三木谷氏と孫正義氏の球団経営スタンスの違い「ビジネス」か「常勝」か

孫正義氏(左)のホークスに対する要求はただ一つだった(2014年に日本一に輝いたソフトバンクホークス。時事通信フォト)

孫正義氏(左)のホークスに対する要求はただ一つだった(2014年に日本一に輝いたソフトバンクホークス。時事通信フォト)

【最後の海賊・連載第6回後編】携帯電話事業で鎬を削る楽天・三木谷浩史氏とソフトバンクの孫正義氏は同じ年に「プロ野球」に参入した。似た者同士でありながら異なるビジネス観を持つ2人の経営哲学は、それぞれの球団「鷲(イーグルス)」と「鷹(ホークス)」にも大きな影響を与えていた。週刊ポスト短期集中連載「最後の海賊」、ジャーナリスト・大西康之氏がレポートする。(文中敬称略)

【表】1981年日本ソフトバンク設立、1996年合弁でYahoo!ジャパンを設立…、孫正義氏のこれまでの歩み

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 プロ野球を「ビジネス」と考える三木谷は、語弊を恐れず言えば孫正義が作ったソフトバンクホークスのような「常勝軍団」を目指していない。球団単体での黒字が大命題であり、常に経営のバランスを考えている。目指しているのは複数年契約で年俸数十億円の選手がゴロゴロいながら、リーグとしても高収益をあげているMLBだ。

 2004年オフ、同じタイミングで産声を上げた「鷲(イーグルス)」と「鷹(ホークス)」の成り立ちを考えると、プロ野球に対する三木谷と孫の考え方の違いが見えてくる。

 イーグルスの誕生は、オリックス・ブルーウェーブと近鉄・バファローズの合併協議に端を発する。1リーグ制の導入なども検討されたが、結局、オリックス・近鉄の合併球団と新規球団のイーグルスが生まれることになり、戦力を振り分ける「分配ドラフト」が行なわれた。岩隈久志のようにオリックスの指名を拒否し、金銭トレードで楽天に入団した選手もいるが、多くの有力選手はオリックスに流れた。

 これでは試合にならないので、楽天は山崎武司、関川浩一、飯田哲也ら他球団を自由契約になった選手や無償トレードの対象になった選手をかき集める。まさに「寄せ集め」であった。こんな「オンボロ球団」を作って三木谷は一体、何がしたかったのか。

 プロ野球参入を巡ってホリエモンこと堀江貴文や三木谷の名前が連日、メディアで取り沙汰されているころ、西麻布で飲んでいた一人の男の携帯が鳴った。

 島田亨。新卒で入社したリクルートで後のUSEN社長となる宇野康秀と出会い、人材派遣のインテリジェンスを創業する。その後、ベンチャー投資家に転じた島田はこの時、39歳。悠々自適の暮らしを楽しんでいた。電話をかけてきたのは三木谷だった。

「島田さん、球団の社長をやってくれませんか」

 三木谷が作った新球団がオンボロであることは報道で知っていた。野球は全くの素人である。なぜ自分なのか。島田は逡巡したが、一緒に飲んでいて会話の内容を察知したオールアバウト社長の江幡哲也が肘で島田を突いた。

「球団の経営なんて滅多にできることじゃない。受けろ、受けろ」

 島田の頭に新卒で入社したリクルートの社訓が浮かんだ。「自ら機会を作り出し、機会によって自らを変えよ」。リクルート創業者で「天才起業家」と称された江副浩正の言葉である。島田は気を取り直して尋ねた。

「野球を知らない私に、一体何をしろと」

 三木谷は短く答えた。

「黒字にしてほしい」

 三木谷が球団の事業本部長として島田の下につけたのが、33歳の小澤隆生。コンピュータシステム会社のCSKを経てネットのオークション・サイトで起業し、この会社を楽天に売って執行役員に収まった男だ。このコンビを見れば三木谷の意図がわかる。三木谷は伝統と既得権でがんじがらめになったプロ野球界で、ベンチャー企業を立ち上げ、それをメジャー球団のように「儲かるビジネス」に育てようとしていたのだ。

 島田と小澤はプロ野球界にベンチャー経営の流儀を持ち込み、ものすごいスピードで経営改革を進めた。球場で売るユニフォームやメガホンの原価まで細かく管理し、屋台のメニューにもこだわった。観客動員にはネットの力を存分に使い、いつしか仙台の球場はえんじ色のユニフォームを着たイーグルスファンで埋め尽くされるようになった。

 一方、三木谷と同じタイミングでプロ野球に参入した孫の状況は大きく異なっていた。ダイエー創業者の中内功が惜しみなく投資してきた「ホークス」を総額200億円で買収し、2003年日本一、2004年レギュラーシーズン1位(プレーオフで西武に敗れリーグ優勝は逃す)の常勝軍団をそっくりそのまま手に入れたのだ。

 バティスタ、松中信彦、城島健司のクリーンアップに、投手は杉内俊哉、和田毅、斉藤和巳、新垣渚の先発4本柱。監督は就任11年目の王貞治、二軍監督に秋山幸二という盤石の体制だ。

 ソフトバンクグループの最高財務責任者(CFO)で球団経営を任されている後藤に孫が課すのは、巨人の9連覇を超える10連覇と、独立採算制の徹底だ。球団の赤字を親会社が黙認する球界に染みついた体質から決別しようとする部分は三木谷と同じだが、二軍の球場に最先端のトレーニング設備を導入したり、三軍を作ったりと、金の掛け方はイーグルスの比ではない。

