新型コロナ 最新の感染状況や対応は

孫正義氏のスタンス「私は賢い投資家ではありません。『冒険投資家』です」

孫正義が語った「冒険投資家」の真意とは(写真/共同通信社)

孫正義が語った「冒険投資家」の真意とは(写真/共同通信社)

【最後の海賊・連載第5回後編】成功しても常に挑戦を繰り返す「起業家」の楽天・三木谷浩史氏。対して、同じ道を先行してきたソフトバンクの孫正義は起業家を卒業し、「次のステージ」へ向かおうとしていた──。週刊ポスト短期集中連載「最後の海賊」、ジャーナリスト・大西康之氏がレポートする。(文中敬称略)

【表】1981年日本ソフトバンク設立、1996年合弁でYahoo!ジャパンを設立…、孫正義氏のこれまでの歩み

 * * *
 2001年、ソフトバンクはADSL(非対称デジタル加入者線)のブロードバンドを提げて通信市場に参入した。相手は巨艦NTTである。ブロードバンドの事業部はその頃、ソフトバンクの本社があった東京・箱崎の雑居ビルに拠点を構えた。立ち上げに失敗すればソフトバンクも一巻の終わりだ。

 孫は本社の社長室を出て雑居ビルに籠った。パイプ椅子を並べて寝ているものや、寝袋を持ち込んで泊まりこんでいるものもいる。仮眠室には二段ベッドがぎっしり。『孫正義300年王国への野望』(杉本貴司著)によると、そんな雑居ビルのオフィスを孫は「養鶏場」と呼んでいた。

 2012年に1兆5700億円で買収した米携帯大手スプリント・ネクステルの再建に手間取り、同社が赤字を垂れ流し続けた時も、孫は一時的に拠点を米国に移し、陣頭に立った。2016年に英半導体大手のARMを3兆3000億円で買収する際は、地中海にクルーザーを浮かべていた相手CEOに直接、電話をかけ、ヨットハーバーで買収交渉をする大立ち回りを見せた。

 だが孫は少しずつ経営のスタンスを変えている。2014年9月に「後継者含み」でグーグル副社長のニケシュ・アローラを招聘。2015年3月期末までのわずか半年で165億円の報酬を支払い、話題になった。真意の程は不明だが「もう少し社長を続けたくなった」という孫の我儘でアローラは在任わずか1年10ヶ月で退任。68億円の退職金を受け取ってアメリカに帰った。

 2019年11月6日、SBG(ソフトバンクグループ)の記者会見は孫の反省弁から始まった。

「ボロボロでございます。真っ赤っ赤の大赤字。まさに台風というか大嵐でございます」

 2019年7~9月期、SBGの決算は7001億円の最終赤字に転落。孫は2017年にサウジアラビアの政府系ファンドなどと「ソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVF、通称10兆円ファンド)」を立ち上げたが、巨額を投資した先である米シェアオフィス大手、ウィーワークやカーシェアリングの草分け、ウーバーなどベンチャーの評価額が軒並み暴落し、減損に追い込まれた。

 孫は殊勝に「私自身の投資判断が大いにまずかったと反省している」と語ったが一方で「3ヶ月前に比べ、SBGの株主価値は20.9兆円から22.4兆円に1.4兆円増えている」と独自の株主価値論を展開した。

 孫はSVFの運営に時間の大半を割き、グループの事業会社の前線で指揮を執ることはめっきり少なくなっていた。そして、ついに「起業家引退」を宣言する。

 2020年2月12日に開かれた2020年3月期第3四半期決算説明会。孫は「潮目が変わった」と業績の反転を強調したが、営業損益はたった26億円の黒字。プレゼンでは、モニターに奇妙な絵が示された。一方から見ると耳の長いウサギ、反対から見ると嘴の長いカモに見える「だまし絵」だ。この絵を指差しながら、孫は語った。

「どちらから見るかによって見え方が変わりますが、いまのSBGは投資会社であり、事業会社ではありません。投資会社であるSBGという会社は営業利益ではなく、株主価値で評価するのが正しい。営業利益は忘れていい数字です」

