F1の新規ファンが増えない根本理由 75周年を機に開かれる未来への道筋とは?

75年の進化と挑戦

2024年7月7日、英国中部のシルバーストン・サーキットで開催されたF1英国GPで優勝し、喜ぶメルセデスのルイス・ハミルトン(画像:AFP=時事)

2024年7月7日、英国中部のシルバーストン・サーキットで開催されたF1英国GPで優勝し、喜ぶメルセデスのルイス・ハミルトン(画像:AFP=時事)

 本連載「開かれたF1社会とその敵」では、F1の歴史と閉鎖的な構造に焦点を当て、変化の可能性を探る。F1の成長とともに形成された独自の「F1ムラ」における利益と利他の対立、新規チームの参入の難しさ、そしてオープンな社会への道筋を検証する。F1の未来と進化に向けた具体的な可能性を示し、閉鎖的な構造からの脱却戦略を提案する。

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 1950年に始まったF1は、2025年で75周年を迎える。人が氷河期を生き延びたのも、日本や世界に数百年の歴史を持つ企業が存在するのも、F1が今なおモータースポーツの頂点にあるのも、すべては時代の変化に対応してきたからだ。

 他のスポーツも同様で、時代に応じてルールを変更してきた競技は多い。外部環境が変化するなかで、F1が今後もモータースポーツの頂点であり続けるための方策を考えてみたい。

競技経験が影響

排他的なマニアのイメージ(画像:写真AC)

排他的なマニアのイメージ(画像:写真AC)

 バスケットボールの国内プロリーグであるBリーグが盛り上がっている。これは、48年ぶりに五輪への自力出場権を獲得した2023年のワールドカップの勢いが続いているからだ。さらに、日本の多くの人が学校の授業などでバスケットボールをプレーした経験があり、試合中継を見ていると自然と実感が湧いてくることも大きな要因だ。

 一方、モータースポーツは、運転をすることはあっても競争することが少ないため、バスケットボールや野球、サッカーなどと比べると実感がともなわず、競技そのものを理解しにくい。これが感情移入をしにくくする要因になっている。

 競技経験がないために実感がともなわず、感情移入できないスポーツは、F1に限らずブームで終わることが多い。例えば、

・ラグビー
・プロレス

がその例だ。特にプロレスは、ブームと衰退を何度も繰り返してきた。その要因について、「新日本プロレス」の親会社であるブシロードの木谷高明社長は著書『すべてのジャンルはマニアが潰す~会社を2度上場させた規格外の哲学~』(ホビージャパン)で、

「マニアの存在」

を指摘している。これは、新規参入者やファンになろうとする人を拒絶したり、見下したりすることがあるからだ。つまり、コミュニティーに「入りづらい」雰囲気があるのだ。

感情移入できない理由

サーキット(画像:写真AC)

サーキット(画像:写真AC)

 他にも「レースが複雑」という要因がある。例えば、アンダーカット(ピットストップを早めることで、他のドライバーよりも先にコースに戻り、結果的に順位を上げる戦略)をする場合、

・フューエルエフェクト(燃料の量や重さが走行性能に与える影響)
・コース特性
・グリッドポジション

を重視するかどうか、さらにはタイヤ特性などを考慮しなければならない。しかし、これを理解するのは、F1が好きな人でも簡単ではない。野球初心者がタッチプレーとフォースプレーの違いを理解するのが難しいのと同じように、モータースポーツのレースの難しさはそれ以上に複雑だ。

 また、追い越しを増加させるためのDRS(ドラッグ・リダクション・システム)も、素人には理解しづらい。F1側がDRSを導入した理由は理解できるが、発動するには特定の地点で前の車とのタイム差が1秒以内でなければならない。このような面倒なルールが必要な理由も疑問だ。もしあなたが、DRSを知らない友人にレースの展開が変わる生中継のなかで簡潔に説明できる自信があるだろうか。つまり、

・実感がともなわない
・マニアがいる
・レースが複雑

という三重のハードルがあるため、F1を楽しむには少し難しい面があるのだ。

VR観戦が開く新時代

VRゴーグル(画像:写真AC)

VRゴーグル(画像:写真AC)

 今後の方策として考えられるのは、データを今まで以上にオープンにすることだ。このデータを無料で提供すれば、F1をより理解しやすくなり、新しいファンにも優しい。また、マニアもレースの背景をより深く知ることができる。

 それに加えて、F1の関係者とメディアがわかりやすく説明する努力も欠かせない。特にSNSの活用が重要だ。若い世代はテレビを見る時間が短く、SNSを利用する時間が長いため、これを生かすことが必要だからだ。

 さらに、VRやARを使ったバーチャル観戦の可能性を探るのも面白い。F1のチケットが高騰しているなかで、VRを活用すれば渡航費用を抑えることができる。例えば、北海道にいながら鈴鹿のメインスタンドにいるかのように観戦できる。2024年のF1には約23万人が来場したが、VRを使えば物理的な収容人数の制限を超えることができ、サーキット側も収入が増えるというメリットがある。

 筆者(武田信晃、ジャーナリスト)はスポーツではないが、VRコンサートの取材と体験をしたことがある。その没入感は驚くべきもので、視点を切り替えることもできるため、観戦がより楽しくなる。現在、VRゴーグルは高価だが、今後価格が下がれば、間違いなく参加者を増やす要因となるだろう。

 また、DRSに関連して、追い抜きで順位を戻す行為が発生することがある。知らない人が見ると不思議に思うだろう。こうした状況はシンプルな方が理解されやすいため、オーバーテイクポイントでのコースの外をグラベル(舗装されていないコース)にするべきだ。現在は舗装路が多いため、ドライバーは

「最後の最後は舗装路を使ってコースをショートカットし、相手の前に出たら順位を譲ればいい」

という考えを持つ。それがなければ、グラベルにはまって自分にダメージを受けることになるので、今のような動きにはならない。

 コース外の舗装路は安全性に寄与し、広告スペースにもなるため、サーキット側が舗装路にしている理由は理解できる。しかし、ミスをすればグラベルにはまるという報いを受ける方が、ファンから見ればシンプルで受け入れやすいはずだ。商業主義とのバランスが求められている。

多様性推進が開く未来

アンドレッティ・グローバルのウェブサイト(画像:アンドレッティ・グローバル)

アンドレッティ・グローバルのウェブサイト(画像:アンドレッティ・グローバル)

 F1の未来に関して、現行の10チームを維持できるかどうかは誰にもわからない。そのため、新規参戦者が質の高いチームを維持しつつも、参入しやすい仕組みを作ることが重要だ。

 この問題を理解するには、アンドレッティ・グローバルのF1参入問題がわかりやすい例だ。最近、同チームの経営体制が変わり、マイケル・アンドレッティが最高経営責任者(CEO)兼会長から戦略アドバイザーに就任し、経営の第一線から退くことになった。今後の展開には不透明な部分が残るが、これは未来への重要な試金石となるだろう。

 最後に、人材の多様性も忘れてはいけない。2020年頃に「We Race As One」というキャンペーンが盛んに行われ、レースにおける

・人種
・性別
・国籍

を超えて平等な世界を目指す取り組みが進められた。ルイス・ハミルトンは人種差別に対する意識を高める活動に取り組んでおり、彼自身もF1だけでなくさまざまな場面で人種の壁に直面してきた。そのため、このような取り組みが成功すれば、F1の閉鎖的な環境を打破する可能性が高まる。

 小松礼雄がHAASのトップに就任したこともよい兆しだ。こうした動きが普通になれば、F1の未来は明るいものになるだろう。

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