兼任するクリスチャン・オッツ氏が来日。
「カール F. ブヘラ」や「オリス」など、スイスの名門時計ブランドでキャリアを積み、2006年よりエドックスに参加したオッツ氏に、いま知っておくべきタイムピースのトレンドについて話を聞きました。
VAGUE:時計と関わるようになったきっかけをおしえてください。
クリスチャン・オッツ氏:父がラドーなどのスイス時計ブランドで働いていた家庭環境のせいか、自分にとって腕時計は物心ついたときから身近な存在でした。まだ子どものころの記憶でよく覚えているのは、1980年代の初めに父が自宅に持ち帰ったプロトタイプを見せてくれたときのことです。
その腕時計はクォーツ式で、ベゼルをはじめケースまでもプラスチック製というユニークなもの。それだけでなく、ムーブメントやバッテリーまでもがケースに直接埋め込まれるという大胆な発想に心底驚かされました。
VAGUE:Swatch(スウォッチ)ですね。1970年代のクォーツショックで衰退しかけたスイスの時計産業が復活したきっかけとなった。1983年に誕生した腕時計です。
オッツ氏:時計を含むあらゆるプロダクトにはトレンドが存在しますが、スウォッチの登場はとても大きな転換点でした。エドックスは140年の歴史を持ちますが、そのオリジンは時計師のクリスチャン・リュフリ・フルーリーが妻のポーリーンの誕生プレゼントに贈った機械式懐中時計にあります。
その懐中時計の美しさに感銘を受けたポーリーンはクリスチャンにウオッチメゾン設立を勧め、古代ギリシア語で“時間”を意味する「EDOX」が設立されました。その後20世紀の前半に時計のトレンドは懐中時計から腕時計へと移り変わり、エドックスも時代によって様々な腕時計を生み出していきます。
VAGUE:エドックスの作った大きなトレンドの一つに、防水性能の高いタイムピースがあります。
オッツ氏:1961年に登場したエドックスの「デルフィン」は“The Water Champion”というテーマを掲げ、りゅうずとケースとの間を2つのガスケットで気密する“ダブル・Oリング”を採用することで、当時では異例の200mもの防水性を達成しました。防水性の高さは時計の耐久性の高さにも貢献するので、精密機器である時計に「強さ」という付加価値のトレンドが生まれるきっかけの一つになったと考えています。
●世界的にコンパクトサイズにトレンド感あり
VAGUE:時計のトレンドで常に話題になるのがケースのサイズです。
オッツ氏:2000年代より前は小さめの時計が一般的。60〜70年代はもちろん、80年代でさえ男性用は38mmが標準サイズでしたよね。その後「より大きなサイズ」へとシフトし、それが今では数十年ぶりに伝統的なサイズと言われる40mm前後のモデルが注目されています。
VAGUE:昨年登場した「スカイダイバー 38 デイト オートマティック」はその名の通りの38mmのケースサイズで話題となりました。比較的小柄な日本人やアジアで小型ケースのトレンドが来るのは理解できますが、世界的な傾向なのでしょうか。
オッツ氏:アジアやアフリカをはじめ、もちろんヨーロッパでも38mmサイズは特別な意味を持ちます。エドックスでは2025年春頃に、41mmサイズの「グランドオーシャン」をリリースする予定です。38mmよりは少し大きめですが、伝統的リストウォッチのマナーに沿ったタイムピースに仕上がっているので楽しみにしていただきたいですね。
●トレンドはサイズから希少性へシフトする?
オッツ氏:トレンドは数十年おきに繰り返されるサークルのようなものですが、いま大きな時計が時代遅れなのかといえばそうではなく、45mmサイズのエドックスのフラグシップ「クロノオフショア1」コレクションは不動の人気です。世界中を巡って気がついたのは、いつの時代にも小さな時計を愛する人もいれば、大きな時計こそ王道と考える人もいるということ。
多少のトレンドの波はあるものの、大きな時計と小さな時計の双方が揺るぎない定番であり、トレンドを超えた時計選びの基準になっています。
VAGUE:エドックスでは日本でのみリリースされる限定モデルも手掛けており、日本の時計ファンとしては嬉しいところです。
オッツ氏:「特別で希少なモデルを手にしたい」というマインドは、いま最も注目すべき時計のトレンドだと考えています。2024年7月に日本向けに特別にデザインした「クロノオフショア1 クロノグラフ ジャパン リミテッド エディション」は、おかげさまで大きな反響を頂きました。リテールの仕事で世界を巡り各国でリサーチしたトレンドを時計作りにリニアに反映できるのもエドックスの強みだと考えています。
VAGUE:エドックスはエレガンスなモデルもあれば、テクニカルなモデルもラインアップしています。そして大きいものもあれば、伝統的で控えめなサイズのモデルも。時計選びはますます難しくも楽しくなってきています。
オッツ氏:どんなカテゴリのどの大きさのタイムピースを選択するとしても、近年の時計ファンは“心を高ぶらせる物語”を大切にしていると感じます。エドックスのものづくりには「ダイブ(海に潜る)」「ドライブ(運転する)」「フライ(空を飛ぶ)」という、3つのユニバース(=哲学)があります。
VAGUE:日本でも人気の「スカイダイバー」コレクションは「フライ」のユニバースに沿ったモデルというわけでしょうか?
オッツ氏:そのとおりです。1960年代にスイス空軍のパラシュート部隊のために作られたモデルが原型で、エドックスの工場にある書庫で発見された当時のデザイン画をもとに、創業135年の節目にあたる2019年に復刻されたコレクションです。ダイヤルやケースをはじめ、針やクリスタル風防の形状など、当時のデザインを変えることなく再現しているので、身につければ空を飛ばずとも腕時計の背後にあるストーリーや歴史の重みに想いを馳せることができます。
VAGUE:様々なトレンドが同時に存在する腕時計ですが、選び方のコツがあれば教えてください。
オッツ氏:懐中時計から腕時計へと変わるほどの激変はまれですが、今後もトレンドは移ろうはず。そういった現代で時計を選ぶとき、自動車と同じで目的に応じて選択肢を持てるのが理想です。
日常生活では都市の入り組んだ道でも軽快に走るコンパクトカーが賢い選択ですし、アウトドアへ出かける時にはヘビーデューティーなSUVでゆったりとドライブを楽しみたいものです。
けっしてそれは、業界人として時計をたくさん買ってほしくて言っているわけではありません(笑)。一人の時計好きとして、時計を自由に選ぶことがみなさんの生活の質を高めてくれると心から信じているからなんです。
11/20 12:40
VAGUE