 26億円の営業利益は2兆円超の売上高から見れば、あってないような金額だが、保有する株式の価値は31兆円。ここから6兆円の純有利子負債を引いた株主価値は25兆円。「この数字でSBGを評価してほしい」というのである。

 聞き捨てならない発言だった。持株会社であるSBGの下にはソフトバンク(携帯会社)やヤフー(現Zホールディングス)がぶら下がっている。そこで働く社員たちは1億円の営業利益を稼ぎ出すために汗水垂らしているのだ。

 質疑応答で私は孫に問うた。

「今この時も、ソフトバンクやヤフーの社員は営業利益を稼ぐために必死に働いているわけです。それを孫さんに、どうでもいい数字と言われたのでは、彼らの立つ瀬がないのではありませんか」

 孫は待ち構えていたように言った。

「私もずっと事業会社のトップをやってきた人間ですから、利益の大切さ、それを稼ぐ大変さは身に染みて知っております。しかしSBGは事業会社ではなく投資会社なので、それに相応しい尺度で評価してもらいたい。尺度の問題であってどちらが尊い、という話でもない」

 なんだか煙に巻かれたようで納得がいかず、重ねて聞いた。

「ではこれからは孫さんのことを事業家ではなく投資家と呼んでいいですか」

 孫はにっこり笑って切り返した。

「事業家が尊くて投資家は胡散臭いというのでは、(世界屈指の投資家)ウォーレン・バフェットの立つ瀬がない」

 その後、少し思案すると、孫の顔がパッと明るくなった。

「私は『情報革命家』です。それではわかりにくいというのなら、投資家でもいい。先だって台湾に行った時、台湾の新聞が『日本の冒険投資家がやってきた』と書いていました。私はウォーレンのような『賢い投資家』ではありませんが、『冒険投資家』です。そうだ!『冒険投資家』がいい」

 孫はその場で思い付いた「冒険投資家」のフレーズが大層気に入ったようだった。

 その3ヶ月後に発表された2020年3月期決算では創業以来最大となる1兆円超の赤字を計上したが、一転して2021年3月期の決算発表では通期の最終損益で4兆9900億円の黒字を叩き出した。トヨタ自動車を抜いて日本企業として過去最高の利益である。

 5月12日の決算説明会に登壇した孫は、利益が跳ね上がった一因にARM株の売却などがあるため「たまたまのたまたまのたまたま」と謙遜して見せたが、一方で「九州の雑餉隈でソフトバンクを立ち上げた時、2人の社員の前で『売り上げも利益も1丁(兆)、2丁と豆腐のように数える会社になる』と話したが、ようやくそれが実現した」と感慨深げに語った。

 夢を叶えた孫は何処を目指しているのか。6月23日の株主総会でその一端を披露した。

「19世紀の産業革命では、蒸気機関を発明した(起業家の)ジェームズ・ワットらに開発資金を投じた資本家のロスチャイルド家の存在も大きかった」

 と説明した後、孫は高らかに宣言した。

「(投資額を上回る資金の回収を目指す『投資家』ではなく)SBGは情報革命の資本家であると定義したい」

「年をとったとか、お金に目がくらんだとか、利益も髪も薄くなったとか、そこまでは言われていないが、(私は)未来を作ることに一番の使命を感じている」

 泥臭く起業家であり続ける三木谷と、華麗に資本家に転じようとする孫。日本経済の未来は、やはりこの二人にかかっている。

(第6回に続く)

【プロフィール】
大西康之(おおにし・やすゆき)/1965年生まれ、愛知県出身。1988年早大法卒、日本経済新聞社入社。日本経済新聞編集委員、日経ビジネス編集委員などを経て16年4月に独立。『ファースト・ペンギン 楽天・三木谷浩史の挑戦』(日本経済新聞)、『東芝 原子力敗戦』(文藝春秋)など著書多数。最新刊『起業の天才! 江副浩正 8兆円企業リクルートをつくった男』(東洋経済新報社)が第43回「講談社 本田靖春ノンフィクション賞」最終候補にノミネート。

※週刊ポスト2021年9月17・24日号

ジャンルで探す