 後藤は「本質的利益」という数字を球団経営のKPI(重要評価指標)にしている。球団の営業利益から年俸総額と親会社からの広告費などを差し引いた数字である。

 チームが勝てばファンが喜び、結果としてチームの収入も増える。それを実践してきたのがホークスであり、孫である。2015年にリーグ優勝を決めたとき、水中眼鏡をかけてビールかけに加わった孫は興奮しながらこう語っている。

「優勝。これはもう経営なんて関係なしに嬉しいね。もう心の底からバンザーイだ」

 口は出さずに金は出す。選手やフロントにとって孫は理想的なオーナーと言える。

 三木谷は金も出すが口も出す。2013年のある日、三木谷の本を書いていた筆者は、取材の時間がなかなか取れないので都内を移動する車に同乗した。取材が一段落すると三木谷はスマホを取り出し、イーグルスの試合の中継を見始めた。しばらくすると動画を止め、誰かに電話をし始めた。

「嶋(基宏、現ヤクルト)はミットを動かしすぎだよ。あれじゃピッチャーが投げにくい。メジャーのキャッチャーはあんな構え方しないぞ。どんと構えて動くなって、言っといてくれ」

 電話の相手が誰だったかは確認できなかったが、気づいたら言わずにはいられないのが三木谷だ。しかも三木谷には「興味を持ったことをとことん勉強する」という厄介な癖がある。言っていることは大抵の場合、間違っていないので、下手に反論すると最先端の理論でコテンパンにされる。

 プロ野球に参入すると、程なくMLBのコミッショナーと仲良くなり、有力チームの関係者から最新の戦術やトレーニング法を仕入れてくるようになった。

 こうした三木谷の姿勢はビジネスでも変わらない。ネットで面白いサービスがあると聞けば、まずは自分がそのサービスを使い倒し、誰よりも詳しくなってから指示を出す。新規参入した携帯電話事業でも先端技術に疑問があれば楽天モバイルCTO(最高技術責任者)のタレック・アミンを捕まえて得心するまで根掘り葉掘り聞きまくる。人任せにせず、自分の手で触り、自分の頭で考え、一歩ずつ進んでいくのが三木谷のやり方だ。

 楽天グループの祖業であるネット・ショッピングは、三木谷自身が全国を歩き回り、出店者を探すところから始まった。1997年5月にサービスを開始したが、最初の月の売上高は32万円。このうち18万円は三木谷自身が買っていた。そのサービスが今や国内流通総額4兆5000億円(2020年度実績)のビッグ・ビジネスに育った。福岡の小さな信販会社を買収したところから始めた楽天カードも、今では発行枚数日本一だ。

 ゼロから始めたり、小さな会社を買収したりするところから、自分の手で大きく育てていくのが三木谷流。

 対して孫はホークスと同じように、出来上がった強い会社を巨額の資金で買収してグループを大きくしてきた。それがボーダフォンの日本事業を買収した国内の携帯電話事業であり、米国のスプリント・ネクステルを買収した米国の携帯電話事業であり、英アームの半導体事業。全て1兆円を超える大型買収である。

 孫はそこからさらに一歩進み、ソフトバンク・ビジョン・ファンド(いわゆる10兆円ファンド)で世界中のユニコーン(企業価値が10億ドルを超えた未上場企業)に出資する「資本家」に転じた。

 一歩ずつ匍匐前進する三木谷の経営は地上戦さながら。1兆円超えの大型買収を繰り返し、10兆円ファンドにたどり着いた孫の経営は空中戦だ。株式時価総額で見れば楽天グループは1兆7600億円。ソフトバンクグループは12兆3700億円で、子会社ソフトバンクの7兆6700億円を加えれば約20兆円に達する。現時点では空中戦を繰り広げてきた孫の圧勝である。

 だが、二人の決着はまだついていない。「パリーグのお荷物」と言われたイーグルスが毎年、優勝争いをする強豪チームに育ってきたように、携帯電話事業でも楽天モバイルはすでに500万人の利用者を獲得し、じわりじわりとソフトバンクに迫っている。

「千里眼」とも呼ばれる直感と、抜群の度胸で大逆転の成功を続けてきた孫と、「Get Things Done!(やりきれ!)」の精神で実績を積み上げてきた三木谷。野球では現在、3位イーグルスと4位ホークスのゲーム差が1.5(9月13日終了時点)。どちらもまだクライマックスシリーズ進出を狙える位置につけている。全く流儀の異なる二人の海賊が、日本のプロ野球を熱くしている。

(次回、最終回に続く)

【プロフィール】
大西康之(おおにし・やすゆき)/1965年生まれ、愛知県出身。1988年早大法卒、日本経済新聞社入社。日本経済新聞編集委員、日経ビジネス編集委員などを経て2016年4月に独立。『ファースト・ペンギン 楽天・三木谷浩史の挑戦』(日本経済新聞)、『東芝 原子力敗戦』(文藝春秋)など著書多数。最新刊『起業の天才! 江副浩正 8兆円企業リクルートをつくった男』(東洋経済新報社)が第43回「講談社 本田靖春ノンフィクション賞」最終候補にノミネート。

※週刊ポスト2021年10月1日号

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