「役目を終えた船」が環境を脅かす、って本当? 船舶の「リサイクル」が急がれるこれだけの理由

環境配慮の時代

貨物船のイメージ(画像:写真AC)

貨物船のイメージ(画像:写真AC)

 世界中を行き交う船は貨物輸送の要であり、国際貿易の背骨ともいえる存在だ。しかし、船にも寿命があり、役目を終えた船は解体される。近年、この解体プロセスにともなう環境問題や安全性への懸念が高まり、国際的なルールの整備が求められていた。そんななか、2009年に国際海事機関(IMO)が採択した「シップリサイクル条約」が、ついに発効することになった。この条約は、船のリサイクルに関わる問題を包括的に解決することを目指しており、今後の海運業界に大きな影響を与えるだろう。

 船舶の寿命はおおよそ20年で、寿命を迎えた多くの船舶はインドやバングラデシュといった

「途上国」

で解体されている。しかし、その解体現場では労働環境が厳しく、

・環境汚染
・労働災害

が問題となってきた。こうした課題に対応するため、2009年にIMOが「シップリサイクル条約」(正式名称は「2009年の船舶の安全かつ環境上適正な再生利用のための香港国際条約」)を採択した。この条約は、船舶解体における労働の安全確保や環境保全を目的とし、円滑な船舶代替や循環型経済における脱炭素化の推進にも貢献する内容だ。

 同条約の発効には、

・15か国以上の批准
・批准国の合計商船船腹量が世界の商船船腹量の40%以上
・批准国の過去10年での最大年間解体船腹量が批准国の商船船腹量の3%以上

という厳しい条件があった。しかし、2023年6月26日にバングラデシュとリベリアが条約を締結したことで条件を満たし、2025年6月26日に発効することが決まった。

リサイクルが求められる理由

海洋汚染のイメージ(画像:写真AC)

海洋汚染のイメージ(画像:写真AC)

 船のリサイクルが求められる理由は大きく三つある。

 ひとつ目は「環境保護」の観点だ。船舶解体では大量の廃棄物が発生し、適切に処理されないと有害な化学物質が海や大気に流出するリスクがある。例えば、廃棄物にはアスベストや油、ポリ塩化ビフェニール(PCB)などの有害物質が含まれており、これらが適切に管理されなければ環境汚染の原因となる。また、多くの解体が行われる発展途上国では、環境基準が十分に整備されていないため、不適切な解体が行われることが多い。その結果、海洋汚染が発生し、生態系に悪影響を及ぼしている。

 ふたつ目は「作業者の安全確保」だ。船舶解体作業は非常に危険で、有害物質の飛散や船体の崩壊による事故が発生する可能性がある。特に発展途上国の解体施設では、安全対策が不十分なまま作業が進められ、労働者の健康被害や死亡事故が報告されている。

 三つ目は「資源の有効活用」だ。船舶のリサイクルは、廃船から

・鉄鋼
・非鉄金属
・プラスチック
・木材

などの資源を再利用するための重要な手段となっている。現代の船舶には大量の鉄鋼が使用されており、リサイクルすることで新たな鉄鋼生産にともなうエネルギー消費やCO2排出を削減できる。また、鉄鋼などの資源は自国で再利用され、発展途上国経済にも貢献している。こうした資源循環の促進は、地球環境の保護にとって不可欠な要素となっている。

条約前の有害な廃棄物処理

EU本部(画像:写真AC)

EU本部(画像:写真AC)

 1970年頃から欧米諸国では、有害な廃棄物の

「国境を超えた移動」

が頻繁に行われていた。1980年代に入ると、欧州の先進国からアフリカの途上国に放置された廃棄物が原因で環境汚染が発生するようになった。

 この状況を受けて、国連環境計画(UNEP)が中心となり、有害廃棄物の越境移動に関する国際的なルールとして1989年にバーゼル条約(有害廃棄物の国境を越える移動およびその処分の規制に関するバーゼル条約)が採択され、1992年に発効した。

 しかし、バーゼル条約は有害廃棄物についての規定はあるものの、船舶のリサイクルについては言及していなかった。このため、シップリサイクル条約が採択されることとなった。

 さらに、シップリサイクル条約は2009年に採択されたものの、批准国が増えなかった。そのため、欧州連合(EU)では条約を促進するために、香港条約の要件に一部上乗せしたEUシップリサイクル規則を採択し、発効させた。

循環型経済への道

インベントリ第1部の調査対象となる有害物質(画像:日本海事協会)

インベントリ第1部の調査対象となる有害物質(画像:日本海事協会)

 2025年6月26日以降に建造契約が行われる総トン数500t以上の船舶が対象となり、発効日以前に契約された船については5年間の猶予が与えられる。対象となる船舶には、インベントリ(IHM)第1部の作成と維持管理が義務付けられ、解体する際には本条約の承認を受けている船舶リサイクル施設で行う必要がある。

 IHMとは、船上に存在する有害物質、廃棄物、貯蔵物の位置と概算量を記載した一覧表のことだ。船上の有害物質を明記することで、労働者の安全衛生の確保や環境汚染の防止を図る役割を果たす。インベントリは第1部から第3部まで構成されており、第1部は船舶を建造する際に作成し、第2部と第3部は船舶をリサイクルする際に作成する必要がある。

 第1部には船舶の構造や機器に含まれる有害物質が記載される。アスベスト、PCB、オゾン層破壊物質、有機スズ化合物の4物質といった禁止または制限される物質や、カドミウム、鉛、六価クロム、水銀などの有害物質を記載する必要がある。

 第2部には運航中に生じる廃棄物が記載され、第3部には貯蔵物が記載される。これには油類や廃棄物などの潜在的に有害な品目、家庭用電化製品などの一般的な民生品が含まれる。

未来を変える船舶解体

 シップリサイクル条約の採択は、環境保護や作業者の安全を確保するために非常に重要だ。

 船舶解体は資源を有効活用する側面もあるが、不適切に行われると深刻な環境汚染や労働災害を引き起こすリスクがある。

 この条約の導入によって、国際的な基準が確立され、持続可能な船舶リサイクルが促進されることが期待されている。

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